第183話 起爆


(よく分からないけど、僕達が全部やる必要はなくなったのかな?)

 

 ケインからの報告を聞きながら、レンは暗がりに転がる平たい虫達を見回した。

 

(こっちは思ったより酷かったな)

 

 こっちとは、東京の地下にある施設群のことだ。地下鉄を筆頭に、地下街、地下通路、雨水管、貯水施設……。人間より大きなゴキブリがうようよひしめいていた。

 

 補助脳の探知情報で反応が多数あることは分かっていたが……。

 

(他の都市もこんな感じなのかな?)

 

 日本政府は、出入り口を封鎖し、殺虫成分のある薬液を噴霧して退治しようとしていたようだが、既存の殺虫剤は効果が無く、人体にも影響がでる毒薬の使用を行っていた。だが、白いゴキブリは数を減らすどころか増加している。

 

(毒で水を汚しただけか。東京の水道水って、大丈夫なのかな?)

 

 住民の避難は完了しているそうだが、レンが探知したところでは、ぽつりぽつりと人間の反応が残っている。

 

 今の東京で、何を食べ、何を飲んでいるのだろう?

 

『救助隊を急行させます』

 

 無線からタチバナの声が聞こえた。居残っている住民を強制退去させるために人選をして派遣している。

 

 計算上、今から使用する焼夷爆弾は、地上にはあまり被害を出さない。

 地下のインフラは破損するし、ガス管の爆発による火災は避けられないだろう。特に、可燃物を取り扱っているガソリンスタンドや町工場、倉庫などは大きな火災を起こす可能性が高い。

 火災は、マイマイが操作するドローンが、消火剤を詰めた爆弾を降らせて鎮火することになっている。それでも、消火までに、かなりの家屋に延焼するだろう。

 

『レン君、待たせた』

 

 ケインから無線が入った。

 

「予定に変更は?」

 

『押し切った。日本国から正式な駆除依頼を出させたぜ。思う存分やってくれ』

 

「了解です」

 

『救助隊が老夫婦を確保、もう1つの反応はペットショップだったそうよ。とりあえず、護送車で移送しています。退避完了まで……18分』

 

 タチバナから無線が入る。

 

「了解」

 

 レンは、視界右上の時刻を確認した。

 

 すでに予定から41分間遅延している。思いのほか、残っている住民が多かった。取り残されたらしいペットの保護までやっているため、時間がかかっている。

 

(まあ、ゴキブリの封じ込めは終わっているし……後は、生き残った個体の処理だけか)

 

 補助脳が表示する探知情報を見ながら、レンはHK417の引き金を引いた。

 地下に連続した射撃音が響き、コンクリートを削った跳弾が火花を明滅させる。刹那の閃光の中、子犬ほどの大きさをしたゴキブリの群れが、体液を撒き散らして跳ね転がっていた。

 

(卵からかえった個体が多い)

 

 今のが何世代目なのかは考えたくない。

 銃で何匹か撃ったところで焼け石に水だ。

 

(もう少し時間があれば……)

 

 あと一ヶ月あれば、キララが開発中の殺虫剤が完成間近だったのだが、もう東京の地下は飽和状態だった。

 地下から這い出た白や赤のゴキブリが餌を求めて電柱やビルの鉄筋、車両などを食い荒らしている。

 一ヶ月の猶予は無いと判断した。

 

『救助に向かった部隊員が"騎士"と交戦中……"騎士"は7体です』

 

「どこですか?」

 

『新宿よ』

 

「……新宿」

 

 レンは眉をひそめた。

 レンの思考に応じて、補助脳が新宿のマップを表示する。交戦地点にマークが点り、映像が拡大表示された。

 

(警察が来ている)

 

『警察が退避の声掛けを行っていたところに、突然"騎士"が現れたらしいわ』

 

「動きが鈍いですね」

 

 鈍いというより、"騎士"の動作がおかしい。壊れたロボットのような……とでも言うのだろうか。全体に挙動が不自然だった。

 

(新宿……か)

 

 レンにとって、唯一と言ってよいくらい馴染みのある場所だ。

 

(おかしな仕掛けはなかったよね?)

 

 例の"使徒ちゃん"が魔王と共謀していたと聞いて、過去に"使徒ちゃん"のイベントが起きた場所の調査を行っている。

 

『監視カメラの映像によると"騎士"は、転移によって出現しています』

 

(転移……転移元は?)

 

『4箇所に残留エネルギー。"新大久保" "池袋" "上野" "赤羽"の駅構内です』

 

(駅から?)

 

『いずれの駅舎も現在は無人です』

 

(そうか……そうだよな)

 

 住人の疎開、退避が行われた無人の都市である。わずかに人が残っているとはいえ、人目につかずに行動することは容易い。

 

『救助隊員が銃の使用許可を求めています』

 

 "騎士"の鈍重な動きを見て、近接武器による制圧を行おうとしたようだが、"騎士"が機関砲やロケット弾の使用を開始したようだった。

 

「武器の使用を許可します。交戦について、ケインさんに報告をお願いします」

 

 こちらが撃たなくても、向こうは撃つ。

 被害に大差は無い。

 

『了解しました』

 

 "日本国"との難しい話し合いは、ケインが担当だ。

 

(それにしても……やっぱり魔素の濃度がおかしい)

 

 レンは、補助脳が検出している魔素の数値に眉をひそめた。

 巨大ゴキブリが放出しているのか、産み付けた卵か。それとも、他の要因があるのか?

