第187話 会談



 "ヒトデ"を"ダンジョン"と呼ぶ。

 

 "ヒトデ"の周囲に設営した"ナイン"の町を"シーカーズタウン"と呼称する。

 

 ダンジョン産の物品は、探索士シーカーが自由に持ち帰って良い。希望すればどんな品でもシーカーズギルドが買取る。

 

 すべて"ナイン"が規定した。

 

 ダンジョンでのモンスター狩りは、ウィルを手に入れる数少ない手段である。

 身の丈に合った階層でモンスターを狩るだけで、ミネラルウォーターや肉や魚の缶詰、ハムやソーセージなどが手に入る。

 

 浅い階層ほどモンスターの数が多く、討伐してもすぐに再出現するため、探索士シーカー同士がいがみ合う必要が無い。

 少し先の階層へ潜れば、酒やタバコ、ウィルと交換できるプレートなどが出る。

 ほどほどにウィルを稼ぎ、ほどほどに食料や水を手に入れる……その程度なら誰にでもできる。

 稼いだウィルがあれば"シーカーズタウン"で衣服などの他、様々な日用品が購入できる。

 ウィルを稼げば、鉱石や化石燃料なども購入できる。

 

 そういうシステムが完成したと、"ナイン"の副国王ケインが発表した。

 

 依然として、モデウスは襲ってくる。"鏡"の渡界者を途切れさせないように注意する必要はある。

 だが、モデウスにしろ"鏡"にしろ、"ナイン"と同盟関係にあれば、さしたる問題にはならない。

 

 当然、防衛出動を"ナイン"に依頼すれば対価を要求されるから、"ナイン"に対してウィル払いか、領土・領空・領海の切り売りをしなければならなくなる。

 ただ、その領土等の切り売りにしても、60年間の期限付きだ。約束が守られるなら、大きな損失として捉える必要は無かった。土地も空も海もモンスターに追いやられて空地だらけなのだから。

 

 "ナイン"との同盟を上手に活用したのは、フィンランド共和国だった。

 結果として、フィンランドは今現在も国内の物流が機能しており、電気ガス水道といったインフラがほとんど乱れていない。

 国土を対価として差し出し、大量の資源を早期に確保した上で、いち早くマイマイの戦闘服を導入。今では、機能限定版の戦闘服をライセンス生産している。

 

 当然ながら、"ナイン"の戦闘服が行き渡った軍隊は強力で、"鏡"対策、白いゴキブリの駆除、モデウスやクリーチャーの駆逐を独力で行うことができた。

 

 軍隊がモンスターより強くなったことで余裕が生まれ、国家の施策として、"鏡"や"ナイン"のダンジョンを積極活用し、組織的にウィルを稼ぐようになった。

 

 世界で初めて、"ナイン"の支援に対する対価をウィルで支払ったのもフィンランドだった。

 先日は、"ナイン"に切り売りした国土の一部買い戻しも行われた。

 

「よく知らねぇ国だが……いや、たいしたもんだぜ!」

 

 ケインが手放しで褒める。

 

 "ナイン"と同盟を結んだ国の現状を知りたいと、日本国から要請があった。

 ケインは、フィンランド共和国を例に、地図と衛星写真、町中を映した動画、人口の推移や食料の備蓄量、国内に存在するゴキブリやヒトデの数と位置、モデウスやクリーチャーによる被害などを図と数値によって説明していた。

 

 オンライン会議の相手は、総理大臣を含む日本国の閣僚達。監察役として別室に居るらしい侍従長が参加していた。

 

『良いかな?』

 

 総理大臣が軽く手を挙げた。

 

「いや、時間の無駄だ。発言は許可しねぇ」

 

 ケインがにべもなく却下する。

 

「次は、オーストラリアだ」

 

 フィンランド共和国と同じように、現状を分析した結果を表示する。

 

『……君っ! 一国の総理大臣に対し、質問も認めないとは失礼が過ぎるのではないか?』

 

 眼鏡を掛けた閣僚の1人が声をあげた。

 

「俺は、てめぇらに用がねぇんだよ! 黙ってろ!」

 

 ケインが吐き捨てた。

 日本国には情報を取ってくる能力がない。だから、"ナイン"に情報の共有を頼んでいるのだ。

 ケインの方は、いつでも回線を閉ざすつもりでいる。

 

「なんだって、こんなクソみてぇな奴らが出てくるんだ? その辺の学生並べた方がよっぽどマシだろうが!」

 

 苛々しながら、ケインが燗をしていた芋焼酎を湯飲みに注ぐ。

 

『申し訳ない。オーストラリアを含め、貴国と同盟を結んだ国はすべて健在……国政は継続しているという理解でよろしいですかな?』

 

 侍従長が訊ねた。

 

「数字上は、日本が一番酷いぜ。まだ、廉価版おもちゃの戦闘服すら購入できてねぇ。モデウスの被害は毎回拡大し、例のゴキブリは東京以外でも繁殖を始めている。"ナイン"に対する防衛出動の依頼頻度も増すばかりだ。それでいて、対価を支払う力がねぇからな」

 

 つまみの湯豆腐を箸で割りつつ、ケインが画面越しに侍従長の目を見た。

 

『確認をさせて下さい』

 

 侍従長が言った。

 

「おう」

 

『円や米ドルは、ウィルという通貨に両替できない?』

 

「そうだ」

 

 ケインが頷く。

 

『ウィルを入手するためには、ゾーンダルクに渡界するか、ダンジョンに入り、モンスターを討伐する必要がある?』

 

「そうだ」

 

