第175話 告白
"マーニャ"が組み上げたという緊急救命システムは、今のところ単身での運用ができない。
本人が致命傷を受けたと認識し、緊急救命システムの作動をシステムの管理者に申請し、管理者が当該者をステーション内のクリニックに設けた救急センターへ強制転移させるという流れになっている。
緊急システムとしては問題が多かった。
・致命傷を受けた当人が意識を保ち、緊急救命システムの作動申請を行うことが可能だろうか?
・緊急救命システムの管理者が常時モニターを続け、不意の緊急シグナルに即応できるだろうか?
・ステーション内の救急センターに送られてくる負傷者を、"ナンシー"単独で処置できるのだろうか?
何もなかった今までよりは死者が減るだろう。ただ、緊急救命システムとしては問題が多い気がする。
"マーニャ"と"ナンシー"から説明を受けた後、レンとユキは、それぞれが抱いた懸念、疑問を率直にぶつけた。
「致命傷の判断と救命システムの作動は、各人に埋設されている補助知能が行うわ!」
等身大の"マーニャ"が言った。
「……えっ?」
レンだけでなく、他の人間も補助脳があるのだろうか?
「マイチャイルドの補助脳とは別物よ。それでも、生命に関する単純な査定を行って決められた信号を出す……そのくらいはできるわ!」
「えっと……つまり?」
「渡界者の脳内には、エーテル・バンク・カードやボードメニューを動作させている、不定形の生体コンピューターというの? そういうものが存在しているのよ。その上で、地球で言う電波とは異なる、指向性を持たせた特殊なエネルギー波を送受して情報の更新を繰り返しているわ!」
「……エネルギー波を?」
レンは自分の手を見た。
意識をすると、手からE・B・Cが浮かび上がって目視できるようになる。
「負傷者自身が気を失っていても、致命傷を受けたと補助知能が判断すれば自動的に救急センターに転移するのですね?」
ユキが訊ねる。
「その通りよ」
「それでは、システムの管理者というのは? どういった役割を担うのでしょうか?」
「人間の判断速度、反応速度は馬鹿にできないわ。これから致命傷を受けることが確実だと分かった時、即死すると判断した時……そういう瞬間を察知して、管理者が強制作動できるようにしたのよ」
「なるほど……」
初弾は腕に当たったが、次弾は眉間に……ということだってある。
「即死状態でも、救命処置が間に合えば蘇生する可能性があるわ。生命さえ維持できれば……どんな怪我や病気でも完治可能よ。相応の時間と対価は貰いますけどね?」
"ナンシー"が片目をつぶってみせる。
「……なるほど」
穴だらけのように思えた"緊急救命システム"だが……。
「なんか、いけそうな気がしてきた」
レンはユキを見た。
「はい」
ユキが頷いた。
「私が作るシステムだもの。渡界者であること、マイチャイルドの味方であること。この2点が条件になるわ!」
"マーニャ"が両手を腰にあてて胸を張った。
「魔王のような思念体も?」
「彼等はEBCを所持していません。ただし、あの者達が使役する人間が、勇者レンの味方に成りすましていた場合は対象となる可能性があります」
「そうですね」
「心配はいりません。最終的に、治療を行うかどうかは私が判断します」
"ナンシー"が艶然と微笑んだ。
「地球側には干渉しないという立場に変わりはありませんが……今回の騒乱の根幹に、使徒が関与していたことは明白です。勇者レンが地球で行っている契約を模倣し、60年間に限って緊急救命システムの運用に協力しましょう」
「ありがとうございます」
レンは素直に頭を下げた。
「じゃあ……お友達への連絡や説明、システムの細かい調整はやっておくわ!」
「もう、大丈夫ですか?」
用は済んだということだろうか?
「ふふふ……馬に蹴られて、救急センターに送られたくないもの。このくらいにしておくわ!」
"マーニャ"が笑顔でひらひらと手を振ってみせる。
「水族館という施設に行くのでしょう? あまりゆっくりしていると閉館時間になってしまいますよ」
"ナンシー"がユキを見て微笑を浮かべる。
時刻を確かめると午後5時だった。思いのほか、クリニックで時間を取られてしまっている。
「それじゃ……行こうか?」
「はい」
にこやかに微笑む"マーニャ"と"ナンシー"に見送られ、レンとユキはクリニックを出た。
「"ナンシー"さん、水族館のことを知ってるんだ?」
「そうみたいです」
"始まりの島"にある施設だ。管理者である"ナンシー"が知っていてもおかしくはないが……。
足早にゲート台へ向かうと、台の縁に座っていた人影が慌ててゲートへ入っていった。
(今の……バロットさん?)
