第201話 プレゼン、終了!


 アイミッタが、ユキの後ろに半ば隠れるようにして何やら答えている。質問をしているのは、叔母のタシロナと数名の渡界者達だった。

 リゾートアイランドと化した島で一泊してから、アイミル号で第九号島の居留地に場所を移し、居留者資格で街を観光している最中である。

 

 居留地内にも、日常生活には十分な物品が揃う店舗が並んでいたが、第九号島の街はその比では無い。

 酒類や酒場系統に偏っているが、衣料品や化粧品が並ぶ百貨店や食料品専門の大型スーパーマーケットもある。

 どの店舗も、島外からの現地人達が大きなカートを押して往き来していた。

 浮遊島を代表して買い付けに来た島民や転売を行う商人達だろう。

 当然ながら、地球人はいない。

 すべてゾーンダルクの住人達である。

 

 イーズの商人達が運営する循環船を利用し、安全に第九号島を訪れることができるようになり、資材から工作用の魔導具、土や水、種苗など、ありとあらゆる物を手に入れることができる。

 もちろん、お金は必要になるが、"ナイン"は、こちら側の世界でも領土を担保にした取引を行っていた。

 

 循環船が就航したおかげで、空中を漂うだけの墓場のようだった浮遊島群が、なんとか息を吹き返し、船を修理して、漁をしたり、土を買って耕作を始めたり……。

 最近では、第九号島に出稼ぎに来て、ウィルを稼いで帰る島外民も増えている。

 ユキとアイミッタが案内している百貨店など、店員の半分近くが出稼ぎで来た短期就労者だった。

 マネキンに着せている服も、各地の民族衣装から晴れ着、様々な場面を意識した衣装や部屋着など、区割りされたブース毎に雰囲気が変わって来客を楽しませている。

 

 地球で失われた人と物の循環路が整備され、雑多な人種で賑わう様は、地球から渡界してきた者にはとても眩しく映るだろう。

 百貨店の階層の中には、地球の物産展もあり、文房具から日用品、化粧品から衣料品、菓子類から酒類……ありとあらゆる物が販売されていた。

 

「もう良いんですか?」

 

 ユキとアイミッタを解放し、トガシ達が、ベンチに座っているレンの方へ戻って来た。

 

「……まあな」

 

 トガシの元気が無い。

 

「これが……こういうのを作ったのが"ナイン"なのね?」

 

 タシロナがレンに訊ねた。

 

「"ナイン"は、地球の人類が滅びないように保護するための組織です。僕達が日本人のままだと、日本の政治家が勘違いをしてしまうので、"ナイン"を国家にして、中立の立場で全世界にメッセージを発信してきました」

 

 結局、最後まで『でも、日本人だろう?』という意識を払拭できなかったが……。

 

「必要な人数を拉致して、居留地に軟禁することも考えましたが、僕達を正しく利用して生存を図る国が現れました。おかげで、無茶なことをせずに済みました」

 

 残念ながら、日本は動いてくれなかった。

 すごく失望したが、それでもまだ今後の日本国に期待したいという気持ちが残っている。

 かつては戦闘機乗りになって護りたいと思っていた国なのだ。

 

「トガシ教官は、どうやって日本を護るつもりだったんですか?」

 

 レンは、トガシを見つめた。

 

「……立つ瀬が無いな」

 

 トガシが溜息を吐いた。

 

「国を護るってどういうことでしょう? 何を護れば、国を護ったことになるんですか?」

 

「それは、まあ……多岐にわたるだろう。領土だけではないことは確かだ。立場立場で、何を大切にしているか違うだろうし……」

 

「ただ命を護るだけでは国は保てない?」

 

「まあ、そうだろう。文化やら……言語なんかも護らないと駄目だろう」

 

「日本人なら日本語ですね」

 

「そうだな。英語だのロシア語だのにされては困る」

 

 トガシが顔をしかめる。

 

