第203話 オーダー



「お久しぶりです」

 

 第九号島の技術研究所に顔を出したレンとユキを、マキシスが笑顔で出迎えた。

 "エインテ・クイーン"とは異なり、本物のエインテ人の生き残りである。

 

「……これは、新しい船ですか?」

 

 モニターに表示されている図面を見て、レンとユキは視線を交わし合った。

 鋭角に尖った艦首をした大型の浮動艦のように見える。

 

「はい。この星系を護るための戦闘艦として設計しました。キララ博士の要求する性能に達しましたので、先ほど量産するよう指示を受けました」

 

 マキシスが完成した艦の立体映像を表示した。

 

「凄い船なんでしょうが……誰が操艦を?」

 

 宇宙に上がるのは、タルミンの"バーブ"シリーズと4勇者の操る"蜂の巣"だけだ。

 

「マノントリを搭載すると仰っていましたよ?」

 

「……マノントリ?」

 

 レンの眉根が寄った。

 

「ファゼルナのゴブリンをマノントリにすると……ご存じありませんか?」

 

「いや……聞いていません」

 

「私も知りません」

 

 レンの視線を受けてユキが首を振った。

 

「ゴブリンは、ファゼルナなどの軍事国家が虫の体組織から生み出した戦闘生物です。大半は大した知能を持っていませんが、指揮官型のゴブリンは高い知能を有しています」

 

「"ゴブリン"をそのまま乗員にせずに、マノントリに?」

 

「例の二大国を滅ぼした際、かなり徹底した破壊が行われたため、使用できる素体がほとんど残っていないのです」

 

 マキシスが苦笑を浮かべる。

 

「なるほど……」

 

「この船は、マノントリだけで操艦を?」

 

 ユキが戦闘艦の立体映像を見る。

 

「はい。排除命令を与えられ、割り当てられた宙域を徘徊し続けることになります」

 

 初めから、ゾーンダルクに帰還させるつもりは無いらしい。

 

「数はどのくらいでしょう?」

 

「9万隻を宇宙へ上げろと……マイマイ博士は仰っていますね」

 

「……9万?」

 

「その件で、この手紙を預かっています」

 

 マキシスが紙の封書を差し出した。

 "ピクシー"のメッセージを使わず、わざわざ紙の手紙を? と首を傾げながら、レンは封書を開いて手紙を読んだ。

 

「また、ナンシーさんにお願いするんですか?」

 

 レンは嘆息しつつ、手紙をユキに手渡した。

 必要となる創造用の資源を、ナンシーに強請ねだってくれという内容だった。

 

「マイマイ博士曰く、基本方針の理解は得ているから、しかるべき人物からの正式な依頼であれば許可されるだろうと」

 

「しかるべき人物が、僕ですか」

 

 レンは、戦闘艦の立体映像へ目を向けた。

 

「ミサイルだけで十分な気がしますけど?」

 

 討ち漏らしは、タルミンや四勇者の"蜂の巣"が対処する手はずになっている。わざわざ、ゴブリン・マノントリを載せた船を打ち上げる必要など無い気がする。

 

「ロマンだそうです」

 

「……ロマン?」

 

 レンは、眉をひそめた。

 

「はい」

 

 微笑を浮かべたマキシスが頷く。

 

「ミサイルに飽きたとも仰っていました」

 

 連日連夜、延々と発射し続けているミサイル攻撃に飽きたから、別の攻撃方法に切り替えたいと。そういうことを言っていたらしい。

 

「木星付近で膠着状態を生み出せたと報告を受けています。このままミサイルによる攻撃を継続する方がいい気がします」

 

 まともに動くかどうか分からない戦闘艦を持ち出す必要など無いと思う。

 

「そこが、ロマンなのだそうです」

 

「ロマン……ですか」

 

「ゴブリン・マノントリによる操艦が実用化すれば、資材運搬船などに転用し、他の惑星に居住施設を建造できる。そして、ゆくゆくは宇宙の居住施設を巡回する連絡船の航路を確立できると」

 

「……ゾーンダルクへの移住もできていないのに、宇宙に移住ですか?」

 

 レンは、眉間に寄った皺を指で揉みほぐした。

 

「それについては……同時並行で良いじゃん! と仰っています」

 

「ああ……そうですね。そういう人達です」

 

 宇宙の脅威と戦っている真っ最中だというのに……。

 

「移住候補地が増えることは良いことだと思います」

 

 ユキが言う。

 

「宇宙が移住候補地になるかな?」

 

「物好きはどこにでも居る。宇宙で暮らしてみたいという奴は必ず現れる……と」

 

