第202話 今代の勇者
第九号島の大会議室に、タルミン、"プリンス""女王蜂" "モゼス・イーター" "エインテ・クイーン" "澱みの王"が並び、ミルゼッタとマキシスが少し離れた席に座り、戸口近くの壁際にトガシ達日本からの渡界者達が座っていた。
レンは、宇宙で起きている事態について情報を共有した。
タルミンは"ナンシー"の警告を受け、独自に観測していたらしく、映像を表示しながらの説明に何度も頷いていた。
「多少の変容は散見されるが、大きな改良は行われていないのである」
ライブ映像を見ながら、タルミンが言った。
宇宙空間を埋め付くさんばかりの無数の爆発光が明滅する様子を、勇者とプリンスが目と口を大きく開けたまま見つめていた。
「あれと戦えとは言っていない。まあ、討ち漏らしは処理しないといけなくなるけど……」
レンは、勇者達に声を掛けた。
「この星については任せて貰って良いのである」
タルミンが自信ありげに言った。
「ナンシーさんは動いてくれるかな?」
「ビシュランティア殿は容認すると仰ったのである。後は、島主殿の許しを頂ければ我の騎士達を投入できるのである」
「許可する。徹底的に駆除してくれ」
「承知したのである」
タルミンが不敵な笑みを浮かべた。
「島主様、我々は如何致しましょう?」
"プリンス"が問いかけてきた。
「プリンスには、引き続きイーズを監理し、島を巡る航路の維持に努めてもらう。やっと、物と人の流れが安定してきた。ここで止めるわけにはいかない」
「はっ! お任せ下さい!」
"プリンス"が床に片膝を突いた。
「"女王蜂" "エインテ・クイーン" "モゼス・イーター" "澱みの王"は九号島の"棺桶"だ」
レンはマキシスを見た。視線を受けて、マキシスが大きく頷いてみせる。
映像が切り替わって、松ぼっくりのような形状の岩塊が投影された。
「ファゼルナの"蜂の巣"をマイマイ博士と共に改修致しました。通常攻撃の効果が薄い敵を選んで"蜂の巣"を転移させます。狙うべき敵を選んで攻撃をして下さい」
マキシスが勇者達に説明をする。
「どうやって攻撃を? そういう武装があるのかな?」
"エインテ・クイーン"が訊ねた。
「"蜂の巣"に備えた魔導砲による砲撃と、艦載機である"スズメバチ"による近接攻撃になります」
マキシスの説明と共に、岩塊の透過図に切り替わり、多数の砲門が着色表示された。横に、"スズメバチ"も表示される。
「すべてを一人で操作できるのですか?」
"女王蜂"が質問した。
「マイマイ博士によると、エーアイサポートというものが"スズメバチ"を操縦し、操船者が念じる攻撃目標を攻撃するそうです」
「こちらは、敵を選んで攻撃を意識すれば良いということ?」
「はい。その認識で間違っていません」
マキシスが"澱みの王"に頷いて見せた。
「俺にもできそうだ」
"モゼス・イーター"がレンを見た。
「世界を救うための戦いだ。勇者の出番だろう?」
レンは、映像をライブに戻した。
「それぞれ、専用の寝台に寝た状態で操作してもらう。"蜂の巣"が破壊されても、お前達には何の影響もない。すぐに次の"蜂の巣"を操船してもらうことになる。長期戦になるからそのつもりで」
レンの言葉に、四勇者が膝を突いて低頭した。
「島主殿の出陣はいつであるか?」
「この"掃除屋"の後ろに、迷惑な奴が控えているらしい」
「彼奴であるか。なるほど……あれは、島主殿でなければ仕留められんのである」
「なので、それが出てくるまでは、ぶらぶらしてます」
「それが良いのである。あれは、非常に面倒な相手である」
タルミンが眉をしかめて頷いた。
「マキシスさん、生産システムの管理をお願いします。物量には物量です。資源用の"白い砂"については、ナンシーさんに話をつけてあります。尽きないように補充して下さい」
「分かりました。まだ、島主が保管していた量の10%も使っていません。生産設備を使い潰しながらになりますが……数で押し負けるようなことはありませんよ」
マキシスが微笑を浮かべた。
その時、マキシスの顔の前に"ピクシー"が現れた。
「"蜂の巣"を出せと……キララさんからメッセージです」
「勇者の出番みたいだ」
レンに声を掛けられ、4人の勇者がマキシスに従って部屋を出て行く。
「あの者達に操作できるのであるか?」
不安げにタルミンが言った。
「"澱みの王"なら上手くやるかも?」
「ふむ……駄目で元々という言葉があるのである」
「……タルミンさんは、戦ったことがあるんでしょう?」
「親玉であるか?」
「迷惑ちゃん」
「ふむ。確かに、非常に迷惑な奴であるな。自分達以外の文明を滅ぼしにかかる鬱陶しい奴である」
「強かった?」
「そうであるな。強いというより癖がある……分裂を繰り返して増殖してゆく過程で、思念汚染をしてくるのである。当時、ビシュランティア殿の使徒の半数以上が汚染され、彼奴の配下と化した。あのビシュランティア殿が、使徒ではない我を招聘して戦列に加えたほどだ。実に、厄介な奴なのである」
「ふうん……思念汚染?」
「ビシュランティア殿や我には効かぬが……先ほどの勇者達では心許ないのである」
