第55話 管理者権限


 地下街のさらに下層に、為政者のための施設があった。

 魔導で上下する昇降機で地下へ降り、横に伸びる通路を抜けた先。広々とした空洞があり、白く冷気が這う真っ平らな床の上に、巨大な鶏卵のような建造物があった。床面から伸びた太い配管が卵形の建物の下部に繋がっている。

 "鶏卵"が設置された周囲を、膝丈ほどの高さの壁が囲み、壁の外周をエネルギーの壁が覆っていた。


(あれは、防御の?)


 レンは薄らと見えるエネルギーの壁に目を凝らした。周囲の壁だけでなく、"鶏卵"全体を同じ種類のエネルギーが覆っている。


『魔素子を利用した強力な障壁です』


 補助脳のメッセージが視界中央に浮かんで消える。


「ミルちゃん達、これを見れないなんて、残念だったねぇ~」


 先頭を歩くマイマイが振り返った。

 有資格者しか立ち入れない区画になっているらしく、ミルゼッタ達は見えない壁に阻まれて昇降機エレベーターに入ることができなかった。

 

「わっはぁ! わらしべだぁ~!」


 卵形の建物を間近に見上げて、マイマイがはしゃいだ声を上げて走り始めた。


「いいから落ち着け! おいっ、走るなって……」


 ケインが慌てて追いかける。


「わらしべ?」


 レンは首を捻りつつ、光沢のある床の上を歩いてみた。


(硬い……滑らないな)


 御影石のような模様の石だが、床のどこにも継ぎ目が見当たらない。


「墓石っぽいわね」


 キララが、しゃがみ込んで床を触っている。最後尾を守って、ユキがHK417を手に周囲を警戒していた。


「……マイマイさん、わらしべって何ですか?」


 レンは、前を行くマイマイとケインに声を掛けた。


「昔話よ? 知らないの?」


 驚いた顔で、マイマイが振り返る。


「知りません」


 レンは首を振った。


「わらしべ長者よ? 有名なおとぎ話。本当に知らない?」


「はい」


「うっわぁ~……これが世代格差かぁっ! 教育がなっとらんですのぅ!」


 マイマイが唸る。


「レン君の世代は、一般教養を大幅にカットして、ほとんど戦技訓練だぞ?」


 ケインが苦笑する。


「おぅのぅ……」


 マイマイが頭を抱えた。


「わらしべとは?」


「藁をミカンと交換して、ミカンを織物と交換して、織物を馬と交換して、馬と交換で屋敷を貰っちゃった人のお話よ」


「ああ……つまりだ。ゲートから海に落とされて、最初はゴムの救命イカダ、次がミルゼッタ達の船、デシルーダの白い船を分捕って、浮遊島を手に入れたって……まあ、その辺がわらしべ長者のようだと言いたかったんだろう」


 ケインが通訳する。


「……知ってた?」


 レンはユキを見た。


「知りませんでした」


 ユキが真面目な顔で首を振った。


「うぎゃあ……ユキちゃんが知らないって、大変だぁ! 帰ったら政府に文句言って教科書に載せてもらう!」


「昔話もいいが……開きそうだぜ?」


 ケインがマイマイの両肩を掴んで、エネルギーの障壁に向き直らせた。

 触れるか触れないか、ぎりぎりまで伸ばしたケインの指先に反応して、エネルギーの壁に長方形の枠が浮かび上がり、人が通れる大きさに拡がっていく。


(枠の内側に、エネルギー障壁は無い?)


『はい。昇降機エレベーターの入り口と同様に、入室者の管理を行うための障壁のようです』


(……なるほど)


 島の所有を許された渡界者だけを通す障壁ということらしい。


「この白い壁……継ぎ目があるよ」


 "鶏卵"のような建造物の壁に顔を近づけていたマイマイが、ケインを振り返った。

 動線からして、建物の入り口があっても不思議ではない。


(継ぎ目? 模様みたいだけど)


 レンは、ケインとマイマイが調べている壁を視界中央に拡大表示した。


『微細な擦過痕が存在します』


 補助脳が赤色でマークする。


(開口部かな? 扉が手前に倒れてくるタイプ?)


 レンは航空機などに採用されているハッチをイメージした。ノブもレバーも無い。手前に引いて開けるようなドアではないだろう。


『上下に分割してスライドする構造になっています』


(へぇ……開閉させるスイッチがある?)


