第192話 宇宙のクラゲ


「いやぁ、レン君、呼び出して悪かったな」

 

「なんか、ごめんねぇ~」

 

 ケインとマイマイが謝罪する。

 2人が座っている机の上には、つまみと缶ビールが並べられていた。

 南鳥島の海底にある旧作戦司令室。今はキララ達の趣味部屋と化した情報統括室に強い酒精の臭いが立ちこめている。

 

「どうしたんです?」

 

 何について謝罪されているのか分からず、レンとユキは顔を見合わせた。

 

「ん……あれだ。邪魔をしちまったようだから」

 

「もっとゆっくりで良かったんだけどねぇ~」

 

「はあ?」

 

 再び、レンとユキは顔を見合わせた。

 

「何かありました?」

 

 ユキが訊ねた。

 

「ははは……いや、良いんだ」

 

「若者の邪魔をしてすまなかったねぇ~」

 

「……キララさん?」

 

 レンは、黙って画面を見つめているキララに助けを求めた。

 

「う~ん……えっ?」

 

 何かに集中していたらしく、キララが驚いた顔でレンとユキを見た。

 

「もう戻ったの? 早かったわね」

 

「ケインさんとマイマイさんがおかしな感じなんですけど?」

 

「いつも、おかしいじゃない」

 

「まあ……そうなんですけど」

 

「それより、これ見てよ!」

 

 キララが興奮顔で画面を指差した。

 

「……何ですか?」

 

 暗い空間を映した映像だった。

 

『宇宙空間です』


 補助脳のメッセージが浮かぶ。

 

「宇宙……ですか」

 

「そうよ! 木星に向かっている無人探査船からの映像よ!」

 

 キララが別のモニターを移動させて、文字情報を表示させる。

 

「解像度が凄いですね」

 

「これで、タイムラグが4秒よ」

 

「……4秒?」

 

「4秒前に撮影された映像が届き続けているの! 凄いでしょ? もう、笑っちゃうくらいに凄いわ! タルミンさんに感謝ね。彼の蔵書はとんでもないわ!」

 

 氷を入れたグラスにブランデーを注ぎながら、キララが食い入るように画面を見つめる。

 

「ゾーンダルクの技術を活用したんですか?」

 

「いぇ~~す! ざっつ、らぁ~い……」

 

 缶ビールを片手に、マイマイが隣にやってきた。

 

「そいつを打ち上げたのも、ゾーンダルクからだからな」

 

 ケインも横に来た。

 

「ゾーンダルクって、地球の近くにあるんですか?」

 

「何言ってるの。別の空間……別の宇宙よ?」

 

「えっと……別の宇宙で打ち上げて……じゃあ、これって別の宇宙の映像ですか?」

 

「これは、こっちの宇宙だぜ」

 

 ケインが笑みを浮かべる。

 

「あちらの空間から、こちらの空間……ゾーンダルク側から地球側へ、"鏡"を通らずに移動したということでしょうか?」

 

 ユキが訊ねる。

 

「その通りよ!」

 

 キララが胸を張った。

 

「そんなことが……」

 

 言いかけて、レンは口をつぐんだ。

 ケインとマイマイ、キララの3人は、タルミンの書庫を読み漁って知識を蓄えている。その上で、タルミンやマキシス、イーズ人と交流しながら様々な物を生み出していた。

 

(魔素が無くて、地球側での使用は難しい物が多かったけど)

 

 レンは、サブ画面の文字情報を見つめた。

 

「やったことは、物凄くシンプルよ? ただ、ゾーンダルクから探査船を積んだロケットを打ち上げただけ!」

 

 キララがグラスを呷った。

 

「……ゾーンダルクの重力圏を抜けたところで、こちらの宇宙へ転移させて、探査船を切り離したの」

 

「転移で、ゾーンダルク側から地球側へ?」

 

「技術的には難しくないわ。ただ、創造神が設置した"鏡"のルールがあるから、そういう転移装置を作らなかっただけよ」

 

「そうだ、これ、ナンシーさんは?」

 

「もっちろぉ~ん、ナンシー先生には確認済みだぜぇ~」

 

 マイマイが、キララと乾杯をする。

 グラスとビール缶が打ち合わされる様子を眺めながら、レンは傍らのユキを見た。

 ユキが笑みを浮かべて小さく首を振る。

 

