第164話 ダンジョンとダンジョン


(だいたい、資料通りかも?) 

 

 キララが配布したモンスターリストを見ながら、レンは先行して偵察をしているユキの位置を確認した。

 

 65年後に日本国に返還をすることを約束した"ナイン"の自治区。お台場に居座ったヒトデの内部にあるダンジョンの中である。

 Jp001-dungeon-type:tower という登録名称の迷宮内を、レンとユキが探索していた。

 

 存在するモンスターの種類、おおよその生息区域、出現の仕方などを確認した後、実際に戦って生命力の確認を行っている。

 

(ドロップ品は、キララさんの設定とは違う)

 

 化粧箱に入った嗜好品がドロップするという前情報だったが……。

 

(モンスターの部位が入ったカードが残るのか)

 

 ゾーンダルク側でのドロップ品と似たシステムになったらしい。地面に落ちたカードを拾い集めた。

 ゾーンダルクでは、素材カードは宙に浮かび上がってからEBCに吸い込まれるようになっていたが、地球では自分で拾わないといけない。

 

(……で、EBCに吸わせることができるんだな)

 

 手の甲に浮かべたEBCにカードを触れさせると吸い込まれて消える。

 

(なるほど……)

 

 レンは、気づきをメモしつつ、21メートル前方に灯った青白い炎のようなものを見つめた。

 

(……2……3……4……)

 

 炎が灯ってからカウント5でモンスターが出現する。

 

(牛鬼……角が赤く光っていて、肌が赤銅色だから……フレイム・ミノタウロス? で、良いのかな?)

 

 資料を確認しながら、レンは対物狙撃銃の引き金を引いた。

 身長差があるため、喉元から入った 12.7×99mm弾 が牛頭の後部を破砕して貫通すると、背後の岩壁を穿って跳ねる。

 

(頭部破壊で……クリティカル・ヒット?)

 

 身の丈が3メートル近い牛頭の巨漢が、膝から崩れるように石床に座り込み、ゆっくりと横倒しになる。

 

(再生能力は……無し)

 

 倒れた巨体が埃が散るように、石床の上に拡散して消えていった。

 

(カードは、捻れた牛角?……そのまんまだな)

 

 カードに描かれた絵を確認すると、レンは視界右上のタイマーに目を向けた。

 

 モンスターが再出現するまで15分間のインターバルがある。この階層でも同じかどうか時間を計っていた。

 

(青炎の再出現が15分……ここも時間は一緒だったな)

 

 頷いたレンだったが、ふと疑問が浮かんだ。

 

(これ、出現したモンスターを15分以上生かしておいたらどうなるんだろう? 追加で出現するのかな?)

 

『出現中のモンスターが消滅しない限り、次のモンスターは出現しません』

 

 レンの疑問に、補助脳が答えた。

 

(そうなの?)

 

『出現中のモンスターが消滅すると同時に、起動信号が放射されています』

 

(起動って……)

 

『モンスターの再構成を命じる信号です』

 

(……ふうん)

 

 レンは、広々とした岩室の内部を見回した。ミノタウロスが悠々と行動できる広々とした空間だった。

 

「レンさん、向こうに扉があります」

 

 小走りにユキが戻って来た。

 

「扉?」

 

「ここに書かれている階層主の扉だと思います」

 

 ユキが資料を開いてみせる。

 

「ああ……マイマイさんが言ってたボス部屋?」

 

 避けて通れない特別なモンスターが配置されている部屋があると言っていた。資料では注記で少し触れている。

 

「初めての階層主ですね」

 

 ユキが手帳にメモをした。

 

「ここは9階だから……10階が節目なのかな?」

 

「ヒトデの大きさを超えましたね」

 

「うん……キララさんが言っていたように、別の空間に繋がっているんだろうね」

 

 最初の階層だけでも、ヒトデの中には収まりきらない広大なものだった。上の階へ移動するにつれ、各階層がどんどん広大になっている。9階層にいたっては、1万ヘクタールという床面積、天井高は300メートルもあった。

 

「銃があれば、ここまでは問題無さそうですね」

 

 特別なスキルが無くても、少し訓練を受ければ、武装した一般人でも辿り着くことができそうだ。

 

「モンスターの接近を見逃さなければね」

 

 レンとユキは、常に先制をしてモンスターに何もさせないまま射殺している。

 ユキのように"アラート"を取得している渡界者なら問題無く進むことができるだろう。

 

「電子機器は使用できますけど……電波は届きません。GPSも機能していません。方位磁石も……駄目です」

 

 ユキが、腕時計のベルトに付いている小さな方位磁石を見た。

 

「迷うかな?」

 

 補助脳があるレンはともかく、他の渡界者は探索に苦労をするかもしれない。

 

「階段の位置が固定なら大丈夫です。ただ、水や食料は多めに持っておく必要があります」

 

「そうか……まあ、そうだね」

 

 頷きながら、レンは持っていた対物狙撃銃を構えた。

 部屋の中央に青白い炎が出現していた。

 先ほど斃したミノタウロスが再出現する時間らしい。

 

「ここも、 15分ぴったりだ」

 

「1階から共通ですね」

 

 ユキが頷いた。

 

 

 ダァン!

