第18話 見えない敵
「樹から離れて! 上に見えない何かがいます!」
64式小銃を撃ちながら、レンは大きな声を出した。
向こうにいる渡界者達にも聞こえるように叫んだつもりだったが、聞こえたかどうか。
ダダダッ!
ユキが上方に向けて64式小銃を連射しながら、ケイン達を庇う位置へ走る。
わずかに遅れて、大きな質量を持ったものが地面に落ちてきた。
重々しい落下音を聞きながら、レンは補助脳によって補正表示された視界を周囲へ巡らせ、落ちて来たものを狙い撃った。
さらに、樹上から別のものが降りてくる。
(ナメクジ?)
補助脳が輪郭を表示しているおかげで、見えない相手が見えている。
それは、体長が3メートルほどのナメクジのようだった。
レンが知っているナメクジと違うのは、銃弾を浴びせても死なずに、小さな触角のような物を長く伸ばして襲って来ることだ。
(動きは、そこまで速くない)
素早くは移動できないようだった。何発か銃弾が当たると、体色が赤紫色に光って見えるようになった。
銃弾が当たれば、怯んだように動きを止める。すぐに動き始めるのだが……。
(うわっ!)
ダァン!
レンは、口元から鞭のように伸びてきた小触角を避けながら銃弾を撃ち込んだ。
効いてはいるのだろうが、痛がっているようには見えない。
「下がります!」
ユキが小銃を撃ちながら声を掛けてきた。
「了解」
レンも64式小銃を撃ちながら、木々の合間へ視線を向けた。
- 199.7m
測距値が表示される。倒れているヤクシャという探索士までの距離だ。
銃声が断続的に鳴り響き、怒声や悲鳴が混じって聞こえていた。
「レンさん!」
「……はい」
レンは、伸びてきた触角をかい潜りながら、ユキ達の方へと走った。
ユキが的確に援護射撃をしてくれるおかげで、巨大ナメクジ達がレンを追いきれない。ぎりぎりのところで触角による追撃を回避しながら、レンはユキ達と一緒に後退戦を始めた。
ケインやキララ、マイマイも、動きの鈍いナメクジ目掛けて小銃を連射している。
(あの触角、そんなに遠くまでは届かないよな?)
『触角の延伸速度は、時速185キロ、到達距離は22メートルです。静止物である樹に38センチ刺さりました。周辺に、強酸の付着が見られます』
(間隔は?)
『触角の再延伸まで、最短4秒。ナノマテリアル体の一部を変形させながら延伸させているようです。伸長の予兆を観測可能です』
(……できるだけ、届く距離に入らないようにしたい)
レンは、ヤクシャ達の方を見た。
一人負傷したようだが、何とか防衛を続けている。
(あれっ? あっちは、ナメクジが遠巻きになって近づかない?)
不思議な事に、巨大ナメクジ達は、身動きがとれないヤクシャ達ではなく、レン達の方へ集まってくるようだった。
「なんで、あっちには行かねぇんだ?」
ケインが疑問を口にした。
「塩でも撒いてるんじゃない?」
キララが小銃の弾倉を入れ替えようと焦りながら答える。
「お塩? そういえば持ってるね」
マイマイがアイテムボックスから塩の袋を取り出した。自衛隊から支給された品の一つである。
「撒いちゃう?」
「そんなもんで、あんな化け物がどうにかなるのかよ?」
「やってみないと分からないじゃない」
「……って、あれぇ?」
ガチャガチャと小銃の遊底を動かして詰まった薬莢を取り出していたキララが、呆けたような声をあげた。
マイマイが塩の袋を取り出しただけで、巨大ナメクジ達が一斉に後退を始めたのだ。
「撒かずに持っているだけで良いみたい?」
マイマイが塩の袋を持ったまま小首を傾げた。
「……マジかよ」
「鉄砲より塩が怖いんだ?」
「レンさん」
ユキがレンを見た。
「このまま前に出て、ヤクシャさん達と合流しましょう。雨で食塩を流されないように気をつけてください」
レンは、ナメクジ達との距離を測りながら先頭に立って前に出た。すぐ後ろを食塩の袋を抱えたマイマイが付いてくる。
効果は覿面で、巨大ナメクジが体表を波立たせながら後退していた。
「袋に入っているのに、どうして中身が分かるのかな?」
マイマイが不思議そうに呟いている。
- 114.7m
「こちら、第九期探索士です! そちら、ヤクシャさん、フレイヤさんで間違いありませんか?」
レンは木々の間へむけて声を張り上げた。
「同じ九期のフレイヤよ! ヤクシャの他に、クロイヌとバロットが一緒! ヤクシャとバロットが怪我をしたわ!」
若い女の声が応えた。
「そっちにもナメクジがいるのか?」
ケインが訊ねる。
「地面に塩を撒いて近寄れないようにしたの! でも、雨で流されて薄まったみたい!」
「ああ、そりゃそうだぜ。こんだけ雨が降ると……」
「ヤクシャさんを連れて、こちらに移動できませんか?」
レンは、ナメクジの動きを警戒しながら訊ねた。
「無理よ。ヤクシャさんの血が止まらないの! なんとか押さえて血を止めようとしてるんだけど」
悲痛な声が返った。
「では、そちらへ合流します! ナメクジへの警戒を続けていて下さい!」
レンは大きな声を出しながら、周囲の探知情報を確かめた。
「塩が効くなら、砂糖でも嫌がるんじゃない?」
キララがマイマイと話している。
「ちょっと、今は試したくないかも」
「まあそうね」
「銃で撃っても、なかなか死なないような奴等に、塩や砂糖が効くのか?」
ケインが唸る。
「水分を失わせれば……って、地球産じゃないから、同じとは限らないのかな?」
「俺達の位置から、ポータルポイントが見えているんだ!」
それまでとは別の、若い張りのある男の声が聞こえてきた。
「クロイヌさんか? ポータルポイントが見えるって?」
ケインが対応した。
「ケインさんでしたね? ここから少し先に、小さな池のような所があって光ってるんです!」
「へぇ? そりゃ、当たりかもしれねぇな! 遠いのか?」
- 62.1m
「俺達から……たぶん、50メートルくらいだと思います」
(あっちが、クロイヌさんか)
降りしきる雨の中、レンの双眸は二十代半ばくらいの男を捉えていた。
中背で痩身の男がナメクジに向けて64式小銃を構えている。
(あっ!)
