第198話 外遊のススメ
『皇居は、関与を否定したぜ』
ケインの"ピクシー"がメッセージを運んできた。
(通話記録、メッセージログ、映像を洗って、関与した人間の選定をお願いします……と)
ゲートを使用して、ステーションから始まりの島へ移動しながら、メッセージを返すと、レンは軽く身を捻って拳を突き出した。
細いワイヤー製の拘束具らしき物を手にした男が戦闘服ごと圧壊して路上を跳ね転がり、数本の立木をへし折って頭から地面に埋もれる。
さらに1人、特殊ネットを撃って来たが、避けずに素手で殴り伏せた。
ダンッ! ダダダダダダッ…………
捕獲を諦めたのだろう。重機関銃の射撃音が響き、無数の銃弾が飛来する。
どこか諦めたような目をした男達の顔を拡大表示しつつ、レンは銃弾を潜って転移した。
(こっちに、19人。トガシ教官はユキの方に行ったのか)
補助脳の探知情報を見ながら、レンは転移で背後を取ると、立木の後ろに陣取って重機関銃を撃っている男達を潰して回った。全員が揃いの黒い戦闘服姿で、左の上腕部にオレンジ色の布が巻かれていた。
(……これを命令した人間は放置しておけない)
探索範囲を拡大しつつ、レンは森の中を歩いて、玩具のような仕掛け罠を破壊していった。
リリリン……
鈴の音が鳴った。
現れたのは、ユキの"ピクシー"だった。
『クリアです』
メッセージは短かった。
(ナンシーさんに依頼して、蘇生を依頼。蘇生が終わったら、こちらへ送り届けてもらおう)
レンは、ユキに宛てて返事を書きながら散乱している男達へ目を向けた。
地球の医療技術なら、即死状態だが……。
ボードメニューから"ナンシー"を召喚し、蘇生が可能かどうか訊ねると、全員蘇生できるという回答だった。
(残りは、初渡界組か)
後のことを"ナンシー"に任せて、レンはユキの座標を確認してから転移を行った。
魔素があるゾーンダルクでは、便利な魔導具が使い放題である。
攻撃行動を取った男達は、元自衛官と元警察官からなる渡界経験者達だった。
(あれ? トガシ教官は違ったのか)
トガシが無事な姿で寝転がっている。他数名と一緒に、両手を頭の後ろに組んで腹ばいになっていた。
どうやら、ユキとは交戦していないようだ。
「何人でした?」
チタン製の六角棒を手にしたユキが訊いてくる。
「19人だった」
「こちらは、12人でした」
言いながら、ユキが汚れた六角棒を【アイテムボックス】に収納した。
「何だったのかな?」
「"ナイン"を国と認めないそうです」
「教官、何か知っていますか?」
レンは、トガシ教官に声を掛けた。
「……俺は知らん」
地面に顔を埋めるようにしてくぐもった声で返事をする。
「異世界の侵略国家に地球をいいようにされるのは我慢ならない。日本を守るために命を捨てる。そのようなことを言っていました」
ユキが目を向けた先で、初渡界組が青い顔で集まっている。
「教官が関与していたかどうかは、すぐに分かります」
「俺達は知らん。そこまで馬鹿じゃない」
「だと良いんですけど……」
レンは、"ピクシー"を召喚してケイン宛てにメッセージを運ばせた。
「蘇生させて、どうするのですか?」
ユキがレンを見た。
「外遊に出そう」
「外遊……ですか?」
ユキが小首を傾げた。
「同行する人を選んでもらっている。できるだけ大勢の政治家に世界を見てもらおう」
有無を言わせず拉致をして日本国から外へ出し、人口過疎地へ送り込む。
「どこの国ですか?」
「ロシア……いや、アメリカかな?」
全員を"鏡"経由で送り届け、現地で治療袋から解放する。
以降は、もう関与しない。
クリニック送りにした連中は、護衛役ということで良いだろう。
「ああ……ロケットで宇宙に飛ばして、宇宙のクラゲを見てもらっても良いかも」
レンは、曇ってきた空を見上げた。
「その方が良いかもしれません」
ユキが真顔で頷いた。
リリリン……
鈴の音が鳴り、
『お手紙ですぅ~』
やや間延びした声と共に、ピンク色の髪をした"ピクシー"が戻って来た。
「……トガシ教官は、シロみたいだ」
レンは、メッセージを見ながら呟いた。
「そうですか」
地面に伏せた男達に冷え冷えとした眼差しを向けていたユキが小さく頷いた。
「旧内モンゴル自治区に送ったらどうかって……キララさんから」
「あの辺りは、まだ人間が残っていました」
ユキが頷く。
「良いかもね」
魔王が持ち込んだ"ナイトメア"の影響を強く受ける地域で、クリーチャーの出現率が高いが、クラゲの"ダンジョン"は存在しているし、クラゲの近くには"ナイン"の出店がある。
"鏡"の大氾濫が恒常化しているため、文明を築くためにはハードルが高い土地だが……。
(生きるだけなら、何とか……なるかな?)
レンは渡界組へ目を向けた。
「宇宙の方は、膠着状態みたいだ」
「まだ、時間は大丈夫そうですか?」
ユキがレンの顔を見る。
「うん。気にせず、のんびりして来いって」
レンは"ピクシー"を送還した。
「あの……レン君、なにが?」
渡界組を代表して、叔母が遠慮がちに声を掛けてきた。
「"ナイン"を排除したい……テロリストです。みんな生きていますよ」
「生きて……本当に?」
叔母がユキの方を見た。
「心肺停止状態になっても、30秒以内であれば蘇生可能です」
ユキがボードメニューの説明をする。
「あんなにぐちゃぐちゃだったのに?」
カナタが訊いてきた。
「加減をしました。大丈夫です」
ユキが微笑する。
「あれで、加減……なの?」
「加減しました」
ユキが頷く。
「"ナイン"の人って、みんな……ユキさんみたいに戦えるの?」
「まさか。ユキは特別だよ」
レンは苦笑した。
「そうなの?」
「地球の色々な所へ行ったけど、ユキと互角に戦える渡界経験者はいなかった」
タルミンの"ナイト"シリーズには、今のユキでも手こずる個体が存在する。
まあ、手こずるとは言っても、ただ他の個体より長く抵抗できるといった程度だが……。
「さて……頭の悪い人達が邪魔をしてくるけど、ゾーンダルクを案内しようか」
レンは、迎えの馬車に向かって手を振った。いつぞやの2人乗りの"カップ"ではなく、角のある馬が牽く10人乗りの乗り合い馬車である。
「お、おい……矢上?」
「レンと呼んで下さい」
「あ……ああ、そうだった。レン……もう立っていいか?」
頭の後ろで手を組んだままトガシが呻く。
「どうぞ? 好きにして下さい」
「乗って下さい。どの馬車に乗っても行き先は一緒です」
続々と到着する乗り合い馬車をユキが指差して案内をする。
「レン」
トガシが近づいて来た。
「なにか?」
「その……この馬車は? 以前来た時には、もっとこう……妙な乗り物だったが?」
「"空飛ぶコーヒーカップ"?」
「それだ」
「教官、あれに乗ったんですか?」
レンは軽く目を見張った。
「えっ……いや、あれしか無かったからな。前は、馬車なんか無かったんだ」
トガシが鼻頭に付いていた土を払った。
「そうですか。あれに教官が……」
レンは、笑いをこらえつつ視線を外した。
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レンとユキは、襲撃者を取り押さえた!
渡界者達は、リゾートアイランドを満喫することになった!
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