第204話 惑乱
「とても興味深い能力ね」
等身大の"マーニャ"が腕組みをして呟いた。
視線の先では、ミルゼッタとアイミッタ、マキシスの3人がテーブルを囲んで食事をしている。
第九号島のフードコートである。
「不思議ですけど……視えるみたいです」
レンは傍らのユキを見た。
「時々、どこかを見つめて動かなくなることがあります。その後で、何が起こるか教えてくれます」
ユキはアイミッタと一緒に居ることが多い。
アイミッタを可愛く思っているという理由の他に、アイミッタを護る必要があると感じているからだった。
「同じような能力は存在するし、再現することも可能なのだけれど……」
"マーニャ"が、スプーンを握っているアイミッタを見つめた。
「外からは解析できないわね。あら……防壁? プロテクトが存在するの?」
「"マーニャ"さん?」
ユキが不安そうに"マーニャ"に声を掛ける。
「大丈夫よ。あの子がマイチャイルドの精神を安定させる大切な存在であることは理解しているわ」
「僕の?」
「もちろん、貴女が一番大きな領域を占めているわ」
"マーニャ"がユキを見て微笑する。
「……アイミッタは大丈夫ですか?」
わずかに顔を赤らめたユキが訊ねた。
「生命の維持という点においては問題が無いわ。ただ、特異な能力が、肉体の成長を遅らせているわね」
「成長を?」
ユキの表情が曇る。
「う~ん……これ、"ナンシー"の施術じゃないわ。でも……そうか。生命……精神を保全するために必要な措置になっているのね」
ぶつぶつと呟いている"マーニャ"が、ふと口を噤んで虚空を見上げた。
レンとユキも見上げた。
食事をしているミルゼッタ達も……。
光の粒が集まって凝縮され、人の形を成してゆく。
淡い香水の匂いと共に、白衣を纏った豊麗な女体が宙に出現し、ゆっくりと床まで降りてくる。
「もしかして、話したら駄目だった?」
等身大の"マーニャ"が"ナンシー"に訊ねた。
「いいえ。でも……そうね。この星の生き物は私が生み出したものではないの。私は滅びぬように見守っているだけだから」
床に降り立った"ナンシー"が近づいて来た。
「どうしたの? 貴女の内包エネルギーが急増しているみたいだけど?」
"マーニャ"が訊ねる。
「外敵駆除用に、制約をいくつか解除したのよ」
"ナンシー"が微笑する。
「あら? まだ来ていないと思うのだけど?」
「ええ、あれが来るまで、まだ少し時間があるわ。全ての制約を解けば、今の4倍くらいのエネルギー量になるわ」
「凄いわね」
"マーニャ"が目を丸くする。
「……それでも、追い払うことしかできない相手だった」
「"迷惑ちゃん"のこと?」
「そうよ」
"ナンシー"が頷いた。
「ふうん、伊達にあっちこっちで迷惑行為を働いているわけじゃないか」
"マーニャ"が感心したように言った。
「あの子が予知したのでしょう? 貴女の……勇者は勝てるのかしら?」
"ナンシー"が挑むような視線を向ける。
白衣を纏った人ならざる美女同士が、沈黙を保ったまま真っ向から見つめ合った。
ややあって、
「勝つとか負けるといった次元ではないのよ」
"マーニャ"が笑みを浮かべた。
「どういう意味かしら?」
"ナンシー"が問いかける。
「勝ち負けというのは、勝負の結果……つまり、そこには戦いが存在するわけでしょう?」
「そうね」
「ふふふ……マイチャイルドを測る能力なんて宇宙に存在しないわ。あの子の特異な力が視ているのは、この惑星の生き物を創造した存在が理解可能な事象でしかないのよ」
"マーニャ"が腕組みをして顔を逸らした。
「貴女は……彼に何をしたの?」
"ナンシー"の額が縦に裂けて、金色の眼が現れた。
「引っ越したのよ」
"マーニャ"が胸を張る。
「……引っ越した?」
"ナンシー"が目を見張った。
「私が所有する家財一式全てをマイチャイルドの中に運び込んだわ」
「貴女、いったい……」
「私は、似たような星で似たような末路を辿った文明の残り滓よ」
「貴女が言うところの"迷惑ちゃん"も?」
「あれとは異なる文明だけれども、それなりに親しい存在だと言えるわね」
"マーニャ"がユキを見た。
「マイチャイルドが敵に敗れることはないわ。勝負にすらならないのだから。そこの……アイミッタ? 彼女が視たのは、その後のことなのよ」
「その後の?」
ユキが小首を傾げた。
「馬鹿みたいな速度で思念体が蘇生し続けるのよ。あの"迷惑ちゃん"は、不滅の因子を保有している面倒な奴なのよ。だから、"ナンシー"ほどの存在でも仕留めきれなかったのでしょう」
「それを……レンさんなら倒せるのですか?」
「不滅の因子を創った存在が想定していた以上の破壊をもたらすの。不滅が不滅じゃなくなる瞬間を創造するのよ」
わずかな時間だけ、計算不能なエネルギー量による破壊を生み出すのだという。
「そんなことをして、レンさんは大丈夫なのですか?」