レンは思わず息を呑んだ。
ナメクジがクロイヌに向けて触角を伸ばしたのだ。
直後、クロイヌがわずかに身を傾けて触角を回避し、ナメクジの口元めがけて小銃を撃っていた。
巨大ナメクジが銃撃を嫌がり後退する。
(……凄い)
フレイヤという人が塩を撒いたようなことを言っていたが、それとは別に、クロイヌという探索士が一人でナメクジの接近を阻んでいるようだった。
(探知範囲内のナメクジの位置を!)
レンの思考に応じて、視界に ▽ マークが点り、通しで番号が振られた。
探知範囲内に、67匹の巨大ナメクジが存在していた。
「ユキさん、右手……この方向にいるナメクジは3匹だけです。仕留めて、退路を作りましょう」
「了解です」
ユキが短く応じて、小走りに木々の間を抜ける。
「ケインさん、キララさん、マイマイさんは真っ直ぐに走って、ヤクシャさんと合流を! 塩を忘れずに!」
「おう!」
返事と共に、3人が躊躇わずに走り始める。
レンは、先行したユキを追って走った。
(ナメクジが小さくなってるよな?)
『頭部が損壊すると体液が流出し、肉体を縮小して損壊した部分を再生しているようです。ナノマテリアル量の減少と共に脅威度が低下しています』
(あいつ、急所は無いのか?)
『呼吸孔が一箇所あります』
(呼吸の……どこ?)
『強調表示します』
補助脳のメッセージと同時に、巨大ナメクジの右側面に赤く線で囲まれた部位が出現した。
レンは、即座に64式小銃で狙い撃った。
『命中しました』
(……で?)
ナメクジが痛痒を覚えたようには見えないのだが……。
(あっ……)
巨大ナメクジの体色が濃い紫色に変じ始めた。
身悶えするように、全身を波打たせて地面を転がっている。
(効いた? あれって……呼吸ができないから?)
『不明ですが、命中した銃弾が器官を破壊したことが原因だと推測されます』
(そうだろうな)
レンは、ユキを見た。
木陰のユキもレンを振り返っていた。
「ナメクジの右頬って言うのかな? 片側に、少し色の濃い鱗のような物があります。そこを撃ってください。弱点かもしれません」
「了解です」
ユキが頷いた。
その時、
ポーン……
電子音が聞こえてきた。
******
ポータルガーディアン [ ミスティスラグ ] を討伐しました!
******
銀色に光る大きな文字が浮かび上がって消えた。
地面で身悶えしていた巨大ナメクジが、白くなって動かなくなっていた。
獲得ポイントについての表示は無かった。
(なに? このナメクジって、特別なモンスターだったの?)
リンゴーン……
リンゴーン……
リンゴーン……
不意に、大きな鐘の音が鳴り響き始めた。
「ナメクジが消えていきます」
ユキの声が聞こえ、レンは慌てて周囲を見回した。
まだ、大量に残っていた巨大ナメクジ達が大気に溶けるように消えていた。
『探知範囲内のナノマテリアル体が消失しました』
視界に、残念そうなメッセージが躍る。
******
ポータルゲートのロックが解除されました!
ポータルポイントが開放されます!
******
黄金色に輝く文字が目の前に浮かんで消えていった。
同時に、レン達から少し離れた場所で、黄金色に輝く光の柱が上空めがけて聳え立った。
(こういうの……資料に残しておいて欲しかったなぁ)
レンは、小銃の残弾を確かめながら小さく溜息を吐いた。
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レンは、ポータルガーディアン [ ミスティスラグ ] を討伐した!
レンは、"オープナー"の称号を得た!
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