第17話 雨の帳


(……動かないな)


 レンは、視界に表示された ◆ を見ながら小さく息を吐いた。

 ポツポツと雨が降り始めている。

 相手は1人。樹に隠れて銃を構えていた。その頭上に ◆ マークが点っている。

 こちらの位置は分かっていないらしく、狙っている方向はズレている。あるいは、レン達とは別の相手を警戒しているのかもしれない。


(今なら一方的に狙い撃てるけど……)


 敵対しているわけではない。撃ってくるかもしれないというだけでは、引き金を引けなかった。


(この距離じゃ、検索に名前が出ないんだな)


 距離は500メートルちょっと。有効射程外だが、補助脳が弾道補正をしてくれるから当たるだろう。


(どうしようか)


 レンは、無言でユキ達を振り返った。

 視線に気付いて、ユキが静かに近付いて来る。


「見えました?」


「はい。1人、見えます。周りを警戒して銃を構えています」


「迂闊に近付くと撃たれそうですね」


「たぶん」


「位置は、どの辺りでしょう」


 ユキが【アイテムボックス】から双眼鏡を取り出した。


「この方向、真っ直ぐです。距離は、500メートルくらいです」


 レンは腕を伸ばしてみせた。ユキが小さく頷いて双眼鏡を覗く。


「あの大きな樹の向こう側ですか?」


 巨樹が乱立する中に、ひときわ大きな樹が聳えている。


「いえ、少し手前です。こちらに背中を向けています。逆側を警戒しているみたいです」


「……見えました」


 ユキが双眼鏡を覗いたまま呟いた。


「一緒に渡界した人達ですか?」


「見たことがあります。同期の人達です」


 ユキがケイン達を振り返って手招きした。


「人が居るって?」


「誰なの?」


「同期の人?」


「クロイヌさんです」


 ユキが双眼鏡を覗いたまま小声で言った。


「おっ、あいつか」


 ケインが意外そうな声を出した。


「誰だっけ?」


「う~ん? 背の高い子?」


 キララとマイマイが顔を見合わせる。


「このまま近付いて、大丈夫そうな人ですか?」


 レンは周囲へ視線を巡らせながら訊ねた。


「多分、大丈夫だろう。まともそうな男だったぜ。そういや、あいつはいねぇのか? 色々と物知りっぽかった……何とかって奴。クロイヌと仲が良さそうだったが……」


「ヤクシャ君?」


 キララが言った。


「おう、そいつだ」


「あっ!」


 ユキが小さく声を漏らした。


「どうした、ユキさん?」


 ケインが声を潜める。


「ヤクシャさんがいました。負傷しています。介抱しているのは……フレイヤさんですね」


「フレイヤ……ああ、そんな子がいたな」


「なんかキツそうな子だったけど、上手くやってるんだ?」


「結構良い子っぽかったよ? ちょっと尖ってたけど……優しい子だと思うな」


 キララとマイマイが話す声を聞きつつ、レンは64式小銃の照準器を覗いた。


(……傷は、腹部?)


 視界が拡大表示されて、仰向けに横たわった青年の姿が映し出された。すぐかたわらに少女が寄り添って、青年の脇腹の辺りに布を当てているようだった。

 男の方は二十代半ばくらい。少女の方はレンと同じくらいの年齢に見える。

 樹の陰で銃を構えて警戒している2人は、どちらも二十歳そこそこだろう。


(何に襲われたんだろう?)


『ナノマテリアル反応はありません』


 補助脳が応答する。


(モンスターに襲われた? それとも、渡界した別の人に撃たれたのか?)


『探知範囲内には、他に銃器の反応はありません』


(そうなんだ。じゃあ、もう立ち去った後とか? あっ、探知できない遠くから狙撃された可能性がある?)


 レンは、クロイヌが警戒している方向に視線を向けた。

 狙撃をした者がいるなら、とっくに移動して別の場所から狙っているはずだ。


(でも、同期なら同じ64式小銃が支給されたはずだし、そんな長距離から狙撃はできないよな?)


