第10話 蟻喰い
- 531.1m
測距値がじわりと減っている。
レン達は、近付いて来る"反応"をやり過ごすために、相手の進行方向から大きく離れて巨樹に身を隠した。
相手が移動する様子を真横から観察できる位置を計算したつもりだ。
(向こうの索敵範囲が500メートル未満なら安全なんだけど)
それ以上の広さがあるなら、隠れているレン達は見つかってしまうだろう。
ただ、マイマイの疲労が目立つ。できれば、少し休憩を取りながら移動したい。
- 511.9m
(この距離で、姿を映せるようになったのか?)
レンの視界に、小さく四角い枠が開いて、四足の獣を映し出していた。
『高濃度ナノマテリアルを摂取したため、本来の観測機能をいくつか解放することができました』
補助脳からのメッセージが視界の下部に表示され、すぐに消える。
(アルマジロ……じゃなくて、アリクイだっけ?)
レンは、双眼鏡を覗いた。
体長は8メートルほどで、全体に獣毛が黒くて長いアリクイだった。
何となくだが、こちらには気付いていないように見える。
- 546.2m
巨大なアリクイが離れて行く。
(周囲に反応は?)
『索敵範囲内に、ナノマテリアル反応無し』
(……人間の反応は?)
『無し』
(そうか)
レンは、ほっと小さく息を吐いた。
「レンさん?」
ユキが隣の樹からこちらを覗っている。
「こっちには気が付いていないようです」
レンは3人を見た。
ユキの指示に従って、巨樹の裏に集まって動かずにいたようだ。
「大きなアリクイのようでした」
レンは3人の近くへ行って、通り過ぎた化け物について説明した。
「それだけデカけりゃ、
ケインが唸る。
「蟻を探してるのかな?」
「そうかもね。この森だもん、蟻も大きいんじゃない?」
「……そうだな。牛くらいの蟻がいても驚かねぇぜ」
ケイン達が小声で話している横で、ユキが無言で思案していた。
「ユキさん、どうする?」
ケインがユキに訊ねた。
「あれの後を追ってみませんか?」
ユキが提案した。
「そうだね。もしかしたら、水場に向かっているのかも」
マイマイが賛同する。
「俺も賛成だ。もう、水筒が空なんだ」
「賛成よ」
キララも頷いた。
「レンさん?」
ユキがレンの意思を確認する。
「あ……僕も賛成です」
レンは慌てて頷いた。
視界に、様々な情報が表示されていたため、少し混乱気味だったのだ。
補助脳による索敵能力が増えて、熱と音、震動の異常を拾って報告するようになっていた。
次々に飛び込む情報を処理しきれずに酔いそうになったところで、補助脳が調整を行い、レンに分かりやすいように表示を調整してくれたところだ。
「何かありました?」
「いえ、大丈夫です」
軽く頭を叩きながら、レンは64式小銃を手に立ち上がった。
「では、先頭は私が、レンさんは最後尾をお願いします」
「分かりました」
ユキの指示に、レンは素直に従った。
ケイン、キララ、マイマイの3人を挟んで歩く隊列だ。巨大アリクイのお尻側から追いかけて移動を開始する。
- 609.3m
巨大アリクイとの距離が更新されている。
(ほぼ真っ直ぐに歩いている)
目指している場所がありそうな感じだ。
『各種センサー類の調整を継続します』
補助脳からのメッセージが表示された。
(了解)
レンは、後方を警戒しつつ、前を行く4人を追った。
一応、キララとマイマイが右側を、ケインが左側に注意を向ける事になっている。
『ナノマテリアル反応多数』
(えっ!?)
