第148話 カウンター・ジャンプ!
(爆発音……死人の自爆とは違う?)
レンの疑問に応えて、補助脳が音源の位置を特定して視界の地図上に表示する。
「小川町? 交差点の近くで
ユキに伝えながら、レンは安全ピンを抜いた手榴弾を後ろ手に後方へ放った。
わずかな間を置いて転移して現れた死人の集団のただ中で手榴弾が炸裂し、衝撃と破片を撒き散らす。
死人は痛みを感じない。恐怖心を覚えない。だから、何をされようと構わずに向かってくる。
(でも……)
何かのSF映画のように破壊された部位が再生したり、失った手足が生えたりするわけではない。損傷した箇所は、そのままだ。
骨が折れれば動きが悪くなり、手足の筋が切れれば手足が動かせなくなる。視界を奪えば、一気に動きが鈍る。
(……で、自爆する)
まともに動けないと判断すると、その場で自爆を始める。
連続した自爆音が鳴り響き、まだ無事だった死人が巻き込まれて飛散した。
(誰かが遠隔で指令している? それとも、死人が個々に自爆を判断?)
レンは視界に表示された地図を見ながら、走る速度を緩めてユキの背中側へ回った。
先にHK417を手にしたユキが郵便局の建物から外へと駆け出る。
一呼吸置いて、レンも外へ出た。
「どこかで交戦を?」
ユキが訊いてきた。
「C-4 の爆発みたい。自衛隊かな?」
死人の自爆は、3kgほどのTNT火薬を主にした混合爆薬によるものだ。爆発物が異なる。
「あっ……」
小川町の方から、死人の自爆らしき爆発音が連続して聞こえてきた。
「トラップかもしれません」
言いながら、ユキが振り向きざまに建物の上方めがけて引き金を引いた。
空中に出現した死人が頭部に銃弾を浴びて姿勢を乱す。わずかに遅れて出現した数十体の死人達を、狙いを付けて待ち構えていたレンとユキが掃射した。
リリリン……
涼しげな音色が聞こえて、レンの目の前にピクシーが現れた。
白いタンクトップに、サスペンダーの付いたデニムのハーフパンツ、素足にサンダルという服装だった。初めて見る"ピクシー"である。
『手紙よ』
どこかぶっきらぼうな感じに言って、"ピクシー"が小さな封書を差し出す。
「誰から?」
レンは封書を受け取った。
"ピクシー"サイズから人間サイズへ、封書が大きくなって目の間に拡がる。
(……モーリ?)
話では聞いていたが、直接の面識は無い。元異世界探索協会の人間だ。
「モーリという人から」
周囲を警戒しているユキに伝えつつ、レンは紙面に目を通すと、視界右上に表示された地図を拡大して番地を確認した。
「タチバナさん達、淡路町の地下から小川町の交差点まで避難して、死人と交戦しているらしい」
「地下ですか?」
撃ち尽くした
様々な位置に、死人達が転移をして現れ続けていた。応戦して撃ち倒すことは難しくないが、その後の爆発を考えると、こちらも位置を変え続けなければならない。
「小川町方向に、行かせたくないようです」
HK417の連射音を響かせながらユキがレンの近くまで後退してきた。
「さっきの爆発は、死人の襲撃に備えて仕掛けてあった物らしい。モーリという人は爆発物専門だって」
レンは立て続けに手榴弾を放りながら、ユキと一緒に路地へと駆け込んだ。
「キリがありませんね」
振り返って、追いすがってくる死人めがけて連射しながらユキが言う。
「……それだけ、どこかで人間が消えているってことだよな」
死んだ人間を集めているのか、生きている人間を掠っているのか。"魔王"が、大量の元人間を材料にして"白い体液をした爆弾付きの死人"に作り替えているということになる。
「竹橋へ移動して、タゲを守備隊になすりつけに行くと書いてあるけど……タゲって?」
読みながら、レンは首を傾げた。
「タゲというのは、ターゲットのことです。敵が狙いを付けている対象……死人が狙ってくる対象という意味でしょう」
ユキが前方にある地下鉄の入り口を指差した。
「死人が遠隔で操作されているなら、途中で攻撃対象を変えたりしないんじゃない?」
「それを確かめるつもりなのかもしれません」
「ふうん?」
地下へ下りる階段の下へ、手榴弾を放り込みつつ、振り返って後ろ上方に出現した死人を狙い撃つ。
(巣鴨では襲って来なかったのに……)
「下、いける」
ユキに声を掛けつつ、レンは地下鉄の駅に続く階段へ跳び込んだ。
ほぼ階段を使わずに跳躍し、途中で向きを変えてまた跳躍をする。向きを変えて地下へ潜る階段の上を、レンとユキが身軽に跳んで地下通路に降り立つと、競うように床を蹴って走り始めた。
静まり返った地下通路に、戦闘靴が床を蹴る音が響き、常人では考えられない速度で、レンとユキが通路を駆け抜ける。
(転移をするために、座標を報せる装置を置いておかないといけないって言ってたけど……なんか、自由自在に転移してくるよな?)
