第200話 ゆとりのススメ


「無事に到着したみたいだ」

 

 画面の中で、パラシュートに吊された大きなコンテナ型シェルターが倒壊したビル群の中に着地した。

 

『レベル調整完了後に、シェルター・ロックを解除するわ』

 

 キララの声が響く。

 シェルター底面にある脚が伸びて、床面の水平状態を目指して微調整を始める。

 

「……あれが……あそこがアメリカ? あんなことになっているのか」

 

 トガシが呻くように言った。

 

『総員、バイタル正常……でもないか。少し血圧と心拍数が高めね』

 

 笑いを含んだ声と共に、シェルター外壁の一部が開き、地面に向けてタラップが下りた。

 

『外遊先がニューヨークだけなんて贅沢よね』

 

「ロケット、勿体なかったですね」

 

 開閉口から顔を覗かせた大人の男女を見ながらレンは呟いた。

 

『まあ、ロケットというより弾道ミサイルだし、探査船の着陸試験ができたと思えば悪くないわ』

 

「シェルターの強度も確かめられそうです」

 

 画面の端に、巨大なトカゲ型のモンスターの群れが映っていた。

 

『竜が踏んでも壊れない……と、マイちゃんは言っていたけれど、脚部は壊れそうよね』

 

「ありがとうございました」

 

『ミッションコンプリートね』

 

 軽く笑ってキララが通信を切った。

 

「レン……国王、あれが今のニューヨークなんだな?」

 

「そうです」

 

 トガシの問いかけに頷いてみせ、レンは呆然とモニターを眺めている渡界者達の顔を見回した。

 

「この島の周りにいる魚を仕留めることで、帰還に必要なポイントが稼げます。見ての通り、島の中は日本にいるより安全ですが、ある程度換金できるポイントを稼がないと美味しい物を食べることができません。水族館の隣に、初心者向けの釣り堀のような練習場が造ってあるので、そこで銛の使い方や戦闘服の調整などを行いながらポイントを稼いで下さい。3時間くらいで、必要十分なポイントが稼げるはずです」

 

 レンは、モニターのチャンネルを切り替え、施設案内と"釣り堀"を表示した。

 

「ああ……」

 

 額に小さな白角が生えた女の子が、銛で突いた魚を持ち上げて母親らしき女性に見せてはしゃいでいる。長い胸鰭をした80センチ近い体長をした魚だった。

 

「あの親子はこっちの人です。大きな括りで言うとゾーンダルク人ですね。2人とも、"ナイン"国の国民ですよ」

 

 説明しながら、レンはユキの顔を見た。

 

「アイミッタが刺身を作ってくれるそうです」

 

 ユキが仄かに笑う。

 

「刺身? あれ……大丈夫な魚?」

 

 レンはアイミッタが掲げ持っている魚を注視した。

 すぐに補助脳が解析をして、魚類図鑑調に、細かく分類し、毒性の有無、毒性の種類を表示する。

 

「毒があるのは背鰭の一部だけか。注意すれば大丈夫かな」

 

 ほっと安堵しつつ、レンは後ろにいるトガシを振り返った。

 モニターに映っているミルゼッタ、アイミッタを見たまま固まっている。

 

「どうかしました?」

 

「い、いや……おい、あれは……じゃあ、宇宙人か?」

 

「ここ宇宙じゃないですよ? ゾーンダルク人だと言ったでしょう?」

 

「ああ、そうだ。宇宙じゃないから……そうじゃなくて、なんか普通の人間じゃないか」

 

「ええ、普通の親子です」

 

「とんでもないことだぞ?」

 

「なにが?」

 

「いや、だから! どうして、こっちに、あんな普通の人間がいるんだ!」

 

「逆に、どうしていないと思ったんです?」

 

「……しかし、そんな話は……誰か知っていたか?」

 

 トガシが連れの男達を振り返ったが、全員がゆっくりと首を振った。いずれも"外遊"を逃れた男達である。

 

「怠慢ですね。"ナイン"は何度も発表をしました。日本に住んでいる皆さんなら、情報を得る機会や手段はいくらでもあったはずです」

 

「ナイン国王……」

 

 叔母のタシロナが声を掛けてきた。

 

「なんです?」

 

「あの人達は、この島で暮らしているの?」

 

「いいえ、普段は"ナイン"が所有する島で暮らしています。今日は、僕達を出迎えるために来てくれたんです」

 

「えっと……どこかへ行くの?」

 

「まず帰還に必要なポイントを稼いでもらってから、"ナイン"の島に……まあ、社会科見学ですね。昼食は、"ナイン"の島で食べましょう。その後、こちらの人間と簡単な交流会、それからこの島に帰ってホテルにチェックインという流れになります」

 

 レンは、モニターに行動予定表を表示した。

 

「あのっ、質問いいですか!」

 

 眼鏡をかけた二十歳くらいの男が挙手した。

 

「どうぞ?」

 

「こっちの人と会話ができますか? 言葉は通じるのかって意味なんだけど」

 

「こちらが用意した道具で翻訳できます。結構性能が良いので、会話は成立します」

 

「おおお!」

 

 青年が興奮顔で拳を握った。

 

「他にも色々な人が……人種がいるんですか?」

 

 隅に立っていた若い女が訊ねた。

 

