第174話 緊急脱出システム


「おう! レン君……いや、レン国王ですね。ユキさんも……失礼致しました!」

 

 大きな声と共に、トウドウが片手をあげた。

 少し前まで見せていた鬱屈や怒りといった表情は消え去り、快活さを取り戻していた。

 イトウとカザマ、他にも見知らぬ男女を連れている。 

 

「こっちに来ていたんですね」

 

 "南鳥島ステーション"である。

 地球側からこのステーションに入るためには、"ナイン"の南鳥島基地を利用するか、独自に潜水艦等を使って海底の"鏡"に突入するしかない。

 

「"ナイン"に亡命申請して、正式に受理されました」

 

 イトウがレンに向かって敬礼をした。

 日本政府の動きに不満を募らせたトウドウが暴発気味に"ナイン"に亡命した際、イトウとカザマも一緒に亡命したらしい。

 

「いやぁ、年金とか……色々あったから迷ったんだけどねぇ」

 

 カザマが溜息交じりに言った。

 

「そちらの人達は?」

 

 レンは、トウドウの後ろに整列をした男女を見回した。

 

「声がけをして集めた救援部隊の隊員達です!」

 

 トウドウが整列した男女を振り返る。

 まだ、ナインの戦闘服が支給されていないらしく、それぞれ異なる衣服や装備を着用している。

 トウドウに促され、全員が一斉に敬礼をした。

 

(自衛隊員と消防隊員……機動隊員に、獣医や歯科医……臨床工学技士? 発破技士という人もいる)

 

 補助脳が表示する個人情報に目を通しつつ、レンは小首を傾げていた。

 

「ははは……いや、知っている奴に片っ端から声を掛けたらこうなったんですよ」

 

 トウドウが大きな笑い声をたてた。

 

「みなさん、救援部隊に?」

 

 レンは改めて整列した面々を見回した。

 

「全員が亡命済み……"ナイン"国民です」

 

 イトウが持っていた名簿を差し出した。すでに、ビッグデータにアクセスして照会済みだったが、レンは名簿を受け取って記載事項を読んでみた。

 

(登録情報通り。みんな、本当に亡命したのか)

 

 イトウに名簿を返しつつ、レンはトウドウの顔を見上げた。

 

「負傷者が出たんですよね?」

 

 死人の自爆テロで、救援部隊に損害が出たことは知っている。

 

「死者は出ませんでした!」

 

 トウドウが背筋をただして答える。

 

「……ここのクリニックに?」

 

「先ほど搬送を完了し、退院を待っているところです!」

 

「なるほど……」

 

 レンは小さく頷いた。

 

「疎開地は、どうでした?」

 

「食料や真水はまだ大丈夫です。ただ、医療施設……医薬品などは逼迫しています」

 

 イトウが答えた。

 

「医薬品は、うちが支援できますね。積載物の内容を調整しましょう。日本の薬機法には違反しちゃいますけど……」 

 

 "ナイン"が提供している医薬品は、現行の最新医薬品を第九号島で複製したものである。本来なら、関係各所から大量の訴状が送られて来るところだ。

 

「医薬品の件、日本政府に伝えてあるんですけど、なにも言ってこないんですよね」

 

 言いながら、レンはクリニックの方を見た。

 直後、ドアが左右に開いて、中高年の男女が外に出てきた。

 

(17名……報告の通りだ。トウドウさんのチームは信じて良いな)

 

 ちらと表情を見ただけだが、トウドウの声掛けで集まった人達は、全員腹をくくっている。

 

(学生もいたのか)

 

 クリニックから出てきた人達の中に、19歳と18歳の男と女が交じっていた。どちらも戦技訓練を修了し、富士山の"鏡"から一度渡界している。

 

「ああ、あの2人は、うちのカザマの弟と妹ですよ」

 

 イトウが教えてくれた。

 

「やめとけって言ったんですけどねぇ……まあ、来ちゃったものは仕方ないですから」

 

 カザマが頭を掻きつつ、元負傷者達の方へ歩き去る。

 

「トウドウさんは、もう始まりの島に行きました?」

 

「先ほど行って戻ったところです。驚くほど開発が進んでいました」

 

「疎開地になりそうですか?」

 

「十分でしょう。居住区は安全で飯が美味い。娯楽施設も幾つかありました。あれなら何年でも暮らせます」

 

「疎開地というか、リゾート地ですね」

 

 イトウが小さく笑った。

 

「そうなんですか?」

 

 レンはユキと顔を見合わせた。

 

「あら、レン……国王はまだ?」

 

「レンで良いです。国王とか言われても、誰のことだか……」

 

 レンは苦笑した。

 

「では、レンさんと呼ばせて下さい。不敬だということでしたら、すぐに改めます」

 

 イトウが頷く。

 

「これから視察に行くところです」

 

「島内に乗り物はありますか?」

 

 ユキが訊ねる。

 

「ええ……ありましたね」

 

 イトウが頷いた。

 

 その時、レンの視界に2頭身の"マーニャ"が現れた。

 

『マイチャイルド、ナンシーが呼んでいるわ!』

 

(ナンシーさんが?)

