第144話 町内放送


「寂しい感じがします」

 

 ユキが率直な感想を口にした。

 過剰なまでに舗装を繰り返す道路は、あちこちアスファルトが剥がれて窪みができ、店舗が並んでいただろう跡地は倒壊した建屋がそのまま放置され、所々に焼けた痕跡が残っていた。

 濁った水が溜まった側溝には草が生えている。

 

「ビルが……減ったのか」

 

 レンは、広々と開けた空を見回した。

 

("使徒ちゃん"の試練で行った空間みたいだ)

 

 新宿の街並みが、大きく変貌していた。

 

「硝煙の臭いですね」

 

「……ここでも戦闘があったのか」

 

 レンとユキは、爆発痕を眺めつつ、かつて都庁として使用されていた高層ビルがそびえていた方へ向かっていた。

 

 都庁で臨時国会を開いている最中、2度目の転移テロがあって都庁のビルが崩落した。以降、テレビ会議ならぬテレビ国会を試みたそうだが、今度は事務所や個人宅、ホテルや旅館、料亭などが爆破された。

 閣僚や官僚などが個別に面談をしている現場も襲撃された。

 死人が転移して施設内を暴れ回ることもあれば、大型の爆弾だけが転移してくることもある。

 どんな警備も、全く意味を成さなかった。

 

 当初、赤くなっていた関係者の顔が真っ青になり辞職が相次いだ。

 現在、本当の意味での政治空白が生まれている。

 警察や自衛隊は現場指揮官の裁量によって動くしかなく、場当たり的な対応を迫られていた。

 

「あの辺かな?」

 

 レンは、行く手にある瓦礫の山を指差した。

 元は雑居ビルだったのだろう、細長いビルが基礎から折れて道路を塞ぐように倒れている。

 

「あの看板裏の2人が【アイテムボックス】を使用しました。渡界経験者ですね」

 

 ユキの視線の先に、巨大な炭酸飲料の広告板が転がっている。

 

「奥の4人も……かな?」

 

 レンは、補助脳の探知情報を見ながら呟いた。

 

 男が4人、女が2人。

 全員が自動小銃を所持していた。

 

(手榴弾は、アイテムボックスの中か?)

 

 6人の武装を確認し、レンは倒壊したビルへ視線を戻した。

 倒れたビルの壁を利用して、分厚い帆布を張ったテントがある。支柱代わりの鉄筋に、『特別治安維持部隊 配給所』と書かれた木札が吊されていた。

 

「自衛隊の人です」

 

 ユキが言った。

 

「あそこの職員?」

 

 レンは、テントの中に眼を凝らした。

 30歳前後の短髪の男が2人、短いポニーテールを結んだ20歳くらいの女が1人。地面に置かれた長机の向こうで、積み上げられた物品の仕分け作業を行っていた。

 少し離れた場所に、シェパードという犬種だろうか、見るからに精悍な感じのする犬が2頭繋がれている。

 

「富士山の山頂で見たことがあります」

 

 そう言ったユキの眼差しが和んでいる。

 

「もしかして、犬のこと?」

 

「はい。見覚えがあります。確か……レンタンとシーザーです」

 

「ふうん……」

 

 レンは、犬の飼い主達へ目を向けた。

 その視線をわずかに動かし、看板裏の6人を見る。

 

(位置関係からして、襲うつもり?)

 

 まさかと思いつつ、レンは周囲の地形情報を確認した。

 

『熱源78……距離500』

 

 補助脳のメッセージが浮かぶ。近くに他の人間はいないようだった。

 

(あの6人は、アラート持ちかな?)

 

『不明です』

 

 補助脳と短いやり取りを交わしつつ、レンは制圧のイメージを固めた。

 

「犬が巻き込まれると可哀想です」

 

 ユキが、チタン製の六角棒を取り出した。

 

「そうだね」

 

 頷きながら、レンは小走りに移動を開始した。

 倒壊しているビルを左手に見ながら大きく迂回をして、看板裏の6人のさらに裏へと回り込む。

 

(犬が気付いた?)

 

 どちらがレンタンで、どちらがシーザーなのかは分からないが、わずかに緊張しているように見える。

 

「レンタンが気付きました」

 

 ユキがささやいた。

 

『エネルギー反応を探知しました。転移の予兆です』

 

「転移! テントの真裏!」

 

 レンは、【アイテムボックス】から消音器を付けたHK417を取り出した。

 

「先行します」

 

 ユキが疾走して、看板裏にいる6人の後ろを駆け抜ける。

 

「転移です! 来ます!」

 

 声を掛けながら、レンは姿を晒した。

 テントからも、看板裏からもよく見える位置だ。

 

「パワーヒット、オン!」

 

 小声で呟きながら、まだ何もない空間めがけて拳を振り抜く。

 直後、そこに大型のスーツケースが出現した。

 軽い衝撃が拳に返り、わずかにフェザーコートが減少する。代わりに、大型のスーツケースが空高く跳ね飛んでいった。

 

 

 ドゴォォォ……

 

 

 わずかな間を置いて、上空でスーツケースが爆発した。

 

(動かない?)

