第184話 鎧袖一触
地下や配管に残留していた可燃性のガスや固形化した可燃物が盛大に燃焼して、アスファルトのそこかしこから炎を噴き上げていた。
午前3時の東京駅が炎に照らされて赤々とライトアップされている。建物自体は、わずかに焦げた程度で焼け崩れてはいないようだった。
ただ、道路を挟んで並んでいるビル群は、炎に灼かれて外壁が崩れ、倒壊を始めている。
生身では到底生きていられない高熱の中、"騎士"と呼ばれる異形の巨人群が青白い光を噴射しながら灼けた路上を高速で移動していた。
その数、800体。
まだ転移光は継続しており、"騎士"は続々と数を増やしている。
灰褐色に塗装された"騎士"達は、5体が1組になり、それぞれ密集して隊列を組みながら、地上すれすれを時速200キロ程度で浮上移動をしている。
その様子を捉えた映像が、自衛隊にも共有されていた。
自衛隊側も戦闘スーツを着用し、機関砲や対戦車ミサイル、榴弾砲やロケット砲を準備して備えていたが、想定以上の速度で距離を詰められてしまっている。現場の上官に発砲許可を求めた時には、わずか300メートルまで"騎士"の接近を許していた。
現場指揮官の判断で発砲を許可した時には100メートル先に"騎士"が迫っている。
一斉射撃は"騎士"の方が早かった。
背負っていた箱状の兵装から、ロケット弾を連続して放ち、煙幕を噴射しながら自衛隊の防衛陣地へ突っ込む。
寸前、
「いらっしゃいませぇ~」
大型モニターを見ながら、マイマイが端末を叩いた。
自分達で仕掛けた
この地球上には、"魔王"側と真っ向から戦うことができる戦力は"ナイン"しか存在しない。
"魔王"がゲームを楽しみたいなら、"ナイン"にちょっかいを出すしかない。
かつての大国を籠絡し、"騎士"をいくら増やしたところで、"ナイン"を潰さない限り、ゲームの勝者にはなれない。
大陸に湧いたクリーチャーを相手に遊んでいるだけでは物足りなくなった"魔王"が、最強の武装国家である"ナイン"に的を絞って動き始めることは分かりきっていたことだ。
本来なら、南鳥島を攻めなければいけないのだが、そもそも、地球上に"ナイン"の本拠地である"第九号島"は存在しない。
代替目標となったのが、"ナイン"が擁護している……ように見える"日本国"だった。
傀儡どころか、瓦解したも同然で何の決定もできない政府機関を無視し、"日本国"にとっての重大決定をした皇居を狙うという"魔王"の判断は間違ってはいない。
高速移動できる"騎士"を大量に転移させ、最短距離を移動して突入、積載できる最大火力を一斉射……戦術としても間違ってはいなかったはずだ。
投入された"騎士"は5800体。全"騎士"が大口径の機関砲とロケット弾、ミサイルなどで重武装している。奇襲する戦力としては十分だった。
ただ、そのどれもが、"ナイン"によって誘発されたものだった。
"魔王"側も、それを承知で数の力で押し込もうとしたのだろうが……。
「マキシスが作ったバリア……良さそうね」
東京地下に滞留していた魔素を吸って作動する魔導装置が、皇居をぐるりと囲んで設置してあった。いわゆる不思議エネルギーの障壁が夜空に聳え立ち、機関砲弾やロケット弾を弾き、"騎士"による突入を防ぎ止めている。
連続作動時間は長くないが、奇襲の足を止めただけで十分である。
外側からの攻撃は防ぎ止め、内側からの攻撃は透過させる。極めて理不尽なエネルギー障壁により、皇居を護っていた自衛隊の対戦車ミサイルや機関砲が"騎士"に命中し、次々に撃破してゆく。
「う~ん、もっとガシガシやらないとぉ……バリアが消えちゃうよぉ~」
椅子の上で体育座りをして戦況を見守っていたマイマイが別のモニターを見た。
モニターでは、広域マップ上を無数の光点が点滅しながら移動している。
南鳥島から東京に向けて発射された極超音速ミサイル群だった。
「船舶の転移を確認……航空母艦です。座標出します」
薄暗い作戦司令室内に、タチバナの声が響いた。
東京急襲と同時に、南鳥島を別働隊が攻撃する作戦だったらしい。動かなくなった原子力空母群に戦闘機と陸戦用の"騎士"を満載して転移させたのだろう。
「長距離誘導弾、魔素弾頭で発射」
キララが指示をした。
「魔素弾頭に換装開始します」
応じたのはモーリである。
魔素を詰めた弾頭を上空で爆発させるだけのミサイルだが、用意した数は膨大だ。この時のために、台場の工場で東京地下の魔素をせっせと汲み上げ、濃縮して弾頭に詰め込んであった。
ミサイル自体は非常に小さい。重たい弾頭を飛ばす必要がないため、ミサイル自体は歩兵用のロケット弾並に小型化されている。
「長距離誘導弾、ファーストセル、換装完了……全弾発射」
モーリの正面にあるモニターで、1~200の数字が赤く点灯した。
「セカンドセル、換装開始します」
「換装終わり次第、発射」
「了解」
