第19話 生還


「急ぎましょう。ステーションなら治療ができるはずです」


「よし! 運ぶのは任せてくれ!」


 ケインが倒れているヤクシャの上半身を抱き起こし、フレイヤ、キララ、マイマイが囲んでヤクシャの体を持ち上げた。後ろを流血する脇腹を押さえながら、残る1人が付いて行く。


「助かった。感謝する」


 クロイヌが、レン達に声をかけてくる。


「まだ、何があるか分かりません」


「周囲の警戒を」


 レンとユキは、64式小銃を構えたまま警戒を続けていた。


「そうだな」


 クロイヌも、64式小銃を手に運ばれていくヤクシャ達を守る位置に立った。

 その間に、ケイン達が光柱状のポータルポイントに入っていった。


「入った! 俺達も行こう!」


 クロイヌの合図を待って、レンとユキは身を翻してポータルポイントへ走った。

 駆け寄る2人を迎えるようにして、クロイヌが一緒に光柱の中へと跳び込む。


(……ん)


 一瞬の明滅があって、すぐに視界が開けた。


(ステーション……帰ってきた)


 レン達の目の前に、ライトアップされた朱色の楼門がそびえ立っていた。

 思わず安堵の息が漏れる。


「おっ! 無事に戻ったか!」


 懐かしく感じる男の声がして、迷彩服姿のタガミが近付いて来た。


「まあ……なんとか」


 レンは、先に入ったはずのケイン達を捜した。


「ケインさん達はクリニックへ向かった。心配なら見に行ってみるといい」


「後で行ってみます。今、あっち……ゾーンダルクに生存者は?」


 レンは、すぐ近くにある"鏡"に眼を向けた。

 鏡面の上方に、[5] と表示されている。同期の探索士がまだゾーンダルクに残っていた。


「まだ、5人残っているんですね」


「あっ……」


 クロイヌが声を漏らした。

 [5] から[3] へ、数字が減った。


「あまり、良くないですね」


 残っている3人が自力でポータルポイントに辿り着くことを祈ることしかできない。


「……だが、君達のおかげで時間が稼げた。増援の手配が整い、すでに調整員がステーションに到着している。1時間以内に本隊が到着するだろう」


 タガミが厳しい表情で"鏡"の数字を見ながら言った。


「そうですか。予定より早かったんですね」


「探索士協会がかなり急かしたらしい。政府も無理を言った自覚はあったんだろう。世論が騒ぎ出す前に……と、急いだのかもしれないな」


 苦笑を漏らしたタガミが、レン達を振り返った。


「タガミさんは、日本に戻らないんですか?」


 クロイヌが訊ねる。


「俺は、ステーションの駐在員だ。本来なら俺のような年寄りは、とっくにお役御免のはずなんだが……」


 タガミが苦笑を浮かべて頭を掻いた。


「駐在ですか?」


「今回は君達が来てくれたが……誰も来ない時は、ステーション駐在の者が繋ぎで渡界して大氾濫を防ぐことになっている」


「……そうなんですね」


 クロイヌが俯いた。


「さあ、ゆっくりと疲れを癒やしてくれ」


 言いながら、タガミが表面の数字を見上げた。

 [3]から[1]に減っていた。


「ほら、行った行った。クリニックで治療費を返済しないと"鏡"を潜れないぞ」


 タガミに背中を押されるようにして、レン達は楼門をくぐった。


 互いに特に予定を決めず、それぞれの都合で自由に行動することにして、ユキとクロイヌとは別れた。疲れ切っていて、色々と考える余裕が無かったのだ。


(とりあえず、銀行でポイントを換金しないと何もできないな)


 緊張から解放された頭が、ぼんやりと弛緩していて、うまく考えが巡らなかった。

 自分で思っていた以上に緊張を強いられていたのかもしれない。


(とにかく……銀行に行かなきゃ)


 案内板の前でしばらく休んでから、レンは気怠い体を引きずるようにして銀行に向かった。

 ステーションで使えるお金を手に入れないと、ホテルに泊まることすらできない。

 まずは、ゆっくりと手足を伸ばして眠りたかった。


 "ゾーンダルク銀行・富士山支店"の看板を見上げながら、からからと乾いた音のする引き戸を開けて中に入る。

 お香の香りと共に、ひんやりと涼しい空気がレンを包んだ。


『いらっしゃいませ』


 緋色の袴を穿いた巫女風の女性が静かに頭を下げた。前回とは別の、短い黒髪をした女性だった。


(でも、やっぱり獣耳があるんだ)


 頭に三角形の獣耳が生えていた。


『本日は、どのようなご用件でしょうか?』


 切れの長い双眸がレンを見つめる。


「討伐ポイントを換金するために来ました」


『口座は、お持ちでしょうか?』


「はい」


 レンは、左手を伸ばして、エーテル・バンク・カードを浮かび上がらせた。


『ご提示ありがとうございます。窓口による換金と、自動変換機による換金が可能です』


「どっちでやっても、レートは一緒ですよね?」


『はい。本日は、1ポイント、104.7 wil となっております』


「じゃあ、ATM……じゃなくて、自動変換機でやってみます」


『畏まりました。では、こちらへどうぞ』


 案内されたのは、入って左手の奥に並んでいる扉の前だった。


『個室になっており、内側から施錠できます』


「分かりました」


 レンは、扉を引き開けて中に入った。


(……占いの玉?)


