第181話 編入準備

 

 多くの国が、自国の領内から外へ出ることができなくなっている。

 

 ゾーンダルク産の大型モンスターが存在して、空路、航路、陸路に脅威を与え続けている。

 陸海空の移動を制限された状態で、宇宙を経由した移動を考えるのは当然の流れだが、宇宙空間へ到達するまでに飛翔型のモンスターに捕捉されて墜とされることがほとんどだった。


 既存の衛星群は乗っ取られている。

 仮に衛星の打ち上げに成功しても、1時間も経たない内にコントロールを奪われてしまう。

 

 海底ケーブルは寸断され、修理をしたくてもできない。

 困り果てた各国が電波塔を建設し、リレー方式で長距離の通信・通話が行うことになったが、情報伝達の遅延や欠損は当たり前、気象によっては半日近くも音信不通状態になった。

 

 "鏡"のモンスターだけであれば、行動領域が決まっているため、対処が可能だったのだが……。

 

 白いゴキブリが大量発生し、鉄を狙って徘徊している。

 海からは、半透明のマネキン巨人が襲撃してくる。

 突如として現れる怪物が家畜のみならず人間まで捕食する。

 

 防戦したくても兵器製造に必要な資源が確保できず、工場は破壊されてゆく。

 "ステーション"で購入する武器と弾薬では防衛がままならない。

 時間は人類に味方してくれない。

 

 初期対応で"ナイン"を拒絶した国々では、"魔王"ルテンの"騎士"を選択する動きが見られるようになった。

 

 "ナイン"の側は、拒絶も歓迎もしていない。

 "ナイン"を国家として承認し、国家として付き合うだけで相応の支援を受けられるのだが……。

 

「日本の市町村も似たり寄ったりね」 

 

 タチバナが苦笑を漏らす。

 

「国会議員が"ナイン"に屈するな、日本政府を信じろと、懸命の声掛けを行っているようです」

 

 モーリが、ヘッドセットをつけながら笑った。

 仮眠を終えて戻ったところだ。

 

「"ナイン"に靡いた市町村には手厚い援助を行いましょう」

 

「当分は飛び地になります。道中を妨害してくる可能性があります」

 

「できないでしょう」

 

「命じられたら、警察も自衛隊も出動しないといけません」

 

「その命令が届かなかったら? あるいは、解除されたら?」

 

「……なるほど」

 

 モーリが頷いた。

 

「日本国内の全ての通信手段は"ナイン"の管理下にあります。そして、ガスも電気も水道も……コンピューターによって動作する全ての主要インフラをコントロール可能です」

 

 もう日本国は詰んでいるのだと、タチバナが呟いた。

 

 "ナイン"の日本に対する対応方法が、他の国々とは明らかに異なる。

 初めは試験的に様々な手法を試しているのかと思っていたのだが、どうやら初めから日本を支配下に置くことを念頭に置いて計画が練られていたようだった。

 

「先輩達、そういうことに興味は無さそうなんだけど」

 

 タチバナが首を傾げる。

 

「それ、多分、レン君……国王様ですよ」

 

 モーリが援助部隊に指示を出しながら言った。新しく、"ナイン"の統治を受け入れたいと希望する市や町の住人が、援助部隊に直接相談をしているようだった。

 

「レン君が?」

 

「ユキから聞いたんですが、彼は日本国を救う気みたいです。正確には、日本国というより日本国民かな? 国の形はどうでも良いと考えているらしいので……」

 

「日本という国は残すつもりなのね?」

 

「日本国民の生命と安全を守るそうです。まあ、"ナイン"を受け入れてくれることが大前提でしょうけど」

 

 小さく笑いながら、モーリが支援対象に加わった市町村の情報を救援部隊に伝える。

 

「……クロイヌの部隊から、高機が併走しながら停車を命じていると言っています」

 

「まだ、そんなのがいるのね。無視で良いわ。進路を妨害するようなら、粘着弾で沈黙させるように伝えて」

 

「了解」

 

 モーリが指示を伝える。

 

「その高速機動隊の情報を本部に連絡お願いね」

 

「例の"魔王"の死人が絡んでくることがありますかね?」

 

「あると良いわね」

 

 呟きつつタチバナが、無数に入ってくるメッセージを手際よく整理し、いくつか選んで返信してゆく。

 

「……これ、まだ使ったことが無いんですけど」

 

 モーリが情報端末の横に置いたスプレー缶を見る。

 

「対"魔王"用の薬液が入っているそうよ。思念体には銃が効かないから……まあ、御守りね」

 

 タチバナの横にも同じスプレー缶が置いてある。

 スプレー缶だけでなく、手榴弾やグレネードランチャーの弾に薬剤を詰めた物も支給されている。部屋の隅には、安全ピンを抜くと1秒後に大量のガスを噴霧するタンクが設置されていた。

 

