第206話 狂騒曲


『ハロハロ~! レンく~ん、準備できたよぉ~』

 

 唐突に艦内放送が鳴った。

 第九号島の館内ではなく、アイミル号の艦内にある食堂で、ミルゼッタ、アイミッタ、ユキと共にお菓子を並べてジュースやお茶を飲んでいる最中だった。

 

「……なんだろう?」

 

 ユキの顔を見つつ、レンは壁際にあるスピーカーのボタンを押し込んだ。

 

「えっと……何の準備ですか?」

 

『遠足に決まってんじゃ~ん!』

 

 深酒をしたらしいマイマイの声が響く。

 

「遠足って、どこに?」

 

 何か予定があったかな? レンは振り返って、ユキやミルゼッタを見たが、どちらもよく分からない顔で首を振っている。

 

『大宇宙へ旅立つののだぁ~!』

 

「……はい?」

 

『"迷惑ちゃん"をぶっ潰して、大宇宙の掃除をやっちゃおうぜぇ~!』

 

「えっ? あぁ……えっ?」

 

 何を言っているのか理解してはいけない気がして、レンは応答ボタンから指を離した。

 3人が何やら暴走している。

 極めて危険な気配がした。

 

「何か聞いてる?」

 

 レンはユキに訊ねた。

 

「いいえ」

 

 ユキが首を振る。

 

「何も……今のは、マイマイさんですよね?」

 

 ミルゼッタも首を傾げている。

 

「あいみったもしらな~い」

 

 クリームソーダをスプーンで掻き回していたアイミッタが、スピーカーがある天井を見上げた。

 

『ハロ~? そこに居るのは分かって居るのだ、少年よぉ~~』

 

 酔っ払いの声が降ってきた。

 

『若者だけに格好はつけさせないぜぇ~!』

 

「マイマイさん?」

 

 レンは、応答ボタンを押した。

 

『ハイハイ~、マイマイさんですよぉ~~』

 

 酔っ払いの笑い声が響き渡る。

 

『ああ……すまねぇな』

 

 ケインの声が割って入った。

 

『こらぁ! 邪魔するなぁ~!』

 

『ケイ、邪魔するなぁ~!』

 

 後ろで、キララの声も聞こえている。

 

「何事です?」

 

 レンは、つとめて冷静に問いかけた。

 

『遠足だぁ~!』

 

『おおっ! 遠足行くぜぇ~!』

 

『ちまちま迎撃するのに飽きてな。面倒だから、艦隊組んで迎撃に行こうかって話になった』

 

 説明をしてくれるケインの呂律も少々危うい。

 

「……何を言っているんです?」

 

 レンは眉をひそめた。

 

『だから、ちっと護衛を頼まれてくんねぇか?』

 

「護衛って……」

 

『頼むぜぇ~』

 

『レン君に任せたぁ~~!』

 

「ちょっと冷静になってください! さすがに、これは……危険過ぎます!」

 

 レンの語気が強くなる。

 嘘や冗談では言っていない。ケイン達は本気で言っている。

 

『飲めば飲むほど、冷静になるのだよぉ~~』

 

『素面の時より冷静よっ!』

 

『16の子供1人を宇宙の果てに行かせられるかっ! そんなんで生き残っても、酒が不味くなるじゃねぇか!』

 

 ケインの怒鳴り声が響く。

 

「僕は大丈夫です。身体が……そういう身体なんですから! ちゃんと帰ってきます! そのためにユキが高速艦で……」

 

 レンも声を張り上げた。

 

『馬鹿野郎っ! そんな細けぇこたぁ、どうでもいいんだっ! できるできねぇの話をしているんじゃねぇ!』

 

 ケインが吠える。

 

「でも……」

 

『レン君1人を行かせて、化けもん相手に戦わせて、それでメデタシメデタシってか? ふざけんじゃねぇぞ!』

 

『きゃぁ~、ケイ格好良いぃ~!』

 

『やれぇ~! もっと言ったれぇ~~』

 

 キララとマイマイが囃し立てている。

 

「とにかく落ち着いて下さい。何度も話し合ったことでしょう?」

 

『予定は未定なのだ、少年よぉ~~』

 

 マイマイの声が響いた。

 

