第36話 完勝

 銃弾が弾かれるのではないかという不安は払拭された。

 12.7×99mm 弾は、重たい衝撃音と共にスズメバチ型のモンスターの頭部や胸部、腹部を撃ち抜くことができた。

 レンとユキのM2重機関銃の銃弾が、吸い込まれるようにスズメバチに集弾して、スズメバチの反撃を許さない。

 ろくに回避行動をとらず、戸惑ったように空中静止をした3体のスズメバチを、ユキと2人で一方的に攻撃して撃ち墜としていった。


 他のモンスターと同様、簡単には死ななかったが、連続して撃ち込まれる重機関銃弾を浴び続けて、逃れる間もなく破砕しながら海面へ落下する。スズメバチは、体に浮力があるらしく、海面に落ちても沈むことなく足掻いていた。


 レンとユキは、海面で足掻くスズメバチに念入りに銃弾を浴びせ続けた。特に、機銃を備えている頭部は念入りに撃った。


(鋼板を撃ったような音がする)


 金属質な命中音が海の上に鳴り続けていた。


『貫通痕から推測される外殻の強度は、厚さ15mmの鋼製装甲板に相当します』


(そんなのが空を飛んでるって、反則じゃない?)


『単眼と複眼が20mm、それ以外は25mm圧延鋼に匹敵する硬強度だと推測されます』


 補助脳が、大きなスズメバチの体をワイヤーフレームで描画しながら説明する。

 飛行する物体の装甲としてはかなり高い。重量はどうなっているのだろう?


(……動かなくなった?)


 レンは、熱で視界を歪めるM2重機関銃から身を離し、海上のスズメバチを見つめた。機関銃弾で撃ち抜かれてボロボロに損壊している。

 さすがに、生きているとは思えない有様だが……。


(念の為、もう1ベルト撃ち込もうか?)


 レンは残っていた数弾を撃って、M2重機関銃の上蓋を跳ね上げると、新しい銃弾ベルトを取り出した。


(……うっ!?)



 ポーン……



 電子音が鳴って、救命イカダの正面に銀色の文字が浮かんだ。



******


 ガーディアン [ 機銃雀蜂 ] を討伐しました!


******



(機銃雀蜂って……そのまんまじゃないか)


 レンは、ほっと息を吐きながら、焼けた臭いのするM2重機関銃と銃座を【アイテムボックス】に収納した。空薬莢や弾帯の留め具が散乱していたが、救命イカダの床を焼くほどの熱は無かったらしい。


「やったのか?」


 テントの奥に待避していたケイン達が近付いて来た。



******


 討伐ポイント:150

 異能ポイント:6

 技能ポイント:15

 採取ポイント:60


******



 銀色の文字が小さく崩れて消えていき、続いて戦利品が表示された。



 [ワスプの毒 :3]


 [ワスプの羽根:9]


 [ワスプの繊毛:3]



 3枚のカードが空中に浮かび上がり、応じるように現れたエーテルバンクカードに吸い込まれて消えていく。


「ねぇ? ちょっと思ったんだけど……このポイントって、みんな共通なの? それだと、なんか申し訳無いんだけど? 私達、なんにもやってないのよ?」


 キララが、銀色の文字を指さして言った。


「俺の討伐ポイントは、30だったぜ?」


 ケインが言った。


「私も、30だったぁ~」


「私もよ。ユキちゃんは?」


 キララがユキを見た。


「150でした」


 ユキがレンを見る。


「僕も、150だった」


 レンは、EBCに吸い込まれる素材カードを見ながら答えた。


「良かった。ちゃんと差別化されていたのね」


 キララが納得顔で頷いた。


「私なんか、座って耳を塞いでただけだもんねぇ」


 マイマイも笑う。


「30ポイントだって貰い過ぎだと思うが……あの船、かなり傷んでいるな。浸水して沈むんじゃねぇか?」


 ケインが、上空を旋回している三胴船を見上げた。

 レン達がスズメバチを銃撃している間、上空を大きな弧を描いて旋回していたのだ。そのまま飛び去るのかと思ったが……。


 煙を出しながらゆっくりと旋回していた船が、海上めがけて降下を始めたようだった。


「近い……衝撃に備えて下さい!」


 レンはテントの開口部にある止水ファスナーを半分くらい引き上げつつ、ケイン達に声を掛けた。



 - 220.9m



(……来た!)


