第207話 昔語り


(思ってたのと違う)

 

 レンは、簡素な造りの長椅子ベンチの上で横になり、大型モニターで明滅する爆発光を眺めていた。

 

 もちろん、死ぬつもりはなかった。

 自分が犠牲になるという意識もなかった。

 ただ、さっと出向いて"迷惑ちゃん"を仕留めて帰って来る。

 それだけのつもりだった。

 

 空間の歪みに落ちて帰りが遅くなるというから、ユキが救出に来ることを認めた。

 そうしたら、ケイン達3人が艦隊を引き連れて参戦するという。

 一応、思いとどまるよう説得を試みたのだが……。

 

 人生の先輩として、レン1人を行かせるわけにはいかない。

 レン1人に責任を負わせるわけにはいかない。

 帰りを待っているのは退屈過ぎる。

 

 酒気が満ち満ちた談話室で、人生の先輩達から熱弁をふるわれ、断固として揺るがない意思の壁を前に、レンは退散するしかなかった。

 

 なにしろ、多勢に無勢である。

 "マーニャ"は初めから賛成してしまったし、いつもなら頼りになるユキも、反対するどころか、どこか喜んでいる節がある。

 "ナンシー"に相談すると、レンが戦いに集中できるように、可能な限り支援すると言われてしまった。

 タルミンに会おうとすると、衛星軌道上の施設に居るという。

 

(地球の衛星軌道上に、ゾーンダルクの人間が居るって……良いのかな?)

 

 地球圏外という理屈なのだろうか?

 

(ゾーンダルク人が地球へ渡ったら駄目だというルールはなかったかも?)

 

 無数の煌めきを眺めながら、レンは連絡を待っていた。

 

 じきに、木星付近に"迷惑ちゃん"が現れる。

 "マーニャ"が観測し、アイミッタが予言した。

 

 "迷惑ちゃん"は、出現と同時に、木星近くから指向性のエネルギー波を放ち、地球を破砕しようとするそうだ。

 

(ゼインダもそうだったけど、宇宙の果てには、他の惑星を滅ぼそうとする奴しかいないのかな?)

 

 宇宙人というのは、自分達の理屈をごり押ししてくる連中ばかりなのだろうか?

 

『異議あり!』

 

 大きな声と共に、等身大の"マーニャ"が現れた。

 

「……そうだ。"マーニャ"さんも向こうから来たんでした」

 

『まあ、外来者が迷惑を掛けているのは間違いないわね!』

 

 そう言いながら、"マーニャ"がその場でくるりと回って服装を変化させた。

 

「なんです? その服装?」

 

 レンは、起き上がってベンチに座り直した。

 

「日本の航空会社が新しい制服としてコンペティションをやっていたみたい。資料が残っていたから真似してみたの」

 

 モンスターに空を占拠され廃業に追い込まれた大手航空会社の制服らしい。 

 

 いつものビジネススーツに白衣という姿ではなく、濃紺のジャケットにスカート、白いシャツの襟元にスカーフを巻いて、どこかの航空会社のキャビンアテンダントのような装いをしていた。

 

「あら、宇宙旅行でしょう? 客室乗務員キャビンアテンダントが必要よ!」 

 

 "マーニャ"が笑みを浮かべる。

 

「あれの中へ行くのに……旅行ですか?」

 

 レンは、爆発が彩るモニターへ視線を向けた。

 

「ピカピカして綺麗じゃない。良い観光になるわよ」

 

「……何があっても、ユキやケインさん達は無事に帰還させたいんです。連れて行かないことが一番だと思うんですが……みんな言うことをきいてくれなくて」

 

「大丈夫よ」

 

「……だと良いんですけど」

 

 レンは、小さく息を吐いた。

 

「マイチャイルドは間違っているわ」

 

「えっ?」

 

「予測通り、この太陽系内で遭遇戦になれば良いわ。万が一、行き違いになっても、すぐに地球へ戻ることができるから。でも、戦いの流れで、別の空間へ移送されることはよくあるし、ここから見れば宇宙の果てのような場所へ強制転移をさせられる可能性だってある。実際、あの……アイミッタ? あの子はそれを視ているわ」

 

「そうみたいですね」

 

「みんなで一緒に遠足をしていても、マイチャイルドだけはドロップアウトね。アルバムに、君だけ顔写真を貼られるのよ」

 