「はい。大人になっても3歳児のような姿の人種、背中に翼のある人種……さっきモニターに映った角のある人種など様々です。こちらの世界は、ここのような島は珍しく、ほとんどの島は、空に浮かんで漂っています。空に浮かぶ島ごとに固有の社会があり、それぞれ独特な文化が存在します。さすがに、全ての種族に会うことはできませんが……この後で案内する"ナイン"の島は交易が盛んです。かなり雑多な種族を見ることができますよ」

 

「すごい……前に掲示板に移住の話を見たけど、あれってまだ有効? 今からでも移住とかできるの?」

 

「はい。この島は"鏡"のための土地なので無理ですが、"ナイン"の島には異邦人向けの居留地がありますし、"ナイン"国民になれば、普通に街中で暮らすことができます」

 

 女が目を輝かせてレンの説明を聞く。

 

「……病院とか、そういうのは? 私、持病があるんだけど」

 

 別の女が手をあげた。

 

「医療ステーションはありますが、先にポイントを稼いでステーションのクリニックで完治させた方が楽ですよ」

 

「あっ、そうか。そうよね……どんな病気でも治るんだっけ」

 

「僕も、こちらのユキも、傷病特派で渡界して治療を受けました。どんな病気も一回の治療で完治します。通院は必要ありません。持病など不安な人はさっさとポイントを貯めてクリニックへ行って下さい」

 

「分かった。分かりました。そうします」

 

「私もいい?」

 

 カナタが手をあげた。

 

「どうぞ?」

 

「こちらの世界って危ないんでしょう? 大きな獣とか虫がいっぱいで、空から巨大な鳥や蜂なんかが襲ってくるって……」

 

「島によっては、今も危険なままだけど、いくつかの浮遊島は安全です」

 

「それは……レンが……"ナイン"が護っているから?」

 

「はい。海には化け物じみた巨大な魚がいたり、安全とは言えないけど、"ナイン"が管理する島は、世界で一番安全で……清潔な町だと思う。まだ、幼稚園とか学校は無いけどね」

 

 地球からの居留者が増えれば、学校施設も作るつもりでいる。その時には、今のような騒乱時ではなく、平和だった時を知る教師を招きたい。

 

「僕もいいかな? ネットとかある? 電話は? 地球の家族に掛けたりできる?」

 

 三十歳くらいの男が質問をした。

 

「インターネットのようなものは存在しません。メンバー固定のネットは構築可能です。それから……地球との交信はシーカーズギルド限定です。これは、こちらの世界の規則に抵触するから変更はできません。こちらの世界の中での通話はできるようになりましたが、まだ機器が大きい上に連続使用時間が物足りない」

 

 レンは、"ピクシー"を喚びだした。

 

『お手紙ですかぁ~?』

 

 ピンク色の長い髪をした"ピクシー"がレンを見て小首を傾げる。

 

「ポイントを使用することで、ボードメニューから"ピクシー"を召喚できるようになります。ちょっとした荷物からメッセージまで遠方に届けてくれます。"ピクシー"なら、地球にいる渡界経験者にも届けることができます」

 

 レンは礼を言って"ピクシー"を送還した。

 

「こっちで使えるお金は……ウィルですよね?」

 

 別の女が訊ねた。

 

「はい。ステーションの銀行で、エーテル・バンク・カードを作りましたね? すべて、E・B・Cエーテル・バンク・カードで決済します。個人間でウィルの貸し借りはできませんが、基準となるポイント数を超えて稼いだ渡界者は、シーカーズギルドや銀行の職員が立ち会いの元、ウィルの受け渡しが可能となります」

 

 レンが答えた時、鈴の音が鳴り、アイミッタの"ピクシー"が目の前に現れた。

 花びらのような形のスカートを摘まんで"ピクシー"がお辞儀をする。

 

『声のお手紙を預かってきました。この場で再現しますか?』

 

 "ピクシー"がレンを見つめて小首を傾げた。

 

「よろしく」

 

 レンは了承した。

 途端、

 

『レン! おさかなとったよ! あいみったがとった! ごはんできるよ! おいしいよ!』

 

 勢い込んだアイミッタの声が会議室に響き渡った。

 

「……このように、"ピクシー"を介したボイスメールの場合は自動的に翻訳されます」

 

 レンは苦笑気味に説明しつつ、

 

「ありがとう。楽しみにしてる!」

 

 "ピクシー"に向かって大きな声で返事をした。

 

『声のお手紙を預かりました。それでは失礼します』

 

 再び、スカートを摘まんで低頭してから"ピクシー"が消えていった。

 

「今の……さっきの子? 赤い髪の?」

 

 タシロナがレンを見た。

 

「そうです。名前はアイミッタ。ああ……自分で言ってましたね」

 

 レンは視界右上に表示で点滅している時刻を確認した。

 "釣り堀"に移動する時刻が近づいていた。

 とは言っても、使用する道具は、アイミッタでも扱える小型の魔導式"銛"だが……。

 

「そろそろ、ポイントを稼ぐ時間ですね」

 

 レンは、ユキに向かって頷いて見せた。

 

「こちらです」

 

 ユキがきびすを返した。

 

 

 

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ゆとり渡界の時代が到来した!

 

渡界するなら今だっ!

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