『ゲートの出口を"始まりの島"に設定したようです』
補助脳のメッセージが浮かんだ。
(ふうん……島に用事かな?)
南鳥島ステーションに来た者が"始まりの島"へ行く。
何もおかしいことではない。
(でも……)
レンは少し離れた場所にあるフードコートの入り口へ目を向けた。
「クロイヌさんですね」
ユキが呟いた。
「1人で何か飲んでるね」
"鏡"が海底にあるため、"ナイン"の協力がなければ訪問が困難なステーションだ。他に人影は見当たらない。
「なんか……変だな」
勘の鋭いクロイヌが、レンに視線を向けられても反応を示さない。
(他に誰か居る?)
補助脳に訊ねた。
『先ほどのトウドウのグループが銃砲刀店に居ます』
(ヤクシャとフレイヤは?)
『ステーションの共用エリアには存在しません』
(ふうん……)
『水族館の閉館時間は、午後7時30分です』
「ユキは何か聞いてる?」
レンは台座の縁で待っているユキに訊ねた。
「いいえ」
ユキが首を振った。
「バロットさん、まだピクシーを送ってくるの?」
「最近は無くなりました」
「クロイヌさんからは?」
「一度もありません」
「そうなんだ」
肩越しにフードコートを振り返りつつ、レンはゲートの台座に上がって行き先を[ 始まり島 ] に設定した。
"始まりの島"へ行くのは久しぶりだ。
特に話し合いをしたわけではないが、富士山の"鏡"から入る"始まりの島"は日本国、南鳥島の"鏡"から入る"始まりの島"は、"ナイン"が主体となって陣地の構築を行っている。
渡界が初めての者でも、安心して寝泊まりできるベースキャンプになっているはずだ。
(富士の方は魔素を活用できないから、塀に囲まれたキャンプ場のようだって……言ってたのは、タガミさんだっけ?)
光に包まれて視界が切り替わる。光の粒子が散り散りになって消えてゆく様子を目で追いながら、レンは"始まりの島"のゲート台を降りた。わずかに遅れて、ユキが姿を現してレンの横へ飛び降りてくる。
「……クロイヌさん、何か用ですか?」
レンはゲート台の奥に声を掛けた。
「やれやれ……なんか、申し訳ない」
ゲート光と共に姿を眩ませていたクロイヌが頭を掻きながら近づいて来た。
ユキの後を追ってゲートを潜ってきたらしい。
「君達に用があるのは、あっち。僕の方は、骨を拾う役目……かな」
「骨を……?」
眉をひそめつつ、レンはクロイヌが指差す方へ目を向けた。
そこにバロットが立っていた。
先ほど見かけた時とは服装を変え、真っ白なタキシードを着て、手に真っ赤なバラの花束を持っている。
「ゆ……ゆ、ゆ……」
必死の形相でバロットが何かを言おうと頑張っていた。
「今日、レン君とユキちゃんがデートをすると、マイマイさんから聞いたらしくて……昨日の夜から大変だったんだ」
クロイヌがレンの耳元で囁いた。
「……ああ」
レンは小さく呻いた。
(そうか……これ……デートなんだ)
いくら記憶が無いとは言っても、デートがどういうものかは知っている。
『日本国では、男女が日付を決めて事前に計画を立てて出かけることをデートと称するようです』
視界に、補助脳のメッセージが表示された。
(ああ……うん)
『共に出かける人間の片方、あるいは両方が相手に対して好意を持っていることが必須条件です』
(好意……)
『公園、遊園地、水族館は、デートスポットに該当します』
補助脳のメッセージが視界中央に浮かぶ。
その時、
「お、俺と、お付き合いして下さい!」
片膝を地面についたバロットが、吠えるように想いを告げた。
「ごめんなさい」
ユキが頭を下げた。
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"マーニャ"の緊急救命システムは、生存率の向上につながりそうだ!
バロットが、勇気を振り絞って告白をした!
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