第209話 閃光


『アンサンブル・オールグリーン……マイチャイルド! レディ?』

 

 視界の中で、2頭身の"マーニャ"がレンを指差して訊ねた。

 

「レディ」

 

 レンは静かに頷いた。

 

『ウェイクアップ! SSH・パーフェクトドール……TYPE"レン"!』

 

 "マーニャ"の頭上の吹き出しが大きく膨らんで明滅する。

 同時に視界が白く塗りつぶされ、ブルーグレーのフィルターに覆われる。

 

 完全な無音だった。

 強化した聴覚が自分の鼓動を拾っている。

 

『オールレンジウェポン・アンロック!』

 

「オールレンジウェポン・アンロック」

 

『タルパキラー・バーストモード!』

 

「タルパキラー・バーストモード」

 

『ジェノサイド・タービュランス……セット!』

 

「ジェノサイド・タービュランス・セット」

 

 

 ピピピピッ……

 

 

 視界の方々に、ターゲットを表す青色の [◇] が無数に点る。

 

 

 ビィーー……

 

 

『飛翔体が多数接近します』

 

 補助脳の警告メッセージが浮かんだ。視界に、赤色の [▽] が表示され、一つが拡大表示された。

 

(……岩塊……彗星か?)

 

 レンの双眸が、宇宙空間を移動している物体を捉えた。

 

『試射、オッケーよ!』

 

「オープン・ファイア」

 

 レンは射撃を開始した。

 

 白色の閃光が視界いっぱいに放射され、大量の光弾が撃ち出される。今回は実弾を装備していない。

 

(撃ち漏らしは?)

 

『捕捉した個体は全て消滅しました』

 

 補助脳が答える。

 

『アトゥ・ウィング、オープン!』

 

 2頭身の"マーニャ"が拳を突き上げた。

 

「……アトゥ・ウィング、オープン」

 

 復唱をして、レンは視界下部に表示している自身の映像に目を向けた。

 

(……翼? 棒みたいな?)

 

 背中から、斜め上方に向けて長い棒が生えていた。

 

『エターナル・ペネトレイトフォース、フルプレッシャー……スタンバイ!』

 

「エターナル・ペネトレイトフォース、フルプレッシャー、スタンバイ」

 

 レンの復唱と共に、背中から生え伸びた棒から青白いもやのような光が漏れ始めた。

 

(棒から何か出るのかな?)

 

『光速移動では遅すぎるわ! でも、通常空間を移動しないとアイツを捕捉し損なう可能性があるのよ。だから、超光光速移動を行いましょう!』

 

 両手を腰に当てて"マーニャ"が言った。

 

「……とにかく、速いんですね?」

 

『そう! とにかく速いのよ!』

 

 "マーニャ"が破顔した。 


(そろそろ、小惑星群……抜けたかな?)


 レンは、ちらと横目で木星を見た。惑星を中心にした環の外縁近くに停止して、"アイミス"の到着を待っているところだった。

 

『マイチャイルド、"迷惑ちゃん"を捉えたわ! 座標を割り出すわね!』

 

「はい」

 

 ゆっくり木星を眺めている時間は無いらしい。

 レンは、時折青白い閃光を散らしている自分の体を眺めた。

 鏡面装甲とでも言うのだろうか。星の煌めきを映して宇宙と同化したように見える。

 

『座標出たわよ!』

 

「別の星系ですか?」

 

『そうね! この銀河系ではないわ!』

 

「それ……本当に、こっちを狙って来ているんですよね?」

 

『クラゲを寄越したのだもの。間違いないわ!』

 

「ですよね」 

 

 事実、木星界隈にまで"クラゲ"の大群が押し寄せている。

 さすがに無限というわけではないらしく、"ナイン"の迎撃ミサイルでかなり数を減らしていた。

 

『どこまでも鬱陶しい奴なのよ! うろうろして、他の惑星をつまみ食いしながら向かっているのだと思うわ!』

 

「つまみ食いって……」

 

『恋人ちゃんに正確な座標を伝えておくわ! アイミッタの目隠しも外すわよ?』

 

