第197話 ダークマター
「矢上……」
「退いて下さい」
クリニック前で待っていたトガシ達を脇へ退かせ、レンとユキはタシロナとカナタを伴ってクリニックの中へ入った。
ドアを入った瞬間、追いかけようとしたトガシ達の目の前で、レン達4人が転移して消え、ナンシーの診察室に移動している。
「やり取りは聞いていました」
診察椅子に座ったナンシーが艶然と微笑んだ。
「もう、頭は冷えました」
レンは軽く頭を下げた。
それから、連れてきた叔母と従姉妹を紹介した。
「使徒が調査した情報が確かなら、貴方の血縁はこの2人だけですね?」
「はい」
「……おかしなものは付いていないわ。ちょっと残念な玩具を持っているようだけれど、"鏡"を潜ったから、もう作動しないわよ?」
叔母を見ながら、ナンシーが微笑する。
「えっ? あ……これのことですか?」
タシロナが防弾チョッキの弾倉用ポケットから無線機のような物を取り出した。
「魔導具のつもりで作ってあるようだけど……まだ、ちょっと知見が足りないわね」
タシロナから預かって透かすようにして見てから、ナンシーが小型の装置をタシロナに返した。
「それ、なんですか?」
レンはタシロナの手元を見た。同時に、2人に対して補助脳による探査を行う。
(作動している物は無いな。香奈のこれは……異探協の携帯端末か。少し改良されたみたいだけど……こっちじゃ使い物にならない)
「トガシという隊長さんから預かった物なんだけど、持っているだけで居場所を報せる道具みたい」
タシロナが、レンに装置を手渡す。
「もう、壊れています。トガシさん達は……少し違った装置を持っているようですが……どれも、もう駄目だな」
レンの視界に、トガシ達の所持品一覧が表示された。
補助脳は、アイテムボックスの中身まで精査できるようになっている。どこかの研究機関に依頼された技術検証の一環だろう。構造の異なる数十種類の装置を持ち込んでいたが、いずれも動作不能になっている。
(やっぱり、キララさん達は凄いんだな)
第九号島やタルミンの存在が大きいのは確かだが……。
(ケインさん達は、渡界したから知識を得られたんだ。戦闘は得意じゃないのに……凄い勇気だよな)
今でこそ潤沢な資源と優秀な製造装置を背景に、やりたい放題やっているケイン達だが、すべて自らが危険な場所へ赴いて自分達で勝ち取ったものだ。タルミンの知識を得てからは、現行の科学技術とは隔絶したレベルにまで達している。
「もう、GPSも使えないから……地上波で位置情報システムでも組むつもりかな?」
疑問を口にしつつ、レンは壊れた小型装置を叔母に返した。
「持っていていいの?」
「もちろん。持ち込むのは自由です。ただ機能しなくなるだけですから」
レンはナンシーを見た。
「今、状況はどうなっていますか?」
「まだ主戦場は木星付近です。そろそろ、今の攻撃が通用しない個体が混じる頃でしょう」
ナンシーが宙空に指を踊らせた。
診察室の照明が消え、宇宙空間が映し出される。そこかしこで爆発光が明滅し、見渡す限りの宙域に破砕された気味の悪い生き物が漂っていた。
「これが、私達を襲うために?」
叔母が震えを帯びた声で呟いた。
叔母と香奈には、現在に到るまでの大きな流れを説明してある。
「魔王とゼインダは無害化できた。地球を汚染か破壊するために、何かの装置を残している可能性はあるし、大量のゴキブリに浸透されると都市ごと破壊しないといけなくなるから思ったより厄介だ。それでも、何とか危険をコントロールできる状態になっている」
次は、新たに出現した宇宙から押しかけてくる"敵"である。
「予想では、地球ではなく、ゾーンダルクを狙っているらしい。でも、それだって確かかどうか……叔母さんが持っていたような位置情報装置か、何かの誘導装置をゼインダが遺している可能性だってある」
ゾーンダルクと地球、その両方を護る算段が必要である。
「こいつらがゾーンダルク側に来るなら、あれと戦うことができる人間がいる。でも、もし地球側が襲われると……たぶん、手が足りなくなって、最悪、地球を放棄しなければならなくなる」
どんなにユキが勇戦したとしても、護れる範囲は限定的だ。
レンの補助脳が幾度もシミュレーションを繰り返している。
惑星内に侵攻されてから迎撃が成功する確率は、ゾーンダルク側で38%。地球は、0%だ。
(ナンシーさんを計算に入れない数値だけど……)
ゾーンダルクに限って言うなら、ナンシーの参戦さえあれば、迎撃成功率は上振れするだろう。
(でも、地球は……)
レンが、ナンシーの代わりに何とかしなければならない。
(いつまで湧き続けるのかな?)