「これから教官には、お台場で頑張って貰うとして……ああ、そういえば占領政策も何も無い。ただひたすら人類を滅ぼすことを目的にしている存在が接近しています。どうします?」

 

「……それは……それが事実なら戦うしかないだろう」

 

「宇宙から押し寄せている最中ですけど? どうやって戦うつもりですか?」

 

「宇宙から……それは、ロケットか何かを……」

 

「今、ロケットを製造して打ち上げることができる国がありますか?」

 

「無理……だな」

 

「アメリカに頼ります?」

 

「アメリカは……ああなってしまったら、もう無理だろう」

 

「じゃあ、どうします? 空に向かって、対物ライフルでも撃ってみますか?」

 

「……"ナイン"ならやれるのか?」

 

「"ナイン"ならできます。というか、やっている最中です」

 

 レンとトガシの周りに、トガシと共に渡界した自衛官や渡界者達が集まってきた。

 聞かせるためのやり取りだ。聞いて貰わないと困る。

 

「"ナイン"が負ければ、地球もゾーンダルクもお終いです」

 

 ゾーンダルクに限り、"ナンシー"という切り札が登場しそうだが……。

 

「政府は知っているんだよな?」

 

 トガシが訊ねる。

 

「日本の政府機関にも、異界探索協会にも、シーカーズギルドのインフォメーションセンターにも届けています。救援部隊が疎開村を巡って届けているのは、水や食料だけじゃありませんよ?」

 

 レンは、座っていたベンチから立ち上がった。

 

「あれこれ脅すようなことを言いましたが……地球もゾーンダルクも大丈夫です。僕達が……"ナイン"が何とかします」

 

 レンは、ちらと街の空を見上げた。

 地下街なのだが、外と同様、青空が広がっているように見える。

 

「鉄砲持って、射的をしている暇があったら、"ナイン"を手伝ってゴキブリの一匹でも仕留めてみませんか?」

 

 レンの視線を受けて、トガシが連れてきた自衛官達が苦笑する。

 

「他の人はどうです? 装備が充実して、以前より安全に戦えるようになりました。多少の怪我ならすぐに治ります。こちらの世界で戦えとは言っていません。日本で、日本の国土を蝕んでいるゴキブリを駆逐したらどうかと言っているんです。国を荒らしているゴキブリ退治に、何か難しい理屈が必要ですか? だれかの命令がいりますか?」

 

 レンの視線が渡界者達へ向けられる。

 

「知っていますか? ナインは、日本にいるゴキブリにも懸賞金を掛けていますよ? ダンジョンのモンスターだけじゃない。地下に群れているゴキブリを退治してもウィルが稼げるんです。"ナイン"から戦闘装備をレンタルし、ゴキブリを退治してウィルを手に入れる。ウィルがあれば水や食料、服も買える。それが日本を護ることにつながるんです」

 

「……そういう仕組み、初めて聞いたわ」

 

 渡界者の若い女が呟いた。

 

「"ナイン"は繰り返し案内をしています。まあ、日本には情報を伝達する媒体が少ないですが……配給する食料の箱にチラシが入っているので捨てずに読んでみて下さい。オーストラリアでは、ゴキブリ成金が誕生したとニュースになっているくらいですよ」

 

 レンは淡く笑って、再びトガシの顔を見つめた。

 

「ちゃんと働いて下さいね?」

 

「……分かってる。やるつもりでいる」

 

 トガシが頷いた。

 

「レン国王……どこでレンタルとかできるんですか?」

 

 渡界者の男が手をあげた。

 

「お台場のヒトデ前にあるシーカーズギルドへ言って、シーカー登録をして下さい。そこで、戦闘装備のレンタルをして、地下鉄の駅へ直行。後は地下を徘徊しているゴキブリを撃てばいい。それだけです」

 

「やるわ! そこまで準備してもらって……こんなに、何もかも用意してもらってるのに、できないなんて言えないわよ!」

 

