第208話 宇宙へ!


「じゃあ、ちょっと行ってきますが……地球の方はよろしくお願いします。ケインさん達も一緒に来るみたいなんで」

 

「……何とかやる。こちらは気にしなくて良い」

 

「任せて下さい」

 

 タガミとタチバナが敬礼をしてみせる。

 

「まあ、いいとこ3ヶ月かな? それ以上は無理かもね」

 

「俺は3ヶ月ももたん」

 

 モーリとトガシが揃って敬礼をした。

 

「やってみます」

 

 疲労を滲ませた4人の顔を見つめて敬礼を返し、レンは駐機場の中央に引き出された"アイミス"へ向かった。

 

 底部のハープーンを外され、折り畳まれたアームらしきものが装着されている。

 鈍色をした機体がレンを見つけて、上部キャノピーをスライドさせた。

 掛けられていた梯子を上って広いとは言えないコクピットへ足から滑り込む。

 本来なら防護服にヘルメット等が必要になるのだが、今のレンには不要だった。

 キャノピーが閉じる前に、もう一度、4人の姿を目で捉えてから、レンは後方へ倒されたシートに背を預けた。

 

 "アイミス"はレン以外の指示を受け付けない。

 どう説得をしても無理だったが、レンに押し切られる形で『やれと指示されたことは理解する。そのために必要な助言であれば受け入れる』そういうことになった。

 

(浮上……)

 

 レンの思考を先取りするように、"アイミス"が整備台を離れて浮かび上がる。

 

(かなり、出力が上がった)

 

 以前に乗った時より大幅に出力が増している。

 

(振動が少ない)

 

 動力炉の制振性も高くなっていた。

 単体で飛ばしてやりたい仕上がりである。

 

(まあ、帰ってきたら思う存分飛ばすよ)

 

 渋る"アイミス"に何度も約束をした。宇宙の果てから戻ったら、"アイミス"の気が済むまで思いっきり飛行させると……。

 

船渠ドックへ)

 

 レンは、一番奥の船渠ドックへ向かうよう指示をした。

 垂直上昇をしたアイミスが、大きく開いた格納庫の天井から出るなり、猛烈な加速を行って一瞬で船渠上空まで到達する。

 

(あそこか)

 

 どこかアイミスと似通った雰囲気のやじり型の大型高速艦が、後部近くにある格納扉を開いていた。

 

(白にしたのか)

 

 真っ白に塗られた船体を見下ろしつつ、レンは格納扉の内側に点った誘導灯に向けて"アイミス"を移動させた。

 格納扉前は、平らな離着陸用の甲板になっているが、"アイミス"なら着陸をする必要がない。機体姿勢を保ったまま静かに格納扉の中へ滑り込んで行った。

 

 すぐさま、着床用のアームが伸びて、滑り込んだ"アイミス"を抱えるように保持する。

 

(アイミス?)

 

 レンは、マノントリに呼びかけた。

 

 わずかな間があり、キャノピーの内側に外の様子が映し出された。

 "アイミス"の映像ではない。高速艦のカメラが捉えた映像だった。

 

(支配下に置いた?)

 

 "アイミス"がマスター、高速艦がスレイブという関係になる。

 

 

 [ 78% ]

 

 

 視界隅に、数値が表示される。

 

 

 [ 84% ]

 

 

(……大丈夫そうだな)

 

 レンは数値が100%になるのを見届けてから、キャノピーを開いてコクピットから外へ這い出した。

 

 これで、アイミスが高速艦を完全支配したことになる。 

 

「レンさん」

 

 待機していたユキが駆け寄ってきた。

 

「アイミスなら大丈夫。ちゃんとやってくれる」

 

 レンは装甲上を滑って、ユキの前に飛び降りた。

 

「まだ、アイミッタは視えないそうです」

 

 不安そうに見つめてくるユキの双眸を受け止めつつ、レンは視界の中に滞在中の添乗員を見た。

 

『マイチャイルドが離脱した後に目隠しを外すわ』

 

 添乗員の頭上に吹き出しが浮かぶ。

 

「大丈夫、すぐに視えるようになるよ」

 

「……何かご存じなのですか?」

 

「いや……まあ、何となく」

 

 レンは、操艦室に向かって歩き始めた。

 

「地球の衛星軌道上まで移動をして、ケインさん達をピックアップします」

 

 ユキが隣に並ぶ。

 

「船を用意すると言ってたけど?」

 

「随行する戦艦は足が遅いそうです」

 

「……無人艦?」

 

「はい。そう聞いています」

 

 ユキが頷いた。

 格納庫から続く短い通路を抜けた先に、こぢんまりとした操艦室があった。

 平らな床面に、単座のコクピットのような座席穴が開いている。

 操艦室正面の壁面には高速艦の外の様子が映っていた。

 