 立派な台座があり、どこかの占い屋にあるような大きな水晶玉が目の前に置かれていた。


『水晶に手の平を当てて下さい。エーテルを読み取って起動します。以降は、案内の文字に従って下さい。それでは……何か御座いましたらお呼び下さい』


 案内してくれた女性が、恭しく頭を下げて扉を閉じた。


「オープン・ボード」


 レンは、ボードを表示した。


・討伐ポイント:53,754

・異能ポイント:38

・技能ポイント:116

・採取ポイント:508


(結構、貯まった。討伐ポイントは少し残して換金するとして、他のポイントって何に使うのかな?)


 とりあえず、異能ポイントは"ボード"のメニュー解放に消費するとして、技能ポイントと採取ポイントは何に使うのだろう?


 レンは、ボードを表示したまま左手で水晶玉に触れた。


所持 >>> 53,754 pt

換金 >>> 0 wil

残  >>> 53,754 pt


 ひどくシンプルな表示が現れた。その下に、案内文が表示される。


(えっと……文字に触れて下さい?)


 案内文も、やけに簡素である。

 レンは"所持"に触れてみた。


所持:現在所持している討伐ポイント数です。


(いや、知ってるし……)


 顔をしかめながら、レンはポイントの数字を押してみた。


換金希望ポイントを入力して下さい [ 53,754 pt > 0 pt ]


(これ、一桁ずつ数字を指でなぞるの? 面倒臭いな……窓口の方が良かったかも)


 数字を押すと、各桁が回転して順番に数字を表示するようになっていた。ちまちまと指を使って数字を合わせる作業が実に面倒臭い。


(……できた)



所持 >>> 10,000 pt

換金 >>> 4,581,044 wil

残  >>> 10,000 pt


[決定]・[取消]



 決定の表示が現れたのを確かめて、レンは [決定] に触れた。

 これで、458万ちょっとのステーション内通貨が手に入ったことになる。


(……多いのか少ないのか分からないけど)


 色々と考えたいが、もう頭が働かない。


(とにかく、ホテルに泊まろう)


 レンは、獣耳の店員に見送られて銀行を後にすると、まっすぐにホテルゾーンへ向かった。


 いくつか並んだ宿泊コースから、[シングルルーム 一泊8,000 wil ] を選択すると、いきなり部屋の中へと移動した。


(廊下は無いんだ?)


 非常時に備えて扉を開けてみると、先ほどの部屋選択の場所まで戻ってしまった。扉がゲートのような装置になっているのかもしれない。


(ふうん……)


 ぼんやりと納得しつつ、またシングルルームを選ぼうとすると、すでに料金は支払い済みだという通知が表示され、部屋の中に戻っていた。


(出入りしても、お金は減らないんだ?)


 残高を確かめてみると換金時の総額から 8,000 wil だけ減っていた。外出は自由のようだった。


(まあ、当たり前か)


 レンは、戦闘靴を脱ぎ捨ててベッドの上に倒れ込んだ。


『取得したナノマテリアルが一定量を超えました』


(……うん?)


 いきなり、補助脳からのメッセージが視界中央に浮かんだ。


(なに?)


『身体のアップデートが行えます』


(身体って……この体?)


 疲労困憊していた思考が、わずかに覚醒する。


『既存のチューンド・ナノマテリアルを上位互換のナノマテリアル・Rチューンと置換できます』


(……何か良くなる?)


 レンは、起き上がってベッド上で胡座を組んだ。


『全体的な耐久値が上昇します』


(ふうん……)


 レンの肉体の半分以上は、チューンド・ナノマテリアルという物質で構成されている。

 補助脳の説明通りなら、体に混じっているチューンド・ナノマテリアルをより質の良い物と交換するということらしい。


『空間認識能力が向上します』


(ちょっと丈夫になって……頭が良くなるってこと?)


『知能に影響はでません。強化されるのは肉体の耐久性能と空間認識能力です』


(ふうん……?)


 空間認識能力とは何だろう? 悪いことでは無さそうだが……。


『更新作業を開始しますか?』


(もう、眠くて起きていられる自信がないよ)


『作業は、睡眠中に完了します』


(……任せる)


 今さら尻込みしても始まらない。もう十分におかしな体になっている。

 レンは、思考を放棄して、仰向けにベッドの上に倒れ込んだ。









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レンは、ステーションに生還した!


レンは、理解を諦めた!

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