第102話 異物混入
第九号島のポータルゲートからステーションに転移した直後、
「嘘だろ?」
ケインが声を漏らした。
「これ、出待ちぃ~? 暇なのねぇ?」
マイマイが悪態を吐く。
「24時間ゲート前で立ってるお仕事? これ、交替勤務でやってんの? 時給いくら?」
怒るより呆れた顔で、キララが男達の顔を見回した。
足下に大量の缶詰やペットボトルが転がっている。寝袋や毛布などもあった。
どうやら、ここで寝泊まりしていたらしい。
年齢は、30代前半から50才手前くらいだろう。いずれも、黒や紺の背広に襟のあるシャツを着ていた。
「NK-09-008、レンを確認しました! 本人に間違いありません!」
縦縞の紺色の背広を着た男が声を張り上げた。疲れが滲む顔に安堵の笑みが浮かんでいる。
他の男達も似たような有様だ。
「ステーションって、滞在期限ができたよねぇ~?」
「改変前から張り込んでたんでしょ」
吐き捨てるようにキララが言った。
「一度、島に戻ろっか?」
放っておけば、時間切れでこの男達はゾーンダルクへ放り出される。
「とりあえず、用件を聞こうぜ」
ケインがゲートのある円台を降りて、男達の前に立った。
「前も、こんな感じだった?」
レンは小声でユキに訊ねた。
「いいえ、初めてです」
答えながら、ユキがボードメニューを表示した。
「何をするの?」
「ハラスメント報告です」
硬い表情で呟いて、ユキが手早く操作をしていく。
「私もやっとくわ」
「俺も」
「私もぉ~」
何やら楽しそうな顔で、ケイン達がボードメニューを操作する。
(そんなメニューがあったかな?)
レンは、自分のボードを開いた。上辺に並んだメインメニューには見当たらないが……。
(【その他】に追加されたのか)
メニューボタンの名称は、【迷惑行為報告】となっていた。
ステーションのような中立地帯の"限定"メニューらしい。ゲートを潜ると同時に、ボードメニューに追加される仕様らしかった。
(……相手も抗弁可能なのか)
説明書きを読む限り、報告をしたからと言って、相手が必ず罰せられるとは限らないようだ。
ハラスメントであると判定されると、対象者には10日間新規獲得ポイントが十分の一になる制限がかけられるそうだ。
(使徒による……裁定?)
レンの眉根が寄った。"使徒"という名称にいい思い出が無い。
(あの"使徒ちゃん"が、公平に裁けるのか?)
「矢上君と話し合いの場を設けたい!」
50歳くらいのがっちりと横幅のある体躯をした男が前に進み出た。
「やがみぃ~?」
マイマイが首を傾げた。
「異界探索士の実名を……わざと言ったわね」
キララが舌打ちをした。
「後ろの……君が矢上蓮だね? こちらへ出てきて話をしないか?」
正面で睨み付けているケインを無視して、男が大きな声で呼びかけた。
「僕に何か用ですか?」
レンは、ゲートの円台から降りて男の前に立った。
「我々は警視庁の人間だ。今回は、君と話がしたいという人物の護衛としてステーションに来ている」
「あなたの役職と氏名は?」
レンは男の目を真っ直ぐに見て訊ねた。
「……それは必要ではないだろう」
「僕の名前は言えるのに、自分の名前は言えないんですか?」
レンは眉をひそめた。
「そんなことを言っているんじゃない。必要無いといっているんだ!」
男が声を荒げた。
「あなたの役職と氏名は?」
レンは繰り返し訊ねた。
「……とにかく、君に会いたがっている人物を保護している。ついてきなさい!」
何を思ったか、男が腕を伸ばしてレンの二の腕を掴んだ。そのまま引っ張って歩こうとするが……。
「あなたの役職と氏名は?」
レンは、その場から動かなかった。踏ん張ったりする必要すらなかった。わずかに後ろ重心で立っているだけだ。
男は、なおも顔を赤くして、なんとかレンを引っ張ろうとしていたが……。
バシィィィ……
突然の閃光と共に消え去った。
『許容範囲を超えたことを通知します』
どこからともなく、物静かな女の声が聞こえてきた。
「しゅいっ!?」
動揺した男達が声の主を求めて視線を左右するが、それらしい姿は見当たらなかった。
"しゅい"というのは名前だろうか?
