第97話 ヒューマンビーイング
「タガミさん、無事に退役できたんですね」
レンにとっては嬉しい情報だった。
まだステーションが現れる間から渡界をして、生還し続けている自衛隊員だ。
日本政府は、レン達より先にタガミを要職に迎え、その豊富な知見を吸収するべきだと思うのだが……。
「異界探索協会のタチバナさんが、タガミさんをスカウトしたそうです」
ユキが言った。
「タチバナ?」
レンは俯いて記憶を探った。
「異界探索協会の女の人です。ケインさん達は、カオルと呼んでいました」
「……あの人かな?」
中野本部へ行った時にマイクロバスで出迎え、富士まで送ってくれた女性職員がいた。そんな名前だったかもしれない。レンにとっては印象が薄い人物のようだった。
「じゃあ、タガミさんは異探協に入ったということ?」
「ケインさん達が立ち上げる新しい異世界探索協会に入るそうです」
「ケインさん達が異探協?」
初耳だった。
「戦技教練のトガシ教官も参加するそうです」
「トガシって、あの……髪の無い?」
レンは、頭部をつるっと手で撫で上げて見せた。
「はい。そのトガシ教官です」
微かな笑みを浮かべて、ユキが頷いた。
「あの人、頭がおかしいから……でも、そうか。タガミさんとトガシ教官……それに、タチバナさんだっけ?」
「もう一人、モーリという女の人が一緒です」
タチバナが連れてきた若い女がいるらしい。
「ふうん……その4人で組んだんだ?」
「現在、"神の大地"を探索しているみたいです」
「もう、ランダムジャンプじゃなくなったんだよね?」
「パーティを組んでいれば同じ場所に出ます。ただ、ランダムではありませんが、"神の大地"にある"出口"は沢山あります」
「そうか……でも、まあ大丈夫かな」
レンは、一度しか"神の大地"に行ったことがなかったが、その時の経験だけで言えば、大型のトカゲやアリクイ、巨鳥に遭遇しなければ問題なく生還できると思う。経験豊富なタガミと鬼教官が一緒なら、オオカミくらいは問題にしないだろう。タガミは必要なスキルを全て獲得しているはずだ。
(それに……)
いざとなれば、支援要請(治療)を使うだろう。
赤い巨鳥に襲われたりすると、支援要請どころではなくなってしまうが……。
「もうすぐ"マーニャ"さんの作業が終わるそうです」
ユキが、お湯を注いだカップをかき回しながら言った。
「そう言えば、"マーニャ"は何をやってるの?」
「"地球改造"だと言っていました」
「……改造?」
レンの眉根が寄った。
「サファリパークを作るそうです」
「……えっ?」
「領海の外には海洋型のモンスターの生息域にする。同じように、領空の外にも飛行型のモンスターを配置する。そうやって、国家間の往来を難しくするそうです」
"マーニャ"とケイン達が地球ゲーム化の話で盛り上がった結果らしい。
「"鏡"に関係無く、モンスターが出るってこと?」
「死ぬと灰になって消える……作り物のモンスターなのだそうです。死んでも20分後に再出現する仕組みで、どんなに斃しても居なくなることはない……"フィールドモンスター"だと言っていました」
「何のためにそんなことを……」
「"フィールドモンスター"は、水と食料をドロップするそうです」
ユキが手帳を見ながら言った。
「ドロップって……モンスターを斃したら、食料が出るってこと?」
「はい。容器に入った水や食料が出るそうです」
ユキが少し困った顔で言った。聞かされたレンの方も困惑顔で首を傾げている。
「そういうゲームを参考にしたってこと?」
「資源インゴットを流用すると言っていましたけど……よく分かりません」
ユキが首を振った。
「それを、"マーニャ"が仕込んでるの?」
「ケインさん達が考えて、ナンシーさんに許可をもらって、"マーニャ"さんが作業をしているみたいです」
つまり、主導しているのは、ケイン達ということになる。
「ケインさん達は、地球をどうするつもりなんだろう?」
国家間の往来を阻害して、何をしようとしているのだろう。
「58年後に創造主がやって来るから、それまで地球文明を小分けにして保存するそうです」
「小分け……その創造主って、ナンシーさんが言っていた?」
「はい」
ユキが頷いた。
「58年後に来ると、"マーニャ"さんが演算したそうです」
「そんなことができるのか」
レンは唸った。
"マーニャ"が断言したからには何か根拠があるのだろう。
(それで……文明を小分けにして保存? 58年間?)