『日本国を侵食するモンスターから国土を護るためには、戦闘服というものが必要になるが、それを購うためにウィルが必要であり、現状日本国にはウィルで支払う能力がない?』

 

 侍従長が手元のメモ書きを見ながら言った。

 

「その通りだ」

 

『日本国が"ナイン"国の戦闘服を購うためには、ウィルの代わりに、領土、領空、領海の一部を60年間の期限付きで割譲する必要があるということですね?』

 

「各都道府県に30~50着あれば良い。替えを含めて、100ずつ、4700着あれば水際でモデウスを片付けられるし、地下に籠もってデカいゴキブリを潰して回れるだろう」

 

 外から攻めてくるモデウスより、地下で繁殖している巨大ゴキブリの方が厄介だ。"ナイン"が東京地下でやったことを、他の都市で行うことは難しいだろう。

 

『対価はいかほどでしょう?』

 

 侍従長が訊ねた。

 

「利尻島、舳倉島、対馬、種子島……ってところだな」

 

 答えながら、ケインが柚を絞った湯豆腐を頬張る。

 会談前に想定し、用意してあった回答だった。

 

 途端、閣僚達が騒ぎ始めた。ケインは音声をカットした。

 

『島民の説得に時間を頂きますが……必ず、説得致します。5000の戦闘服はいつ納入可能でしょうか?』

 

 侍従長がケインを見つめる。

 

「廉価版なら即日だが、優秀なのが何人かいるんだろう? そいつらには、本物を着せてやるといい。皇居の護りが危なっかしかったからな。まあ……50着くれぇか。あれは、使用者の身体測定が必要になるからな……それでも、2日あれば届けられるぜ」

 

『特異装甲というものを手に入れる可能性があるそうですが、"ナイン"の戦闘服とどちらが優れているのでしょう?』

 

「そりゃ特異装甲の方が優れている。あれは、神様が作った代物だからな」

 

 ただし、生半可なことでは入手できない。あくまでも、"手に入れる可能性"があるというだけだ。恐らく、大半の渡界者は、何年かかっても特異装甲に辿り着けないだろう。

 

『……神が?』

 

 侍従長がわずかに目を細めた。

 

「ああ、抵抗があるなら……まあ、神に等しい存在と言い換えようか?」

 

 芋焼酎を口に含みつつ、ケインは手元の携帯端末に目を向けた。タチバナからメッセージが入っていた。

 オーストラリア政府を通じ、英国が会談を申し入れてきたらしい。米国との仲介でも申し出るつもりだろうか。

 

『そのような存在が、あちらの……ゾーンダルクにはいるのですね?』

 

「こっちで悪さしている魔王だって、本来なら神に等しい存在だぜ? 俺達、地球の人間が知覚できない存在なんだからな」

 

 ケインは、後でこちらから連絡をするとメッセージを返した。

 まだ、米国には立ち直るだけの余力が残っている。停戦は、米国の戦力と兵器の生産能力を破壊した後の話だ。

 今現在も、マイマイが爆撃機やミサイル基地を狙って、弾道ミサイルを撃ち込み続けている。

 48時間後には、補給を終えた"ナイン"の爆撃機が、再び米国上空へ舞い戻って焼夷爆弾の雨を降らすことになる。

 

 開戦した以上、米国が降伏するまで攻撃を止めることはない。

 

『知覚できない……しかし、説明頂いた通りなら、その魔王を"ナイン"は圧倒しているようです』

 

「圧倒しているのは、"ナイン"というより、うちの国王陛下だな」

 

『それは……先日の機械の巨人でしょうか?』

 

「ああ、そうだぜ? 数秒で日本列島を消し去ることもできる、かなりヤバい御方だ。あまり、舐めた態度はとらねぇ方がいい」

 

『あれは……あの方は神ではないのですか?』

 

「どうなんだろうな? ぶっちゃけ、本人が神だって言いきっちまえば、誰も反論できねぇんだが……今のところ勇者止まりだな」

 

『勇者……』

 

「魔王を倒すのは勇者の役目だろ? あっ、そういうゲームをやったことねぇのか?」

 

『勇気ある者……という意味ではなさそうですね』

 

「そうだな。だが……ああ、そういえば、"ナイン"はアメリカ合衆国と戦争をやってるんだが、日本国はどちらの味方をするつもりだ?」

 

 ケインがスルメを縛っている紐を解きながら、横目で侍従長の顔を見る。

 

『それについては困惑しています』

 

「だろうな?」

 

 小さなコンロに火を着け、手に持ったスルメを頭の方から炙る。

 

『ただ……』

 

「……ただ?」

 

 少し焦げたスルメに齧り付きながら、ケインは侍従長を見た。

 

『日本国の存続……日本国民の命を護ることを考えたなら、採るべき道は1つしかないでしょう』

 

「あんたの立場で、それを言っちゃっていいのかい?」

 

 ケインは芋焼酎を口に含んで目を細めた。

 

『私は"ナイン"との外交に関して、全権を与えられています』

 

「そうか。なら、全権大使殿の見解を聞かせてもらおうか?」

 

『……勇者を庇護する"ナイン"を全面的に支持し、魔王に屈したアメリカ合衆国を非難します』

 

 答える侍従長の口元に、微かな笑みが浮かんでいた。

 

「いいねぇ~」

 

 笑みを返しながら、ケインは小さなげっぷを漏らした。


 

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"ナイン"の同盟国間でも、悲しいくらいの格差が生じていた!

のんびりと会談をしている間も、マイマイが米国にミサイルを降らせていた!

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