 状況がよく理解できない。


「怪我しているなら助けないと」


 キララが言った。


「どうする、レン君?」


「ケインさん……あの人達とは喧嘩をしていないんですよね?」


 レンは遠く離れた木立の間へ視線を巡らせながらケインに訊いた。


「ちょっと意見は会わなかったが、喧嘩ってほどじゃなかったぜ。なあ?」


「うん、行動方針が違っただけよ。あっちも、悩んでいたみたいだったし……普通に話し合って別行動になっただけ」


 キララが頷く。


「木が沢山ありますから……声が届く位置まで、安全に近づけると思います」


 ユキがレンを見た。


「そうですね。木の陰から話し掛ければ、撃たれても……大丈夫だと思います」


 レンはケインを見た。


「俺がやるのか?」


 ケインが大きく目を見開く。


「当たり前じゃない。ケインが一番声が大きいでしょ?」


「あっちも、ケインの声なら覚えてるんじゃない?」


 キララとマイマイがケインに微笑みかける。


「いや……まあ、いいけどよ」


「【マップ】にあった ◎ マークは、あの人達の向こう側にあります」


 レンは地面をざっと均し、位置関係を簡単な図にして説明した。


「迂回してマークを目指すか、あの人達と合流するかですね」


 ユキが頷いた。


「後ろから撃たれるのは嫌だし、声掛けてからじゃない?」


「そうだな。まあ、離れたところから呼び掛けて、駄目そうなら迂回……で、どうだ?」


 ケインが、レンの顔を見る。


「分かりました。途中まで僕が先頭を歩きます。ユキさん、最後尾をお願いします」


 同じ所に留まっていると、徘徊しているモンスターに捕捉されてしまう。

 レンは、64式小銃を抱えて歩き出した。


 雨が少し強くなっていた。

 視界が悪くなっている上、足下もぬかるみ始めていたが、レンは先ほどから何度も地形を観察して、地面の起伏や木々の位置など頭に入れてある。

 レンが歩く後ろに、ケインとキララ、マイマイが続き、最後尾をユキが守って移動した。


 レンは、銃を構えている2人の男達との間に、倒れているヤクシャとフレイヤを挟むような位置を意識しつつ、少しずつ距離を縮めていった。


(探知に反応は?)


 前方に気を取られ過ぎるのは怖い。別の何かがいるかもしれないのだ。

 レンの中で、ずっと嫌な感じが続いている。


『ナノマテリアル反応、金属反応、共にありません』


 視界に補助脳のメッセージが浮かぶ。


(ヤクシャまでの距離は?)



- 450.6m



(マークがある場所までは?)



 - 697.2m



(マークの周辺に何かいない?)


『探知できません』


(う~ん……絶対、何かいると思うんだけどな)


『反応ありません』


(……本当に?)


『ナノマテリアル反応、金属反応、共にありません』


 メッセージが浮かんで消える。


(探知できない何かとか?)


 レンは、しつこく訊ねた。自分の補助脳とのやり取りだから、ある意味"自問自答"なのかも知れないが……。


『ナノマテリアル反応、金属反応、共にありません』


(でも……何か、嫌な感じがするんだ)


『探知不能です』



 - 413.8m



 ヤクシャまでの距離が出る。

 何か引っかかる気がしつつも、危険を示すだけの根拠が見つからず、レンは倒れているヤクシャ目指して近付いて行った。



 - 330.2m



 激しく降っている雨が、巨樹の枝葉を打って賑やかな音を立てていた。体が濡れたためか、少し肌寒くなっている。



 - 201.1m



 レンは、測距値を見て足を止めた。


「これ以上は……何か嫌です」


 まだ距離はあったが、レンは全員に木陰へ隠れるように指示した。


「何か見えますか?」


 ユキが訊ねる。


「いいえ、ただ……ずっと……嫌な感じなんです。上手く言えないんですけど」


「何か感じるのか?」


 ケインが木の陰から前方を覗き見た。


「無理に合流する必要は無いしね」


「レン君の勘に従うよ」


 キララとマイマイが小声で囁いた。


「雨が激しくなってきた。ここからだと声は届かないかもしれねぇな」


 ケインが呟いた。

 その時だった。


『高濃度ナノマテリアル反応を検知!』


 レンの視界に、赤い文字が躍った。


「モンスターです」


 レンは64式小銃を構えた。


「えっ!?」


「マジかよ」


「ど、どこっ?」


「……ヤクシャさん達の上、樹上ですね。雨の飛沫がおかしい」


 レンが答えるより早く、ユキが双眼鏡を片手に言った。


(本当に凄いな、ユキさん)


 レンは感心しながら、ユキが指摘した樹の上方を注視した。

 一見すると何も無いようだが、よく気をつけて見ると、枝葉を抜けて落ちてくる雨粒が何かに当たって飛び散っていた。


「大きな何かが、姿を消して潜んでいます」


 ユキが呟いた。


『警告! 直上に、高濃度ナノマテリアル反応出現!』


「えっ!?」


 レンは仰け反るようにして、真上に向けて64式小銃を構えた。

 何も見えない。

 それでも、レンは引き金を引いた。



 ダァン!



 雨音の喧噪の中、64式小銃の銃声が木霊した。








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レンは、同期の渡界者を発見した!


雨中に、見えない敵がいる!

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