『操作パネルをケインが調査中です』


 補助脳のメッセージと共に、ケインが触れている壁面が赤枠で囲まれた。


「生体認証だな。網膜じゃなさそうだし……こっちの世界だと魔力認証か? 個人を判別しているんなら……権限設定してあるな」


 ケインがぶつぶつと口に出して思案しながらレンを振り返った。


「触れてみましょうか?」


 レンは、タクティカル・グローブを外しながら近づいた。


「やってみてくれ。俺の手でも反応はあるんだが……よく分からん文字が浮かんで消えるだけだった」


「キラちゃ~ん、開けるよぉ!」


 マイマイに呼ばれて、床の石を調べていたキララが大急ぎで走ってくる。


(認証に失敗したら攻撃を受けるとか?)


『防衛機能は認められません。識別に特化しています』


(……そうか)


 レンは、補助脳が強調表示をした壁面に右手を触れた。

 目の前に、文字がいくつか浮かび上がり、横一列に並んで明滅する。そのまま見守っていると、円グラフのような物が表示されて、縁に沿って光点が回り始めた。


『この系統の文字は初めてです。サンプルとして収集します』


 補助脳がメッセージを表示した。

 

(マキシスさんなら知ってるかもな)


 レンは、ぐるぐると回る円グラフのような模様を眺めていた。



 ピッ、ピッ、ピッ、ポ~ン!



 どことなく聞き覚えがあるような音が聞こえて、レンの目の前に大きな記号が一つ浮かび上がった。


「どうだ?」


「きたっ!?」


「開くの?」


 後ろで見守っていた3人がレンの手元を覗き込む。



 フシュッ!



 短い空気音が鳴り、壁面に光の筋が走ると、音もなく上下に分かれて開いた。


「すっごく滑らか。これ、工作技術が半端ないわ」


 キララが感想を洩らす。


「複合素材? いや、この開閉部分だけか?」


 ケインが、開口部分に指を触れて呟いた。

 壁面の厚みは、55センチ。厚板とガラスのような透明な板が交互に重なっていた。

 開口部から入ると、半球状の部屋になっていて、大きな円卓が置かれていた。床も、壁も黒曜石のような色合いで、天井には照明らしき物が見当たらない。

 円卓を囲んで、床に固定された椅子が12脚。背もたれが高く、肘掛けが付いた大きな椅子だった。


「丸机と椅子だけぇ~?」


 不満げにマイマイが呟く。

 もっと色々な機器や画面が並んだ部屋を想像していたらしい。


「中央に、操作板とか画面が出てきたりするんじゃない?」


 キララが椅子の一つに座りながら言った。

 途端、キララの目の前に音も無く長方形の黒い板が浮かび上がった。

 長辺が30センチ、短辺が20センチ。板の厚みはない。


「……ほらね」


「おお! いいねぇ! タブレットっぽい!」


 マイマイが大急ぎで椅子に座ると、同じように黒い板が浮かんだ。


『魔素子を利用したエネルギー体です』


(うん……もう、なんか慣れた)


 レンは天井を見上げた。

 先ほどまで何もなかったはずの場所に、光球が浮かんでいた。


(あれも?)


『エネルギー体です』


(全部、魔素子から? 変換器があるのか?)


『外部から供給された魔素子を魔力に変換しています。当建造物が魔素子の変換器になっています』


 レンの視界に、"鶏卵"の全体像と建物の外部に接続している配管が表示された。


(この建物が発電機みたいなものか)