「へぇ~ 通知されるようになったんだぁ」
マイマイが感心したように声も漏らした。
「名前は"しゅい"さんですか?」
レンは、慌てている男達に声を掛けた。
「……お、おいっ! 隊長をどこへ……どうなったんだ?」
痩せた体付きの若い男が、レンを睨みながら近づいて来た。
「僕には分かりません」
レンは首を振った。
「ふっ、ふざけるな!」
大柄な男が声を荒げてレンの胸ぐらを掴み、引きずり上げようとした。
しかし、レンの上体を揺らすことすらできずに、ぶるぶると両腕を震わせただけだった。
男が何やら言って凄んでいたが、レンには分からない外国語だった。
バシィィィ……
再び、閃光が明滅して若い男が消え去った。
『許容範囲を超えたことを通知します』
先ほど同様、物静かな女の声が聞こえてきた。
「ちゃう!」
悲痛そうな声をあげて、男達が上着の内へ手を入れるなり、拳銃を取り出してレンに向けた。
昂った様子で何やら叫んでいるが、やはりレンの知らない言葉だった。
(9ミリと……何だ?)
見慣れない口径の拳銃を向けられて、レンは軽く目を見開いた。
拳銃だけで、短機関銃や自動小銃は見当たらない。渡界をするにしては貧弱過ぎる装備だった。
何らかの事情で持ち込めなかったとしても、ステーション内の銃砲刀店に行けば購入できる。ポイントが無くても、借金をすれば購入できるはずだ。
(ここで、銃を人に向けたりしたら……)
バシィィィ……
バシィィィ……
バシィィィ……
バシィィィ……
バシィィィ……
バシィィィ……
眩い閃光が連続して明滅し、拳銃を構えた男達が次々に消えていった。
引き金を引く一瞬前に消し去られるらしく、銃声は1発も鳴らなかった。
『許容範囲を超えたことを通知します』
女の声が告げる。
「もしかして、ステーション内が暴力禁止だって知らないんですか?」
レンは、呆然と立ち尽くしている男に声を掛けた。
あれだけいた男達が、一人を残して消え去っていた。
「くっ、くそ……」
男は蒼白な顔を引き攣らせて拳銃を抜こうとしたが、どこかに引っ掛かったらしく取り出せないようだった。
「そのまま銃を抜くと死にますよ? ここは、暴力禁止エリアです。暴力行為は禁止されています。分かりませんか?」
レンは繰り返し、男に向かって声を掛けた。
「なっ、なんだと! なにを……おっ!」
生地が破れる音がして、男の拳銃が千切れた布地と一緒に出てきた。日本の警察用の小型拳銃だった。.38Spc という銃弾を5発装填できるリボルバーだ。
当たり前のことだが、5発全部が命中したところで、レン達のフェザーコートはビクともしない。
バシィィィ……
『許容範囲を超えたことを通知します』
女の声が聞こえ、最後の一人が消えた。
「おいおい……どうなってやがる?」
「ステーションのルールを知らないって……本当なの? あり得ないわよね?」
どこか呆けたように、キララが呟いた。
「今の北京語だったよねぇ? なんで、富士山のステーションに居るのぉ?」
マイマイが首を傾げる。
「あの人数じゃ富士山の自衛隊を突破できねぇよな?」
「こんな馬鹿げたこと、政府が容認する? 他所の国の連中を自国の重要な資源採取地に? さすがに無いでしょ?」
キララの眉間に皺が寄る。
「ちょっと考えられないねぇ~」
マイマイが腕組みをして唸った。
「ハラスメントが受理されました。調査が開始されるそうです」
ユキが言った。
「今から調査といっても……」
レンは誰も居なくなった周囲を見回した。
調査をする対象が消えてしまったのだが……。
「ハラスメント裁定の前に、禁止事項に抵触して殉職か……どうすんだ、これ?」
ケインが顔をしかめて唸った。
「なによこれ? なんで、ステーションの禁止事項を知らないの? そんなことってある? おかしいでしょ!」
驚きが怒りに変わったらしく、キララが騒ぎ始めた。
「う~ん……他の国まで来て集団自殺かなぁ~?」
腕組みをしたマイマイが首を捻る。
「ステーションのルールは、"神の啓示"で言ったよね?」
