第188話 人事は尽くした!?
"ナイン"領、クラゲの外観をしたダンジョンを中心にしたシーカーズタウンが本格的にオープンした。
これまでのプレオープンからの変更点としては、タウン内で売買される物品の値段を微調整したことと、タウン内のホテルや百貨店が正式に営業を開始したことくらいで、他に目立った変化は無い。
ただ、内部処理のシステムとして、ステーション内のシーカーズギルドと地球側のシーカーズギルドのデータベースがリンクし、コンマ1秒以下のタイムラグで情報の受け渡しが行われるようになった。地味だが大きな進歩である。
キララが提唱する"
"鏡"から出てくるモンスターも、海から侵略してくるモデウスも、ユーラシア大陸の西域やアフリカ大陸を中心に増殖している多種多様なクリーチャーも、魔王によって生成された"騎士"も……すべてを討伐対象とし、シーカーズギルドが報奨金を出す。"ナイン"が指定する犯罪者も討伐対象として登録する。
シーカーズタウンやステーションで使用可能な唯一の通貨"ウィル"を獲得するために、多くの渡界者達が群がることを見込んでいる。
素材を換金する他、討伐行為に対しても報奨金が支払われ、シーカーズギルドの人工知能が【エンカウンターカメラ】の映像を検証して査定を行う仕組みが完成した。
また、"ナイン"による『シーカーズ傷病保険』が正式にサービスを開始した。
ステーションへの送迎サービス、クリニックでの治療費負担、治療後の"南鳥島リゾート"での慰安旅行までセットになった商品である。
アイデアを次々に打ち上げるマイマイ、キララ、ケイン。
アイデアをなんとか形にするタチバナ、モーリ、タガミ。
"ナンシー"に交渉を依頼されるレンとユキ。
忙しい中、思い出したかのように邪魔をしてくる魔王の手駒達。
魔王が邪魔をしてくるたびに、防備が強固になってゆく。
同盟国の国境線は不可視のエネルギー障壁で囲み、モデウスなどの討伐は人工知能によるミサイル攻撃でほぼ自動化した。これにより、"ナイン"の同盟国と、その他の国々の格差は取り返しがつかないほどに広がった。
"ナイン"を国家と認めると宣言し、同盟を打診してくる国々はあったが、"ナイン"による審査に時間がかかるため、数年以上順番待ちをしなければならない状況だった。
やたらと時間がかかっている理由は、"ナイン"にやる気が無いからである。
60年後まで保護しておくべき人口を確保できたため、"ナイン"側がのんびりと対応しているためだった。
特に何も発表していないが、"ナイン"側の空気は伝わっているらしく、人工知能が処理するメッセージボックスは連日大盛況だった。
当然のことながら、"ナイン"が作った全ての仕組みは、"ナイン"国民もしくは同盟国の国民しか利用できない。"ナイン"もしくは同盟国の国民にしかチャンスが与えられない。
そうした情報が出回り、情報統制ができなくなるにつれ、各国で内乱に近い暴動が起きるようになった。
「亡命希望者が殺到しているそうです」
タチバナが指で眉間のコリを
フィンランドの大使館に、"ナイン"と同盟関係にある国への亡命希望者が殺到しているらしい。各地にある"ナイン"のシーカーズタウンにも難民が押しかけて周りに居座っているようだった。
「魔王の工作員が交じっているだろう。軽々に招き入れるべきではないと思うが……」
タガミが頭を掻きつつ唸る。
実際のところ、魔王の工作員が入って暴れたところで"ナイン"は痛くも痒くもない。仮に、シーカーズタウンが破壊されたとしても、復旧までシーカー達が迷惑を被るだけだ。
「フィンランドも、もう今以上の難民は受け入れられないだろう」
"ナイン"の恩恵により国力を保つことに成功しただけで、国力が向上したわけではない。
「海を渡ってオーストラリアまで辿り着くのは難しいし……今、審査中の国って、どこでした?」
モーリがタチバナに訊ねた。
「ギニア……次がボリビアね」
「アフリカと南米か」
「ギニアはクリアしそうよ」
「魔王チェックですか?」
「ええ……ギニア国内に"騎士"はいないわ」
タチバナが頷いた。
「イギリスはどうです?」
モーリがタチバナを見る。
「知り合いがいたんだっけ?」
「はい。今もメッセージのやり取りはしていますけど……最近、
「英国は、まだ"ナイン"を国家として認めていないわ」
「うっわ、そこからかぁ」
モーリが呻いた。
「日本と同じように"鏡"が少なかったから、
タチバナが画面を見ながら呟いた。
「じゃあ、しばらく大丈夫か」
「あの辺りだと、ノルウェーがエントリーしているわ。それでも、8番目だから……今年の話ではないわね」
「ノルウェーか。アイスランドは同盟入りしたから、うちの同盟国は北欧に偏るな」
「どちらも"鏡"の大氾濫で国土の半分近くを手放しています」
「そこをうちの国王様が演習地に使っているんですよね?」
「ええ……アイミスでした? あの機体の機嫌が直るまで、あの辺りの魔物を討伐するそうです」
タチバナが苦笑を漏らした。
「
タガミがコーヒーカップに手を伸ばした。
「ご機嫌かもね」
笑いつつ苦いコーヒーを口に含んだモーリが眉をしかめた。
「あ……昔の江戸城からメッセ入った」
「なんだって?」
タガミがコーヒーカップを置いた。
「う~ん……選抜した警護隊の訓練依頼。マイさんの戦闘服を使った練度上げがやりたいみたいです」
「何人だ?」
「50人。平均年齢31歳。男38人、女12人」
「城の内部の人間かもしれないな」
「かもね」
モーリが頷いた。
「ケインさんに伝えておきます。タガミさん、引き受ける方向で調整をお願いします」
「了解した」