 自分が理解できる物に置き換えつつ、レンは改めて室内を見回した。


「島の全体図が出るね」


「でも、これって何語? 文字が分からないわ。所有者が理解できる文字に書き換えて欲しかったな」


 マイマイとキララが黒い板に触っている。タブレットPCのように指で押して操作できるらしい。


「……まあ、なんとなく分かるだろ。出てくる用語は限られてるんだ」


 ケインも椅子に座って操作を始めた。


「僕達も座ろうか」


 レンは、ユキを誘って椅子に座った。


「う~ん、情報の閲覧しかできないねぇ」


 マイマイが円卓に頬杖を突いて、黒い板を弄っている。


「閲覧権限しかなさそうね」


「レン君は、どうだ? 島主なら、上位の権限があるんじゃねぇか?」


 ケインが訊いてくる。


「ちょっと待ってください」


 レンの黒い板には、正方形のアイコンが6個ずつ、5列になって並んでいる。日本で使っていたタブレットPCのような画面だった。


「私のメニューは、5行3列です」


 ユキが自分の板と見比べて言った。


「やっぱり島主特権あるんだ!」


 マイマイとキララがレンの隣に来る。


「……ちょっと座る位置を変えてみます」


 レンは、さっきまでキララが座っていた椅子に腰掛けた。すぐに、黒い板が浮かび上がる。


「やっぱり、メニューが30個あります」


「椅子は関係ないんだな。島主用に浮かぶ板は、メニューが多いのか」


 ケインが頷いた。


「メニューを一つ一つ確かめよう。文字も書き写して、後でマキシスに訊いてみたいし……面倒でも、付き合ってね」


 キララが戦闘服の袖をまくり、レンの隣に座ってノートを開いた。


「よし、俺達も自分たちの操作画面を記録しておこうぜ」


「おっけぇ~、後ですり合わせね」


 ケインとマイマイが椅子に座って黒い操作板を浮き上がらせる。


 それからは、メニューボタンの確認と表示される文章の書き取り、推理と実行……地道な作業の繰り返しになった。

 メニューの選択、解除を繰り返し、表示される文字を正確に書き写す。絵が表示されれば絵を、記号が表示されれば記号を、可能な限り精密に模写していく。

 レンは、キララに求められるまま選択肢を選び、あるいはキャンセルをしながら文字の解読と同時に、メニューから何が行えるのかを検証していった。


『文字の解読が順調に進行中しています。基本的な文法構成は把握しました』


 補助脳のメッセージが表示される。

 すでに、レンの視界では、黒い板のメニューの下に日本語訳が併記されていた。


「うん、これでレン君の板に出てくる文字は全て把握できたわね。不明なのは……創造の時に消費する資源ね。名称は表示されるんだけど……実物を見ないと駄目だわ。後で、資源……材料が島内のどこに保管してあるのか確認したいわね」


 キララの総括で、やっと解放されることになった。解読と検証を開始してから、6時間後のことである。


「検証で、いくつか創造予約をしましたけど、キャンセルしますか?」


 メニューから選択するだけで、様々な物を創造することができたのだ。

 島内に備蓄されている資源の範囲内で作れる物だけだったが、メニューボタンから選択しておくだけで、一定時間経過後に指定の物が完成する仕組みになっていた。


「どうせ必要になるし、そのままで良いんじゃない?」


「これって、シルキーが作るんですか?」


「魔法でポンッ! じゃないの?」


「対価に、大量の材料を要求されましたし……完成まで7日かかると表示されています」


 誰がどうやって、どこに建造するのだろう?


「……そうね。使徒ちゃんや偽神が絡んでるのかもしれないわ」


 神や使徒ちゃんに知られずに、こっそり何かを作ることはできないだろう。常に見られていると考えるべきだ。


「材料名や在庫量は表示されますが、使えば減って無くなりますよね? 島内の真水の貯水率はほぼゼロですから、浄水の循環装置が機能していませんでした」


 食料や水は、各自の【アイテムボックス】にある。ただ、個人の消費量にもよるが、最大でも3ヶ月程度の量だった。

 第九号島を拠点として活動するなら、水と食料の補給と、島の防衛方法について考えておかないといけない。


「だから、最初に技術研究室を作ってもらったのよ。研究実証の精度と効率が上がるって書いてあったからね」


 キララが【アイテムボックス】から缶ビールを取り出した。


「島の中なら魔導具を使用できるんだもの、何だって作れるわ。説明通りなら、人工知能……多分、マノントリのことだと思うけど、あれと対話しながら精度の高いイメージを与えて、新しい物を作り出すことができる。既存の道具や機械じゃなくて、新しい工具とか工作機械を作ることができるんなら、ロケットだって造ってみせるわ!」


 キララが片手を腰に当て、缶ビールを高々と掲げた。


「おおぅ! キラちゃん格好いい!」


「ゾーンダルクの調査なんて、雲を掴むような話だったが……どうやら面白いことがやれそうだな」


 マイマイとケインが、それぞれ缶ビールを手に乾杯の声をあげた。


 レンは自分の前に浮かんでいる黒い板を見た。


(……酒造研究所)


 補助脳の訳が正しいなら、創造物一覧には『先進技術研究所』『酒類研究所』『製粉所』が予約登録してあった。






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第九号島の地下に、所有者しか入れないエリアが存在した!


第九号島に、先進技術研究所等が創造されることになった!

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