第35話 トラップ・ジャンプ


「気をつけてな」


 ケインが、ヤクシャ達に声を掛けた。


「良い装備を貰えましたし、死ぬ気はありませんよ」


 ゲート前で待機しているレン達に向けて、クロイヌが軽く手を上げて見せた。

 全員が、迷彩戦闘服の下にケイン達が試作したスキンスーツを着ている。即死を防ぐことを主眼に開発した防護服だった。

 調査隊に支給された武器や弾薬は、改良型の迫撃砲や無反動砲、重機関銃など、これまでの渡界データを元に改良された物が多く、攻撃手段は強化されている。


「運が良ければ、また現地で!」


「ユキ殿、どうか御無事で!」


「今度も、森に飛ばされるのかな。ムカデは嫌なんだけど……」


 先に入った調査隊に続いて、ヤクシャ、バロット、フレイヤが淡く光るゲートに入って消えた。


(また会えるといいな)


 九期の傷病特派で生き残ったのは、レン達を含め9名だけだった。その9名全員が再渡界をすることになった。


「まだ……減ってないわ」


 キララが、鏡面に浮かんだ生存者数を見ながら呟いた。

 [ 0 ] になっていたゾーンダルク滞在者数が、[ 288 ] に増えている。


(ゲートに入って……3秒)


 レン達が見守っている間に、ヤクシャ達が加算されて [ 292 ] に変わった。


「じゃあ、僕達も行きましょうか」


 レンは、新調した自動小銃 HK417を手にパーティメンバーを振り返った。

 ユキも同じ銃を抱えている。ケイン達は前回と同じ64式小銃を持っていた。銃弾は、どちらも同じ 7.62×51mm である。


「渡界直後にモンスターと戦闘になることを想定して、初弾を装填……マイマイさんは、セレクターを"ア"の位置に」


 レンの指示で、全員が小銃の遊底を引いて初弾を装填した。


「訓練通り、できていますね」


 レンは、マイマイの手元を見ながら頷いた。

 わずかな時間だったが、トリガーハッピーの射撃場を借りて簡易な射撃訓練を行っていた。


「撃つ時は、これを引っ張って"タ"まで回すのよね?」


 マイマイがレバーを指さす。


「はい」


「いっぱい撃つ時は、"レ"ね?」


「はい。レバーは急がず、しっかり位置を見ながら回して下さい。ただ、連射をすると反動で銃口がどこを向くか分からないので……できるだけ"タ"を使って下さい。当てようと思わず、大体の位置を狙って撃てば大丈夫です。射撃の音だけで十分な威嚇になります」


 まずは、撃つべき相手がいる方向へ銃口を向けるところからだ。


「うん、分かったよ」


 マイマイが真剣な顔で頷いた。


「それじゃあ、行きましょうか」


 レンは、防弾チョッキの弾倉マガジンポーチに挿れた予備の弾倉を確かめつつ、現地に到着してからの初動を頭の中で思い描いた。


「チーム、<ドクリンゴ> の初陣だな!」


 ケインがレンの肩を叩いた。

 色々あって、パーティ名は <ドクリンゴ> に決定していた。マイマイが主張する"モモリンゴ"と、キララが提案した"ヴェノムニードル"の折衷案である。


「お~う! やったるでぇ~」


 妙な声を上げて、マイマイが64式小銃を振り回す。


("ア"にしてもらって、良かった)


 レンは行き来する64式の銃口に首を竦めながら、逃げるようにゲートの中央へ踏み出した。安全装置がかかっていると分かっていても、銃口が向けられるのは気持ちが悪い。

 周囲が真っ白になり、すぐに視界が開けた。


「あっ!?」


 思わず、レンは小さく声を漏らしていた。

 直後、頭まで水中に没した。


(水……海水!?)


 手にしたHK417を【アイテムボックス】へ収納し、レンは海面へ浮かび上がると周囲を見回した。

 うねりは大きいが、白波は立っていない。

 見上げると、晴れ渡った空に太陽が眩く輝いていた。

 そこへ、ケイン達が到着した。


「おっと……」


「わっ、なに!?」


「う、だぁっ!?」


 もつれるようにして3人が空中に現れて水没した。

 最後にユキが現れ、ちらとレンを見ながら海中へ落ちる。

 幸い全員が問題なく泳げたらしい。待つほどもなく海面に浮かび上がって来た。


「ゲートを出たら海とか……ひでぇな!」


 浮かび上がるなり、ケインがぼやいた。


「鉄砲落とすところだったぁ~」


「北極とかじゃなくて良かったわ。こっちの海水もしょっぱいのね」


「サメが来ると困りますね」


 大きくうねる海面のあちこちから声が聞こえてくる。


「救命イカダを出します! 順番に引き上げますから待っていて下さい!」


 大きな声で言ってから、レンは【アイテムボックス】から自動膨張式の救命イカダを取り出した。

 バッテリーを使わず、ガスボンベだけで膨張してくれる品だ。漂流しながら救助を待つための物だから漕いで進むようには作られていないが、かなりの時間海水に濡れずに浮いていられる。


