第182話 危急の一手
初めこそ少なかった市町村からの問い合わせが加速度的に数を増やし、129の村、103の町、85の市、2の区が"ナイン"の統治を受け入れ、正式に文書を交わした。
"ナイン"に保護された市町村への転入を希望する人が急増し、日本国の市町村の過疎化が顕著になった。地方中央の別なく議員達の中にも"ナイン"領に移住する者が現れて、物議を醸している。
そんな中、宮内庁の侍従長が南鳥島を訪れた。
"ナイン"をよく調べたらしく、儀礼的なアプローチや無駄な折衝を省略し、ケインの元へ直接連絡をしてきた。
「宮内庁は、"ナイン連邦"を国家として認め、友好的な関係を築くためにあらゆる努力をする」
侍従長は、単刀直入に要件を告げてきた。
対して、ケインは、
「了解した。"ナイン"は、宮内庁を1つの国家と認め、同盟国として取り扱う」
と即答した。
そして、その場で文書を用意することになった。
「そちらの国名は?」
ケインの問いかけに、
「日本国です」
侍従長が答え、調印文書に国名が記された。
互いに既存の日本政府については触れず、それについては是とも非とも言わず、"ナイン連邦"と"日本国"は同盟を結んだ。
"日本国"の国土は宮内庁が強く影響力を持っている地域に限られる。
日本列島の大部分は、未だに日本政府が統治をしている。
続いて行われた会談で、"日本国"が呼びかけを行い、全国津々浦々の市町村を日本国の領地に編入すること、"ナイン"統治下に入った市町村についても、希望があれば随時、"日本国"への編入を行うこと等が取り決められ、その場で文書を作成し調印が行われた。
わずか2日間の出来事である。
"日本国"は、日本列島を襲っている混乱を鎮め、国土の防衛力を高め、国民を飢えさせない物資を確保した。
"ナイン連邦"は、不要な管理業務から解放され、無用な国土を手放して、当初に予定していた通り、正式な同盟関係の下で、物資の支援と防衛力の提供を行うことができるようになった。
「ぎゃ~~、ケインの顔見てあげてぇ~~っ!」
例によって、マイマイが笑い転げている。
"日本国"の侍従長と"ナイン連邦"の副国王による調印式が、全世界に向けて放送された。
「思ったよりフットワークが良いわ」
キララが、グラスを傾けながら呟いた。
「ぎりぎりですけど、何とか間に合いましたね」
「……自衛隊と撃ち合わずに済みそうです」
タチバナとモーリが安堵の息を吐いた。
「日本政府は、どうするんだろ?」
キララが空にしたグラスにブランデーを注ぐ。
「また、そういう交渉を水面下でやっていたぁ~とか、取り繕って発表するんじゃない?」
日本国民を守るために、日本政府にできることは何も無い。
既存の通貨がゴミとなった以上、税金を使った施策は行えない。日本政府には、対価を支払う能力が無くなった。国家の危機だから無償で動けと命じるしかない。
価値を消失した日本政府に代わり、"日本国"が"ナイン連邦"を国家として承認したことで、"ナイン連邦"は"日本国"の正式な要請によって援助物資を供出し、"日本国民"は"ナイン連邦"の軍事力に守られることになる。
動揺したのは、国家に仕えていた国家公務員達である。
混乱は、日本政府の要請で動いていた警察組織、国防を担っていた自衛隊から予備役となっている戦訓校の卒業生達にまで波及した。
「宮内庁が作った時間的な猶予を、どう有効に使えるか……政治手腕が問われるな」
じっと会見の様子を見ていたタガミが呟いた。
「まだ期待してるんだ?」
キララがタガミを見る。
「ここまでの決断を天皇家にさせておいて、国政に関わる人間がぐだぐだ言っているようでは……つまらないだろう?」
「つまらない政府だから、こんなことになったんじゃない」
「……そうなんだが、このままでは後が続かない。宮内庁だけでは手が足りないからな」
「九号島の亡霊で良ければ派遣するんだけどね」
キララが笑った。
「未曾有の危機の中、やるべき事、成すべき事を放棄して、何をやっているんだ?」
「寄り合いをして、居眠り……後は、週刊誌の記事をネタに中傷合戦かしら? もう、お手当に意味がなくなったし、貯め込んだ貯金はゴミになったから、本気でやる気が無いのかも」
「それが冗談だと笑えないから怖くなる」
「タガミさん、総理やったら?」
「何を馬鹿な……」
タガミが苦笑する。
「あら? タガミさんが総理大臣をやった方が遙かにマシな国政になるわよ?」
「勘弁してくれ。自分の程度はよく知っている」
「ああ、なんて奥ゆかしいの……でも、ちょっとは考えたでしょう?」