「それ、ケインさんが?」

 

「はい」

 

「宇宙……必要なことなのかな?」

 

「"ナイン"の管理を嫌う人達は、宇宙に移住を試みるかもしれません」

 

 ゾーンダルクには安全に暮らせる島や居留地が用意されている。だが、"ナイン"による管理を強く受ける。それを嫌う人間は多いはずだとユキが言う。

 

「でも、宇宙の施設も"ナイン"が建造するんだよね?」

 

「どこにあるか分からない"鏡"の向こうの世界より、大気圏の外の方が分かりやすいですから」

 

 マシに思うかもしれないと、ユキが微笑を浮かべた。

 

「そういうものかな?」

 

 レンにはよく分からない。

 

「どうしますか?」

 

 マキシスが訊ねる。

 

「ナンシーさんには挨拶をするつもりだったから、その時に依頼してみます」

 

 はっきりとした根拠は無いが、今保有している資源だけで足りる気はする。ただ、戦闘艦の次に建造する物とその数によっては不足するかもしれない。

 

 今必要な物を強請ねだれと言っているわけではなく、先々必要になるから確保しろと言っているのだ。

 

「そろそろ、面会謝絶になりそうだよね」

 

 レンは、ユキを見て笑った。

 

「その時は、マイマイさん達に諦めてもらいましょう」

 

 ユキが笑みを返す。

 

「そうだね。まあ……なるようになるかな」

 

 レンは、深く考えることを止めた。

 

「こちらは大きな変化無く維持できていると思います」

 

 マキシスが言うこちらとは、ゾーンダルクのことだ。

 

「あちらは、色々と危なかったけど、何とか踏みとどまった感じかなぁ」

 

「もう十分だと思います」

 

 逆に、ここまで生存の術を用意したというのに、"ナイン"が気に入らないからと拒絶してくる人間は放置すればいい。ここから先は、"ナイン"を受け入れつつ、自立を目指して生き残ろうとする者達だけを支援すればいいと、ユキは考えているらしい。

 

「ユキには、地球を護ってもらいたいんだけど」

 

「私が護るのは"ナイン"の活動に理解を示す人達だけです。等しく全員を護ろうとは思いません」

 

「厳しいね」

 

「私は神様ではありません」

 

「まあね」

 

「勇者様でもありません」

 

 ユキがレンを流し見る。

 

「……はぁ」

 

 レンは手で顔を覆って溜息を吐いた。

 

「同行を拒否されたので意地悪を言っています」

 

「いや、だから……それは、拒否とかじゃなくて」

 

 いくらユキの戦闘能力が優れていても、"迷惑ちゃん"との決戦の場には連れて行けない。

 

「あんな船にマノントリを載せるくらいなら、私が操船できる戦闘艦が欲しかったです」

 

 ユキが不満げに唇を尖らせて立体映像を見る。

 

「こんなの造ってるって知らなかったし……いや、ユキまで宇宙に出られたら困る。地球もそうだけど、ゾーンダルクだって、まだ何が起こるか分からないし……一応、魔王も残っているんだ」

 

 残りかすのようなものでも、無駄に時間を与えれば何を企むか分からない。

 

「アイミッタは護ります」

 

「……地球の人間もよろしく」

 

「頑張ります」

 

 戦闘艦の立体映像を見つめたままユキが答える。

 

「本当に頼むよ? "迷惑ちゃん"を片付けた後、帰る場所が無いとか……そんなの困るから」

 

「努力します」

 

 ユキがそう言った時、

 

 

 リリリン……

 

 

 不意に、涼しげな鈴の音が鳴り、ユキの目の前に、アイミッタの"ピクシー"が浮かび上がった。

 

「ユキ?」

 

 アイミッタからのメッセージを受け取ったユキが僅かに顔をしかめたようだった。

 

「船を私にも造って下さい」

 

「宇宙船?」

 

「戦闘用の宇宙船です」

 

「そんなものが必要?」

 

「はい」

 

 ユキが真剣な眼差しでレンを見つめた。

 

「……そうなのか」

 

 レンは声を潜めた。

 拗ねたり、意地悪で言っているわけではなさそうだ。

 

「マキシスさん、すぐにユキの希望する戦闘艦を造って下さい」

 

 レンの指示を受け、マキシスが首肯した。

 

「すぐに取りかかります」

 

「できるだけ速い船にして下さい」

 

 注文するユキの双眸に笑みは無かった。


 

 

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レンは、第九号島が保有している資源の残量を確認した!

 

ユキが、高速艦の建造をオーダーした!

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