 黙って聞いていたカナタが大きな声で言った。

 他の渡界者達も口々に賛同する。

 

「上手に"ナイン"という存在を利用して下さい。日本にはウィルで納税する仕組みはありませんし、それを作ろうとしていた人間はアメリカを外遊中です。今の内に、しっかりウィルを稼ぐべきです。稼いだウィルで、好きな食べ物、飲み物、服なんかを買えば良いんです。それが日本を護ることに繋がります。そのためのツールは全て揃っています。まあ……失敗して日本が嫌になったら、ここへどうぞ。移民も歓迎していますから」

 

 レンは軽く笑いながら街の通りを歩き始めた。

 ユキがアイミッタを抱き上げて並ぶ。

 後ろを、カナタ、タシロナ……と、他の渡界者達が追った。

 

「レン国王」

 

 後ろから、渡界者の一人が声を掛けた。

 

「何です?」

 

「こういうのって、みんなに言って良いんですか? 日本に戻ったら、知り合いに教えてやりたいんだけど」

 

「全部、公表している情報です。何もかも自由に教えてあげて下さい。思ったより良いところだったと伝えてもらえると嬉しいですね」

 

「写メが使えたらなぁ」

 

 別の男が悔しげに言う。

 

「仮想訓練施設があるから遊んでみますか? "生身モード"はきついですが、"戦闘服モード"なら問題無いと思います」

 

「あいみったもやる!」

 

 アイミッタ宇が手をあげた。

 幼い女の子がやると言うのだ。これでは尻込みできない。渡界者達が口々に体験してみたいと言い始めた。

 

「"ナイン"の国民になるにはどうしたら?」

 

 タシロナが訊いてきた。

 

「お台場の大使館で申請すれば、こちらで審査をして即日結果を伝える……そういう仕組みになっていますが、あまりおすすめしません」

 

 レンは叔母を振り返って微笑した。

 

「えっ? どうして?」

 

「うち、とことんブラックですから。まともに寝る暇がないくらい、あれもこれも押しつけられて働かされますよ? 倒れることも許されません」

 

「お、おい、レン……」

 

 トガシが慌てる。

 

「地球も広いけど、ゾーンダルクはもっと大きいんです。"ナイン"は、そのどちらも護っているんですから……びっくりするくらい忙しいんです」

 

「いそがし! たいへん!」

 

 ユキに抱えられたままアイミッタが拳を握って力説する。

 

「先日、タチバナさんがクリニックに搬送されました」

 

 ユキがぼそりと呟く。

 

「まあ、過労で倒れても大丈夫です。ステーションのクリニックで完治しますから。でもまあ、そんな感じなので、"ナイン"を上手に利用してウィルを稼ぎながら日本を護っている方が安全だと思います」

 

 レンの説明に、叔母が首を振った。

 

「いいえ。私は運動神経が悪いし、いくら練習しても鉄砲はまともに当たらないの。でも、昔から事務作業は得意だったわ。みんながウンザリするような細かい作業も平気よ。そういう仕事は無いかしら? 役に立てると思うわ。国民全員が鉄砲を撃っているわけじゃないんでしょう?」

 

「ようこそ、"ナイン"へ」

 

 そう言いながら、レンは疲労困憊しているタチバナの顔を思い浮かべた。シーカーズギルドの職員は全世界的に不足している。そこに、労働基準法など存在しない。

 

「ありがとう! 今すぐにでも働けるわ。疎開村には着替えくらいしか残っていないから」

 

 勢い込むタシロナに続き、渡界者達から次々に質問の声があがった。

 

「私達は、戦闘員を希望します。"ナイン"の国民になっても、ゴキブリ退治はできるんですよね?」

 

 従姉妹のカナタと、同い年くらいの少女が挙手して言った。

 

 

 

 

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レンのプレゼンテーションは、成功したらしい!

 

渡界者が、一気に増加するかもしれない!

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