キララが
「タガミさん、トガシさんから音声通話が入っています。繋ぎますか?」
タチバナが、ヘッドセットを指差して言った。
「いや、要件は分かっている。あいつは、皇居の護りについているからな」
「大丈夫なの?」
キララが訊ねた。
「トガシか?」
「それなりに強いのは知っているけど、それって常識的な範囲での話よね? 世の中、非常識な怪物が溢れているわ。護りとして、ちょっと手薄なんじゃない?」
「確かに……」
「レン君に相談してみようか? 同盟国を支援することに反対しないと思うわ」
「……頼めるだろうか?」
「取りあえず、皇居の護りね。ちょうど、東京の地下に潜っているから……」
「上が混乱していて、警察も自衛隊も動きが鈍い。トガシの連絡も、その辺についてだろう」
タガミが呟きながら、ヘッドセットを受け取る。
「国王様は、どうすると思います?」
モーリがタチバナに訊ねた。
「皇居の護衛?」
「いえ、地下に設置している
「予定通り、使用するでしょうね」
タチバナが、レンに連絡を取っているキララを見る。
「東京を燃やして……"日本国"が黙っていますか?」
「苦情は仕方ないわ。地下のゴキブリを放置しておくわけにはいかないから。事後の"日本国"からのクレームは、ケイン先輩にお任せましょう」
タチバナがモニターに映っているケインを見た。
宮内庁の侍従長と並んで、フラッシュライトを浴びながら記者からの質問に答えている。時折、手元にあるミネラルウォーターが入ったコップへ視線を落とし、嘆息を漏らしているようだった。
「後、20分で切り上げないと、会見中にボカン! ですよ?」
モーリが時計を見る。
「さすがに可哀想な気がするわ」
タチバナが微笑を浮かべながら、端末を使ってメッセージを送る。
モニターの中で、ケインが携帯端末を見て盛大に眉をしかめた。
「クロ君達を送るように言われたけど、今どこだっけ?」
キララがタチバナに声を掛ける。
「救援部隊の護衛中です。現在の位置は……新居浜ですね」
「すぐに戻るように伝えて頂戴」
「愛媛ですよ?」
「新居浜の"ヒトデ"が、沼津の"ヒトデ"に繋がっているわ。クロ君達なら問題ないでしょ?」
「なるほど……それなら、時間は掛かりませんね」
タチバナが頷いた。
「ケインさんが席を立ちましたね」
モーリが言った。
「切り上げるみたいね」
画面を見ながら、タチバナがユキに連絡を入れた。
すぐさま扉が開いて、会見場の外に待機していたユキがケインと侍従長に近づくと、同時に踏み込んできた自衛隊員達が壁を作って取材陣からケイン達を隠した。
「後、12分」
「名簿に無い男が建物に入ったわね。退避経路を変更。ユキちゃんに新ルートを伝えるわ」
キララが複数の図面を空中に表示させる。
「渡界者ですね」
「映像、フェイクを用意するわ。しばらく、ゴア表現たっぷりになりそうだし……マイちゃん、起きて! もうすぐナパームよ!」
「……ナパーム!?」
机上にうつ伏せになって潰れていたマイマイが跳ね起きた。
「計算通りなら、ほとんど地上を焼かずに済むんだけど」
モーリが緊張顔でモニターを見つめる。
丸の内にある固定カメラが広い車道を映していた。
「地下鉄の駅のシャッターは閉めて貰ったけど、あんなの気安めだからなぁ」
ぶつぶつと呟きながら、手元の端末に表示した地下鉄マップを見る。
巨大ゴキブリは地下鉄の線路上を移動し、駅の構内や点検口などに卵を産み付けている。今、レンが地下を巡って、モーリが指示した位置に指向性を持たせた焼夷爆弾を仕掛けていた。
一応、モーリの計算では、炎は地下鉄や地下街などを灼くだけで、地上階の被害は軽微で済むことになっている。マイマイのコンピューターでも、似たような被害予想になっていた。
「変なところでガスが漏れていたり……そういうのが無ければ」
モーリの呟きを聞きながら、タチバナが監視カメラの映像を切り替えて、駐車場へ移動するケイン達を映した。
「渡界者経験は1度だけ。滞在時間も短い。隠し球を持っているのかな?」
キララが、不審者を追っていた。
「"騎士"の可能性は?」
「ああ……そんなのもあったわね」
タガミの問いかけに、キララが苦笑を漏らした。
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行政府を置き去りに、"日本国"が"ナイン"と同盟を結んだ!
東京(地下)が炎上しそうだ!
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