タガミが空になったカップを片手に立ち上がった。
「……そういえば、ユキさんは?」
タチバナがモーリを見る。
「アリゾナですね」
「アリゾナ……魔王がらみかしら?」
「たぶん? あの子、行き先しか言わなかったから」
「当たりなら良いけど」
「遊具を取り上げているのかも」
「遊具って、米軍のこと?」
「どうせ、向こうは逃げ回るだけだし……"ナイン"を攻撃した国の末路を示すだけじゃなく、魔王から遊び道具を取り上げて、つまらなくさせる狙いがあるみたいです」
思念体である魔王にとって、つまらないという感情は猛毒になるらしい。
直接攻撃を加えるよりも効果が高いのだとか。
「そう言えば、ここしばらくマーニャさんを見ていないな」
タガミが言った。
「あれこれ作業をしているそうですよ」
モーリが笑みを浮かべる。
「作業か。まあ……レン君のためになることなのだろう」
タガミが頷いた。
「そうでしょう。レン君がやりたいこと……それを達成できるように動いているように思えます」
タチバナが北欧の地図を表示させた。
「アイリスのピックアップは例の無人機でやるのかな?」
「無人輸送機が、フィンランドの空軍基地で待機しているようです」
例によって、魔素の充満した領域から飛び出して滑空し、どこかの海なり地面に軟着陸する。そのまま、人工知能が操縦する無人回収機によって運ばれる手はずになっていた。
途中、領海領空を過るたびにモンスターに襲われるが、アイミスの操縦席にはレンが座っている。
「
「この世界を遊び場にしようとしていた魔王にとっても災難でした。レン君が……マーニャさんが居なければ、今頃、魔王の……いえ、ゼインダによって地球の人類は死滅していたかもしれません」
「日本は……ううん、世界は、もっと国王様を敬うべきだと思うな」
モーリが呟く。
「つい数ヶ月前まで日本人だったという記憶……記録が邪魔になっているんでしょうね」
「それなんだが、レン君は日本のことを重要視していない雰囲気だったが……なんだかんだ、日本に対して寛容だな」
タガミが首を捻る。
「元々、空自で日本の空を護るつもりだったと言っていたそうです」
「空自志望だったのか」
「ユキさん経由の情報ですけど、演習中の事故で傷病特派になる前まで、
「ほう……あれだけ近接の戦闘センスがあるのに、パイロット志望だったとは……まあ、彼ならパイロットになっても、頭角を現したかもしれないな」
「トガシ陸佐は、特戦への引き抜きを考えていたみたいだけど……」
モーリが壁面のモニターへ目を向けた。
日本国内のダンジョンに入っている探索士の人数が表示されている。
モーリは、全世界のシーカーズギルドを統括しているタチバナの下で、日本国内のシーカーズギルドを所管している。
モーリが操作する端末で、各ダンジョンに入っている探索士の人数だけでなく、探索士名や本名まで閲覧することができた。
「モーリ?」
タチバナが、モーリの表情を見て声を掛けた。
「いえ……悪くない数字ですね」
モーリが笑みを浮かべた。
画面に表示されている探索士名の中に、カナタ(Kana Tashiro)という名前があある。
レンの口から語られることはなく、レンが会いに行くこともない少女の名前だった。
ユキによると、レンの従姉妹にあたる人物らしく、その母親共々、レンが護っているのだという。
当人達に会うことをせず、一切の連絡もとらず、日本を護ることによって、保護しているそうだ。
ユキから聞いた時は、そんなことをせずに、"ナイン"で保護してしまえば良いと思ったが……。
(魔王に目を付けられると面倒だし……うちの国王様は徹底してるよね)
人間的な情という点では問題を感じるが、生命を護るという観点からすると、一切接触をしないというのは間違っていないと思う。
接点を持てば、魔王だけでなく、その他の有象無象にも目を付けられて大変なことになっていただろう。
事実、現在に到るまで、田代一家はごく普通の日本国民として疎開をし、救援物資配給のボランティアをしたりしながら苦難の中を生き延びている。
田代香奈は、第二十六学区戦技教練高等部を卒業した後、探索士として渡界を経験し、疎開先の長野県で防衛隊に入っていた。
探索士として、ダンジョンに入るようになったのは、3週間前の自衛隊との合同訓練からだ。
(もしかして、渡界した時も護っていたのかも?)
画面を切り替え、別の名簿を表示しながら、モーリは扉を振り返った。
ほどなく、足音が近づいて来て、キララとマイマイが入って来た。
「目標達成率74%……とりあえず、60年後の未来を描ける状況になったわ」
キララとマイマイがタガミとタチバナ、モーリの目の前に冷えた缶ビールを置いた。
「ここからひっくり返せるのは神様くらいだねぇ~」
マイマイが自分の缶ビールを掲げてみせる。
乾杯をしようということらしい。
「まだまだ細々したことがいっぱいあるんですよ?」
苦笑しつつ、タチバナが缶ビールを手に取る。タガミとモーリもビールを手にした。
「メッチャ、人事を尽くしたぜぇ~!」
マイマイが大きな声を出す。
「まったく……人類がどうとか私のガラじゃないっての!」
キララがビールを呷る。
「まあ……お疲れさん、かな?」
タガミが、キララ達に向けて缶ビールを持ち上げてみせた。
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レンは、アイミスの鬱憤晴らしに付き合っている!
キララとマイマイが創世に飽きたらしい!
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