「ゾーンダルク圏外、地球圏外で起きることは、ナンシー先生には関係ないってことだ」

 

 ケインが煮込んだ牛すじを七味だらけにしながら頬張る。

 

「……なるほど」

 

 やっと理解が追いついて、レンは呟いた。

 

 圏外がどこからなのかは分からないが、探査船の転移はナンシーの管轄外で行われたらしい。地球圏でもゾーンダルク圏でも無い、遠く離れた宇宙の出来事なら、ナンシーには無関係ということなのだろう。

 

「時間遅延は、もう少し詰めることができる。平均で1秒以下になるようにしたい……」

 

 グラスに手を伸ばしかけたキララが動きを止めた。

 

「……あら?」

 

「どうした?」

 

 横からケインが覗き込む。

 

「ミルミル7号、消失ロスト……マイちゃん、画像解析よろしく!」

 

「おっけぇ~」

 

 マイマイが大急ぎで自分の端末へ駆け寄ってバイザー付きのヘルメットをかぶる。

 

消失ロスト位置は、予定航路から外れていないわ。船体異常を示すログは……無いわ」

 

「内部じゃねぇなら、外部だな」

 

 ケインが低く唸った。

 

「アイミスの18倍くらいの船体強度なのよ? 小惑星に衝突したって、ログも残さずに消失ロストなんて……」

 

「真っ黒だねぇ~」

 

「マイちゃん、何か見える?」

 

「船体に微振動……0.2 秒後に、真っ暗になってるよぉ」

 

「何かがぶつかって、船体が消滅したのは確かね。隕石ではないはず……なら、エネルギー?」

 

 キララがマイマイから送られた視覚情報を画面に映した。

 

 一度超スローで流してから、再生速度を落としてゆく。

 

「……ぁ」

 

 レンとユキが小さく声を漏らした。

 

「レン君? 何か見えたの?」

 

 キララがレンを振り返った。

 

「思念体……のようなものが見えました」

 

 レンは、目視で捉えた"物体"を解析を指示した。応じた補助脳が該当する情報を探してデータベース内を検索する。

 

「ユキちゃんも?」

 

「はい。03:12:09 です」

 

 ユキの指摘で、静止した映像が指定時間まで巻き戻された。

 

「ここです」

 

 ユキの声に、キララ達が画面を見つめる。

 

「……これ、何か映っているの?」

 

 キララがユキを見た。

 キララ達には、ただの暗い宇宙空間にしか見えない。

 

「こう……クラゲのような形をしたものです」

 

 ユキが描写に困りつつ形状の説明をする。

 

「地球の生き物でしたら、"ハナガサクラゲ" が似ています」

 

 レンは補助脳の情報を見ながら伝えた。

 

「……もちろん、地球の生き物ではありません」

 

「だよねぇ~」

 

「ハナガサ? ああ、これね」

 

 キララが検索をしてクラゲの画像を表示した。

 

「こいつが、ミルミルを襲ったのか?」

 

 ケインが顔をしかめる。

 

「数が多いです」

 

 撮影位置からかなりの離れた位置に映っている個体だけで、数百体……。

 レンの補助脳は、ミルミル7号の周辺宙域だけで数億体存在する可能性を"警告"している。

 映像越しの推定値で、傘の直径は35メートルほどだった。

 

「宇宙にクラゲかよ。洒落てやがるぜ!」

 

 ケインが、手にしたグラスを呷って空にすると机に置いた。

 

「マイちゃん、対思念体用の吸着機雷をばら撒くからコントロールよろしく! ケイン、転移用ロケットの準備!」

 

「おっけぇ~」

 

「任せろ!」

 

「ユキちゃん、あいつらが接近したら、ゾーンダルクの衛星軌道上にホイホイネットを展開するわ。監視衛星の映像チェック頼める? 私達じゃ見えないから」

 

「分かりました」

 

 頷いたユキが、ちらとレンを見てから操作端末へ向かった。

 

「ゾーンダルクでナンシーさんに会ってきます」

 

「そうね。ナンシーさんに伝えないと……あっ、映像データは?」

 

「大丈夫です」

 

 レンは、趣味部屋を出て潜水艇乗り場へ向かった。

 

 

 

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地球に飽きたキララ達が、宇宙に探査船を飛ばしていた!

 

クラゲ型の思念体が大量に発生した!

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