 

 レンは看板裏の6人の動きを注視しつつ、吠え始めた犬に向けて軽く手を振ってテントの裏手へ向かおうとした。

 

「自爆です」 

 

 声と共に、ユキが駆け戻ってきた。

 ややあって、少し離れた場所で大きな爆発音が3つ連続して鳴り響いた。

 

『続いて、転移してくる物体があります』

 

「お、おい! 君達は……」 

 

 倒した長机の向こうから、テントにいた男が声を掛けてきた。

 

「勇者です!」

 

 わめくように答えながら、レンは正面右手を指差した。

 応じて、ユキが右に向かって踏み込みざまに回し蹴りを放つ。

 レンは左手へ向けて拳を振っていた。

 鈍い殴打音と共に、転移して現れた軍服姿の人間が左右へ吹き飛んで瓦礫の中を転がってゆく。

 

 

 タタタタタタタタッ……

 

 

 レンとユキは、消音器付きのHK417を連射して、倒れた男の脚部と頭部を中心に撃ち抜いた。白い液体が飛び散って地面に拡がる。

 すぐさま、踵を返して距離を取った。

 

 

 ドオォォォン……

 

 

 爆発音が轟いて、瓦礫と共に爆風が吹き荒れる。

 

「後続無し」

 

 レンはかたわらのユキに告げて、看板裏の6人の方へ向かった。

 

「同じ渡界者ですね?」

 

 無言で銃口を向けてくる6人を見ながら、レンは補助脳が表示した周辺図を確認した。

 

「周辺の人を退避させ、あのテントを餌にして、転移テロを待ち伏せにしていた……ですよね?」

 

 5メートルの距離で対峙したまま、レンは精一杯の笑顔を浮かべた。

 

「……君は?」

 

 30代半ばくらいの男が鋭い視線を向けたまま訊いてきた。手にしているのは、20式自動小銃のようだ。

 

「異探協の関係者です。政府の依頼で転移テロの調査をしていました。ここに来たのは偶然ですが……かなりの爆薬量を仕込んでいましたね」

 

 レンは、持っていたHK417を【アイテムボックス】に収納した。

 

「異探協の? 解体されたんじゃなかったか?」

 

 男がいぶかしげに言う。

 

「後継の組織があるんです。中野の人が中心になって立ち上げたみたいですね」

 

 用意してあった回答をしつつ、レンはテントの方を振り返った。

 精悍そうな2頭の犬が、吠えつくこともせず、温和しくユキに撫でられている。その横に、困り顔の男女が立っていた。

 

(逆らったらダメだって分かるんだな)

 

 レンは、看板裏から出てきた6人をそのままに、テントの方へ向かった。

 

「ええと……」

 

 角刈りの男がレンを見た。

 

「異探協の関係者です。政府から転移テロの調査を依頼されてきました」

 

 レンはテントの中を見回しながら言った。

 

(空箱か)

 

 補助脳の探知情報によると、積んである段ボールは空らしい。

 

(なるほど……)

 

 どこにでもある会議用の長机のようだが、天板の裏には装甲板が仕込んであった。

 

「ちょっと、さっきの爆発を防ぐには……きついですね」

 

 レンは、長机を軽々と引き起こしながら言った。

 

「……まあな」

 

「死人が5、爆発物入りのスーツケースが1……いつも、こんな感じですか?」

 

 3人の顔を見回しながら訊ねる。

 

「いや……いつもは、1人か2人だと聞いている。爆発物だけのこともあるそうだ」

 

 角刈りの男が答えた。戦闘服からのぞく二の腕が日焼けをして逞しい。鋭い眼光をしているが、声の感じは穏やかで理性的だった。

 

「裏に転移をしてきた3人は、欧米人のように見えました」

 

 屈んで犬を撫でながら、ユキが言った。

 

「最後の2人はアジア人に見えたね」

 

 レンは小さく頷いて、角刈りの男を見た。

 

「どこも、こんな感じですか?」

 

「このところ……水や食料の配給施設が転移テロの標的にされている。都心部では、こんなテントですら狙われる有様だ」

 

 答えたのは、角刈りの男の横にいた年配の男だった。銀縁の眼鏡を掛けていて、デスクワークの方が似合いそうな風貌だが、転移テロの"釣り餌"となっていたくらいだ。腹の据わりは尋常ではない。

 

「う~ん……おっかしぃなぁ」

 

 ポニーテールの若い女が首を捻った。手には現場用の厚いタブレットを持っている。

 

「どうした?」

 

 角刈りの男が訊ねた。

 

「この子達、データベースに存在しないんだけど?」

 

 女がタブレットのカメラをレンとユキに向け、改めて画面に触れて操作をする。

 

「やっぱりヒットしない」

 

 女が小声で呟いて、レンを見る。角刈りの男と眼鏡の男がレンを注視した。

 

 その時だった。

 

 

 ピ~ン……ポ~ン……パ~ン……ポ~ン……

 

 

 女が持っているタブレットが、大音量で間の抜けた音を響かせた。 

 

『こちらはぁ~ 世界救済委員会です~』

 

 続いて聞こえてきたのは、いつもの語尾が伸びるマイマイの声だった。

 

 

 

======


レンとユキは、新宿で遭遇戦を行った!


"世界救済委員会"から放送が流れ始めた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る