第199話 教官と生徒



「教官は、何のために訓練をしたんです?」

 

 いきなり、レンに訊ねられて、トガシが困惑顔で口を噤んだ。

 

「それは………最初は、日本を護る職に就きたかったからだ。やってみたら、性に合っていたからな……途中から鍛えることに夢中になっていた」

 

 トガシが、視界を過ぎ去る小鳥を見送りながら答えた。

 

 レンとトガシの2人だけで、緑色の"カップデカップル"に乗っていた。

 レンが【空中遊覧】を指定したため、大きなコーヒーカップは、始まりの島の上をふわふわと浮いて周回している。

 

「上の人間と揉めて外に出されてからは……まあ、国防のことなんか忘れて腐っていた」

 

 トガシがレンを見る。

 

「僕は、日本の空が護りたかったんです。戦闘機のパイロット志望でした」

 

 レンもトガシの目を見た。

 

「……そうだったな」

 

「でも、駄目になりました」

 

「ああ……」

 

「事故で死にかけて、その時に……目と記憶を失ってしまいました。目は治ったんですが、記憶はもう戻りません」

 

「何も思い出せないのか?」

 

「ぼんやりと覚えていることはあります。戦技訓練の内容は忘れていませんでした。亡くなった祖母のことは、はっきりと覚えています。でも……叔母や従姉妹のことはほとんど記憶にありません」

 

「……他に親戚はいなかったな」

 

「それも覚えていませんが、ビッグデータを調べても存在しなかったので、そういうことだと思います」

 

 レンは【アイテムボックス】から水筒を取り出して栓を外した。

 中には、ユキがいれてくれた温かい緑茶が入っている。

 

「飲みます?」

 

「いや、俺はこっちにしよう」

 

 トガシが自分の【アイテムボックス】から銀色のスキットルを取り出した。

 

「……傷だらけですね」

 

 レンは傷だらけのスキットルを見て呟いた。

 

「ウィスキーが好きで、どこへ行く時でも持ち歩いているからな」

 

 スクリューキャップを開けて口を付けると軽く呷る。

 その様子を見ながら、レンはカップにお茶を注いだ。

 

「従姉妹の顔も忘れていたのに、教官のことは覚えていました。ちょっと記憶容量を損した気分です」

 

「ふん……」

 

 苦笑を浮かべつつ、トガシがスキットルの口を見つめた。

 

「忘れていたとはいっても、僕にとっては数少ない親戚です。あの2人の状況には気を配っていました」

 

「だろうな」

 

「どうして、あの2人を連れてきたんですか?」

 

「調べているんだろう?」

 

「はい」

 

「……身柄の保護を依頼された」

 

「誰から?」

 

 レンは、緑茶を口に含んでゆっくりと嚥下した。

 

「陸将補と誰だか知らんが公安調査庁の人間からだ」

 

「直接、対面で?」

 

「いいや、すべてWEBカメラ越しだ。それに……陸将補は偽者だった。たぶん、もう片方も身分はでたらめだろう」

 

 親しいというほどでは無いが、陸将補とは個人的に付き合いがあったらしい。WEB越しに対話を始めてすぐに違和感を覚えたらしい。

 

「依頼内容は、2人の誘拐?」

 

「身柄を確保して、指定する施設へ連れて来いという内容だったな」

 

 トガシが口元を歪めた。

 

「かなり、なめられてますね」

 

 レンは、カップを回して底に溜まった緑色の雫を滑らせた。

 

「理由は知らんが……俺なら扱いやすいと思ったんだろう」

 

「地位を言えば従ってくれると思ったのかも」

 

「タガミさんに説教されて、俺なりに色々と考えていた。"ナイン"のことも……"ナイン"の援助が無ければ日本が干上がることも……防衛が立ちゆかないことも全て理解している」

 

「良かったです。一から説明をするのは面倒臭いんで」

 

「気付いていたのか?」

 

 トガシがレンの目を見た。

 

「調べました」

 

「……本当に調べることができるんだな」

 

「一緒に渡界をした人間には、理解が足りていない連中が混ざっています」

 

 補助脳が情報を精査した結果が視界の右端に表示されている。

 