死人達は、レン達が移動する先々に転移して現れる。これだけの範囲に転移装置が埋設されているとは思えないのだが……。
レンとユキは、停止した自動改札を飛び越え、無人の駅構内から線路上へ下りると、隣の駅へ向かった。
『転移装置による精密跳躍と、事故上等の強制転移の2種類ね』
不意に、レンの視界に2頭身の"マーニャ"が現れた。いつものビジネススーツ姿では無く、縦縞の藍の浴衣を着ていた。
(どうしたんです?)
『涼んでいるのよ』
(そこ……暑いんですか?)
『朝から、ドッカンドッカン……騒音被害に苦しんでいるわ』
ゆっくりと団扇を使いながら、2頭身の"マーニャ"が苦情を言う。
(前から思っていたんですけど、そういう服って自分で作っているんですか?)
『イメージすれば作れるの。簡単よ』
(……へぇ)
何を参考にイメージしているのだろう?
『そんなことより、死人の基地を突き止めたわ! ちゃっちゃと行って片付けましょう!』
(相手の位置が分かったんですか?)
レンは軽く目を見開いた。このところ静かにしていると思ったら、転移してくる相手の位置を調べていたらしい。
『逆探知というやつよ。まあ、罠かもしれないけれど、このまま追い回されているより良いでしょう?』
"マーニャ"が腕組みをして言った。
(近くなんですか?)
『跳ぶから距離は問題ないわ』
(……跳ぶ?)
レンは眉をひそめた。
『転移よ。こちらも転移して襲撃をするのよ!』
(ええと……?)
『これをお友達に渡しておいて。戻りの座標を報せる装置よ。迷子になるわ!』
"マーニャ"が持っていた団扇を差し出した。
「……うっ?」
気付くと、レンの右手が団扇を握っていた。プラスチックの柄がついた安っぽい団扇である。真っ白な中に、真っ赤な"祭"の一字が印刷されていた。
「レンさん?」
異変に気が付いたユキが声をかけてきた。
「マーニャさんから預かった。これ、なくさないで持っててくれる?」
レンは小さく息を吐きながら、"祭"の団扇をユキに差し出した。
「これは?」
ユキが"祭"団扇を見る。
「転移用の座標を報せる装置みたい」
「……死人の転移元へ行くのですね?」
即座に事態を理解をして、ユキが"祭"団扇を受け取った。
「罠かもしれないらしい」
相手がわざと探知をさせて、レンをおびき寄せている可能性はある。
「このまま、向こうのタイミングで仕掛けられるのは面白くありません」
ユキの口元に薄らと笑みが浮かんだ。今の状況に腹を立てていたらしい。剣呑な雰囲気だった。
転移で跳ぶのは、レン1人なのだが……。
「まあ……罠かどうか、仕掛けてみないと分からないからね」
レンは、持っていたHK417を【アイテムボックス】に収納した。
これから転移する先が、どんな場所なのかは分からない。
ただ、普通の町中という可能性は低いと思う。これだけの死人を飛ばしてくる装置があるのだ。一帯が"魔王"によって改変された土地あるいは施設になっているのだろう。
『この"魔王"は狡賢いわ! 探知に気が付かないような間抜けではないでしょう。転移襲撃に備えているはずよ!』
(そうでしょうね)
いつまでも一方的に襲撃ができるとは思っていないだろう。相応の備えをしているはずだった。
『攻撃してくるなら迎え撃つの! 相手が逃走するつもりなら……そうね。向こうに着いてから猶予は2秒ちょっとかな? 転移したら即攻撃! 考えている暇なんてないからね!』
いつの間に着替えたのか、いつものビジネススーツに白衣を羽織った"マーニャ"が言った。
「そういうわけなんで……ちょっと行ってくるよ」
レンは、両手を上に大きく伸びをした。
「お気を付けて」
転移で出現した死人の群れを撃ち倒しながら、ユキが小さく会釈をして走り出す。
『カウントダウ~ン……レディ?』
"マーニャ"の掛け声と共に、レンの視界に『10』という数字が浮かび上がった。
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レンとユキは無傷だが、市街地には被害が拡がっている!
転移襲撃には、転移襲撃返しだ!
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