「よろしく、お願いします」

 

 頷くレンの耳が、何かが擦れるような音を拾っている。

 

『さっき撃滅した敵の残骸が、惑星の電磁波を浴びながら舞っているのよ』

 

「電磁波?」

 

『目標座標までは、補助脳が誘導するわ。アイツを見つけたら、私の判断を待たないで全力で攻撃するのよ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が拳を振り回す。

 

「了解です」

 

 レンが思わず笑みを浮かべた時、

 

『"アイミス"から通信です』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

(繋いで)

 

 通信を許可した途端、

 

『こらぁ~、ぜんぜん座標が違うじゃん!』

 

 マイマイの大きな声が飛び込んできた。

 

「そうみたいです」

 

 レンは苦笑した。

 

『滅茶苦茶な位置じゃない! こんな座標軸が実在するの?』

 

 キララの声がする。

 

『レン君、俺達を置いていく気じゃねぇだろうな?』

 

「"アイミス"なら座標が理解できます」

 

『そうなのか? こんなの……理解できるって? "アイミス"どうなんだ?』

 

「ユキ? そこにいる?」

 

 レンは、ユキに呼びかけた。

 

『レンさん?』

 

「アイミッタが何か視ると思う。正確な座標を教えてあげて」

 

『はい』

 

「僕は大丈夫だから」

 

『……はい』

 

「さっさと終わらせて、向こうで待ってる」

 

 レンは、後方を振り返った。

 巨大な木星の衛星の横を抜けて、純白の高速艦が近づいてくる。

 

『必ず、迎えに行きます。だから……』

 

「うん、待ってるよ」

 

 レンは、"シザーズ"を顕現させた右手をあげ、高速艦に向けて振った。

 そろそろ、圧縮中のムーバルフォースが臨界点を突破する。

 別れの時が迫っていた。

 

「"アイミス"座標は分かった?」

 

『理解しました』

 

 冷静な"アイミス"の声が答える。

 

『レン君? ちゃんと帰ってこいよ? レン君は、俺達の護衛なんだからな? まだ仕事は終わってねぇぞ?』

 

『1人で行っちゃうとかズルいじゃん! この船、引っ張ってよぉ~!』

 

『無理しちゃ駄目よ? 生きてさえいれば、どうにでもなるわ。ナンシーさんのクリニック代くらい奢るから』

 

 ケイン、マイマイ、キララが通信機越しに声を掛けてくる。

 

「……よく分からないまま、こんな所まで来ちゃいましたけど」

 

 レンは、木星へ目を向けた。

 

「次は、観光でゆっくりと来てみたいです」

 

『木星はちょっと遠いねぇ~』

 

 マイマイが唸る。

 

『アイミスだから操船できたが……客船をこんな速度で飛ばしちゃマズいだろ』

 

『金星をテラフォーミングするから、金星旅行からにしましょう』

 

 キララが言った。

 

「金星をテラ……?」

 

『金星なら、実用的な範囲の速度で遊びに行けるよぉ~』

 

『気圧を弄るのがちょい面倒だが……まあ、なんとかなるだろ』

 

『数年後には、各国首脳の外遊先になるかもしれないわ』

 

「はは……」

 

 レンは軽く笑った。

 

(……帰ったら、金星のテラなんとかか)

 

『テラフォーミングです』

 

 補助脳が補完する。

 

『マイチャイルド、クリティカル・ポイントを超えたわ!』

 

 笑顔の"マーニャ"が宇宙の果てを指差した。

 

「そろそろ行きます。ユキ……また後でね」

 

 近づいてくる純白の高速船に向け、レンは"シザーズ"の付いた手で敬礼をした。

 

『エターナル・ペネトレイトフォース……リリース!』

 

「エターナル・ペネトレイトフォース、リリース」

 

 レンの呟きと共に青ざめた光が迸り、宇宙に爆発的な閃光が出現した。


 

 

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レンは、宇宙の果てへ出発した!

 

"迷惑ちゃん"の次は、金星のテラフォーミングらしい!

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