「"魔王"は遊びたかったんですよね?」

 

「そう聞いているわ」

 

 タチバナが頷いた。

 

「なら、今頃、この世界を楽しんでいるのかな?」

 

「"魔王"の方は満足しているかもしれないわ。でも、もう片方の……"ゼインダ"はどうでしょう? 今の状況は不本意だったんじゃない?」

 

「"魔王"と"ゼインダ"が同じ体に入っているんでしたっけ?」

 

「そろそろ、モデウスの波状攻撃が始まる時間よ。各地の救援部隊に連絡。"ナイン"国に従属すると意思表明した市町村をモデウスから護るように……撃墜した飛行タイプの落下位置に注意」

 

 指示をしながら、タチバナが襟に挟んであるマイクに触れた。

 

「こちら、タチバナ。了解しました」

 

「国王様ですか?」

 

 モーリがタチバナを見る。

 

「タガミさんよ。青森県知事が、"ナイン"の統治を受け入れる用意があると連絡してきたみたい」

 

「青森? 県ごとですか?」

 

「こちらの代表者と話し合いがしたいそうよ」

 

「また、そのパターンですか。代わり映えしませんねぇ……」

 

「青森県は、21の市町村が"ナイン"に従属しているわね。他の市町村からも打診が相次いでいるから、県知事の方は放置で良いでしょう」

 

 報告をしてきたタガミの部隊は、日本海東北自動車道を走行していた。新潟県の新発田の近くを北に向かって移動中である。

 

「零時からですよね?」

 

 モーリが腕時計を見る。

 

「そうね」

 

 タチバナも画面の時刻を確かめた。

 その時、画面に受信マークが表示された。

 

「……レン君からだわ。スピーカーにするわね」

 

 タチバナが端末を指で叩いた。 

 

「こちら、タチバナ」

 

『レンです。日本政府から、もう少し時間が欲しいとの回答がありました』

 

「……総理からですか?」

 

『総理と副総理、それぞれから連絡があったそうです』

 

「残念です」

 

 タチバナが溜息を吐いた。

 

『なので、予定通りモデウスの襲撃が終了する零時をもって作戦を決行します』

 

 レンの声に、タチバナとモーリが視線を交わして頷き合った。

 

「今、東京ですか?」

 

『はい。目の前に、ゴキブリの卵があります。やはり、魔素の濃度が高いですね』

 

「何カ所目ですか?」

 

『301箇所目です』

 

「もう、ヒトデとは無関係な個体なんですよね?」

 

『そうみたいです』

 

 レンと一緒に、連続した銃声が響く。

 

「成体がいました?」

 

『成体というか……色違いですね。今のは真っ赤な色をした個体です』

 

「新種でしょうか?」

 

『どうなんでしょう? 大きさは白いのと同じくらいでした』

 

 再び、銃声が響く。閉所で撃っているらしく、幾重にも反響した音になっていた。減音器を使用していないらしい。

 

「全部をレンさんが設置しているんですか?」

 

『はい。でも、もう半分くらい終わったと思うので……零時には間に合います。そちらはどうですか?』

 

「こちらは想定の範囲内です。"ナイン"の統治を受け入れた市町村は、全体の7%くらいですね」

 

 タチバナが答えた。

 

『思ったより反応がありますね』

 

「住民投票でもっと増えますよ。そうしないと"ナイン"の物資が貰えなくなりますから」

 

 "ナイン"の統治下になっても実害が無く、むしろ物資が潤沢に配給される。生命の安全に価値を感じる住民なら"ナイン"に票を入れるだろう。今現在は、胡散臭く思っている者が大半だろうが……。

 

『さっさと終わらせて次の段階に進みたいです。"ナイン"の国民になった人達のために、ダンジョン以外にもウィルを稼げる手段を用意しないといけないですし……』

 

 今は、救援という形で無償配給を行っているが、いずれは各人が自分達が稼いだお金で欲しい物、必要な物を購入できるようにしなければいけない。

 

「全員、一度は渡界をしてもらわないと駄目ですね」

 

 モーリが笑みを浮かべる。

 

『僕達の時と違って、今は……エスコート・サービスが受けられますから、小さな子供でも大丈夫です』

 

「モデウスの侵攻経路やタイミングについては共有しないんですよね?」

 

 モーリが訊ねた。

 

『はい。日本が"ナイン"との同盟を望んでいないことが分かりました。日本の領土は日本に任せます』

 

 日本国は"ナイン"を国家として認めない。

 日本の市町村は"ナイン"を国家として認めて、その統治下に入る。

 笑えない状況が誕生しつつあった。

 

『次の事案が、難民の受け入れにならないといいんですけど』

 

 寂しげに笑う声が聞こえ、レンからの通話が切れた。


 

 

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何をやっても、劇的な改善は起きそうもない!


レンが東京でゴキブリの駆除をやっている?

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