第87話 イーズの困惑


「島主が自らお出迎えですかぁ?」


 あどけない表情で、三歳児が訊いてくる。詰襟の黒い上着に、ラッパのように裾の拡がったズボン、上着の腕には赤い腕章が巻いてあった。色の違いはあるが、全員が似通った衣服に身を包んでいる。

 これが、イーズの商人らしい。

 第九号島が迎えた初めての外来者だった。


「ええと……渡界者で、この第九号島の島主をやっているレンです」


 50人近い三歳児の集団を見回してから、レンは真ん中にいる三歳児に向かって頭を下げた。

 

「僕は、イーズの第108商船長、ファーンミト・ジュライノームだよ。よろしくね!」


 正面の三歳児が胸に片手を当ててお辞儀をした。外見通りの幼い声である。


「寄港の目的はなんです? この島には、飲料水と白身魚くらいしかありませんよ? ああ……果物も少しならありましたよね?」


 レンは、背後にいるミルゼッタを振り返った。


(……ん?)


 いつも快活で明るいミルゼッタが、血の気の引いた顔で見守っている。アイミッタも、緊張した面持ちで不安そうに見ていた。


「島主さんは、僕達との取り引きをする気がないのかな?」


 正面の三歳児が、にこにこしながら訊いてくる。


「取り引き? この島に何かの商売をやりに来たんですか?」


 レンは三歳児の集団を見回してから、着陸しているカタツムリのような形の浮動船を見た。


「僕達をよく知らないみたいだね、黒鉄の島主さん?」


 三歳児が小首を傾げた。


「僕の住んでいた場所には、あなた達のような人はいませんでした」


 レンは、三歳児の眼を真っ直ぐに見て言った。


「ふむふむ、無知であることを隠さないのは立派だけど……商機を失ったかもしれないよ?」


「そうなんですか? まあ、航海で必要な物……水や食料の補給が必要なら言って下さい」


 レンは、内港の施設を見回した。


「給水施設は……あそこです。横の建物が宿泊のできる休憩所、その隣は荷捌きができる倉庫になっています。地下街への出入りが必要なら声を掛けてください。それから……」


「黒鉄の島主さん? いいの? 僕達、本当に帰っちゃうよ?」


 三歳児が呆れ顔で訊ねる。


「もう帰るんですか? じゃあ、防空隊に言っておきますね。ミルゼッタさん、連絡をお願いできる?」


 レンは、顔面蒼白になって立ち尽くしているミルゼッタを見た。


「あのねぇ……まあ、いっか。そっちに用が無いなら帰るよ。邪魔しちゃったね」


 三歳児が苦笑しつつ言った。

 その時、三歳児集団の中から一人進み出て、三歳児代表に耳打ちをした。


「えっ!?」


 小さく声が漏れる。


「とっ、島主さん……ここ、白銀なの? いつの間に? 出航した時は、黒鉄だったのに……」


 三歳児の顔と声が強張っていた。つい先ほどまでの余裕が消え去っている。


「島の? ああ、白銀だったかも? じゃあ、気をつけて帰って下さい」


 レンは軽く頭を下げて、隣の船渠に続く地下通路へ向かった。


「ああ、島主さん! 上質な土や清らかな真水はいりませんか?」


「土と水? 間に合ってます」


 レンは首を振った。

 島内には、清水が湧き出る泉がある。土も生成可能になった。肥料や種子は、ケイン達が日本から買って帰る。これといって欲しい物は無かった。


「待って! ちょっと、待ってぇ!」


 大きな声を上げて、三歳児が追いついて来た。


「なにか?」


「いやぁ……なんていうか、その……本日はお日柄もよく……えっと、怒ってます?」


 三歳児が強張った笑みを浮かべて、訳の分からないことを言い始めた。


「怒るもなにも……何か必要な補給物資がありましたか?」


「いやいや、そこは……そういうのは大丈夫です! 島主さんのお手を煩わせることはございませんよ」


「そうですか。それでは……」


「ちょっとぉー!!」


「……はい?」


「あっ、あはは、いや、大きな声を出してすみません。ほら、僕って地声が大きいものですから」


 三歳児代表が笑みを浮かべた。


「ええと、その、白銀の島主さん? そう……よかったら、お食事でも一緒に……お時間が無ければお茶だけでも! いかがでしょう?」


「あれっ? 帰るって言ってませんでした? 時間は大丈夫なんですか?」


「あははははは、なぁに、ちょっとした勘違いですよ! 予定表をちょっと見間違えちゃいました!」


「そうなんですか? それなら……ラーメンとかどうです?」


 元々、アイミッタとラーメンを食べに行くつもりだった。


「らーめん? 食べ物ですか?」


「はい。美味しいですよ」


「おお、いいですね! ぜひご一緒させて下さい!」


「じゃあ、一緒に行きましょう。フードコートになっているから、皆さんも一緒にどうぞ」


 レンは、三歳児の集団に声を掛けた。


「あざっす!」


「ゴチになりまっす!」


 2人ほどが即答し、やや遅れて続いて残る全員が礼を口にした。