「海中のモンスターが反応。空母群に向かっています」
「魔素を撒き散らしてくれるから丁度良いわ。海中からも来ているでしょう?」
キララがタチバナを見た。
「来てはいるのですが……沈んでいます」
「どういうこと?」
「おそらく水中装備を備えた"騎士"だろうと思いますが、動作不良なのか、出現位置から下方へ沈降中です」
探知情報が表示されたモニターを眺めながらタチバナが首を傾げている。
「なんだろう? 海底を歩いてくるつもりかしら?」
キララも首を捻った。
「セカンドセル、換装完了……全弾発射」
モーリの声がミサイルの発射を告げた。
「第3世代の戦車並かなぁ~、それなりに頑丈だけどぉ……」
皇居に迫っていた"騎士"に極超音速ミサイルが降り注いで一気に破壊していた。
「残り……500くらいかもぉ」
自走している"騎士"の数が画面に計上され、地図上にマークが点る。
「もうちょい撃ちたかったけどぉ、バリアが息継ぎする時間になっちゃったぁ~」
マイマイが頭を抱えて呻いた。
エネルギー障壁発生装置が魔素を再充填するために"息継ぎ"をしてしまう。その間、"騎士"の攻撃を防ぎ止めていた障壁が消えてしまうのだ。
「ポチッと!」
マイマイが無駄に大きく作った赤いボタンを押した。
「アラート! "ナイン"防衛軍、出動せよ! アラート! "ナイン"防衛軍、出動せよ! アラート!……」
モニターの背景が黒と黄色の警告色に変わり、真っ赤な文字が明滅しながら躍る。特に意味は無い。全てマイマイの趣味である。
「こちら司令室、防衛隊各員、全ての武装の使用を許可します」
タチバナがマイクに向かって告げた。
マイマイ製の特殊戦闘服を与えられた"ナイン"の軍隊が、東京駅、国会議事堂、日本武道館の地下から一斉に出撃を開始した。
「バリア消失まで、80秒」
タチバナが表示を読み上げた。その声は、出撃中の全隊員に聞こえている。
「きゃあぁ~、ユキちゃぁ~ん!」
画面を見ていたマイマイが歓声をあげた。
マイマイの特殊戦闘服とは異なる、純白の特異装甲服を着たユキが"騎士"をハンマーで粉砕して駆け抜ける。一切の反撃を許さず、進行方向にいる全ての騎士を打ち砕いて一直線に駆け抜け、そして駆け戻る。
東京駅から皇居までの約1キロを、瞬間移動でもしているのではないかと疑いたくなる速度で移動して、破壊の限りを尽くしていた。
「クロ君やタガミさん達も頑張ってるし、おかわりが来ても皇居は大丈夫ね」
キララが呟いた。
「バリア消失まで、60秒」
タチバナが残り時間を伝えつつ、南鳥島の海上を映した映像に目を向けた。
「海上の艦艇よりミサイルが発射されました。続いて、航空機が発艦を開始」
「魔素弾予定高度で爆発開始。サードセル、全弾発射」
モーリがモニターに映る計測値に目をやった。
「戦闘予定海域の魔素濃度上昇中……魔素が海上に滞留しています」
「実験通りね。理屈の解明には到らなかったけれど……気体のように流れたり散ったりせず、あのまま時間の経過で薄れて消えてゆくのよね」
キララが頷いた。
魔素の性質を利用すれば、意図してある程度の範囲に滞留させることが可能だった。
「南鳥島の自動迎撃ミサイル及び機関砲が作動」
「再び、海上に転移反応です。今度は、ミサイル巡洋艦……ミサイル駆逐艦多数」
「うはぁ……奮発したねぇ~」
「向こうは、転移エネルギーの確保に魔素を利用しているわね」
キララが呟いた。
「魔素濃度さらに上昇。海域上空にトンボの大群が接近中」
モーリが告げた。
「トンボが来ちゃったかぁ~……何隻か沈みそうだねぇ」
「格納庫? カタパルト、どう?」
『ケインだ。少しぐずったが想定の範囲内だ』
「せっかく、ナンシーさんの許可が出たんだから思いっきりやってもらわないとね」
『おう! たまにはガス抜きも必要だからな』
ケインの笑い声が響く。
「位置情報入力完了……射出孔開くわ」
『カタパルト延伸……接続完了。フェアリング・クローズ……液体燃料充填完了……』
ケインの声がスピーカーから聞こえる。
『無駄にくっつけたロケットブースターを点火するぜ!』
「距離を考えたら確かに無駄よね」
キララが笑う。
『カウントダウン……10秒前』
壁面モニターに、地下から斜めに伸びるカタパルトが映し出され、映像が切り替わって、カタパルトの根元に鎮座している円錐形のロケットが表示された。
『5……4……3……』
「……小さくてもロケットね」
キララが目を細める。横で、マイマイが缶ビールを開けた。
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東京地下の炎上に乗じて、"魔王"軍が侵攻してきた!
東京地下の魔素を利用した"ナイン"のバリアが発動した!
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