レンは、視界に表示された光点に意識を向けた。
ユキの前方、約800メートル。
巨大アリクイが向かった先で、無数の光点が入り乱れて動いていた。
(これって、もしかして……)
レンは前を行くマイマイの背を叩いた。
振り返ったマイマイがすぐさまキララの背を、キララがケインを、そしてユキが前方から小走りに戻って来た。
「レン君?」
「アリクイが何かと交戦……というか、多分、何かを襲っています」
「……蟻なの?」
「蟻塚でもあったのか?」
「じゃあ、蟻が逃げ回ってるってこと?」
「もう少し近付いて確かめませんか?」
レンは4人の顔を見回した。
「もし、蟻塚があれば……瀕死の蟻でも、仕留めればポイントが入るかも知れません」
岩山龍の時は、ナノマテリアルの塊を突いただけで討伐したことになった。死にかけのモンスターでも何か攻撃すれば運良くポイントを稼げるかもしれない。
「なるほど」
ユキが頷いた。
「おこぼれ頂戴作戦だな」
ケインが笑った。
「いいじゃない」
「そういうの大好きよ」
マイマイとキララも頷いた。
「先頭に立ちます。後方、お願いします」
レンは、64式小銃に銃剣を取り付けた。
「了解です」
ユキも銃剣を装着した。それを見て、他の3人も見よう見真似で、銃剣を取り付けている。
(他に反応は無い?)
『探知範囲内に反応はありません』
レンの問いかけに、補助脳からのメッセージが表示されて消える。
レンは、前方の光点との距離を見ながら真っ直ぐに近づいていった。
先頭に立っていれば、毒気の探知ができる。
(形は、蟻だな)
視界の右隅に表示されたのは、赤みがかった蟻の姿だった。
体長は、30センチほど。大きいが、1匹1匹はたいした脅威じゃなさそうだ。
「見えました。確かに、あのくらいなら……」
ユキが双眼鏡を覗きながら頷いた。
「うっかり撃つなよ? ちゃんと、"ア"の位置にしとけ?」
ケインが、マイマイに注意をしている。
「蟻って、噛むの?」
「羽根のない蜂だと思えば良いわ。海外の蟻なら、お尻に毒針があるわよ」
キララが言った。
「触角や足を銃剣で払いましょう」
確かに、噛まれれば傷を負いそうだが、その前に銃剣で斬り払い、近寄られたら戦闘靴で蹴り飛ばせば良い。
肝心なのは、大群の中に取り残されない事、囲まれないように動く事だ。
ユキが物静かな口調で戦い方の説明をし、ケイン達が真剣に耳を傾けて素直に頷いている。
(……なるほど)
ユキの冷静な声を聞いていると頭の整理がついてくるようだ。
レンは説明に頷きながら、アリクイに捕食される蟻の様子を見ていた。
アリクイが襲撃しているのは、地下へ伸びる巣穴ではなく、高さが5メートル近い大きな蟻塚だった。
蟻塚の壁を引き裂き、崩して、巨大なアリクイが長い舌を何度も伸ばして無数の蟻を絡め取って食べている。怒り狂った蟻がアリクイの体に群がっているが、まるで意に介していない様子だった。
(蟻からしたら、悪夢だな)
『高濃度ナノマテリアル体が移動します』
補助脳からのメッセージが表示されたが、レン達の狙いは巨大アリクイではなく、蟻の方だ。
「アリクイが移動を始めました。静かに蟻塚へ近付きましょう」
レンは、小声で伝えつつ前進を開始した。
巨大アリクイとの距離を500メートル以上離して、ゆっくりと蟻塚へ近付いていく。
「左、蟻3匹……右、2匹」
どこかを傷めているらしく、動きがぎこちない蟻が巨樹の間に転がっていた。
ユキが3人に指示をしながら、銃剣を使って仕留めさせている。
レンも、正面に転がっていた2匹の蟻を仕留めた。さらに、まだ走っている蟻の足を銃剣で斬り飛ばして仕留めた。
(頭は硬い……けど、スチールの缶コーヒーくらいだ)
触角や足は簡単に切断できた。腹部は柔らかい。硬いのは頭部と大顎くらいだった。
銃剣だけで、十分に戦える。
「ユキさん?」
「大丈夫そうです。もう少し蟻塚に近付きましょうか?」
ユキが3人に問いかける。
ケイン達が無言のまま、銃剣をつけた64式小銃を掲げて見せた。
(巣の周りに散った蟻が、まだ何匹かいる)
どうやって報せ合っているのか、蟻達がレン達に気付いて集まり始めていた。
あまり近付くと囲まれてしまうから、巣へ戻ろうとしている蟻を仕留めながら、適当なところで退散した方が良いだろう。
「ある程度やったら、アリクイを追いましょう」
ケイン達に声を掛けて、レンは蟻塚へと近付いて行った。
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補助脳の索敵範囲が拡がった!
レンは、ファミッシュアント×41を討伐した!
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