第85話 小休止

 

(……ふぅ)

 

 レンは、被っていたヘルメットを脱いで大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様でした」

 

 実験機から降りたレンを、記録簿を手にしたマキシスが出迎えた。

 

「どうでした?」

 

「凄く調子が良いです。前より大きくなったとは思えません」

 

 レンは、真珠色に塗られた実験機を見ながら言った。

 以前に乗った時よりも最高速度が増し、それでいて飛行姿勢が安定した。装甲の厚みが増して総重量は増えたらしいが、逆に軽量化されたかのような軽快さを感じる。

 

「ケインさんが、M2重機関銃を2連装にすると言っていまして、設置のために機体を一回り大型化し、全体に強度設計を見直しています。弾詰まり対策で、ワイヤー操作による強制排莢レバーを設けました」

 

 マキシスが図面を見せながら説明してくれた。

 

「機首の30ミリ光弾砲と……これは、魔導砲?」

 

 三角翼の左右に1つずつ、大口径の筒口が覗いている。

 

「いいえ……それは、衝角を装着するための支持筒です。魔導式の緩衝装置になっていて、ぶつかっても機体が破損することはありません」

 

「……ぶつかる? 体当たりをするための?」

 

 レンは改めて三角翼の端近くにある筒口を見た。90ミリくらいの口径があった。

 

「キララさんの試算では、マッハ3以下ならフェザーコートを消耗しない程度まで衝撃を吸収できるとか……マノントリが拒絶して起動しませんので、実証試験をやることはできませんでした。今回遭遇したような海の怪魚が相手なら、十分な殺傷能力だと思います」

 

「海の魚に使用……でも、魚が海に落ちて沈みますよね? 持ち帰れないんじゃないですか?」

 

 仕留めた巨魚を回収するために、前回はワイヤーロープ付きの銛を使ったのだ。

 

「"浮き袋"を破壊しなければ大丈夫です」

 

 マキシスが言った。

 

「うき……?」

 

「魚の内臓にある白っぽい袋です。ケインさんが"浮き袋"だと言っていました」

 

「魚の"浮き袋"……」

 

 レンは魚の構造をよく知らない。腹の中に、ぐちゃっと内臓が詰まっているのは見たことがあったが……。

 

「前回、銛打ちを行った際、クレーンにかかる負荷が低すぎた……つまり、想定していたよりも遙かに重量が軽かったそうです。島に新設した解体場で詳しく調べた結果、怪魚の体内にある"浮き袋"が浮力を生み出していたことが分かりました」

 

 マキシスが説明を始めた。

 

「ケインさんの知っている魚とは異なり、こちらの魚の"浮き袋"は浮動エネルギーを生成して一時的に貯蔵するための器官になっていました」

 

「……浮動のエネルギー」

 

「上昇中には"浮き袋"に浮動力を貯めて、降下する際には浮動力を消し去っている……それを瞬時に切り替えることが可能になっていました」

 

 生成するものは気体ではなく、空に浮き上がるためのエネルギーらしい。

 

「あの魚は空を飛べるんですか?」

 

「単に自重を相殺して軽量化するだけの……浮動力というよりは浮力というべきエネルギーです。空中高く飛び上がることはできますが、その後はただ落下するだけです。体を揺すって多少向きを変えるくらいはできるでしょうが……あの巨体を浮遊させ続けるほどのエネルギー量ではありません」

 

 マキシスの説明を聞いて、レンは小さく頷いた。

 理屈はぼんやりとしか分からないが、そういう器官を持った生き物だと分かるだけで行動の予測ができる。

 

「"浮き袋"を破かずに仕留めれば良いということですね?」

 

 破かなければ、怪魚が海面に浮かんだままになる。

 

「脳か……信号を伝達する神経を断つか。それでも、数分間は"浮き袋"が浮力を生成し続けます」

 

「海面に浮いた魚はどうやって回収するんですか?」

 

「銛打ち砲……ハープーンガンというものを製作しました。アイミル号から射出することができますので、レンさんは怪魚を仕留めることに専念できます」

 