 

 

 レンの対物狙撃銃が銃声を轟かせ、20メートル先で真っ赤な角をした牛頭の巨漢が崩れ落ちる。

 

「命中音がおかしいです」

 

「……そう?」

 

「生身に当たる音ではありません」

 

「そうかな?」

 

「セラミック板を撃ち抜いたような音でした」

 

「まあ……頭蓋骨を撃ち抜いたから……そんな音なんじゃない?」

 

「ここの生き物は、血を流しません。体液も……」

 

 ユキが指摘する。

 

「ああ、確かに……一応、肉とか骨はあるみたいだけど、血液なんかは出ないね」

 

 レンは頷いた。

 

「作り物だからでしょうか?」

 

「というより、そんなふうに作られたからじゃない?」

 

 ユキと会話をしつつ、レンは床に落ちたカードを拾った。

 

「また、角だ」

 

 先ほど落ちたカードと同じ物だった。

 

「このカード……どこかで嗜好品と交換できるのでしょうか?」

 

「たぶんね。ゲームって、そんな感じなんでしょ?」

 

「不思議な……"ことわり"ですね」

 

 ユキが呟いた。

 

「……魔王が創ろうとした世界の"ことわり"も混ざっているんだよな」

 

「ここは、どうなのでしょう?」

 

「今のところ、キララさんの資料通りだと思うけど……ああ、でもドロップ品が違うか」

 

「モンスターの種類も少し違いました」

 

「そうだった?」

 

 レンは首を傾げた。

 その時、ユキがHK417を手に後方を振り返った。

 

 

 - 503.8m

 

 

「……クロイヌさん達だ」

 

 測距値と共に、拡大映像が表示される。

 かなり前から、補助脳が4人をマークして位置を追跡していた。レンの対物狙撃銃の銃声を聞いて確認のために近づいて来たようだ。

 

「あの人達は、静岡のヒトデを調査していたはずです」

 

 ユキがHK417を構えたまま呟く。

 

「つまり……そういうことなんじゃない?」

 

 レンは苦笑を漏らした。

 こちらはお台場のヒトデからダンジョンに入り、クロイヌ達は三保飛行場近くのヒトデから入った。

 そして、9階で出会った。

 

「同じダンジョンに繋がっていたのでしょうか?」

 

「どこかの階層から一緒になったか……向こうが飛ばされてきたか? ちゃんと本物のクロイヌさん達だよ」

 

 レンは、補助脳の情報を見ながら言った。

 クロイヌ達もこちらを警戒して、双眼鏡を使って見ているようだった。バロットが何やら騒いで、フレイヤに叱られている。ヤクシャは小銃を手に後方を警戒していた。

 

「とにかく、合流して話を聞いてみよう」

 

 レンは警戒して距離を詰めてこないクロイヌ達に向けてメッセージを持たせたピクシーを送った。

 

 すぐに返事があり、クロイヌ達が駆け足で近づいてくる。

 

「どういうことかな?」

 

 開口一番、クロイヌが困惑顔で訊いてくる。

 

「そういうことなんじゃないですか?」

 

 レンは苦笑した。つい先ほども似たようなことを言った気がする。ヒトデという入り口は別々だったが、入った先のダンジョンは共通だったか、あるいは途中の階層から……。

 

「……何も異変は感じなかったけど」

 

 クロイヌが首を捻る。

 

「僕が皆さんに気が付いたのは、この9階層に着いてからです」

 

 レンは、がらんとして何もない石床だけが拡がる空間を見回した。

 

「ここどうなってるの? 近づくまで、レン君達が見えなかったわ」

 

 フレイヤが疑問を口にする。

 

(……そんな感じだったかも)

 

 クロイヌ達がレン達に気が付いたのは、互いの距離が500メートルを切ってからだった。遮る物が何もない空間で、ちょっと考えられないことだが……。

 

「次の階への階段なんかも見えませんよね」

 

 近くに寄らないと、階段などを見つけることができない。モンスターが出現する青白い炎などは半径300メートル。上下の階層を繋ぐ階段は、150メートルまで接近しなければ視覚で認識することができない。

 

「扉は、50メートルまで寄らなければ目に映りません」

 

 ユキが斜め前方を指差した。

 

「あっちに扉があるの?」

 

 フレイヤが目を凝らす。

 

「あります」

 

 ユキが言った。

 

(あるよね?)

 

 レンは補助脳に確認した。

 

『微弱ながら、特異なエネルギー反応が存在します』

 

 補助脳のメッセージが浮かぶ。

 

(ユキは扉だって言ってるけど?)

 

『ある種の転移装置です』

 

(転移か……どこに飛ばされる?)

 

『不明です』

 

(ここ……他のヒトデからも入って来られる? 外国のヒトデからも?)

 

『不明です』

 

(他に人間の反応はない?)

 

『探知範囲内に反応ありません』

 

(自分で……調べてみるしかないか)

 

 レンは、扉が存在しているらしい場所へ視線を向けた。

 

 

 

======

ヒトデの内部は、別の異空間に繋がっているようだ!


他のヒトデから入ったクロイヌ達と、ダンジョン内で合流した!

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