 レン達が見守る中、海面めがけて三胴船が突っ込んで来た。

 つんのめるように海面に船首を突き入れ、激しい衝突音をたてながら海中へ没する。すぐに波間を割って浮き上がってくると、白波の中を惰性で漂い始めた。

 大波が立ってレン達の方へ押し寄せて来る。


(う……わあっ!)


 レンは、床にある把手を握って姿勢を低くした。

 直後、押し寄せる大波で救命イカダが激しく揉まれ、高波がテントの上から覆い被さって隙間から海水が流れ込んでくる。

 キララとマイマイが小さく悲鳴をあげて床の上を跳ね転がり、助けようとしたケインも一緒になって転がった。ユキだけが、わずかに腰を落としただけでバランスを取っていた。


・全高:28m

・全幅:41m

・全長:197m


 レンの視界に、補助脳が測定した値を淡々と表示し続ける。


(船は……止まった? 惰性で進んでいる?)


 床面にある把手にしがみついたまま、レンは補助脳に訊ねた。


『停止中です』


 補助脳のメッセージと共に、ワイヤーフレーム描画が始まった。

 中央の胴体か大きく長い。左右の胴体は側壁を兼ねた構造になっていた。空を飛んでいたという事実が無ければ、ちょっと風変わりな形状の船だ。

 補助脳がワイヤーフレームを描き終わり、すぐにサーフェスモデルへ移行していく。


(沈没まで、どのくらい?)


 レンは、テントの開口部を少し開いた。

 まだ波が残っていて揺れているが、救命イカダの転覆は心配しなくて良さそうだった。


『喫水に変化は見られません。海水の流入音は止まっています』


(あれだけ銃撃されて? 防水扉があるのか?)


 レンは、スズメバチの30mm機銃で穴だらけになった三胴船の外壁を見回した。当然、浸水しているはずだが、喫水位置に変化はないようだ。


「噴射口がねぇな? どうやって飛んでいたんだ? この距離で、熱が感じられかなったぜ?」


 ケインが呻くように言った。

 目の前を通過していったというのに、ほとんど熱が感じられなかった。海水の蒸発も見られない。

 補助脳が描画したサーフェスモデルを見ても、噴射口らしい部分は見当たらなかった。


(他に何か接近するものは?)


 レンは上空を見回した。


『探知範囲内に存在しません』


 補助脳のメッセージが浮かぶ。


(熱探知はできる?)


 レンは、ざわつく海面へ眼を向けた。


『既存の探知情報に含まれています』


(向こうの、あの船には人が……生き物がいるのか?)


『生物を示す熱源が複数存在しますが、いずれの個体も温度が低下中です』


 どうやら何か生き物が乗っているらしい。


(なんだ、この臭い?)


 表示された情報を見ながら、レンは漂ってきた異臭に顔をしかめた。船から漏れ出る煙に、化学薬品のような刺激臭が感じられたのだ。


『微量の神経毒が検出されましたが、身体に影響がある量ではありません。仮に、大量に吸引した場合でも、"悪疫抗体"によって無害化されます』


(……そういえば、そんなのあったな)


 "使徒ちゃん"イベントで手に入れたスキルが現実のものとして機能しているらしい。


 レンは、【アイテムボックス】からロープを取り出すと、救命イカダの縁にある牽引用の金具に結んだ。


「レン君、どうするの?」


「このままイカダで浮かんでいても安全とは限りません。あの船に移りましょう」


 蛍光オレンジの救命イカダは、良い的になってしまう。先ほどのスズメバチが最初からレン達を狙っていれば、ほぼ一方的に撃たれて殺されていただろう。


「今のところ、あの船は沈む気配がありません。向こうに動きがある前に、乗り込んで交渉……場合によっては、制圧しようと思います」


「……賛成するわ」


 キララが頷いた。


「トリガーハッピーよ!」


「あれに乗っているのが人間だったとしても、言葉が通じる奴かどうか分からねぇからな」


 マイマイとケインが【コス・ドール】を使って、戦闘服に防弾チョッキ、八八式鉄帽という衣服に着替えた。


「しばらく、イカダをよろしく」


 レンはユキに声を掛けた。


「了解です」


 ユキの返事を聴きながら、レンは頭から海へ飛び込んだ。


(少し潮が流れているのか)


 大きく水を掻いて、ゆっくり海面へ浮かび上がると、一度救命イカダを振り返ってから三胴船めがけて泳ぎ始めた。



 - 241.4m



(少し離れてる? あっちの方が速く流れているのか?)