 すでに、アイミル号の後方船底には、4基の"ハープーンガン"が用意されているらしい。

 

「色々と作ったんですね」

 

「それだけ長い時間、レンさんは試練の空間に囚われていたのです」

 

「……そうか。そういうことですね」

 

 レンは小さく頷いた。

 

「今回の試練も、ケインさん達は閉め出されて、エンカウンターカメラの映像を見守ることしかできませんでした。それはもう……大変でしたよ」

 

 マキシスが苦笑を漏らした。

 

「鬼気迫るとは、ああいう状態を言うのでしょうか。あの3人がほとんど酒を口にせず、実験機の改良に打ち込み、銛打ち機を製作し、第九号島の施設を整え……ちょっと息苦しいほどの熱意で作業に打ち込んでいましたから」

 

「厳しい試練でしたが……今回は、ほぼ無傷です。フェザーコートを削られることはありましたけど」

 

 前回は、色々と酷い有様だったが……。

 

「巨大な亀が爆発しましたよね? あの時は、全員が言葉を失いました」

 

「ああ……あれは確かに……びっくりしました」

 

 まさか、爆発するとは思わなかったから、倒れた巨亀からナノマテリアルを採取しようとして近づいたのだ。

 

「迎えが来ましたね……こちらで欲しい情報は得られましたから、後は任せて下さい」

 

 そう言って、マキシスが船渠ドックの壁を指差した。壁面にある扉の前で、ミルゼッタとアイミッタが待っている。

 この後、新しく設置した島内の施設を案内してもらう約束になっていた。

 

「そうします」

 

 レンは素直に頷いた。

 

「あっ、一つだけ」

 

 立ち去るレンをマキシスが呼び止めた。

 

「はい?」

 

「この実験機に名前を付けてあげて下さい」

 

「名前?」

 

「このまま、実験機と呼び続けるのは不便でしょう?」

 

(戦闘機の名称……?)

 

「ケインさん達がいくつか案を出しています」

 

 そう言って、マキシスが紙を差し出した。

 

(戦闘機の……ファルコンとか、イーグルとか?)

 

 レンは、渡されたネームリストを見た。

 

 

***

 

 

・バックソード

・カットラス

・レンレン

・ファルシオン

・バスタードソード

・フランベルジュ

・グングニル

・ムラサメ

・グレイブ

・シャシュカ

・コテツ

・オサフネカネミツ

・ムラマサ

・アメノムラクモ

・デュランダル

・グラム

・ナイリング

・ミョルニル

・エクスカリバー

・ティルヴィング

 

 

***

 

 

「これって……飛行機の名前ですか?」

 

 レンは首を傾げた。

 

「さあ? あの3人……主に、キララさんとマイマイさんが書いていましたが? 何かおかしかったですか?」

 

「えっと……」

 

 レンは、ネームリストを折り畳んでポケットに仕舞った。

 

「こちらの世界にいる速く飛ぶ鳥……他の鳥や獣を捕食する強い鳥の名前を教えて下さい」

 

「色々な鳥がいますが……なるほど、そういう考えで名付けをするなら」

 

 マキシスが実験機を振り返った。

 

「……そういうことなら、私達エインテの童話に登場するアイミスという女神はどうでしょう? 人の世に舞い降りる時は真っ白な鳥の姿に変じて、矢のように空を飛んでいたと……アイミス・リゼルラーンという女神です」

 

「女神……アイミス・リゼルラーンですか」

 

「リゼルラーンはエインテの古語で光り輝く銀色という意味です。銀のアイミス神という意味になります」

 

「アイミス……神様の名前を付けて怒られませんか?」

 

 レンが訊くと、マキシスが笑った。

 

「もう、ほとんど誰も覚えていませんよ。エインテ人ですら稀少種なのです。エインテの童話に登場する女神の名前など誰も知らないでしょう」

 

「そうなんですね。それなら……アイミスにします」

 

「分かりました。では、この機体を"アイミス"と呼称します。良い名だと思いますよ」

 

 マキシスが微笑を浮かべて頷いた。

 