レンの問いに、ユキが頷いた。全世界に、何度も何度も"放送"されたのだ。
「渡界する人はみんな知っています。自衛隊の人達は知っていましたから……警察が知らないはずがありません」
「どうしましょう?」
レン達は何もしていない。ただ立っていただけで、大量の自称警察関係者が殉職してしまった。
なんとも後味の悪い事態である。
「どうもこうも……どうしようもないわ。忘れましょう! きっと、どっかの怪しげなカルト教団よ!」
キララの鼻息が荒い。
「何がやりたかったのか分からねぇが……気にするこたぁねぇぜ。あいつらが勝手にやったことだ」
ケインが苦笑しながらレンの肩を叩いた。
「ちゃうと呼んでいましたよね?」
レンに掴みかかった若い男が消えた時、他の男達が慌てて名前を口にしたのだ。しゅいという名前も口にしたようだった。日本人の名前にしては珍しい。
「最後のおじさんは、日本の警察官みたいだったねぇ~。レッドチームと共同作戦をやってたりしてぇ?」
「自衛官が見当たらねぇからな。日本政府は容認してるってことだろう」
ケインが周囲を見回した。
これまでは、必ず常駐員が見張っていたのだが、それらしい姿はどこにも見当たらない。
「富士山の"鏡"を外国の国旗が囲んでいたりして?」
キララが床に散乱したゴミを蹴った。
隣で、ケインが首を捻っている。
「あんな人数で自衛隊の包囲を突破するのは無理だ。政府間で何かの取り引きをやったのは間違いねぇが……何の意味がある? 目的が分からねぇな」
『ナノマテリアル保有者が、2体接近します』
不意に、レンの視界に補助脳のメッセージが浮かんだ。
ほぼ同時に、
「アラートです」
ユキが緊張した声で囁いた。
「敵です」
レンは、ケイン達を背に庇って前に出た。
ステーション内だ。
戦闘行為は禁じられているが……。
(ナノマテリアル保有者って?)
『含有率の低い、低濃度ナノマテリアルを感知しました。対象の外形を表示します』
レンの視界右端に、輪郭を赤く着色された人間の姿が表示された。
(モンスターのナノマテリアルを吸収した人がいるってこと?)
『極めて不完全な融合方法を行った結果、マテリアルの剥離と崩壊が始まっています』
(剥離と崩壊……)
レンは並んだ建物の間を歩いてくる2人に目を向けた。
何が起こっているのかを考えるのは、あの2人を処理した後でいい。
「よく見えません。あれは擬態ですか?」
ユキが囁いた。
「……擬態か」
レンの目には、どちらもはっきりと見えていた。20代前半くらいの短髪の男と、十歳そこそこの少女が、ゆっくりとした足取りで歩いている。どちらも、フードの付いた黒いレインコートのような物を羽織っていた。
『周囲に溶け込むように色を変えています』
「……色を変えているみたいだけど、着ている衣服も……顔や手も色が変わるのか。どういう仕組みなんだろう?」
各国で試験運用が進んでいる光学的な迷彩技術とは仕組みが異なるようだった。
「先ほどの人達の仲間でしょうか?」
ユキが防弾盾を取り出した。警察用の防弾盾を、マイマイが試作した素材で改造した代物だ。
こちらから攻撃ができない以上、ステーションのペナルティ判定が出るまで耐えなければならない。
「どうかな……形は人間だけど、モンスター反応が出てるよ?」
「私とは違いますね」
「僕とも違う」
答えたレンの口元に、安堵の笑みが浮かんだ。
援軍の登場だった。
『ハロ~、マイチャイルド!』
レンの視界に、白衣を着た2頭身の"マーニャ"が現れたのだ。
『アレの捕獲をするわ! 処理はナンシーがやるから、マイチャイルドは動いたら駄目よ!』
両手を腰に当てた"マーニャ"の頭上に、吹き出しが浮かんだ。
直後、
バシィィィ……
バシィィィ……
『侵入した異物を排除します』
女の声と共に、閃光が激しく明滅した。
======
出待ち組が徹夜で張り込んでいた!
ナノマテリアルを保有した人間が現れた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます