第54話 島の主
「なんて言うか……オバケ屋敷?」
シーカーズギルドのスタッフを見て、マイマイが率直な感想を述べた。
「地縛霊かしら」
キララが色々と諦めた様子で溜息を吐く。
「霊体……亡霊のようですね。亡霊の島……どこかで耳にした覚えがあります。まだ、私が幼い頃ですが……誰かが話していました」
「亡霊島だね。まさか、本当にあるなんて思ってもみなかった」
マキシスとミルゼッタが顔を見合わせる。後ろで、アイミッタが青ざめた顔を俯けていた。
(……亡霊か)
レンは建物の中を見回した。
シーカーズギルドのスタッフは、全員が灰色をした丈の長いドレスを着た若い女の姿をしていた。
(これが……この人達がスタッフ?)
全体にぼんやりとして希薄だったが、霧散して消えることは無く、それぞれの持ち場にひっそりと浮かんでいる。
シーカーズギルドだけではなく、トリガーハッピーにも、銀行にも……白っぽく透ける
(声は出せないのか)
レンが見つめる先で、マイマイとキララが受付の幽霊と対話している。
マイマイ達が話しかけると、受付の幽霊の頭上に漫画のような吹き出しが浮かんで応答する。
吹き出しに並ぶ文字は、ひらがなとカタカナと漢字、英数字……。日本からの渡界者用に用意された"スタッフ"ということなのだろう。あるいは、対話する相手に合わせて吹き出しの言語も変化するのか?
(……違和感しかないけど、考えても仕方ないんだろうな)
レンは、建物の天井へ目を向けた。
魔導具の照明が灯って、白々と明るく照らしている。受付机や机上の備品には影があったが、"スタッフ"には影が無かった。
「まあ、あれだ……そういうもんだってことだな?」
ケインがレンに同意を求める。
「……ですね」
レンは頷いた。
受付のスタッフが台帳らしき物を開いて、マイマイとキララに何かを見せている。
(幽霊なのに紙を持ったり……板を動かしたりできるのか)
『指にエネルギーを凝縮させています』
視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。
(指先に?)
『はい』
(……ふうん)
"そういうものだ"と受け入れるしかないのだろう。
「食品を扱う店舗はありませんでした」
ユキが手帳を見ながら言った。手元を覗いてみると、几帳面に描かれた地下街の地図に、各種店舗の名称と代表的な売買品目が記入してある。
「食料はまだあるでしょ?」
「似たような物ばかりで、飽きませんか?」
ユキが小首を傾げる。
「平気だけど?」
レンは、美味い不味いを言わない人間だ。毎日、同じ缶詰やパウチを食べ続けても平気である。
横で聞いていたケインが吹き出した。
「まあ、ステーションもそうだったが、この九号島も店が増えたりするんだろ? 次は屋台か料理屋が並ぶんじゃねぇか? コンビニができたら良いんだが……レン君は、何が食いたい? 焼肉とか、ステーキか?」
「僕は、うどんが好きです」
焼肉がどんなものかくらいは知っていたが、焼肉屋に入ったことがない。祖母が懇意にしていた惣菜屋のコロッケが好きだったが、店の老夫婦が引退してしまい、今は輸入食材の店になっていた。次点が、うどんだ。
「味噌ラーメン食べたいなぁ」
「カレー蕎麦がいいわ。海老天が並んでるやつ」
マイマイとキララが戻ってきた。
「ステーションのギルドと、何か違ってたか?」
「システムは同じだった。受付の子がシルキーっていう種類のオバケになっただけ。体は触れないのに、ドレスだけ触れるの」
ステーションのシーカーズギルドと情報が共有されていて、渡界者リストにレン達が記載されていたそうだ。
「シルキー……なんか、聞いたことあるな」
「古くから、この島専属だったみたい。人間が居なくなってから、休眠のような状態だったそうよ。島内の他の施設にも肉体を持たない幽霊がいて、第九号島の設備を保守しているそうよ。これを渡されたわ。レン君宛の手紙みたい」
キララが、手に持っていた封書をレンに差し出した。
「手紙?」
レンは受け取った封書を開いてみた。
(……島主?)
真っ白な紙面の中央に、第九号島を復旧させたパーティメンバー全員を為政者として登録し、パーティのリーダーを島主に任命すると書いてあった。封書の送り主は、"遊神"となっている。
(遊神……遊んでいる神? 遊びの神?)
