第96話 閑居


「まだ居座っているみたい」

 

 キララがうんざりした顔でぼやいた。

 

「それ、誰からぁ?」

 

 ベッドに転がったまま、マイマイが訊ねた。

 キララの顔の前に、スリーブレスの青いワンピースを着た二十歳前後の女のピクシーが浮かんでいる。

 

「クロ君よ」


 答えるキララの前で、ピクシーがお辞儀をして消えていった。クロ君とは、クロイヌのことである。

 

「クロ君は自由に歩けるのぉ~?」

 

「政府組から同行するように誘われたけど断ったそうよ」


 日本政府の使節団が、ステーション内に居座ってキララ達との再会合を狙っているらしい。

 ただ、会合の様子が全世界に放送されてしまったため、使節団に対して野党だけでなく与党内からも糾弾する声があがっており、先ほど帰国を促す使者がステーションに入ったそうだ。

 これは、タガミからの情報だった。

 

「タガミさん達も行っちゃうのぉ?」

 

 マイマイが、うつ伏せになって枕に顔を埋めたままくぐもった声で訊ねる。

 

 ケイン、キララ、マイマイ、ユキの4人は、5人用のファミリールームに宿泊していた。

 ベッドルームには、キララ、マイマイ、ユキの3人。隣の部屋にあるソファで、ケインが眠っている。

 

 アイテムボックスには大量の食料と飲料がある。異界の通貨であるウィルも潤沢だ。4人は政府の使節団が諦めて退散するまでホテルから一歩も出ずに連泊すると決めていた。

 おかげで、わずらわしい"申し入れ"をシャットアウトすることはできたが……。

 当然、手持ち無沙汰になった。

 電子機器が使えない。持って来た本はあっという間に読み尽くしてしまい、後はピクシーメールを飛ばして、クロイヌ達やタガミ達と情報交換をするくらいしかやることがない。

 とても、暇なのである。

 

 キララとマイマイは、寝間着とルームウェア兼用のだぶついたスウェットの上下を着たまま、ほぼ終日ベッドに転がっていた。

 

「タガミさんと、カオルちゃん、トガシさんに……あの女の子……」

 

「モーリちゃん?」

 

「そう、あの子はもう"神の大地"に行ったわよ」

 

 キララが仰向けに寝たまま返信のメールを作成している。

 

「後2人くらいいなかったぁ?」

 

 枕を抱えたまま、マイマイがキララのベッドがある方へ顔を向けた。

 

「カジマ、イチムラって人は渡界経験者だったみたい。ポイントの残りがあったから、すぐに日本に帰ったらしいわ」

 

 ピクシーメールを操作しながらキララが答えた。

 

 その時、

 

 

 リリリン……

 

 

 涼やかな音が鳴った。

 ベッドに転がっていたキララとマイマイが口をつぐんでそっと顔を持ち上げる。

 視線の先に、ユキが座っていた。

 ユキは、白いTシャツ、紺色の短パンの上から、ベージュ色のニットのカーディガンを羽織っただけの寛いだ格好で、壁際に置いた椅子に腰掛けて本を読んでいた。

 

『お手紙です』

 

 ユキの顔の前に、"ピクシー"が出現していた。

 水色のクラッシックバレエのチュチュのような衣装を身に纏った十代半ばくらいの容姿をした女の子だった。

 微かに眉根を寄せて、ユキが読みかけの本を膝に伏せた。

 

「うわぁ……また、バロット君のピクシーだ。懲りないわね」

 

「ヤバぁい……ユキちゃんが噴火寸前だぁ~」

 

 ひそひそとキララとマイマイが囁き合う。

 

『お返事が欲しいそうです』

 

 "ピクシー"の声が聞こえた。

 

「手紙は受け取りません」

 

 ユキの声が冷たい。

 

『受け取りを拒否しますか?』

 

 バロットの"ピクシー"が首を傾げる。

 

「はい。拒否します」

 

 ユキがきっぱりと断った。

 

『送り主に伝えます』

 

 バロットの"ピクシー"が、お辞儀をして消えていった。

 

 

 リリリン……

 

 

 ほぼ間を置かずに、また鈴の音が鳴った。

 

「うわ……」

 

 キララとマイマイが思わず声を漏らした。

 さすがに、ここで連続メールはまずい。元々色白のユキの顔から血の気が退いて青白くなっている。かなり、いる表情だった。

 

『お手紙ですぅ~』

 

 やや間延びした声と共に、ピンク色の長い髪をした"ピクシー"が現れた。背を覆うウェーブのかかった髪の間から、蝶のような羽が生えている。レンの"ピクシー"だった。

 途端、ピリピリと張り詰めていた部屋の空気が一気に弛んだ。

 

「ありがとう」

 

 ユキが礼を言って受け取った。

 

『では、失礼しますぅ~』

 

「あっ、待って! 返事を書きます!」

 

 お辞儀をして去ろうとする"ピクシー"をユキが呼び止めた。

 

『それでは、お待ちしますぅ~』

 

 桃色の髪をした"ピクシー"がふわりと飛んでユキの肩の上に舞い降りた。

 

「差が凄いわ」

 

「これが格差社会かぁ」

 

 キララとマイマイが顔を見合わせて安堵の息を吐いた。

 

「バロット君が、ちょっと可哀想になったわ」

 

「レン君が優勢ですなぁ~」

 

 2人が見守る中、ユキが返信メールを作成して"ピクシー"に預けた。

 

『確かにお預かりしましたぁ~』

 

 ピンク色の髪をした"ピクシー"の女の子がお辞儀をして消えていった。

 

 

 リリリン……

 


