第139話 勇者騒動


『天誅ですぅ~』

 

 いきなり幼い女の子の声が聞こえたかと思うと、耳をつんざく雷鳴と共に雷が落ちた。

 文字通りの落雷である。

 

 

 きゃぁぁぁぁぁ~~…………

 

 

 "澱みの王"の悲鳴が響き渡った。

 

(この声……あいつか)

 

 レンは顔をしかめた。

 見つめる先で、紫雷に打たれた"澱みの王"だったものが白い灰になっている。

 

『あいつじゃないですよぉ~ 使徒ちゃんですよぉ~』

 

 レンの思考を読んだのか、舌っ足らずな声が訂正をしてくる。

 

「天誅と言った?」

 

 なんとなく頭上を見回しつつ、レンは"使徒ちゃん"に訊ねた。

 

『"澱みの王"は島主レンの隷属物ですよぉ~ 逆らったら天誅ですぅ~』

 

「ふうん……」

 

 確かに、ナンシーのアナウンスでは、そんなことを言っていた。蟲王の隷属物がレンの支配下に入ったと……。

 

「死んだの?」

 

 レンは、床の灰を見つめた。

 

『独房送りですぅ~』

 

「独房……牢屋か」

 

 一人で騒いで、縮んで、"使徒ちゃん"の雷に打たれて……。

 

(何がしたかったのかな?)

 

 レンは首を捻りつつ、残りの4人を見回した。

 

「そういうことみたいだけど? 逆らってみます?」

 

「そ、その……発言をしても?」

 

 "女王蜂"が青ざめた顔で挙手をした。

 

「どうぞ?」

 

「聞いていないのですが?」

 

「なにを?」

 

「あなたの……島主の支配下に入ったことです」

 

「そうなんですか?」

 

 レンは、残りの3人に目を向けた。

 

「私も初めて伺いました」

 

「初耳」

 

「存じ上げませんでした」

 

 ほぼ同時に、"プリンス・イーズ" "モゼス・イーター" "エインテ・クイーン"が答える。

 恐らく、"澱みの王"も知らなかったのだろう。

 

「知らないみたいだけど?」

 

 レンは、姿を見せない"使徒ちゃん"に向かって言った。

 

『主様の御声は全世界に届くのですぅ~ 嘘つきは天罰ですよぉ~ 灰になって監獄からやり直すのですぅ~』

 

 "使徒ちゃん"が剣呑なことを言い始めた。

 

 その時、

 

『……へぶっ』

 

 妙な呼気が聞こえて、"使徒ちゃん"の気配が途絶えた。 

 

『島主レンよ』 

 

 ややあって聞こえてきた声は、ナンシーのものだった。

 

「あれ?」

 

『その者達は、蟲王の隷属状態から解くために治療を受けている最中でした。啓示を耳にする機会が無かったのです』

 

「ああ……そうだったんですね」

 

 レンは頷いた。

 

(使徒ちゃんじゃなくて、最初からナンシーさんが説明してくれれば簡単だったのに……)

 

 内心でぼやきつつ、レンは床に膝をついている4人を見た。

 

「全員、勇者ですか?」

 

「いいえ、私は違います」 

 

 首を振ったのは"プリンス・イーズ"だった。

 

「私は、蟲王との協定交渉中に囚われて幽閉されました」

 

 着々と支配空域を拡大しているファゼルナの蟲王が、中立勢力であるイーズの商船に対しても攻撃をするようになったため、協定の確認をするために出向いたそうだ。そして、その場で捕らえられ、人質として交渉材料に使われることになったらしい。

 

「他の人も?」 

 

 全員がイーズからの依頼で動いていたのだろうか?

 

「私は、勇者です。イーズの依頼で蟲王の誅殺を試みて囚われました」

 

 "女王蜂"が言った。

 

「おれも、勇者。イーズの頼み。プリンス、助ける」

 

 "モゼス・イーター"もイーズから依頼されて蟲王に挑んだらしい。

 

「私も勇者です。第307号島のコールン島主の依頼で、プリンス・イーズの生死の確認に赴いていました」

 

 "エインテ・クイーン"が答えた。

 

「みんなイーズが関係しているんですね」

 

「ファゼルナやデシルーダが台頭するまでは、イーズが実質的に世界を統べていたのです。船の動力を造る技術を独占し、清涼な水や土、穀物や果樹の種子など貴重とされる物は全てイーズから購入しなければならない。イーズが立ち寄らなくなった島は朽ちて人が住めなくなります。事実上、イーズは世界の支配者でした」

 

 "エインテ・クイーン"が説明した。

 暗黙の禁忌を破り、ファゼルナは各地の島のみならず、イーズの商船を襲うようになった。

 協定に護られ、ファゼルナの空域を自由に行き来していたイーズの商船団はファゼルナの蟲王に使者を送ったが面会は許されなかった。

 

「それで、私が出向くことになったのです」

 

 "プリンス・イーズ"が言った。

 

「ファゼルナの蟲王って、昔からいたんですか?」

 

「"蟲王"も、代々襲名する名です」

 

「そうなんですね」

 

 あっちもこっちも襲名だらけだ。

 最初から思念体だったのか。途中から成り代わったのか。

 

「昔からファゼルナとデシルーダは領空域を争って小競り合いを繰り返していたのですが、今の蟲王となって、またたく間にデシルーダを併呑し、ファゼルナは一気に領空を拡大しました。独自に船の動力を造る技術を持ち、資源を集める力があり、無限とも思えるゴブリン兵や飛空兵を生み出す……協定の遵守を求めるイーズなど相手にもされず、出向いていった私など、入港直後に拘束されて隷属の虫をつけられました」