 

 東京地下に、濃密な魔素が滞留していた。

 "魔王"か、"ゼインダ"か。何者かが意図して仕組んだ結果であることは間違いない。

 

(魔素なら、"ゼインダ"かも?)

 

 レンは、線路上を走ってくる大型の個体めがけてHK417を連射した。

 白いゴキブリが巨体に物をいわせ、銃弾を浴びながら突進してくる。

 

「パワーヒット、オン!」

 

 レンは、HK417を【アイテムボックス】に収納しながら前に出ると、突進してきた白いゴキブリを殴りつけた。

 

 

 ゴシャッ!

 

 

 湿った破砕音を残し、白いゴキブリが真後ろへと吹き飛び、後続のゴキブリを巻き込んで線路上に破片を撒き散らした。

 

 レンは、銃座に据えたM2重機関銃を線路の上に据えると、射撃レバーを押し込んだ。

 

 

 ダダダダッ! ダダダダダダダダッ……

 

 

『"騎士"の排除を完了しました。負傷した隊員はステーションに送還済みです』

 

 重機関銃の射撃音に、タチバナからの無線が重なる。

 

「避難は完了しましたか?」

 

 いつまでも、こんな場所で不毛な戦闘を続けているわけにはいかない。

 

『退避完了です』

 

「起爆を開始します」

 

 レンは手榴弾を前方の暗がりへ放ると、壁面にある整備扉から通路へ入った。

 

「A1からA9、起爆。B1からB8、起爆。C1からC11、起爆。D1からD18、起爆……」

 

 壁面に設置してある起爆装置のスイッチを次々に下ろしてゆく。

 レンがいる地下は、Z区画だ。

 

『ハロ~、マイチャイルド!』

 

 元気な声と共に、白衣を羽織ったマーニャが現れた。

 

「G1からG9、起爆……」

 

 起爆を続けながら、レンは等身大のマーニャを見た。

 

『お取り込み中みたいね!』

 

「大丈夫です」

 

 順番に、全てのスイッチを入れるだけだ。

 

『"ゼインダ"に動きがあったわ!』

 

「"ゼインダ"に?」

 

『虫よ!』

 

「……虫?」

 

 レンは、H列のスイッチを入れながら、"マーニャ"の顔をまじまじと見つめた。

 

『空間をねじ曲げて、どこかの空間とこちらを接続しようとしているの!』

 

「そんなことが?」

 

『"ヒトデ"の内部と一緒よ!』

 

「まだ、そんな力が残っていたんですか?」

 

 かなり弱っていると聞いていたのだが……。

 

『代替エネルギーを魔素から得ているのね。ここにもいっぱいあるじゃない?』

 

 "マーニャ"が周囲を見回す。

 

「やっぱり、ゴキブリが魔素を作っていたんですか?」

 

『虫というより、虫の死骸ね!』

 

「死骸が?」

 

『生命活動を停止した後、体組織が魔素の粒子になるのよ!』

 

「……死骸が魔素に?」

 

 J列の起爆スイッチを入れながら、レンは視界隅に表示されている魔素の濃度を見た。今のところ、大きな変化は見られない。

 

「ゴキブリは、全世界で繁殖しているんですが……」

 

『全世界で魔素が増えているわ!』

 

「ヒトデは囮? 本命はゴキブリだったということですか?」

 

『分からないわ。計画性が感じられないのだけど……騙されていたのかしら?』

 

「補助脳が観測した範囲だと、魔素は地下にしかありません。ゴキブリは、"ヒトデ"のように酸素を喰って魔素を出すわけじゃないし……これで、どうやって人類を滅ぼすつもりなんでしょう?」

 

 レンの質問に、"マーニャ"が小さく頷いた。

 

『地球では、魔素は低い場所へ流れて滞留するようね。通常の大気に干渉していないから呼吸は問題ないわ。魔素の中だからといって、人体に悪影響が出る確率は低いでしょう』

 

「補助脳の分析では、病気の心配もいらないみたいです」

 

 レンは、M列の起爆スイッチを押した。

 

『純粋にエネルギーの回復材料として、魔素を増加させようとしている可能性もあるのだけれど……』

 

 "マーニャ"が腕組みをして沈思をする。

 

「N1からN12、起爆」

 

 レンは起爆作業を継続した。

 

『地球上の生物を滅ぼすなら、宇宙空間……超重力宙域に接続するわよね? でも、魔素のような粗悪なエネルギーでは変換効率が悪過ぎるわ。空間操作が可能なほどのエネルギーを集めるために数百年かかってしまう。でも、すでに空間操作を試みた痕跡はあるのよ。おかしいわよね?』

 

 黙々と起爆を行っているレンの横で、"マーニャ"が独り言を呟きながら考え込んでいた。

 

「最後、このエリアになります。脱出します」

 

 レンは"マーニャ"に声を掛けて、Z列の起爆スイッチを入れた。

 

 

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東京地下で大量の焼夷爆弾が爆発を開始した!


"マーニャ"が"ゼインダ"の暗躍を察知した!

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