「もちろん、大丈夫じゃないわ。あっ……生命の維持という点では問題ないのよ? 細胞の修復にかなりの時間を要するというだけで、マイチャイルドが消滅するようなことにはならないわ」
「消滅?」
ユキが眉をひそめた。
「物の例えよ。言葉の綾? そんな感じのやつね」
「アイミッタは暗いところを漂うレンさんを視たそうです」
「特異空間の中に落ちるのかもしれないわね」
「特異空間ですか?」
「こちらの人間が理解できる名称としては……ブラックホールというの? あの空間に似たものだと思えばいいわ」
「ブラックホール?」
「マイチャイルドが生み出した特異空間に飲まれる? 取り込まれる? そういう状態になることが想定されるわ」
「"ナンシー"さん!」
"マーニャ"の説明を聞くなり、ユキが
「ゾーンダルクにとっての仇敵……危難から惑星を救ってくれる勇者のために、帰路の助けくらいしないといけないかしらね」
"ナンシー"が微笑んだ。
「アイミッタは船がいると言いました。その特異な空間でも大丈夫でしょうか?」
「問題が起こらないよう、私が船そのものを護りましょう」
「ありがとうございます」
ユキが深々と頭を下げた。
「ちょっと? マイチャイルド? 君を放置して、話が進んでいるわよ? 貴方が参加しなくてどうするの?」
"マーニャ"がレンの顔を見る。
「いや、なんか、色々と驚いている間にタイミングを失ってしまって……」
「恋人さんが一生懸命になっているのに反応が薄いわ。そんなことでは、嫌われてしまうわよ?」
両手を腰に当てて、"マーニャ"が溜息を吐く。
「嫌われるのは困ります。困るんですが……」
ブラックホールがどうこうという話より、いきなりの"恋人"発言に困っていた。確かに、彼氏彼女として付き合っているが……。
『"付き合う"とは、相手と自分が互いに恋愛感情を抱いている関係です』
補助脳のサポートが入る。
(いや、そういうのはいいから……)
『"恋人"は、"彼女"よりも深化した関係です』
(大丈夫だから!)
「なんですか? 恋人ではないと言うのですか?」
「……いいえ、恋人です」
レンは素直に認めた。
至近距離から"恋人"の視線が向けられていて、とても居心地が悪い。
「恋人さんは、マイチャイルドを拾うために宇宙にできた歪みに飛び込んでくれる。そういう話をしているのですよ? マイチャイルドのために、そこまでしてくれる人が他にいますか?」
「いいえ、いません」
レンは、素直に首を振った。
「なら、応えないといけないでしょう? マイチャイルドが注意すべきは、"迷惑ちゃん"ではなくて、思念体すら消滅させてしまう宇宙空間の亀裂なのですよ?」
「そういうの、初めて聞いたんですけど?」
レンは、困惑顔で"マーニャ"を見た。
「初めて言いました。マイチャイルドが質問しないのだから!」
「まあ……そうなんですけど」
できれば、それらしい情報を匂わせるくらいはして欲しかった。
「迷惑ちゃんについての質問をしただけで、その他については何も訊かなかったでしょう?」
"マーニャ"がレンの顔を覗き込む。
「……確かに」
「マイチャイルドに代わって訊いてくれた恋人さんに感謝しなさい。恋人さんだけじゃないわ! "ナンシー"の支援は、恐らく彼女にとって禁忌ぎりぎりの行為になるはずよ? アイミッタは、貴方が陥る危難を視てくれたわ! マキシスは必要になる船を建造してくれる! マイチャイルド応援してくれる存在がこんなに沢山いるのよ! こういう想いを大切にしないといけないわ! 一つ一つがマイチャイルドの精神を強くする要素になってゆくのだから!」
"マーニャ"がレンの胸に人差し指を当てた。
レンは、ちらと傍らのユキを見た。
「えっと……本当にありがとう。何だか大変みたいだ。気付かなかった」
「大丈夫です。船はマキシスさんが造って下さいますし、"ナンシー"さんが帰路を確保して下さいます。だから……大丈夫です」
ユキが眩しげに視線を伏せながら言った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
レンは、"ナンシー"とマキシスに頭を下げた。
「なんだか不思議な関係ね」
"マーニャ"とレンを見比べるように視線を行き来させてから、"ナンシー"が離れた場所で立っているマキシスを振り返った。
「必要な資源を用意します。勇者レンを通して要望を出しなさい」
「はっ、はい! 感謝致します」
マキシスが膝を折って地面に両手をついた。
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"迷惑ちゃん"より、事後に発生する空間異常の方が危険らしい!
"マーニャ"の発言で、レンとユキの関係が恋人同士にクラスチェンジした!
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