 畳まれた救命イカダの紐を引くと、ガスボンベから炭酸ガスが噴出し、みるみる膨らんで正方形の床面をしたゴムボートに三角形のテントが載ったオレンジ色のイカダが現れた。

 "自動膨張式救命いかだ"として売っていた品で、レンが購入したのは8人乗りの一番大きな物だった。


(いきなり使うことになるとは思わなかった)


 濡れて重たい体を救命イカダの上に引きずり上げると、レンは手早くテントのフレームを組み立て、防水シートを張ってから、海上を見回した。


(良かった。大丈夫そうだ)


 ケイン達が救命イカダの周囲に集まって立ち泳ぎをしていた。


 ユキとケインが救命イカダの縁にあるロープを掴んで這い上がり、それぞれマイマイとキララを引き上げた。


「やれやれ……いきなり海かよ!」


 ケインが苦笑する。


「レン君に土下座して感謝ね」


 キララが濡れた髪をタオルで拭きながら溜息を吐いた。


「すっごいねぇ、レン君、こんなの用意してたんだぁ~」


 マイマイとユキが、タオルで濡れた床面を拭いている。

 【コス・ドール】のおかげで一瞬で乾いた衣服に着替えができる。濡れた衣類は【アイテムボックス】の中だから、床面さえ拭けば快適そのものだった。

 三角形のテントの中だが、8人用というだけあって、かなりの広さがある。


「底に潮流を受けて膨らむバランサーが付いています。少々の波では転覆しませんが……落水すると救助が大変ですから気を付けて下さい」


 レンは、改めて留め具や紐の緩みを一つ一つ確認しながら注意した。


「ゲートを抜けると、そこは大海原でしたぁ~」


 マイマイが楽しげに笑いつつ、【アイテムボックス】から大きなクッションを取り出して寝転がった。


「これ、普通に死ぬでしょ? ゲートが罠なの? 酷いゲームだわ」


 キララが尖った視線を海原へ向けた。


「この救命イカダは、説明書のとおりなら岩場に擦れたくらいじゃ破れませんが、できるだけ早く陸地を見つけたいですね」


 レンは、屋根になっている厚地の防水シートを確かめてから、テント正面に見えている海面を見渡した。


(少し風が出て来た?)


 わずかな間に、海面に尖った白波が立つようになっていた。


「ユキ、見張りを頼む。ちょっと集中してマップを見たい」


 レンは、ボードを開きながらユキに頼んだ。


「了解です」


 ユキがHK417を手にテントの入口へ来る。ユキは呆れるくらいに眼が良い。その上【アラート】持ちである。任せておいて大丈夫だろう。


 レンは、場所をユキに譲って少し後ろへ下がると【ワールドマップ】を開いた。


(これが……前回のポータルポイントかな?)


 [World Map] と表示された画面の右下の方に、◆ が点滅していた。指で触れると、吹き出しが出て ポータルポイント(opener:fjs09008ren)となっていた。fjs09008ren というのは、シーカーズギルド登録時のレンの記号だ。

 消えるナメクジと戦ったポータルポイントで間違いないだろう。


(そして、今は……ここか。海のど真ん中じゃないか)


 ポータルポイント(opener:fjs09008ren)は、地図の下辺に見えている陸地の上端に位置する。現在位置を中心に表示された [World Map] の大半は、海になっていて地図の右上辺りに陸地が少し表示されていた。


(ほとんど、海? ゾーンダルクって、陸地が少ない世界なのか)


 レンは、【エリアマップ】に切り替えた。

 当然だが [Area Map] の画面全てが海だった。

 未踏破部分は隠れていて見えないが、地図上に変化らしい変化は見当たらない。[World Map] に表示されない小島があれば……と期待したのだが。


(探知に異常は?)


 レンは、補助脳に問いかけた。


『探知範囲内にナノマテリアル反応はありません。大気の成分、重力、自然放射線量、海水の塩分濃度……いずれも、日本周辺の平均値と同等です』


 補助脳のメッセージと共に、各種測定値が視界の右端に並んだ。


(気温27℃、海水温は、23℃か。東京なら梅雨明けくらいの気候かな?)


 レンは小さく溜息を吐いた。

 とりあえず、このまま漂流するしかなさそうだ。救命イカダは、浮かんで漂うための物だ。付属品の手漕ぎ用パドルは気休めでしかない。


(食べ物と飲み物はあるから、しばらくは大丈夫だけど)


 銃弾は海中では威力が減じてしまう。海洋型のモンスターに襲われたらひとたまりもないだろう。


 レンは、ケイン達と状況を共有するためにボードを閉じた。

 その時、


『上空で衝突音が発生しました』


 視界にオレンジ色の文字が浮かんだ。注意を促す警報色だ。


(衝突音? 距離と方向は?)


