第90話 おみやげ
「前にも言ったと思うけど、私は先ほどのアレより上位権限者なの」
ナンシーが紅茶を飲みながら言った。レンは、ナンシーの隣に座らせられていた。
「少しお話をしましょう」
そう言って、転移をさせられたのだ。
場所は、ナンシーによって転移させられた何処かである。
バラが植えられた広大な庭園の中に、生け垣に囲まれるようにして
特別な空間なのは間違いないが、アイテムボックスを使用することができた。補助脳も異常なく活動している。スキルの使用も問題なさそうだった。
「……色々と世界が変わるんですよね?」
レンは、バラの生け垣を眺めながら訊ねた。
「そのための準備をしているわ。いいえ……させられていると言った方が良いわね」
ナンシーが唇を綻ばせた。
「まだ詳しいことを知らないんですが、どんな感じになるんでしょう?」
「よりゲームらしくなるそうよ」
「……ゲームらしく?」
「この"ゲーミングワールド"は中途半端らしいの。まあ、修正事項が多くあったのは確かだから、創造主の定めた枠組みが許す範囲で受け入れるつもりよ」
「ナンシーさんでも、"鏡"を無くしたりはできないんですよね?」
「あれは、創造主の定めたもの。私の権限では、どうにもならないわ。そう言ったわよね?」
ナンシーが隣からレンの双眸を覗き込む。
「……はい。もう言いません」
レンは頭を下げた。
「繰り返しになるけれど、創造主の定めた枠組みを変えることはできないわ」
「ナンシーさんに化けていたのは……思念体という存在なんですよね?」
「凝り固まって変容の可能性を失った……思念の集合体ね。ゾーンダルクというのは総称よ。個別に呼び合う名称があるらしいわ」
ナンシーが手に持ったティーカップに視線を落とした。
「ゾーンダルクは、何をしようとしているんですか?」
「この"ゲーミングワールド"を引っかき回そうとする存在と、あなた達の世界に侵入して向こう側を引っかき回したい存在……目立つ動きとしては、この2つかしら。残りは、この世界で神様ごっこをやって遊んでいるわね」
ナンシーがわずかに口元を歪めた。
「なんだか、面倒臭い連中なんですね」
レンは溜息を吐いた。
「ふふふ……そうね。本当に、面倒臭い連中だわ」
「ゾーンダルクを、その……創造主さんは許しているんですよね?」
「ゾーンダルクは、この"ゲーミングワールド"が試作された段階で遊ぶことを許された存在よ。規則を守らないから、処分対象となってしまったけれど……この世界に存在すること自体は罪ではないの」
「でも、規則を破っているんですよね?」
レンは、ナンシーを見た。
「ええ、明確に違反しているわ」
「違反したゾーンダルクは排除されるんでしょう?」
「もちろん、そのつもりよ。ああ……さっきのアレは気にしなくて良いわ」
「"使徒ちゃん"ですか?」
「アレは、世界を不完全にさせるための因子として創造されたもの。今回は黙らせたけど、またすぐに現れるわ」
ナンシーが苦笑を浮かべた。
「不完全に……創造主さんが?」
「ええ……隙のない世界は息苦しいと、そう仰っていたわ」
「息苦しい……ですか」
レンの眉根が寄った。
「さて……そろそろ本題に入りましょう」
ナンシーが軽く手を振った。
途端、手にしていたティーカップやテーブルが消え去った。洋風の東屋もバラの生け垣も消えて、視界が闇に包まれてしまった。
『大気成分に変化はありません』
補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。
(……足の下に何も無いみたいだ)
目に映っていた全てが消え去って暗闇に包まれたため、落ちているのか、浮いているのか、自分の感覚があやしくなっている。
『重力値に変化はありません。ほぼ静止状態です』
(静止……これで? 動いていないの?)
レンは、体の力を抜いたまま、ゆっくりと首を巡らせて周囲を見回した。
大きく動くと、バランスを崩してしまいそうな恐怖感がある。
(ナンシーさんはどこに?)
『探知できません』
(……そうか)
レンは、自分の右隣へ顔を向けた。そのままジッと目を凝らすが、ナンシーの姿は見えてこない。
(また、何かの試練じゃないだろうな?)