「では、お願いします」

 

 船渠ドックの壁際で、ミルゼッタとアイミッタが待っている。

 近づいてくるレンを見て、ミルゼッタが笑顔で軽く会釈し、アイミッタが走り寄ってきた。

 

「ちこく!」

 

 アイミッタが飛びつくようにしてレンの腕を掴んで引っ張った。

 

「そうだっけ?」

 

 時間の約束はしていなかったはずだが……。

 

「ちこく!」

 

「……ああ、そうかも」

 

「朝から張り切っていたから……御免なさいね」

 

 ミルゼッタが笑いながら扉を引き開けた。

 レンが試練の空間に囚われている間にケイン達が設置した新設備の視察と、島主の決定が必要な設備の認可を頼まれていた。

 

(ケインさん達、大丈夫かな?)

 

 ケイン、キララ、マイマイ、3人の護衛としてユキがステーションへ出かけている。まず間違いなくステーションで"連絡役"が待機しているから、そのまま日本へ戻ることになると言っていた。

 日本政府に、レンを含めた親族の安全を保証させるつもりらしい。その後、政府の公式発表があってから、次のステップに進むのだと……。

 

(……どうなるんだろう?)

 

 ケイン達が言うには、どんな取り決めをしても、どんなに良い契約が成立しても、世界から『建前を守るだけの余裕』が失われたら、すべてが無かったことになるそうだ。

 ただ、ケイン達の予想では、まだ日本政府には『建前を守るだけの余裕』が残っていて、人道的な~という謳い文句に配慮できるだろうと。周辺国の状況は全く分からないから、日本に戻った際、知人に連絡を取って情報を集めるそうだ。

 ケイン達は、日本政府の公表を見届けてから、一度第九号島に戻ってくると言っていた。

 

 そもそも、どうやって日本政府と交渉をするのか。ケイン達にどういう伝手があるのか。

 レンには、全く分からない。

 ただ、レン自身が日本へ行って異探協会や政府の役人を相手に交渉をするよりは、マシな結果になるのは間違いないだろう。

 

(ユキ……大丈夫かな?)

 

 ユキはレンがびっくりするくらい激していた。あそこまで感情を露わにしているユキを見たのは初めてだった。

 

(映画みたいに、スパイみたいなのが襲ってくるとか……無いと思うけど)

 

 全員が"悪疫抗体"と"フェザーコート"持ちである。薬物で眠らせたり、麻痺させられるような危険は無い。

 重機関銃の銃撃を浴びせられれば、"フェザーコート"を削り切られるかもしれないが……。

 生きたまま拘束することは不可能だ。

 

(その前に、ユキが暴れる)

 

 彼女のアイテムボックスには、銃と弾薬、手榴弾が満載されている。試練に備えて準備をしていて、その試練に遭遇しないまま温存されている。

 加えて、彼女の戦闘力だ。

 元々戦闘技能が高い上に、"パワーヒット"がある。重機で囲んで押さえ込むことすら不可能だろう。

 

(……怒ってたからなぁ)

 

 今にも暴れ出しそうな剣呑な雰囲気だった。

 

 渡界者の能力を、日本政府がどの程度認識しているのか?

 若い女の子だと侮って乱暴な対応をすると、冗談でなく死人で溢れかえることになる。現場対応をさせられる自衛隊員や警察官は、事情が分からないままに大量の殉職者を出すことになってしまう。

 

(それは駄目だ)

 

 それでなくても、大変な状況なのに……。

 

「とうしゅ?」

 

「えっ?」

 

 腕を引かれて、レンは顔を向けた。"とうしゅ"とは、島主のことだろう。

 アイミッタが大きな瞳で、じっと見つめている。

 

「ああ、ちょっとユキ達のことが気になって……」

 

「だいじょうぶ」

 

 アイミッタがレンを見つめたまま言った。

 

「大丈夫? ユキが?」

 

「うん」

 

 確信ありげに、アイミッタが大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

======

 

実験機="アイミス"と命名した!

 

ケイン達が、政府相手に"ルール作り"を行っている!

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