『探知範囲外から、音のみが伝わって来ました。正確な位置は不明です。音源の方向を表示します。目視で確認して下さい』


 メッセージと共に、レンの視界に情報が表示されていく。同時に、強調加工された"音"が耳元で再生された。


(……音? これって……)


 金属の破砕音のようだった。それに、高周波の震動音が混じって聞こえる。


「これ、何の音?」


 レンは、思わず声を出した。


「音ですか?」


 海上を見張っていたユキが、レンを振り返った。


『何らかの装置が駆動する音です』


「空から何か聞こえる」


 レンは、開け放っているテントの出入り口から空を見上げた。いつの間にか上空を分厚い雲が覆っていた。


「レン君? なにか聞こえるの?」


 キララとマイマイがレンの隣に来た。


「見えました」


 ユキが呟いた。遙か上空で、雲間を何かが奔り抜けている。


「あっ……何か見えた! 大きな船みたいだったよ!」


 仰向けに寝転がっていたマイマイが興奮顔で跳ね起きた。


「今の爆発音か? 何か聞こえたな」


 隣でケインが呟く。


『対象の目視に成功しました。拡大表示します』


 レンの視界左側に、静止画像が4枚縦に並んだ。


(三胴船? 飛行艇なのか?)


 一番上の1枚に写った飛行物体は、中央の主胴体を挟むように涙滴形の胴体が並んでいる海上用の船を想わせる造形だった。翼などは見当たらず、どうやって飛行しているのか不思議な形状だ。

 残る3枚の静止画像は、どれも黄色のスズメバチのような形状のモンスターだった。


(体長3メートルのスズメバチ……あれって、機関砲?)


 頭部から生えた触角の先から、銃撃を行っているように見える。


『口径30mmの銃弾に相当する大きさのエネルギー弾です。発射間隔 650/min、弾速 700m/s ……』


 補助脳が計測値を表示する。


(弾の到達距離は?)


『1200メートルで消失しています』


 金属弾などを放っているわけではなく、エネルギー弾を撃っているらしい。


(機関砲を撃つスズメバチか……上空から狙われると厄介だな)


 ゾーンダルク側で、兵器を使用するモンスターに遭遇するのは、ミサイルを放つ蜘蛛に続いて2種目になる。


(まずいな……あの船、海に降りるつもりだ)


 三胴船は大きく船体を振って、スズメバチの銃撃から逃れながら海上に向けて高度を下げている。補助脳が予測した着水位置は、レン達の救命イカダから300メートルしか離れていなかった。



 - 947.9m



(スズメバチがこっちを狙う前にやらないと……)


 遮蔽物のない海上でプカプカ浮かんでいる状態では良い的になるだけだ。


 レンは、【アイテムボックス】から緩衝材入りの厚板を出して床に敷くと、対空用の銃座を取り出して設置した。

 過去に渡界した特派チームが持ち込んだ品らしく、"トリガーハッピー"で売られていた品物だ。

 コの字型の鋼板の台座に、大型の雲台が取り付けられていて、M2重機関銃だけでなく、対物ライフルなどを据えることができるアタッチメントが付属している。

 ユキと相談して購入した品だった。


「少し発砲音が大きいですが……」


 レンは、M2重機関銃を取り出しながらケイン達を振り返った。


「気にせず、やっちゃって!」


 いつの間にか、キララとマイマイが黒いイヤーマフをつけて余裕の笑みを浮かべていた。銃声に備えて買ってきたらしい。


「どれを狙いますか?」


 隣でユキが、レンと同じ銃座を設置し、M2重機関銃を雲台に固定した。大きな弾箱を横に設置して弾帯を取り出している。【アイテムボックス】が無ければ、こんなに大きな弾箱は持ち運べない。


「右端のスズメバチをやる」


「では、左から狙います」


 ユキが重たいレバーを引いて初弾を装填した。


「了解」


 レンも弾箱を横に置いて弾帯を引っ張り出すと、M2重機関銃の上蓋を開いて手早く装填した。


(狙って当たる距離だ)


 スズメバチは、大型の三胴船の後方に集まっている。まだ、こちらに意識を向けた様子はない。

 レンは、M2重機関銃に付けた照準器を覗いた。


(硬そうだけど……撃ち抜けるか?)


 手持ちの銃器では一番威力が高い 12.7×99mm 弾だ。これが通用しなければ、絶望的な戦いになる。


『弾道予測線を表示します。射撃後に照準補正を行います』


(……よろしく)


 補助脳が視界中央に照準用の光点を表示し、拡大表示したスズメバチに向けて弾道予測線を引いた。



 - 791.3m



(墜ちろっ!)


 レンは、ゆっくりと射撃レバーを押し込んだ。







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ゲートを潜ると、そこは大海原だった!


30mmエネルギー弾を撃つ"スズメバチ"に遭遇した!

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