現実的とは思えない。保存どころか、逆に文明の崩壊を招きそうな気がする。
「もう、半分以上の"鏡"で大氾濫が常態化していると、"マーニャ"さんが言っていました。10回目の大氾濫からモンスターの種類が変化して、50回目の大氾濫が起こると、通常兵器では斃せない大型モンスターが出てくるそうです」
(50回……)
そのくらいの回数を越えた"鏡"は沢山ありそうだった。
地球は、レンが思っていたより酷い状態になっているのかもしれない。
「そんな強力なモンスターが自由に移動して襲ってくるようになると、文明の衰退は避けられなくなる……だから、ナンシーさんに依頼して、大氾濫で出現したモンスターの行動範囲を限定してもらうことにしたそうです」
色々な要望を出し、ほとんどが棄却されたが、『"鏡"ごとに領域を設定して、大氾濫で発生したモンスターの行動範囲は"鏡"の領域内に限定する』ことは認められた。
"鏡"ごとの領域については、今ある国家群の国境を目安に、ケイン達が適当に線引きを行ったそうだ。
「なんか……すごいことになってるんだなぁ」
レンは溜息を吐いた。
ステーションでのやり取りについてはピクシーメールで教えてもらっている。
特殊装甲服を各地の渡界者へ配って、大氾濫で出現したモンスターを駆逐する一方で、渡界の生還率を一気に引き上げることで大氾濫の発生を抑制する……そういう計画なのだと。
「日本は普通でした。とても静かで……平和でした。それは、レンさんのおかげだと思います」
ユキがレンを見つめた。
「……ユキは、どうして渡界したの?」
「えっ?」
「僕は……」
言いかけて、レンは周囲へ視線を巡らせた。ぼんやりとだが、何かの気配が近づいて来たように感じたのだ。
その時、
リリリン……
鈴の音が鳴った。
『ハァ~イ、マイチャイルド! 元気そうで安心したわ!』
明るい声と共に、ビジネススーツの上に白衣を羽織った"マーニャ"が姿を現した。
「体は元気ですけど、頭の中は大混乱です」
レンは苦笑を浮かべて軽く頭を振った。
『あら? 何か悩み事?』
「これから先のことです。なんだか、地球が大変そうで……どうなっていくのか、想像できないんです」
『なるようになるのよ!』
"マーニャ"が両腰に手を当てて胸を張った。
「いや……それはそうでしょうけど」
『国家の利害がどうこう言ってたら、つるっと数年で滅亡しちゃうわよ?』
「……58年後に、何が来るんですか?」
"創造主"とはどういう存在なのだろう。地球にとっては、現在の危機を生み出した元凶なのだが……。
『さあ? ナンシーにとっては創造主だけど、地球にとってどんな存在なのかは、実際に見てみないと分からないわ』
「58年というのは?」
『確率31%で、58年後に近くまで来るわ。もし、58年後に現れなければ次は904年後ね』
"マーニャ"が断言した。根拠が何かは分からないが、おそらく聞いても理解できないのだろう。
「"マーニャ"さんから見て……地球は、まだ大丈夫そうですか?」
『十分な人口が残っているから、大丈夫よ!』
「僕は、何かを……何をやるべきなんでしょう?」
『人類存続のために?』
"マーニャ"が小首を傾げた。
「はい」
『何にもやらなくて良いわよ?』
「……そうなんですか?」
『個人がどうにかできる規模の問題じゃないわ。生き残りたいと考える大勢の人間が行動しないとどうにもならないの』
「そうなんですね」
レンは小さく頷いた。何か大きな役割を担わされるのかと思っていたが、どうやら杞憂だったらしい。
レンは少し考えてから、宙に浮かぶ"マーニャ"を見た。
「"マーニャ"さん、僕が……命を救われた時のことをユキに話しても大丈夫ですか?」
『良いわよ?』
レンの問いに、"マーニャ"があっさりと首肯した。
「他の人には?」
『問題ないわ。でも、うるさいストーカーが増えるわよ? 今もいっぱいいるんでしょ?』
「……教えるのは、ユキだけにします」
『そう? その辺は任せるわ』
「……さっき話そうとしていたことなんだけど」
レンはユキを見た。
======
ユキから日本やステーションの様子を教えてもらった!
レンは、自分の体のことを打ち明けることにした!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます