第143話 建国記念日
「はい、送信完了。把握している政府機関全てに送ったわ」
キララが満足そうに頷いた。
『国家樹立のお知らせ』という町内会のチラシのようなものが、地球上の政府系機関に宛てて一斉送信された瞬間だった。
「まあ、無視されるだけでしょうけど」
意地の悪い笑みを浮かべつつ、キララが魔導器の動力を落とした。
「地球側と接続できるようになったんですか?」
レンは、壁面に設置された大型パネルを見ながら訊ねた。
「ナンシーさんがやる"神の啓示"の残念バージョンよ。デジタル回線網を利用することしかできないから、情報の発信力としては微妙なんだけど……まあ、どこの政府機関もネット回線の維持を頑張っているから」
無事に機能している政府には、"第九号島"のメッセージが届いたはずだ。
「反応は……返信は受信可能なんですか?」
「一方通行よ? 向こうから返事は届かないわ」
キララが笑った。
「えっ……どうするんです?」
「全部、地球駐事務所に丸投げよ」
「駐在?」
「タチバナ女史だ」
ケインが笑みを浮かべる。
「異探協の……今は日本にいるんですよね」
渡界から無事に戻ったとは聞いていたが、いつ駐在事務所を開設したのだろう?
「あら? これからよ?」
そう言ったキララの前に、"ピクシー"が召喚された。
「えっ?」
「タチバナちゃんには、まだ何も教えてねぇからな。また噛みつかれそうだぜ」
キララ同様、ケインも笑みを浮かべている。タチバナが、ケインを"先輩"と呼んでいる。以前からの知り合いだろうとは思っていたが……。
「タチバナさんが危険なんじゃないですか?」
日本がどういう状況なのかは分からない。ただ、反政府とまではいかないまでも、日本の行政府の意向にそぐわない行動をする人間には何らかの圧力がかけられるだろう。
さすがに、身柄拘束とまではいかないだろうが……。
「異界探索協会から独立して、シーカーズギルドの地球版を立ち上げる準備をやっていたからな。ちょっとばかり肩書きが変わる程度だし、タチバナちゃんなら問題ねぇだろ」
ケインが無責任なことを言う。
隣で、マイマイがグラスの氷を回しながら頷いた。
「カオルちゃんなら大丈夫だよぉ~ モーリ隊員が護ってるしぃ」
(モーリ?)
内心で首を傾げたレンの視界に、補助脳が顔写真を表示する。
ケイン達が日本政府の代表をステーションに招いて行った会議に参加していたらしい。タチバナと同じく、異界探索協会に所属していた人間だという。
「トガシさんだっけぇ? あの危ないオジさんが、モーリちゃんを警戒してたもんねぇ」
「異探協を辞める時、カオルちゃんがボディガードとして引き抜いたらしいわ」
キララがレンに向けて紙を差し出した。
送信した"国家樹立のお知らせ"を印刷したものだった。
「プリントアウトできるようになったんですね」
レンは、紙の表裏を確かめながら呟いた。
「ふふふ……私は、アナログも好きなのよ」
同じ物をユキ達に配りながらキララが微笑する。
("ナイン"……変な国名だけど)
国名を"第九号島"にしようと提案したのは、レンである。ユキに国名を問われて咄嗟に思い付かず、"第九号島"と答えた。
ケイン達があれこれ意見をして、最終的に"ナイン"で決定した。
創造主が訪れるという58年後まで、地球上の文明社会を可能な限り無事に存続させることが主たる目的だ。
「とりあえず、タガミさんとカオルちゃん、それから……クロちゃんにも声を掛けておくわ」
渡界経験者からなる武装集団である。どこの国からも危険視され、排除しようとする動きが始まるだろう。
「襲撃されたり……そういうのは、大丈夫なんですか?」
24時間、警戒し続けるわけにはいかないだろう。
「う~ん……多分、大丈夫かもぉ?」
赤ら顔のマイマイが目尻を下げる。
「そうなんですか?」
レンはケインを見た。
恐らく、どこの国も"ナイン"を国家として認めない。危険な武装集団として処理しようとするはずだ。それが分かっていながら、あえて流血沙汰を招くようなことをする必要があるのだろうか?