『二回りも下の子供を宇宙の果てに送り込めるかっ! 俺達を馬鹿にすんじゃねぇぞ!』

 

『ついて行ける船を手に入れたのだ、少年よぉ~!』

 

『むしろ、置いていく勢いよ! 競争できるわよ!』

 

 もう、言っていることが滅茶苦茶である。

 

「ユキ……」

 

 レンは、ユキに助けを求めた。

 

「アイミッタ?」

 

 ユキがアイミッタに声を掛ける。

 

「……みえなくなっちゃった」

 

 アイミッタが頭を抱えて答える。

 

『衛星軌道上に転送ターミナルを用意したわ! 準備ができたら上がって来て!』

 

『ユキちゃん、高速艦がもうすぐ組み上がるよぉ~!』

 

『アイミスは、高速艦に入れ籠みてぇに収まるぜ!』

 

("マーニャ"さん!)

 

 困惑するレンの視界に、2頭身の"マーニャ"が現れた。

 

『良いお友達ね!』

 

 "マーニャ"の頭上に吹き出しが浮かぶ。

 

(いや、良くないでしょ!)

 

『あら? どうして?』

 

(だって……危険です! 護りながら戦うなんて……)

 

『何を言っているの? お友達が一緒に行こうって言ってくれているのよ?』

 

(いや……でも!)

 

『大丈夫よ! マイチャイルド!』

 

(えっ?)

 

『何の勝算もなく同行しようと言っているのではないわ!』

 

(……それは?)

 

『きちんとした勝算があるから……いいえ、勝算を創り出したのね! だから、祝杯をあげているのよ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が右手の親指を立ててみせた。

 

(勝算が?)

 

 レンは千々に乱れた思考を落ち着かせようと足下へ視線を向けた。

 

 その間も、酔っ払った3人がスピーカー越しに大声で騒いでいる。

 

(船を造った? この短期間に?)

 

 "迷惑ちゃん"討伐プランを説明した時、ケイン達はレン1人を行かせるわけにはいかないと不満を口にしていた。

 しかし、同行する手段がない。

 だから、不承不承、同行を諦めたのだ。

 そのはずだった。

 

(あれから、1ヶ月も経っていないのに……)

 

 レンは、2頭身の"マーニャ"を見た。

 いきなり、ケイン達の技術レベルが跳ね上がるような"何か"を用意した存在がいる。

 

『私じゃないわ!』

 

 第一容疑者の頭上に、吹き出しが浮かぶ。

 

(なら……)

 

『ナンシーでもないわ!』

 

 "マーニャ"が首を振る。

 

(……タルミンさん?)

 

『そう考えるべきね!』

 

 "マーニャ"がウィンクをしてみせる。

 

(どうして、こんな……)

 

『タルミンも、マイチャイルドを助けたかったんでしょう!』

 

(助けるって……たぶん、僕1人でやれたでしょう?)

 

『そうね! マイチャイルドに敗北はないわ!』

 

(それなら、どうして……)

 

『そこのお友達がでしょう?』

 

 2頭身の"マーニャ"が指差す。

 

(アイミッタですか?)

 

『マイチャイルドは勝つわ! でも、空間を歪めて飲み込まれる可能性があったのよ!』

 

(それでも、帰ってくることができたでしょう?)


 そのために、危険を冒してユキが高速艦で追って来るのだ。

 

『そうね! それでも、かなりの時間が経過してしまうわ!』

 

(時間が……?)

 

『みんな、お爺ちゃん、お婆ちゃんになっちゃうのよ!』


 うまく救出できたとしても、地球に戻る頃には数十年が過ぎているらしい。

 

(……それは困ります)

 

『もちろん、そうならないようにします! そのために、私が居るのだから!』


(お願いします)


『そんなことより、マイチャイルドを回収するために、恋人が駆けつけてくれるのよ! 他のお友達も同行すると言ってくれているわ! みんなが応援してくれているのよ! 喜びなさい!』

 

(……ここに居れば安全なのに)

 

 レンは俯いて唇を引き結んだ。

 

『友情は理屈じゃないわ!』

 

 両手を腰に当てて胸を張る"マーニャ"を前に、レンは目を閉じて大きな溜息を吐いた。

 

 

 

======

酔ったお友達が乱入してきた!


どうやら、レンは劣勢だ!


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