「……それ、違うやつだと思います」

 

 レンは苦笑を浮かべた。

 

「そう? まあ、良いわ。とにかく、団体行動を取れるのは今の内よ。お友達の気持ちだけ、感謝して受け止めておきなさい。これからの戦いには、とても大切な武器になるわ」

 

「武器? 何がです?」

 

「君が君である……揺らぐことのない個の保全? 個を維持するための執念……執着? 強い思念を発生させる源が必要になるわ」

 

 "マーニャ"が片手を腰に、レンを指差す。

 

「……よく分かりません」

 

「肉体を持たない私達の世界では、意思の力で優劣が定まるのよ。思念体との戦いを制するために、恋人さんやお友達への想いは大きなプラスになるわ。マイナス要素は存在しないのよ」

 

「しかし、みんなを戦闘に巻き込む恐れがあります」

 

 味方を撃つことを恐れて射撃を躊躇ためらうような事態は避けたい。回避した敵弾に味方が当たる可能性だってある。

 そんなことを気にしながら戦うことができるほど容易い相手ではないと思っている。

 

「大丈夫よ」

 

「え?」

 

「私を忘れてない? マイチャイルドはあいつを滅ぼすことだけを考えなさい。その間、恋人さんとお友達は私が護ってあげるわ」

 

「お願いします」

 

「はい。引き受けました」

 

 "マーニャ"が微笑を浮かべてお辞儀をしてみせる。

 

「もう1つお願いがあります」

 

「あら? いくつでも良いわよ?」

 

「……たぶんですけど。"迷惑ちゃん"は、僕達が想定している場所には現れませんよね?」

 

 レンは"マーニャ"の目を見た。

 

「どうして、そう思うの?」

 

 "マーニャ"が小首を傾げてレンを見つめる。

 

「アイミッタが視えなくなりました」

 

「そうなのね」

 

「ケインさん達の行動で混乱したのかと思いましたけど……」

 

「けど?」

 

「"マーニャ"さんですよね?」

 

「ふふ……」

 

 "マーニャ"が小さく笑った。

 

「違いましたか?」

 

「いいえ、マイチャイルドの言う通り、あのお友達に目隠しをしたのは私よ」

 

「……どうして?」

 

「そこまでは分からないの?」

 

「はい。色々考えてみたんですけど」

 

「私が"迷惑ちゃん"の手先だったとか?」

 

「あるいは、"迷惑ちゃん"そのものだったという仮説も……でも、どれも違うみたいです」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

「しっくりこないというか……まあ、勘です」

 

 "マーニャ"という存在を疑ったのは初めてではない。渡界をする要因となった事故以来"マーニャ"とは誰よりも長く付き合っている。

 それでも、"マーニャ"については分からないことだらけだった。

 

「勘か。その概念はよく理解できないのだけれど」

 

「マーニャさんが敵だったら、僕はここにいません。事故現場で死んでいました」

 

「君の概念では、オリジナルのマテリアルを失ったのだから、死んだことになるのではないかしら?」

 

「いいえ。身体の素材は変わったかもしれませんが……僕は生きています」

 

「どうして、そう言えるの?」

 

「それは……うまく言えないんですけど、僕は……自分が生きていると感じるからです」

 

「でも、そう思考するように、私がプログラムをしたのかもしれないわ」

 

 "マーニャ"が心を覗き込むように、レンの双眸を見つめてくる。

 

「それでも、僕は生きています。死んでいたら、生きているとは感じられないでしょう?」

 

「……とても斬新な答えね。マイチャイルドとの会話は刺激に満ちているわ」

 

「すみません。うまく言えなくて」

 

「あら、上手に話す必要なんてないのよ。私は君の中に住んでいるのだから、思考も感情も把握することができるわ。かなり難解だったけれど、マイチャイルドが伝えたいことは理解できたわ」

 

「そういえば、どうして……」

 

 これまで、何も言って来なかったのか。

 ケイン達が"マーニャ"の正体について推考している時も、レンが1人で考えている時も、"マーニャ"は姿を現さず、後日現れた時も話題に触れることはなかった。

 

「マイチャイルドが私という存在について、どういう論理構成で、どういう結論を導き出すのか興味があったのよ。この文明圏の知的生命体の思考を直接体験できる機会だもの。思考の速度と深度……感情の振れ幅……とても刺激に満ちた体験ができたわ」