どこからともなく湧き出るようにして、クラゲのような巨大生物の大群が現れた。
「こんなのどうしたら……」
香奈が呻くように言った。
直後、突如として大量のミサイル群が出現し、推進光を放ちながらクラゲの大群に吸い込まれてゆく。
「今は、物量でも負けていません」
レンはナンシーを見た。
「あの兵器が効かない個体群が来ます」
ナンシーが虚空を指差した。
爆発光が明滅する宇宙空間の一部が拡大され、彗星のような物が映し出された。
(岩……なんか、アレみたいだ)
松ぼっくり型の蜂の巣を想わせる巨大な岩塊が、赤い光に包まれて移動していた。ミサイルが何発か命中しているが、岩の表面に届かずに赤い光りに阻まれている。
「あれは?」
「物質文明を攻撃するために使用する兵器です」
ナンシーが答えた。
「攻撃が届いていないですね」
レンは、拡大表示された岩塊を見つめた。
「魔導砲なら貫けます」
「えっ?」
「ゾーンダルクで魔導砲と呼ばれている兵器であれば問題無く撃ち破れます」
「そうなんですか?」
「技術的なことは、タルミンか……マーニャに聞いた方が良いでしょう。タルミンは、あれと交戦した経験があります」
「それは……ナンシーさんと一緒に?」
「ええ、ずいぶんと前のことですが……あの頃と比べても大きな変化は見られません」
ナンシーが手を振ると、拡大表示された彗星の隣に、似たような形状の彗星が表示された。
「これが?」
「私と交戦した当時のものです」
「……確かに、似ていますね」
中身まで同じものかどうかは不明だが、同じ系統の兵器であることは確かだろう。
「当時は、あの岩のような甲殻に粘体状の侵食生物が内包されていました」
「粘体……」
「再生能力が極めて高い調整された生命体です」
「厄介そうですね」
「当時は、塩水が弱点でしたが……」
「塩水が?」
ナメクジのように塩で溶けたりするのだろうか?
「ゾーンダルクには陸地が少ないでしょう?」
ナンシーがレンを見て微笑する。
「えっ? あっ!?」
「塩水に浸かると固形化し、再生能力を失うのです。それが判明するまで、多くの同胞があれに喰われました」
「なるほど……海水か。でも、惑星内に引き入れるのは……」
可能なら宇宙空間で始末をつけたい。
「ユキ」
「キララさんに伝えます」
ユキが"ピクシー"を召喚した。
「今も同じ弱点だとは限りませんよ?」
「それを確認してもらいます」
方法は分からない。ただ、キララ達なら何とかやってくれるだろう。
「あれを退けた後、貴方と同じような姿をした敵が現れます」
「……機人ですか?」
「あちらは思念体の容器としての機人です。あなたとは成り立ちが異なるわ」
「そうですね。乗り物なら……戦闘用のロボットという感じですか」
レンは、光が生まれては消える宇宙空間を見つめた。
「単純な戦闘能力であなたに勝る敵は、存在しないはずですが、かなりの数が存在します」
「厳しいですね」
レンは眉をしかめた。
「私は星域外に干渉できませんが……タルミンなら良い知恵を貸してくれるでしょう。私がそう言っていたと伝えて下さい」
「タルミンさんに? 分かりました」
「あなたのお友達が行っているように、星域外には私が管理する"
「でも、魔導式の道具は魔素が必要ですよね? あれだけの数を相手にすると、すぐに貯蔵分を使い果たしそうですが……」
電池のように交換可能な魔素貯蔵庫をいくつか造っているが、広大な宇宙空間での戦闘になると心許ない。
「宇宙空間には、地球人が認識できていない物質が豊富に存在します」
ナンシーがレンを流し見た。
「宇宙に……?」
「仮設上の物質として、名称だけは色々と存在するようですが……ゾーンダルクに満ちている"魔素"とほぼ同質の物質です」
「それは……暗黒物質のことでしょうか?」
ユキが訊ねた。
「そうですね。"暗黒物質"として一括りに呼ばれている物の1つ。それが、ゾーンダルクにおける"魔素"と同様の物質です」
ナンシーがユキを見て頷いた。
「ゾーンダルク内と同じように魔素を利用した魔導具が使用できるんですか?」
「宇宙空間に耐えられるよう造ってあれば、どのような魔導具でも動作可能です」
「……なるほど」
「先ほど、タルミンが詳しいと言ったでしょう?」
「はい。なんか……やっと理解できました。これも伝えてくれる?」
レンは、大きく頷いてユキを見た。
「恐らく、マイマイさん達は知っていると思います」
ユキが、宇宙空間を飛翔するミサイル群へ目を向けた。
(それはそうか……転移装置だって、"魔素"ありきだもんな)
連続する爆発光を見ながら、レンは苦笑を浮かべた。
その時、闇色の宇宙空間を貫いて、巨大な魔導光が彗星を直撃した。
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レンとユキは、ナンシーに面会した!
タシロナとカナタが、置いてきぼりだ!
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