第56話 不思議インゴット

「そろそろ時間です。今の弾倉マガジンを撃ち切ったら終わりにしましょう」


 空になった弾倉に銃弾を込めながら、レンはケイン達に声を掛けた。

 船渠ドックの端に作った射撃場で、ケイン、マイマイ、キララの3人と共に射撃訓練を行っていた。

 必要な時に銃を撃てないと困るからという理由で、マイマイから依頼されたのだ。


「なんか薬莢カートリッジが詰まったわ。これどうやるの?」


 キララが、排莢されずに挟まって落ちてこない空薬莢と格闘している。


「いい気分転換になったぜ」


 ケインが引き金を引いた。

 64式小銃が軽く跳ね、25メートル先のターゲットシートに貫通痕ができる。ばらついていたが、ほぼ的に命中していた。


「資源不足でNGくらったが、必要な物を揃えれば船の新造だってできるぜ」


「お酒も造れそうだねぇ~」


 マイマイの狙った的は、まだ綺麗なままだった。

 何をどうすれば、あそこまで外れるのだろう。拳銃ならともかく照準器スコープの付いた小銃である。照準調整はレンが行ってある。

 25メートルで、的を外す方が難しいのだが……。


「"レ"は、いっぱい撃てるのよね?」


 マイマイが許可を求めてレンを見る。

 即座に、レンは首を振った。


「"タ"で、一発ずつ当てる練習をしてください」


 マイマイの64式小銃は、3つの射撃モードが選べるようになっている。"ア"は安全装置、"タ"は単発射撃、"レ"は連続射撃だ。

 マイマイが言うように、射撃モードを"レ"に合わせれば連射はできるのだが、単発射撃ですら的を大きく外している。連射モードにすると、どこに弾が飛んでいくか分からない。


「撃った時のショックが凄いのよぉ」


 マイマイがぼやいている。

 確かに、常装薬の7.62×51mm 小銃弾を使っているから多少反動は強めだったが、ちゃんと両手で持っていれば全く問題ない。一般人でも片手で撃てるくらいだ。

 発射音を怖がって体が縮こまることが当たらない主要因だろう。


「皆さんも、体の力が強くなったんですよね?」


 今回の渡界で、ファゼルダの機銃雀蜂やデシルーダのゴブリンを返り討ちにしている。直接戦闘に参加していなくても、同じパーティに所属しているマイマイ達は多少なりとも身体能力が上がっている。

 ケインの自己分析によると、走る速さや物を持ち上げる力など、自分で体感できるほど変化しているらしい。


「そうだけどさぁ、私は元々の力が弱いのよ」


 唇を尖らせながら、マイマイが照準器を覗いて引き金を引いた。



 ダァン!



 小気味良い射撃音が鳴って、ターゲットシート近くに盛っている土が爆ぜた。


「あっ! 今の惜しかったんじゃない? ねっ?」


 マイマイが喜色を浮かべてレンを振り返る。体と一緒に向けられる64式小銃の銃口を片手で押さえつつ、レンは着弾位置を確かめた。


「右下に72センチ逸れました。でも、今までで一番近いです。大型のモンスターなら当たりますよ」


「おおぅ! やったぜ!」


 マイマイが拳を突き上げて喜んだ。


(ここまでにしよう)


 丁度、弾倉3つを撃ち切っていた。


「今ので最後みたい。まだ撃つ?」


 射撃は苦手なままだが、練習することを嫌がっているわけではない。マイマイが、教えた通りにレバーを引いて薬室を覗き、銃弾が残っていないことを確かめている。


「今日はここまでにします。後で、空になった弾倉に銃弾を詰めておいてくださいね」


「分かったわ」


 マイマイが真面目な顔で頷いた。


「ターゲットをもう少し近づけた方が良いでしょうか?」


 キララの指導を受け持っていたユキが近づいてきた。キララが狙っていた的も、ほぼ無傷のようだった。辛うじて、ターゲットシートの隅が汚れているように見える。


「今のままで大丈夫かな」


 こちらの世界の"ターゲット"は大型のものが多い。70センチのズレは誤差の範囲だ。相手に対して十分な牽制になる。

 