 

 "マーニャ"が両手を腰に当てて胸を反らす、いつものポーズをとった。

 

「僕って、モルモットみたいな?」

 

「実験動物という意味? それなら、かなりニュアンスが違っているわね。私が抱いていた目的意識……感情が変化をしているから……でも、一番最初の動機は純粋な救助だったのよ」

 

「僕は……運が良かったんですね」

 

「惑星上に文明を築いている知的生命体が、近くで死に瀕していたから救助した。それだけだったのよ。結果として、私の用意できるマテリアルが順応するかどうかを試験したことになったのだけれど」

 

 "マーニャ"が難しい顔で腕組みをする。


「そうなんですね」

 

「……惑星上の知的生命体について調査をする過程で、ゾーンダルク側が創られた惑星だということが判明して、そのまま滞在して調査をすることに決めたわ」

 

「かなり前から、"ナンシー"さんのことに気が付いていましたよね?」 

 

「彼女のような存在は、それほど珍しいものではないわ。あれほど力を持った思念体は珍しいのだけれど……惑星の管理者という存在は結構な確率で存在しているのよ。予測できる存在は認知がし易いわ」

 

「地球にも?」

 

「私が認識できる領域には存在しないわね」

 

 "マーニャ"が首を振った。

 

「……ゾーンダルクを創ったという創造主は? ああいう存在はよくいるんですか?」

 

「君が破壊した創造装置……あれを使用した結果ではなく、その創造主というのが自身の能力で創造を成したのなら……ちょっと私の手には負えない相手よ。そんなのが、その辺を彷徨うろついているとは考えたくないわね」

 

「"マーニャ"さんとは違う……世界の?」

 

「言ったでしょう? 私は、君達と似たような文明の裔というの? 子孫かな? こことは異なる宇宙で滅んだ文明の生き残りなのよ。"ゼインダ"なんかが暴れ始めるより、ずっと前から沢山の文明がおこってすたれてゆく様子を見てきたわ」

 

 そんなマーニャでも、ゾーンダルクの中に存在するような文明を無から創造することは不可能だという。

 

「ゾーンダルクを調べる内に、原典というの? オリジナルが別にあって、それを参考にして創作した世界ではないかと、そういう仮説に到ったの」

 

 そういう仮説をたてて、調査をしてゆくと、それまで見えなかった多くのものを認識できるようになった。

 思考が進むことで、認識できる領域が拡張してゆくのだという。

 

「"お使い"の存在に気が付いて、管理者が存在することを確信したわ。その後ね。"鏡"が出現して、別の惑星……地球に繋がったのは」

 

「その時、創造主というのは居なかったんですか?」

 

「居なかったと思うわ」


 "創造主"を明確に認識できなくても、その痕跡くらいは感知できるはずだと言った。

 

「……それで"鏡"を通って、地球に?」

 

「オリジナルが地球だと確信したのよ。大気の成分から重力、微生物から動植物まで、地球のコピーよ。まあ、生き物の大きさとか、生態などは手を加えて変更してあるけれど……」

 

「蜘蛛が対戦車ミサイルを撃ってきますからね」

 

 レンは、苦笑を浮かべた。

 砲弾を撃つブユとか、爆弾を降らせるトンボ、銃弾を弾く巨大な鳥等々……。

 どれも地球産の生物の姿をしているが、大きさと能力がおかしなことになっている。

 中には、地球では見かけない外見の生物もいたが……。

 

「創造装置か、それに類する物を使用した結果なのは明らかだったわ。だから、あの時は地球側に創造者が潜んでいる可能性を疑ったのよ」

 

 それらしい痕跡、情報が残されていないか、地球上の"情報体"を漁って回ったらしい。

 

「何かありました?」

 

「う~ん……困ったことに、どれも微妙なのよ。改竄かいざんが多すぎて原典がおかしなことになっているの」

 

 そう言って、マーニャが視線を巡らせた。

 そこに、ユキが立っていた。

 レンと飲もうと思ったのか、両手に湯気がたつ飲み物を持っている。

 

「こちらにいらっしゃい。マイチャイルドと昔話をしていたところよ」

 

 "マーニャ"に呼ばれて、ユキが小さく首肯して近づいて来た。

 

 

 

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勇者レンは、頭の休憩中だっ!

 

"マーニャ"と語り合うことができた!

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