「なるほど……まあ、あの勇者達が相手にするのは"掃除屋"だから」
「そうであるな」
「これを片付けたら、少しは落ち着くのかな?」
レンは、しばらくライブ映像を見つめてから消した。
「創造主との邂逅を待つのであるな?」
「60年くらいという話だけど……創造主も、"迷惑ちゃん"みたいな存在ってことはないよね?」
「さて……我はその存在を認識できないのである」
タルミンが残念そうに首を振った。
「まあ、もう"鏡"を無理に撤去しなくても良い気がするし、地球を丸ごとゾーンダルクの何処かに転移させれば良い気がするけどね」
地球は、ぼろぼろだ。
いくつかの国が持ちこたえているだけで、過半数を超える国家群が崩壊してしまった。文明の衰退は留まるところを知らない。
"ナイン"が楔のようになって、文明の消滅を防ぎ止める役目を担っているが、焼け石に水といった感じである。
「賢者達を信じるのである」
「賢者?」
「ケイン、キララ、マイマイである」
「ああ……」
「彼の者達は、文明の一時的な衰退からの回復まで計算しているのである」
「ケインさん達は信じているんだけど……」
"ナイン"のメッセージを素直に受け取らない国が多すぎる。
「あの者達に喧伝させるのである」
タルミンが壁際に座っている渡界者達を見た。
「喧伝って……そんなの効果ある?」
「やらないより良いのである。物事には潮目という物がある。何が切っ掛けで潮目が生じるか分からないのである」
「……そうかかもな」
元々、こちらで見聞きしたことを正しく伝えてもらうために、こうして連れ回って見学させているのだ。
ただ伝えてもらうだけでなく、より積極的に情報発信をしてもらうべきかもしれない。
「他の国からも連れてきた方が良いかな?」
日本国の渡界者だけを招待したのでは、情報が世界に拡散しないだろう。
"ナイン"に従わない人間が混ざる可能性はあるが……。
「我や"プリンス"、それにユキ殿がいるのである」
タルミンが破顔した。
「そうだった」
レンも笑みを浮かべた。
その時、扉が開いて、ユキとアイミッタが入って来た。
「ちょっと行ってきます」
「出来損ないのような世界であるが……それでも、大勢の人間が生きているのである」
歩き出そうとしたレンに、タルミンが声を掛けた。
「タルミンさん?」
「どれだけ傷み、どんなに形が悪くなっても、そこで多くの生き物が生きているのである。かつてを懐かしみ、今を嘆きながら、それでも諦めることなく足掻き続けているのである。それが、尊く愛おしいのだと……かつての我に向かって、ビシュランティア殿が仰ったのである」
いつになく真摯な眼差しでタルミンがレンを見つめていた。
いきなりの事で、咄嗟に答えられず、レンは黙ったままタルミンの目を見つめ返した。
「恐らく、人の世が落ち着くことは無いのである。常に何処かが綻び、脆く崩れかかり、踏みとどまることもあれば儚く崩れ去ってしまうこともある。いきなり、大輪の花が咲くように隆盛することもある。それを連綿と繰り返す生き物なのである」
「人間のこと?」
「我の希望が沢山含まれているのである」
タルミンが双眸を和ませた。
「よく分からないけど……でも、僕にも希望というか、どうしても護りたいと思えるものがある。今の僕にとっては、人類の行く末より大切なことなんです」
「ほう? それは興味深い変化であるな」
「世界とか文明とか、そういう大きな感じじゃなくて。どう言うのかな……気持ちが休まる場所? そこで過ごす時間……穏やかで優しい感じの……そういうのが、みんなに必要なんだと思う。そういうのを手に入れようとして、みんな頑張っているんだと感じました。いや、なんか違う……ああ、上手く言葉になってない」
言葉にしてしまうと"違う"のだ。
レンは軽く頭を振った。
レンが脳裏に思い描いているのは、『たもき荘』でユキと過ごしたひとときだった。
あの時に感じた安らぎが、色あせることなくレンの中に息づいている。
それは、レンにとって、すごく眩しくて貴重なものだった。
戦って守り抜くに値するものだった。少なくとも、レンにはそう感じられた。
世界を護れ、文明を護るために戦えと言われてもよく分からない。
ただ、あの穏やかで優しい時を護れというのなら、それがどんなに困難なことでも臆せず戦うことができる。
「言葉など不要である。しっかりした想いが勇者殿の中に根付いていることが分かって安堵したのである」
タルミンが頷いた。
「勇者失格かもしれないですね」
レンは、ユキ達の方を振り返った。
「ふふふ……やはり、好い勇者である」
小声で呟いたタルミンが、レンの背に手を当てて前に押し出した。
「タルミンさん?」
「勇者たる者、美姫を待たせてはいかんのである」
背を押されるまま、レンは素直にユキ達の方へ歩いて行った。
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ゾーンダルクでの打ち合わせが終わった!
タルミンが、いつになく饒舌だ!
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