第205話 レスキュー艦
「変な空間……場所を漂っていたの?」
ユキが訊ねると、
「まっくら」
アイミッタがスプーンを片手に答える。食べているのは、加糖されたヨーグルトだ。
「夜中にいきなり泣きだして……何を見たのか、この子自身がうまく話せないくらい怯えてしまって」
ミルゼッタがアイミッタの口元を拭いながら言った。
急いで伝えなければいけないと思いつつ、アイミッタが泣き止むまで待った。それから、ゆっくりと話を聞いて、ユキにメッセージを出して報せるように促したのだという。
「マイチャイルドが自分で歪めた空間に入り込んでしまう……そんな感じかしら? 距離と時間を考えると、ちょっと信じ難いわ。その場所、その瞬間を視るのではなく、ここにいるマイチャイルドを視ている? 私は未来視という能力については否定的なのだけれど……」
"マーニャ"がアイミッタを見つめる。
「ながいの!」
アイミッタがユキの手元にあるあんみつに視線を注ぐ。
「……帰還までの時間が長いということみたいです」
ユキが説明を加えた。
「そう! とてもながいの!」
「空間を抜け出すまでに相当の時間が必要になるということね」
"ナンシー"が小さく頷いた。
「かえってこないから、ゆきがおこるの!」
アイミッタが、ユキをスプーンで指した。その手を、ミルゼッタが押さえて窘める。
「そう。それは大きな問題ね」
"マーニャ"がユキを見た。
「ゾーンダルクのために、対処しておくべき問題だわ」
"ナンシー"がマキシスを流し見た。
先ほどから、キララ達と連絡を取って、高速艦建造の打ち合わせをおこなっている。
「マイチャイルド? 何か意見は無いの?」
"マーニャ"に声を掛けられ、レンはどら焼きを頬張ったまま軽く首を振った。
レンにできることは、敵を討つことだ。
その後のことは、考えなくて良い。
レンが無事に帰還できるように、頼もしい仲間達が知恵を出し合って考えてくれる。
レンが考えるべきは、"迷惑ちゃん"を捕捉して、確実に消滅させること。それだけだと思い決めていた。
(今なら、コンマ1秒以下の戦闘だって問題なくできる)
宇宙空間での戦闘は初めてだったが……。
「レンさん?」
「……ん?」
呼ばれて顔を上げると、ユキが見つめていた。
「何かあった?」
「今から用意してもらう船をコントロールするために、"アイミス"を組み込みたいと……マキシスさんが仰っています」
「"アイミス"を?」
レンは、マキシスを見た。
「高速航行には、マノントリの慣熟訓練が必要となります。しかし、今回はその時間がありません。高速戦闘に慣れ親しんだ"アイミス"なら……と、考えました」
「なるほど……あいつ、宇宙でも大丈夫なのかな?」
レンは首を傾げた。
「姿勢制御に慣れるまで少し手間取るかもしれません。ただ、操艦に慣れれば、今より遙かに速度が出せます」
「分かりました。説得します」
「感謝します。"アイミス"搭載を前提にした艦の設計に取りかかります」
マキシスが低頭し、足早にフードコートを去って行った。
(まあ、飛びたがっていたから……丁度良いかも)
レンではなく、ユキが操艦することを納得させる必要はある。
「悪くない精神状態ね」
"マーニャ"がレンを見て頷いた。
「僕がやるべきことは1つですから」
「"帰るまでが遠足"だって、"遠足のしおり"に書いてあったわよ?」
「帰りのことは、ユキ達に任せます」
レンは、緑茶が入った湯飲みを手に取った。
「あいみったも!」
「うん、頼むよ」
手を挙げたアイミッタに笑顔を見せながら、レンはタチバナとタガミから届いたメッセージを開いて読んだ。
(今更って気もする)
遅ればせながら、日本国から"ナイン"との同盟について公式に問い合わせがあったらしい。物品だけでなく、武力行使を含む条約だというから、"準同盟国"ではなく、"同盟国"である。
(今は、支払えるものが無さそうだけど……)
いつか、何らかの対価を支払ってくれるのだろうか?