「アイミス、船渠ドックの外は見える?」

 

 レンは音声で呼びかけた。

 思念でも応答するが、これから操艦するのは、ユキやケイン達である。

 

『第九号島、表殻監視カメラに接続します』

 

 少女の声が応答した。

 

「……これ、アイミスの声?」

 

 レンはユキと顔を見合わせた。

 

『はい。ケイン博士が音声のアップデート・プログラムを送ってくれました』

 

 返事と共に、船渠上空を中心に広範囲が映し出される。

 これまでの、いかにも合成された……といった声から、限りなく肉声に近い自然な声になっている。

 

「ケインさんが? そうか……」

 

『惑星ゾーンダルク上空、クリアです』

 

「みたいだね」

 

 レンの目で見ても、障害はなさそうだった。

 

「あとは……」

 

「タルミンさんのナイトシリーズですね」

 

 ユキが小さく頷く。

 

『格納容器が搬入路を移動中です』

 

 "アイミス"の声と共に、壁面モニターに殺風景な通路が映し出された。

 

「容器というか……なんか棺桶みたい」

 

「……ですね」

 

 レンとユキは映像を見て呟いた。

 自律型の台車で運ばれている容器は、長さ5メートル、幅は2メートルほどの長方形の箱だった。

 中身は、宇宙戦仕様に改修されたタルミン謹製の"ナイト"シリーズだ。

 "アイミス"のコントロール下で、高速艦の直衛を担うことになる。

 

『搬入口を解放します』

 

「任せる」

 

「数は、120体だと聞いています」

 

 ユキが言った。

 

『120体、確認しました』

 

 "アイミス"が答える。

 

「当艦の目的は、レンさんの回収です。敵を撃破したレンさんを可能な限り早く回収し、第九号島まで連れて帰ることが当艦の存在意義です」

 

 ユキが"アイミス"に語りかける。

 

『理解しています』

 

「その目的を達成するために、必要となる全ての行為を許可します」

 

『はい』

 

「出港後は、目的を完遂することだけに専念して下さい。敵生物への対処は僚艦が行います。討ち漏らした敵の回避も、この船なら難しくないはずです」

 

『了解です』

 

 ユキの声に、"アイミス"が応じた。

 無用な戦闘を控えて、とにかく速度優先で移動をする。そういうことなのだろう。

 

(マーニャさん……"迷惑ちゃん"の出現位置は?)

 

『まだ確定しないわ。こちらを警戒しているようね!』

 

 2頭身の"マーニャ"が笑みを浮かべる。

 

(ユキ達を迷子にさせるわけにはいきません)

 

『大丈夫よ。直前になるけれど……ちゃんと行き先の座標を伝えるわ!』

 

(よろしくお願いします)

 

 遭遇戦の座標も気になるが、"迷惑ちゃん"との戦闘自体も"マーニャ"ほど楽観的にはなれない。

 

『加減がいらない戦いだもの。マイチャイルドは負けないわよ?』

 

 思考を読んだ"マーニャ"が不満そうに唇を尖らせた。

 

(僕は、相手を知りませんから)

 

 レンは、補助脳が分析した高速艦の情報に目を向けた。

 

『魔素と同質のエネルギーが存在するから航続距離は気にしなくていいわ。指定の座標へ移動するための航路は、私が誘導路を提案します』

 

(……宇宙へ行くのは初めてなんです)

 

『数分後には飽きているわ』 

 

(そうでしょうか?)

 

 レンは苦笑を浮かべた。

 

『きっと飽きるわ!』

 

 笑みを残して2頭身の"マーニャ"が消える。

 代わりに、等身大の"マーニャ"が操艦室の壁面モニター前に現れた。

 

『みなさま、おはようございます。当艦は、太陽系経由外宇宙行きです。まもなく、機材の搬入が完了いたします。発艦後は星系間跳躍を行うため、大きな揺れが予想されます。天井等に衝突した場合、頭部や脛骨に大きな損傷を負う可能性があります。最寄りの座席にご着席の上、シートベルトをお締め下さい』

 

 制服姿の"マーニャ"がにこやかに告げる。

 

『搬入完了した』

 

 "アイミス"の声が響く。

 

『まもなく発艦します。大気圏外まで4秒で到達します。ゾーンダルク大気圏外の天気は晴れ、気温は摂氏マイナス270度です。衛星軌道到達後も、アナウンスがあるまでシートベルトを着用したままお待ちください』

 

 "マーニャ"がお辞儀をした。

 

 直後、

 

『発進する』

 

 アイミスの声が発艦を告げ、凄まじい衝撃がレンとユキを襲った。



======

後事はタガミ達に託して、レンは高速艦に乗り込んだ!


あっと言う間もなく、初めての宇宙空間に到達した!

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