「うわぁ……ここで、バロット君が乱入だぁ~」


 マイマイが寝転がったまま頭を抱えた。


『お手紙です』


「受け取りません」


 ユキがそっけなく断る。

 先ほどと同じように、受け取り拒否を確認してから、バロットの"ピクシー"が消えていった。

 

「バロット君、轟沈……大きく後退」

 

 キララがマイマイの横に移動した。

 

「朝の早くから、ずうっと送って来るもんねぇ~。ユキちゃんじゃなくてもイラってくるかもぉ~」

 

「ユキちゃん、一度くらい返信したの?」

 

 キララが小声でマイマイに訊ねる。

 

「最初は何回か、返事を書いてたよぉ。用事があるなら会って話をしようって書いたんだってぇ」

 

「あら? ちゃんと返事したんだ? それで、どうなったの?」

 

「バロット君は、ユキちゃんに会うと上手く話せなくなるからメールでやり取りしようって、返事をしたみたいでぇ~す」

 

「うぇっ!? それは……ちょっと厳しいかな」

 

 キララが手で顔を覆った。

 

「元々ゼロに近かったのに、マイナスにいっちゃったよねぇ~」

 

「バロット君って悪い子じゃないんだけど……そういうところが残念ね」

 

 キララが溜息を吐いた。

 

「大穴で、クロ君とかこないかなぁ~?」

 

「どうなんだろ? クロ君、ポーカーフェイスだから分からないのよね……でも、案外こっそりとアプローチしてたりして?」

 

「きゃぁ~ 対抗馬来たぁ~? クロ君ならレン君と勝負できるかもぉ? 背が高いし、落ち着いた雰囲気あるしぃ~? 顔だって悪くないじゃん?」

 

「でも、ピクシーメールのやり取りをしている感じがしないわ。バロット君に遠慮しているのかな?」

 

「う~ん、やっぱりレン君かぁ~ 対抗無しの先行逃げ切りになっちゃいそうだねぇ~」


 そう言って、寝返りを打ったマイマイが、ビクッと身を震わせて動きを止めた。

 ベッドの脇に、ユキが立っていた。

 

「レンさんから連絡がありました。試作のハープーンガンで、ニードルダンサーを獲ったそうです。島は問題無いから、あまり無理をしないようにと書いてありました」


 ユキがマイマイを見つめながら言った。


「あ、あははぁ……レン君、元気そうで良かったねぇ~」

 

 マイマイが頭を掻きながら起きて座る。その横でキララが毛布を引き上げて頭から被った。

 

「こちらの状況を全て伝えて大丈夫ですか?」

 

 ユキが訊ねる。

 

「もちろんよぉ~」


 マイマイが笑顔で頷いた。

 

「いつ、島に戻る予定ですか?」

 

「えっ? う~んとぉ……3日後とかぁ?」

 

「3日後ですね?」

 

「政府派遣の団体さんが出て行ってからになるよぉ?」

 

「……分かりました」

 

 ユキが頷いた。

 

「ごめんねぇ……退屈だったから、ついつい……悪気は無かったのよぉ? ほら……バロット君のピクシーがよく来るから、ちょっと妄想してみただけよぉ?」

 

「バロットさんとは会話ができません。メールだけで話をするなんて、おかしいです」

 

 ユキの声から感情が抜け落ちている。

 

「あぁ……あははぁ~ せっかく近くに居るんだから会って話せば良いのにねぇ~」

 

 マイマイが笑顔で頷きつつ、肘で毛布にくるまったキララをつつく。

 

 その時、ノックの音がした。

 

「おお~い、入っていいか?」

 

 扉越しに、ケインの声が聞こえた。

 

「さっすが、ケイン! マイヒ~ロォ~!」

 

 マイマイが飛び上がるようにベッドを降りて扉に駆け寄った。

 

「おっ……おう、どうした?」

 

 勢いよく開かれた扉を前に、ケインがぎょっと目を見開いている。

 

「どうしたのぉ? 何か用事ぃ~?」

 

 マイマイが急かすように訊ねる。

 

「いや、バロット君の"ピクシー"が来てな。ユキさんに伝言を頼まれ……」

 

 

 バンッ!

 

 

 ケインが何やら言いかけたところで、マイマイが勢いよく扉を閉めた。

 

「キラちゃ~ん?」

 

 マイマイが声を掛けた。

 

「注意喚起メールを出すわ!」

 

 毛布の中でキララが応答する。


「えへへぇ~ ごめんねぇ~」

 

「……別に怒っていませんから」

 

 小さな声で言って、ユキが読みかけの本を置いた椅子に戻っていった。


 その時、

 

 

 リリリン……

 

 

 鈴の音が鳴った。

 

 

 ゴクッ……

 

 

 静まり返った部屋の中、誰かの喉が鳴ったようだった。

 

『お荷物です』

 

 静まりかえった室内に女の子の声が聞こえ、クラシックバレエのチュチュのような衣装を着た"ピクシー"が現れた。

 

 ほぼ同時に、


「……おまえなぁ、なんつぅ閉め方をするんだ! 顔を打つところだったぞ?」

 

 ケインが扉を開けて入って来た。

 

『お届け物です』


「ああ……ユキさん、バロット君から伝言を頼まれたんだが……彼はホテルの転移扉前で待機しているそうだ。政府の使節団が立ち去るまで、警戒を続けてくれるらしい」


 "ピクシー"とケインが、俯いて黙っているユキに向かって声を掛けた。

 マイマイが、キララが被っている毛布の中へ逃げ込んだ。

 

 

 リリリン…… 

 

 

 涼しげな音が鳴った。

 直後、

 

『諸君っ! 待たせたな!』

 

 元気な声と共に、濃紺のビジネススーツに白衣を羽織った"マーニャ"が現れた。





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"風船割り"ゲームは、ほどほどに!!


際どいタイミングで、"マーニャ"が帰って来た!

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