「ミルゼッタさんも。アイミッタも行くでしょ?」


「え、ええ……参ります」


「らーめん?」


「うん、ラーメン。まあ、うどんや蕎麦でもいいけど」


 どれも、マイマイ自慢の製麺所で作られた麺である。


「らーめん、おいしっ!」


 アイミッタが笑顔で手を挙げた。


「じゃあ、ラーメンだ」


 レンは船渠へ行くのを止め、大きな鉄門のある通路へ向かった。

 白い亡霊が門番を務めていて、寄港した船の乗員が勝手に地下街へ入れないようになっている。もちろん、島主であるレンが一緒なら問題はない。

 重たい音を立てて、分厚い鋼の門扉が開き、岩をくり抜いたトンネルが現れる。連絡通路は、10tトラックでも通れそうな幅と高さがあった。


「さすが、白銀ですねっ! いやぁ、実に素晴らしい! 見事な造りです!」


 後ろで三歳児代表が騒いでいたが、レンは聞き流していた。


『武器の検査を完了しました。魔導式小型拳銃、魔導光剣、防御壁を生成する指輪、身体能力を引き上げる腰ベルトを装備しています』


 視界に、補助脳のメッセージが浮かぶ。


(全員が?)


『はい』


(ふうん……ゴブリンと比べてどうだろう?)


『脅威度は、ゴブリン・レイス並だと推測します。数が多いため、それ以上の脅威になるでしょう』


(転移ゴブリンくらいか。こいつらも、転移とかするのかな?)


『不明です』


(……ラーメン食べたら帰ってくれないかなぁ)


 できれば、ケイン達がいる時に来てもらいたい。


『不明です』


(アイミッタ用の幼児椅子を増やさないといけないかも?)


 フードコートには、三歳児集団の体格に合った椅子がない。


(椅子の上に立って食べてもらうおうか?)


『フードコートのテーブルは、高さを調節できます』


 補助脳のメッセージが表示された。


(そうだっけ?)


「とうしゅ!」


「……えっ?」


 いきなり腕を引っ張られて、レンはアイミッタを見た。


「しつもん」


「質問?」


「こっち」


 アイミッタが三歳児代表を指差す。


「ああ……ファーンミト・ジュライノームさん、なんでしょう?」


 視界に表示された名前を読みつつ、レンは三歳児代表を見た。


「その、こんな短期間に白銀になられたことに驚いていまして、さぞかし凄い功績をあげられたのだろうと……よろしければ、お聞かせ願えませんか?」


「試練を受けたら、こうなりました」


 事実、それだけだった。


「試練というと神々の?」


「まあ……神なんでしょう。たぶん……」


 レンが遭遇したのは、男の声をした何かだった。

 あんなものが神とは思えないが……。


「おおおお! それは凄い! なんという……その試練は、島主さんがお受けに?」


「試練を受けたのは、僕一人でした」


 レンが答えた時、


 

 

 ゴ~ン……

 

 ゴ~ン……

 

 ゴ~ン……

 


 

 突如として、大きな鐘の音が鳴り始めた。


『島主レンよ。よく、"試練"を乗り越えましたね』

 

 どこからともなく聞こえてきたのは、聞き覚えのある女の声だった。

 

『島主レンの奮闘を称えて、第九号島に更なる祝福を与えましょう』


(この声……ナンシーさん?)


 岩肌が剥き出しの通路の中を見回したが、ナンシーの姿はどこにも見当たらない。

 

『第九号島に、"神々の加護"を与えます』

 

 ナンシーの声が響く。

 

(加護……って何だ?)

 

 何か意味があるのだろうか?

 レンは、じっと天井を見上げたまま続きを待った。

 

 

 

***

 

・第九号島は<祝福された島> になる。

・第九号島の<真核> が成長する。

・第九号島の<領地> が拡大する。

・第九号島の<居留地> が拡張される。

・第九号島の<防空隊> が増強される。

・第九号島の<島主の館> の機能が拡充される。

・第九号島に<工匠ギルド> が開設される。

・第九号島に<農業ギルド> が開設される。

・第九号島の<ポータルゲート> に審問官が配属される。

・第九号島の<ポータルゲート> に衛士が配属される。

・第九号島の創作メニューに<川> が追加される。

・第九号島の創作メニューに<湖沼> が追加される。

・第九号島の創作メニューに<果樹園> が追加される。

・第九号島の創作メニューに<食材市場> が追加される。

・第九号島の創作メニューに<訓練施設> が追加される。

・報奨物資として、<資源インゴット> が与えられる。

 

***

 

 

 

 銀色の文字が浮かび上がった。

 レンの後ろで、三歳児の集団が大騒ぎを始めた。

 

 

 

 

 

======

 

噂の三歳児隊商イーズがやってきた!

 

第九号島が"神々の加護"を受けた!

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