眉をひそめつつ、レンは開いた封書をケイン達に見せた。
「なんか、いきなりね。この島の管理をやれってことかしら?」
キララが呟く。
「こういうのって、チュートリアルっぽいのがあるんじゃないのぉ? いきなり、島の運営やれって酷くなぁい?」
「俺達の行動は、遊神のシナリオには無かったんだろう」
マイマイとケインが短い文面を眺めてぼやいている。
「まあ、いきなりゲートから海へ落とされて……あれで生き残ったんだもんねぇ」
「機関砲を撃つスズメバチに、巨大な太刀魚に、ゴブリン……上から砲撃まで受けて……よく生き残ったよな」
ケインが苦笑しながら封書をレンに返した。
「この遊神というのが、僕達をゲームの駒として認識したということでしょうか?」
この世界の"神"に注目されると、酷い目にしか遭わない気がする。
「役割が変わったのかも」
キララが言った。
「役割?」
「そう。今までは……神々の操る駒は別に居て、シナリオの枠の中で遊んでいたんだと思う。ただ、何でも予想通りだと面白くないから、不確定なイベント要素として渡界者を入れて、シナリオに突発イベントを発生させるようにした……私は、そう考えているの」
「う~ん、私は遊びじゃなくて、ガチで喧嘩やってるような気がしてきた」
音もなく移動するスタッフを目で追いつつ、マイマイが言った。
「喧嘩って、プレイヤー同士? 神と神が?」
「神と神よ。なんとなくだけど、偽神さんの思ったようになってないんじゃない?」
「どうして、そう思ったの?」
問いかけるキララの眼差しが真剣さを増した。
「渡界者をゲートから海に落とすとか、殺そうとしているよねぇ? あんなの、偽神さんがやろうとするかなぁ?」
「……神が渡界者を殺そうとするのは、おかしいのか?」
ケインがマイマイを見る。
「だって、あの偽神さんは、自分で作ったゲームっぽい世界に遊びに来いって言ってるんだよねぇ?」
マイマイが腕組みをして顔を俯けた。
「用意したシナリオとか、モンスターとか、ゲームの仕掛けで渡界者が死ぬのは予定通りだと思うの。でも、ゲートから海に落として終了とか……ゲームとして、つまんないじゃん? どんなクソゲ~だって話でしょ?」
「まあ……そうだな」
「ここが神の作った世界だって言うなら、その辺の作り込みを失敗したってことになるし……失敗じゃなかったんなら、邪魔した誰かが居るってことになるよねぇ?」
「つまり、マイちゃんは、あの偽神に逆らう別の神か……同じような力を持った奴がいると言いたいのね?」
キララが小さく頷いた。
「偽神さんが渡界者にさせようとしていた役割と、他の神がさせようとすることが違うんじゃないかって思う」
「神というのは、そんなに大勢いるもんなのか?」
ケインが訊ねる。
「知らないわ。会ったことがないもの」
ミルゼッタが首を振った。横で、マキシスも首を振っている。
「俺も会ったことはねぇが……」
「宇宙人かもよぉ?」
マイマイが笑みを浮かべながら掲示板に向かって歩いて行った。
それを見送って、
「どう思う?」
ケインがキララを見る。
「マイちゃん、適当なこと言ってるようで、大きくはずすことがないから……そうなのかもしれないわ」
「神様にも宇宙人にも会ったことねぇんだが……まあ、宇宙人の方がありそうか?」
「どっちもどっちでしょ? 遙かに進んだ文明……魔法のような力を持った存在ってことよ」
キララが苦笑する。
「それで……レン君、どうやる?」
「えっ?」
いきなり訊かれて、レンは戸惑った。
3人の会話を聞きながら、自分なりに想像していた"マーニャ"の正体について考えを巡らせていたのだ。
「レン君が、島主に指名されたんだぜ?」
「全員がそうですよね?」
パーティメンバー全員を為政者登録したと書いてあった。
「あら? リーダーはレン君よ? 島主なんだから」
キララが封書を開いて、書かれている文字を指でなぞる。
「……島主って何をやるんです?」
レンは顔をしかめた。
「さあ? 昔、そういうシミュレーションゲームがなかったっけ? 家建てたり、井戸掘ったり、畑作ったりするやつ」
キララが適当なことを言う。
「この手紙を預かった時、何か言われたんじゃねぇのか?」
「何も言ってなかったわよ?」
「……とことん不親切だな」
ケインのぼやきに、キララが頷いた。
「マイちゃんも言ってたけど、こういう時ってチュートリアルがあった方が良いわよね」
「ちょっと訊いてきます」
レンは封書を手に受付に向かった。
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レンは、第九号島の島主に任命された!
マイマイが絶好調だ!
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