暗闇の中で、レンは目を閉じたまま変化を待った。
「ここはただ暗いだけの場所よ」
ナンシーの声が聞こえてきた。
「どこですか?」
「見てはいけない物が安置された場所……だから、そのまま動かないでいて」
「……はい」
見るなと言われると見てみたくなるが……。
(すぐバレそうだ)
レンは素直に待つことにした。
『視界が回復しました』
「もう良いですよ」
補助脳のメッセージと同時に、ナンシーの声が聞こえた。
「……ここは?」
レンの目の前に、真っ白な砂に覆われた大地が広がっていた。
「砂漠?」
『高濃度ナノマテリアルの結晶体です』
視界中央に、補助脳のメッセージが表示された。
(えっ?)
「白い砂のように見える物は、モンスターを生成するための素材になる粒子……それを結晶化したものよ」
声と共に、ナンシーの姿が少し離れた白砂の上に現れた。
「これが……」
レンは、自分の足下へ目を向けた。
「私の試練の報酬は、大氾濫の猶予時間だけではありません。規定は曖昧ですが、その戦いぶりに見合った報酬を授けることになっているのです」
「……ナンシーさん?」
レンは、ナンシーの顔を見つめた。口調がやけに丁寧なものになっている。
(また、入れ替わった? ゾーンダルク?)
訝しく思ったが……。
「安心しなさい。こちらが本来の私です」
ナンシーが微笑んだ。
(探知できる?)
『測定不能です』
補助脳にも測ることができないらしい。
(……なら、本物か)
レンは緊張を解いた。
「報酬ですが、どのような物を望みますか?」
「どのような……どんなものでも?」
「まず、あなたの希望を聞きましょう」
ナンシーがわずかに首を傾げて見せる。
「ゾーンダルクを斃せる武器が欲しいです」
手持ちの武器では、作り物の体を破壊するばかりで、思念体のゾーンダルクを仕留めきれない。
「では、武器を与えましょう。どのような武器を望みますか?」
ナンシーが軽く手を振ると、足下の白砂から映画で見るような剣や短剣、槍や斧などが浮き上がってきた。
どれも、生まれてから一度も使ったことがない物ばかりだ。使い熟せるようになるまで時間がかかる。
(それに、近接の武器はほとんど役に立たない)
モンスターが空を飛んだり、転移したりすることが当たり前の世界だ。相手に肉薄して剣や斧で斬りつけるチャンスなど滅多に無かった。
「銃はありませんか?」
「そのような武器は存在しませんが……ここに並べた武器の他にも、別の攻撃手段が存在します」
「どういったものですか?」
弓では困る。ああいう武器は、練習しないと使い物にならない。
ボウガンなら、銃と同じ感覚で扱えるのだが……。
「こちらの世界で、魔法と呼ばれているものです」
ナンシーが手の平を上に向けた。
そこに、ソフトボールほどの光る玉が浮かび上がった。
「それは?」
「使徒を灰にした魔法です」
「……それは、ゾーンダルクに効きますか?」
レンは光る玉を見つめた。
「当たれば消滅させることができます」
「どうやったら使えますか?」
「この魔法と同じものではありませんが……あなたが望むなら、スキルとして攻撃のための魔法を授けますよ? ただし、魔法という物は武器とは違って、いつでも放てるものではありません。周囲にある魔素を集めて凝縮し、魔力に変換する作業が必要です。準備に時間を要する点で、武器に劣ると思いますが……それでも、魔法を望みますか?」
ナンシーがわずかに首を傾げる。
「……タイムラグがあるのは不利ですね。でも……じゃあ、魔法の利点は何ですか? 不利なことばかりじゃないですよね?」
「利点と言えるかどうかは使用者の感覚によりますが、威力が固定ではありません。魔法を発動する際に消費した魔力量によって増減します」
「なるほど……」
「それから、魔法発動時に攻撃対象を指定する必要があります」
ナンシーが手の平の光玉を消し去った。
「……それって、利点なんですか?」
「攻撃対象として指定しなかったものには影響を与えません」
「ああ……なるほど!」
敵味方の識別ができていれば、誤射が無くなるということだろう。
「魔法にしますか?」
「はい、お願いします」
「それでは、"ティック・トック"という魔法を授けましょう。この魔法であれば、いくつかの改変を行うことで、渡界人が使用可能なスキルになります」
ナンシーの額が縦に裂けて黄金の眼が現れた。間を置かず、レンの体が金色の光に包まれる。
「あっ……ここの砂を少し貰ってもいいですか?」
レンは、しゃがんで足下の白砂を手で
「……許可しましょう」
わずかに逡巡してから、ナンシーが小さく頷いた。
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ナンシーとお話をした!
固有スキル"ティック・トック"とナノマテリアルを手に入れた!
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