(受けても受けなくても、やることは変わらないから)
同盟の話を進めるようにメッセージを返し、ふと場の雰囲気に気が付いて顔を上げた。
「方針は決まりました」
ユキが言った。
「後は、マイチャイルドが"アイミス"を説得するだけね」
そう言って、"マーニャ"が姿を消すと、2頭身になってレンの視界の中に現れる。
「"迷惑ちゃん"は仕留めます。後はよろしくお願いします」
レンは、"ナンシー"に向かって頭を下げた。
「"マーニャ"も言っていたでしょう? 帰るまでが遠足ですよ」
"ナンシー"が微笑んだ。
「回収よろしく」
レンは、ユキとアイミッタを見た。
「だいじょぶ!」
「はい」
アイミッタとユキが頷いてみせた。
(まだ、時間ありそうですか?)
レンは、腕組みをしている2頭身の"マーニャ"に訊ねた。
『古い個体が出てきたから、そろそろお出ましよ。用があるなら、さっさと済ませなさい』
"マーニャ"の頭上に、吹き出しが浮かぶ。
「それでは、格納庫に寄ってから、宇宙に上がります」
「船の建造を待たなくて良いのかしら?」
「時間が無さそうです」
レンの答えに、"ナンシー"がわずかに眉をひそめた。
「古い個体が出たと……"マーニャ"さんが言っています」
「……貴方のお友達は本当に優秀だわ。見事な露払いね」
"ナンシー"が立ち上がると、屈んでアイミッタの頭を撫でた。
「勇者レンを見失わないように……お願いね?」
「うん、だいじょぶ!」
アイミッタがしっかりと頷く。
「勇者レン。また会いましょう」
「はい。必ず」
頷いたレンを見つめながら、"ナンシー"が光る粒子となって消えていった。
「"アイミス"の説得に行く。ユキも一緒に」
「はい」
ユキの手を握るなり、レンは格納庫に向かって転移を行った。
ケイン達の転移装置ではなく、"マーニャ"によってもたらされた技術である。
(……やっぱり)
奥に見える船渠に、見たことのない船がある。
マキシスが船渠に籠もらず、フードコートに来ていたことが不審だったのだ。
(用意してあったんだな)
ユキが希望する高速艦ではないのかもしれないが、すでに戦闘艦を準備していたようだ。
(アイミッタが視る前に造ってたな)
連れだって近づいて来たレンとユキを見つけて、船渠事務所からマイマイがケインが出てきた。
「高速艦がいるんだって?」
「はい」
「じゃあ、7番艦が良い。あれを改修しちまおう」
ケインが魔導式の通信装置を操作した。
「マキシスか? 7番艦のプラント部分を切り離して、2番艦の動力炉を載せちまおう!」
「"アイミス"はどこですか?」
レンは、格納庫の壁に並んだシャッターを見回した。
「機体洗浄を済ませて、展望台に上げてあるぜ。そうしねぇと、お姫様がへそを曲げるからな」
苦笑しつつケインが言った。
「7番艦のマノントリをやってもらおうと思って」
「ああ、喜ぶかもしれねぇな。それなら、機体ごと載せちまうか」
「ちょっと行ってきます」
「おう! ちゃちゃっとやっとくぜ」
ケインに見送られて転移を行うと、眩い陽光が射し込む展望エリアに出た。
(お姫様……か)
辺り一面を覆う花畑の中に、真珠色をした鏃のような形状の機体が鎮座していた。
転移したレンとユキを感知したらしく、静かに浮上すると側面のスラスターを噴かして向きを変え始める。
「アイミス! 宇宙だ!」
レンは、空を指差しながら機体に声を掛けた。
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レンの帰りが遅いと、ユキが怒るらしい!
"アイミス"、宇宙へ行く!
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