 

 レンはクリニックを見た。

 

『賠償よ!』

 

(えっ?)

 

『ナンシーのお使いが行った悪行を清算するのよ!』

 

(お使いって……使徒ちゃん?)

 

 "使徒ちゃん"騒動からかなり時間が経っているが……。

 

『以前に、マイチャイルドが要望した案件を通してきたわ!』

 

(えっ? 僕が要望した案件?)

 

『渡界者が命を落としにくくなるやつよ!』

 

(ええっと……)

 

 あまりに突然過ぎて何のことか分からずに考え込んだ。

 

『緊急送還プログラムよ!』

 

(……ああ! あれですか!)

 

 レンは大きく目を見開いた。あまりに多くの出来事が次々に起こって、すっかり忘れていたが……。

 

『専属スタッフの操作は必要になるのだけれど、マイチャイルドが希望する形に限りなく近いものになったわ!』

 

(マーニャさんが作ったんですか?)

 

『事前にナンシーに許可を貰ったわ! お使いがやらかした不始末の賠償として特別に許可してくれたのよ!』

 

(良かったです。あれが、本当にできるなんて……)

 

『ナンシーがクリニックで待っているわ! 気が変わらない内に権能の受理を行いましょう!』

 

(分かりました)

 

 レンは小さく頷いて、トウドウとイトウを見た。

 

「今後も、"ナイン"の救援部隊をよろしくお願いします」

 

「家庭の事情等で亡命に踏み切れない者を、日本国籍のまま非正規の、アルバイトのような立場で救援部隊の手伝いをさせようと思っておるのですが……どうでしょうか?」 

 

「許可します。使用できる施設や装備に制限はありますが……いいですよね?」

 

「無論です! 感謝します!」

 

 トウドウが大きな声で言って敬礼をした。

 

「では、僕達はこれで……ユキ、クリニックへ行こう」

 

「えっ?」

 

 ユキが戸惑ったようにレンの顔を見る。ゲート台へ向かうと思ったのだろう。

 

「ちょっと用事ができた。すぐに終わると思うから付き合って」

 

「はい」

 

 頷いたユキを促して、レンはクリニックへ向かった。

 

「またね」

 

 気安げに声を掛けるカザマに笑みで応えつつ、レンはカザマの横に並んでいる弟と妹の顔を記憶しておいた。

 2人はどういう態度をとればいいのか困惑している様子だったが、カザマではなく、イトウ達を見習うことにしたらしく、不慣れな感じの敬礼でレンとユキを見送っていた。

 

「ナンシーさんが呼んでいるみたい」

 

 小声で伝えながらクリニックに入る。

 

「私も同席して良いのですか?」

 

「マーニャさんが、僕達2人を呼んでいるって……そうですよね?」

 

 レンは視界の中を漂っている2頭身の"マーニャ"に訊ねた。

 

『ナンシーのお使いの不始末で一番被害を被ったのは、マイチャイルドとお友達よ! ユキはお友達代表ね!』

 

 "マーニャ"の頭上に吹き出しが浮かんだ。

 

「……ということみたい」

 

「使徒ちゃんの件ですか?」


 ユキが小さく首を傾げた。

 

「重傷者を強制的にナンシーさんのクリニックに送還するようになる……らしい」

 

「可能になれば、命を落とす人が減ります」

 

『マイチャイルドの島民であれば、ゾーンダルク人でも使用が可能になるわ!』

 

「えっ!? 第九号島の……"ナイン"国籍じゃないと駄目なんですか?」

 

『だって、ナンシーが賠償をする相手はマイチャイルドなのだもの。当然でしょう?』

 

 2頭身の"マーニャ"が首を傾げてみせた。

 

 

======

援助部隊の面々が、南鳥島ステーションに集まっていた!


マーニャが、"使徒ちゃん"の賠償交渉を続けていたらしい!

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