 

 "プリンス"が捕らえられて以降、イーズはファゼルナの属国として侵略のための情報収集、ファゼルナが侵略する予定の島に対して物流を止めて干上がらせるなどの協力を行ってきた。

 

「やっぱり、ファゼルナの手先だったのか」

 

 レンは小さく頷いた。

 岩船を使った強襲の片棒を担いでいたのは間違いなかったが、イーズ人の一部が行っていたのではなく、イーズ全体として、ファゼルナの侵略行為を助けていたわけだ。

 

「そのファゼルナを……蟲王を討ち破ったのです。島主様は、ファゼルナの"蟲王"を襲名し、デシルーダとイーズを支配することが可能になります」

 

「虫は嫌だな」

 

 レンは顔をしかめた。

 

『島主レンは、ファゼルナの蟲王"ベルセバーブ"を討ったことにより、蟲王を襲名する権利を得ました。襲名しますか?』

 

 唐突に、ナンシーの声が降ってきた。

 

「しません」

 

 レンは慌てて首を振った。

 

『では、魔王である蟲王"ベルセバーブ"を討伐した者に相応しい称号を贈りましょう』

 

「えっ!?」

 

『島主レンに、勇者の称号を与えましょう』

 

「……勇者?」

 

 レンの眉間に皺が寄った。

 

「おお! 良かったじゃねぇか」

 

 ケインが乱暴にレンの肩を叩いた。

 

「勇者なら、そこにいるでしょう」

 

 レンは顔をしかめながら、床の4人に目を向けた。

 

『その者達は、人が選んだ勇者。島主レンは、世界の理が選ぶ勇者です。存在格において、天と地ほどの開きがあります』

 

 微かに笑いを含んだナンシーの声が響く。

 

「誰かを殺しに行けとか、そういう命令には従いませんよ?」

 

 レンの理解では、勇者というのは一種の殺し屋だ。権力者に依頼されて、特定の生き物を殺害するために行動するという職業である。

 有名になることや多額の報酬を求める人間にとっては魅力的な職業なのだろうが、レンは名を売ることにも、高額な報酬にも魅力を感じない。

 

『勇者レン、貴方が思うようになさい。貴方に行動を強いることなどしません』

 

 笑いを堪えているらしい、微かに震える声でナンシーが答える。

 

「これ、知ってました?」

 

 レンはケインを見た。

 

「おっと! 仕込みは、俺じゃねぇぜ」

 

 ケインが笑いながら距離を取った。

 

「……キララさんと、マイマイさんですね?」

 

 呟きながら、レンは壁際に立っているユキを見た。

 

(やっぱり……)

 

 いつもの鉄面皮に、淡い笑みが浮かんでいる。レンの視線に気付いて、ユキが目顔で頷いてみせた。

 以前に、魔王を討伐するのだから、レンが勇者だろうと、キララとマイマイが言っていた。

 あの時は気にもしなかったが、"勇者=刺客"だと認識した今、勇者と呼ばれることには抵抗がある。

 

『人の世の勇者を真似る必要などないでしょう? 貴方は世界の勇者なのですよ?』

 

「世界の……」

 

 レン自身は何をやったわけでもなく、ただ周囲で起こる事象に翻弄され、右往左往していただけだ。結果として、確かに"蟲王"を滅ぼした。魔王G4の討伐にも成功した。ただ、それらは、確固とした信念に基づいて行ったものではない。前者はファゼルナ強襲のついでだったし、G4の方は向こうから近づいて来たのだ。

 

『結果に対する正当な評価です。信念や意気込みなど考慮に値しません』

 

「僕じゃなくても、誰かいませんか? なんというか……そういうの、僕に似合わないと思うんです」

 

『いいえ、世界広しといえども、貴方の他に勇者を名乗って良い者などいませんよ』

 

「本当に?」

 

『ええ、本当です。違いますか? 全智のタルミン?』

 

 ナンシーの声が響く。

 

「ビシュランティア殿が仰る通りである。レン殿の他に、勇者の称号に相応しい者など存在せぬ」

 

 ナンシーに声を掛けられて、タルミンが参戦してきた。

 

『ほら? 全智のタルミンも言っています』

 

「……勇者って、殺し屋なんでしょう?」

 

 レンはタルミンを見た。

 

「そうした役回りが多いのは確かである。だが、それは人の世の勇者なのである。ビシュランティア殿が仰る勇者とは異なるのである」

 

「何をさせられるんです?」

 

 レンはナンシーに訊ねた。

 

『何もしなくて良いのですよ?』

 

「本当に?」

 

『本当です。これまで、貴方に何かを強制したことがありましたか?』

 

「……無いと思います」

 

 助けられたことはあったが、何かを強要されたことは無かったはずだ。

 

『私は、世の理を監理する者です。理に反する行いが無い限り、干渉することはありません』

 

「そう……ですね」 

 

 レンは小さく頷いた。そこは信じて良い気がする。まあ、使徒達の行動を含め、間接的に関与している事象は沢山ありそうだが……。

 

『それでは、新たな勇者の誕生を祝して、世界の監理者から1つの名を贈りましょう』

 

「えっ!?」

 

『"混沌の王子"は如何ですか?』

 

「辞退します」

 

 レンは強く頭を振った。

 

 

 

 

 

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"澱みの王"が、白い灰になった!

 

レンが、"勇者"になるよう強要されている!

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