「そうだな。まあ、一回か二回……衝突しかけることはあるだろうが、本格的にやりあうことは無いと思うぜ?」
ケインが、マイマイのグラスにブランデーを注ぎながら言った。
「自衛隊と?」
「自衛隊はトップ不在だ。簡単には動けねぇから……せいぜい、誤射を装ったミサイルが飛んで来るくらいじゃねぇか? それか、映画みたいに特殊部隊が潜入してくるか?」
「自国の防衛に精一杯で、大々的に軍隊を動かせる国なんて残ってないわよ」
缶ビールを片手にキララが言う。
「本格的にやってくるのは、"魔王"だけでしょ」
「魔王……」
相手が"魔王"なら遠慮は要らない。発見次第、即座に撃滅するつもりでいる。
「他の魔王の末路を知っているからね。簡単には姿を見せないと思うわよ?」
「……ですかね?」
「何となくだけど、厄介そうな気がするわ」
「最後の魔王が?」
「ええ……私達がナンシーさんと手を組んだと気付いて、即座に地球に渡って潜伏し、各国の行政府を狙って転移テロ……他にも死人を操って色々やっているはずよ。レン君やユキちゃんがいるから、私達にとっては大した問題ではないけど、他の国にとってはとてつもない脅威よ」
「どこに居るか、分かりませんか?」
「転々と拠点を変えていると思うな」
マイマイが、グラスに口を付けながら言った。
「乗り物で?」
「月か、衛星か……ステーションの残骸か。地上にはいないと思って捜しているんだけどねぇ」
かつての研究仲間に声がけをして、"違和感"を拾い集めているのだが……。
「ネットも寸断されちゃってるし、リソースのほとんどを"大氾濫"対策に使ってるから犯人捜しどころじゃないわね」
「渡界者を送ろうにも、エリア内の魔素が濃くなり過ぎて無事に辿り着けねぇみたいだ」
「そもそも、"魔素"って不思議エネルギーが認識できないから、対策は進まないでしょうね」
「それで、特異装甲を?」
マイマイが作った"特異装甲"は、魔素をエネルギーにして能力を発揮する戦闘服だ。
「"ナイン"を国家として承認すれば……ね」
キララが笑みを浮かべた。
「カオルちゃんに悪さをしようとした国は、取引除外対象になりますよぉ~」
マイマイが空になったグラスをケインに差し出す。
「つまみも喰え。酒だけ飲むな」
ケインが小言を言う。
「じゃあ、生ハム」
「さきイカでいいじゃねぇか」
「タコとイカは飽きたもん」
「贅沢言うんじゃねぇよ」
ぶつぶつ言いながら、ケインが【アイテムボックス】から生ハムの原木を取り出した。
「いぇ~い! ケイン、愛してるぅ~!」
「ちっ……調子がいいこと言いやがって」
顔をしかめつつ、ケインがナイフで削いでゆく。
「……渡界者の生存率を上げて、資源等を地球に持ち帰れるようにする。モンスター素材に特化したマーケットを立ち上げる。この2点については準備ができたわ。後は……なんだっけ?」
キララがケインを見る。
タチバナを引き抜くために約束した事が幾つかあり、その内の2つは達成できそうだという話だった。
「そんなもんだろ。付け加えるなら、異界探索協会が理念に掲げていたやつ……探索に関する詳しい情報を発信するってやつだ」
「ああ、それならやってるわね。じゃあ、カオルちゃんの方はクリアかな」
「戦闘服を支給すればオッケ~だねぇ」
薄切りにされた生ハムを頬張ってマイマイが眼を細めた。
「渡界者向けの情報はどうやって発信しているのですか?」
ユキが訊ねた。
「シーカーズギルドの情報端末にアップした内容は、渡界者のボードから検索できるようになるわ」
「"ナイン"樹立の案内も?」
「当然よ」
キララが笑みを浮かべた。
「今……新着で入りました。かなりタイムラグがありますね」
ユキが、ボードを開いて確認した。
「ボードのメッセージ欄の拡張についてはナンシーさんに相談中よ。地球側で作っているデータベースを検索できるようにしたいわね」
「マーケットに並ぶ素材とモンスター情報をリンクさせてぇ……地球とゾーンダルクのデータベースを接合したいねぇ~」
「魔素がある場所とない場所をシームレスに接続できるといいんだけど、しばらくは難しいか」
キララが腕組みをして考え込んだ。
その時、
リリリン……
涼やかな鈴の音が鳴った。
「これは……タチバナちゃんか」
ケインの前に、見慣れない"ピクシー"が姿を現した。
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"ナイン" 建国のお知らせを配った!
タチバナから問い合わせが来た!
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