「どいつか分かるか?」

 

「はい」

 

 レンは小さく頷いた。

 

「どうする? どいつか教えてくれれば俺がやるぞ?」

 

「外遊に出します」

 

「……さっき言ってたやつか」

 

「僕は……僕達は、今の状況に持ち込むために、まあまあ苦労してきたんです。次から次に……一難去ってまた一難でしたっけ? あれをリアルに体験中です」

 

「宇宙がどうとか言っていたな?」

 

「インベーダーが襲来中です」

 

 そう言って、レンは小さく笑った。

 

「インベーダー? 宇宙人か?」

 

「分類は不明です。宇宙を移動できる生物兵器……惑星を滅ぼすための生き物が大量に押し寄せてきています」

 

 レンは空を指差した。

 

「宇宙の……生き物か」

 

 トガシが空を見上げる。

 

「魔王だの何だのを片付けて、なんとか人類滅亡を回避できたと思ったら、今度は宇宙インベーダーですよ? 信じられないでしょう?」

 

「……俺の想像力が追いつかん」

 

「教官は、ただの兵隊ですから。何も考えずに、ひたすら突撃するんですよね?」

 

「ちっ……つまらんことを覚えてやがるな」

 

 記憶が消えたくせに、と舌打ちをしながらトガシがスキットルを呷った。

 

「言ったじゃないですか。記憶容量を損したって」

 

 レンは、上空を見上げたままゆっくりと視線を巡らせていた。

 

「それで……俺はどうなるんだ?」

 

「どうとは?」

 

「俺も"外遊"か?」

 

 トガシが訊いた。

 

「行きたいんですか?」

 

「外の様子を見てみたい気持ちはある。ただ……今の状況で行っても自殺と変わらんだろう?」

 

「そうですね」

 

 レンは、トガシの顔に視線を戻した。

 

「さっき、何のために鍛えたのか……訊いただろう?」

 

「はい」

 

「この俺が役に立つ場所があるか?」

 

「まあ……たぶん」

 

 トガシに見つめられ、レンはわずかに首を傾げた。

 

「あるのか?」

 

 トガシが身を乗り出す。

 

「何も考えない兵隊は要りませんよ?」

 

「む……」

 

「一人で何役もやってくれないと駄目です。深刻な人手不足なので」

 

「そうは言うが……俺は器用じゃないぞ」

 

「大人だし、3つくらい兼任できるでしょう?」

 

 レンは右手の指を3本立てて見せた。

 

「3つ?」

 

「"ナイン"のためになる人材の引き抜き……募集役」

 

 人差し指を曲げる。

 

「ああ、それなら役に……」

 

 トガシが頷く。

 

「在日"ナイン"軍、お台場基地の基地司令」

 

 中指を曲げる。

 

「なに? なんだそれは?」

 

「シーカーズギルドの西日本ギルド長」

 

 レンは、残る薬指を曲げた。

 

「……なんだそれは?」

 

「それだけだと暇ですから、シーカーに戦闘訓練を行う訓練校を運営して下さい」

 

 レンは、水筒とカップを【アイテムボックス】に収納した。

 

「おい? レン?」

 

「僕は、"第九号島"の島主と"ナイン"の国王、ゾーンダルクの"勇者"をやっていますよ? 未成年なのに、大人より忙しいんです。教官とコーヒーカップに乗って空を飛んでいる場合じゃないんです」

 

「いや、何かの役に立ちたいとは言った。本心からそう思っている。だが、さすがに……基地司令だの、ギルド長? そういうのは俺には務まらんだろう?」

 

「教官は、怪しげな依頼を引き受けたをして、タシロナとカナタを護衛するつもりだった。そういうことで良いですか? そうでないなら明日から"外遊"に行ってもらいますよ?」

 

 レンは、困惑顔のトガシに笑顔を向けた。

 

 その時、

 

『シーカーズギルドのタチバナから、"外遊候補者"の名簿が届きました』

 

 視界中央に、補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

 

 

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レンと教官が、"カップデカップル"に同乗している!

 

レンは、トガシ教官に対して遠慮が無い!

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