「第九号島の改造案だが……」


 ケインが【アイテムボックス】に銃を収納してから話しかけてきた。


「今のまま浮いて漂っていたら、どこへ流されるか分からねぇ。速度は出せねぇにしても、進む方向くらいは俺達で操作できるようにしたい」


「はい。でも、資材……資源が足りないんでしたよね?」


 "鶏卵"のメニューでは、資材や材料ではなく、資源という表示になっていた。


「ああ……それでだ。レン君が承認してくれるんなら、ここまで乗ってきた船を解体して資源にしてしまおうと思うんだが……どうだろう?」


 第九号島まで乗ってきた船を資源として使いたいという。大胆な提案だった。


「でも、島から脱出できなくなりますよ?」


 ファゼルダの飛空兵やデシルーダの船がいつ襲ってきてもおかしくない。船を解体すると、脱出するための足を失うことになる。


「いや、ゴブリンが襲ってきた時の小型艇がある。あれを改造して、俺達が操縦できるようにするつもりだ」


 渡界者が操縦可能な小型艇として改造するために、マキシスと相談しながら図面を描いているそうだ。


「小型の脱出艇を用意するということですか?」


「第九号島を移動させることができれば、島自体が船代わりになるだろう? 船足は遅くなるが、中途半端な船で移動するよりも安全だと思うぜ?」


「……島が船ですか」


 レンは、ケインの顔をまじまじと見つめた。


「サイドスラスターのような推進器が製作可能らしいから、いくつか設置すれば、頑丈な良い船になると思う」


 サイドスラスターというのは、大型の船舶などに付いている、船を横方向に動かすための推進装置だ。地球では、スクリューを使用するものが多い。


(この島で移動……船の代わりか)


 なるほど、この第九号島はほとんどが頑強な岩塊だ。上部中央に船渠があるだけで、地表に施設は存在しない。地下街はともかく、その下層の管理施設は、昇降機で深く降りなければいけない隔絶された場所にある。

 機銃や魔導砲など、外部からの攻撃を浴びても中枢部に大きなダメージを受ける可能性は極めて低い。


「どうだ?」


「良さそうですね」


 レンは頷いた。


「よっしゃ! じゃあ、船をバラして資源にしちまおう」


 ケインが笑みを浮かべながら、少し離れたところで遠巻きに見守っているキララとマイマイを見た。


「船で足りなかったら、製粉所を解体しちまえばいい」


「おぅのぅ!」


「ちょっと落ち着いて! あれは大事な施設なのよ!」


 マイマイとキララが騒ぎ始めた。


「白い船に付いていたエネルギー障壁を発生する装置は取り外して解析している。魔導砲も量産とまではいかねぇが、同等の物なら作れるぜ」


「資源があれば、ですよね?」


 製粉所だけでなく、酒類研究所もスクラップにした方が良い気がする。


「まあ、そうだな」


 答えるケインの顔を、マイマイとキララが凝視していた。


「……とりあえず、船渠周辺と地下街への降り口を防衛できれば大丈夫です。後は、どこから資源を集めて来るか……ですが」


 マキシスに協力してもらって調べた結果、資源確保の方法は3つだった。


・採取ポイントと交換する。

・販売店で購入する。

・海や陸地で採取してくる。


 資源保管庫の記録を遡って調べると、他の浮遊島との交易によって入手したこともあるようだが、今のところ他島との交易は望めない。

 採取ポイントと交換するのは簡単だが、他にも採取ポイントを利用する"何か"があるかもしれない。

 地下街にある販売所には、残念ながら欲しい物は置いてなかった。

 後は、海や陸地へ行って採取するしかないのだが……。


「資源にも、色々あるんですよね?」


 何が資源になるのか不明なのだ。


「ここじゃ、資源というのは謎のインゴットだった。元が何なのかは分からねぇが……"鶏卵"から操作する資源生成器に対象物を放り込めば、銀色のインゴットになって倉庫に積み上がるって仕組みになってる」


「また、そういう……不思議な何かなんですね」


 レンは顔をしかめた。


「そういうことだ。案外、海水を入れてもインゴットが生成されるかもしれねぇぜ?」


「海水を? そんなことがありますか?」


「ありえねぇが、あるかもしれねぇ……そういう世界だろ?」


 ケインが笑う。


「……試してみます?」


「やってみてぇが、船で海面近くへ降りるのは危ねぇからな」


「あまり海面近くへ降りたくありませんが……上空からポンプで汲み上げたりできませんか?」


 海には、巨大な太刀魚がいる。もちろん、他の魚種もいるのだろう。大型の船ならともかく、ゴブリンの小型艇では接触しただけで大破してしまいそうだ。

 海面から遠い場所から汲み上げる方法を見つけたい。


「ポンプか。森で回収した船に付いてたな。パイプかホースを作ればやれるか?」


 ケインがキララを見た。


「船を解体するなら、中の配管を取っちゃえば? 魔導回路を覆ってたやつ……ポンプを改造して馬力を上げれば吸い上げられるかも。海水が手に入るんなら、海水淡水化装置を作れば飲料水が手に入るわね」


「ちょっとキラちゃん、そんなの作ったら……資源は大丈夫なのぉ?」


 不安そうにマイマイが訊ねる。


「製粉所で足りなきゃ、酒類研究所を壊せばいけるだろ」


「おぅのぅ!」


「決まりだな! 残りの資源を使って、島の移動方向を操作できるようにする。余りで、ゴブリン艇の改造と大型ポンプとホースだ!」


 ケインが大声で言いつつ、足早に船渠へ向かって歩き出す。その行く手に、両手を広げたマイマイが立ち塞がり、涙ながらに酒造の重要性を訴え始めた。







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創作に必要な資源は、不思議インゴットだった!


『酒類研究所』と『製粉所』が取り壊しの危機に瀕している!

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