 もしかすると、三胴船と救命イカダでは流れ方が違うのかもしれない。


(これ、服を着て泳いでる場合じゃないな)


 レンは、泳ぎながら装備品や衣服を【アイテムボックス】に収納し、黒いボクサーパンツ一枚になった。



 - 230.9m



 三胴船との距離が少し縮まったようだ。


『潮流は、1ノットです』


(ノットって……)


『秒速51センチで流されています』


(……結構早いじゃないか)


 10秒で5メートル流されることになる。レンは、懸命になって泳ぎ始めた。


(このロープ、全長何メートルだっけ?)


『記憶にありません』


 水に浮くヨット用の黄色いロープである。ぼんやりとした記憶だが、200メートル巻きか、300メートル巻きのどちらかだった。


(なんか、全然近付いていない気がする)



 - 202.1m



 補助脳が測距した数値が、視界右上で点滅した。


(……頑張ろう)


 レンは無心になって抜き手を切り、一直線に三胴船を目指して泳いでいった。



 - 110.6m



(もう一息!)


 自分でも驚くくらいの速度で泳ぐことができている。



 - 61.8m



 測距値がみるみる減っていくのが分かる。

 元々水泳は得意だったが、自分が思っているより全身の力が増しているのかもしれない。


(これも、ステータスの何かが影響してるのか?)


『前回の渡界時より身体能力が向上しています』


(……"使徒ちゃん"イベントで?)


『不明です』


 一気に残りの距離を詰めて船の間近に泳ぎ着くと、レンはロープを口に咥えて、船の外壁に両手の指を掛けて登り始めた。

 両手の力だけで体を海面から抜き上げ、そのままわずかな掛かりを指先で確かめながら、機銃弾を浴びて穴だらけになっている外壁を登った。


(ここから入れるかも?)


 整備用の扉だろうか。海面から15メートルほど上った場所に、スズメバチの機銃弾を浴びて歪んだ小さな扉があった。把手付近が撃ち抜かれ、わずかに隙間ができている。


(……動くか?)


 隙間に手を入れて少し引くと簡単に扉が開いた。中は、小さな部屋になっていて、正面の壁に別の扉があった。


(よし……)


 レンは、咥えていたロープを機銃弾で空いた穴にくぐらせて外壁に結んだ。それから、遠くに浮かんで見えている蛍光オレンジの救命イカダに向かって大きく手を振った。


(ロープ……300メートル巻きだな)


 レンは大きく息を吐きながら、濡れた体をタオルで手早く拭いてから迷彩戦闘服に着替えた。

 短機関銃MP7を取り出し、防弾チョッキに付けた弾倉ポーチを取り替える。



 ギシィィィ……



 結んだロープが引かれて軋み音が鳴った。

 見ると、救命イカダの上で真っ赤な顔をしたケインがロープを手繰ろうとして頑張っている。抵抗の大きな救命イカダをロープ一本で寄せるのは一苦労だろう。イカダの上で、キララとマイマイが海面を漂う"機銃雀蜂"の残骸を指さして何やら言っている。


(死骸を回収する気かな?)


 周囲を警戒しつつ眺めていると、ケインが海に飛び込んで"機銃雀蜂"に向かって泳ぎ始めた。

 船に近付くまで、まだまだ時間がかかりそうだ。


(あっ、そうだ。今の内に……)


 ふと思い付いて、レンは濡れたまま【アイテムボックス】に収納した装備一式を【ランドリーボックス】に入れた。


(銃も……登録できた!)


 HK417も【ランドリーサービス】の対象になるらしい。

 ゲートを出ると同時に海中に落ちたため、弾倉の中まで海水が入り込んでいる。耐久性が高いとはいえ、金属で出来た銃にとって海水に浸かることは良いことではない。

 レンは、防弾チョッキに付けていた弾倉マガジンも【ランドリーボックス】に入れた。


(これ……もしかして、凄く使えるメニューなんじゃないか?)


 上手く行けば、銃の分解清掃の手間が省けそうな気がする。さすがに、オイルなどは自分で塗布しないと駄目だと思うが……。


(ついでに……)


 レンは、先ほど使用したM2重機関銃も【ランドリーボックス】に入れた。

 完了まで、7分かかると表示された。








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ガーディアン [ 機銃雀蜂 ] ×3を討伐した!


レンは、【ランドリーボックス】の新しい使い方を閃いた!

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