第16話 異変


 ユキに見張りを任せ、ケイン、キララ、マイマイが乗り物を分解、レンは帝王鷲を解体する事になった。

 とりあえずの目標は、【アイテムボックス】に収納できる大きさになるまでことである。


 レンの目的の大部分は、巨大な鳥の体内に点在する高濃度ナノマテリアル塊の採取だ。補助脳から指示があった特大のナノマテリアル塊は採取できたが、巨鳥の体内には他にも何カ所かナノマテリアル塊が存在していた。


 ゲームで言うところのドロップアイテムは、カードになってエーテル・バンク・カードに吸い込まれたが、【アイテムボックス】のおかげで手作業で採取した羽根やクチバシ、爪なども収集して持って行ける。


(討伐時にカードになる物は採取できないのか。こうして、手で採れる物って、あんまり価値が無いのかな?)


 【アイテムボックス】に収納できる素材は一種類につき999個が最大値で、それ以上は入らない事が分かった。

 むしろ、細かく解体せずに、翼や胴体の一部など、大雑把に切断した方が取りこぼしなく収拾できたのかもしれない。


「赤い羽根、持ちきれないねぇ」


 マイマイが羽根の山を見上げて唸っている。


「もう入らねぇぜ」


「私もいっぱいよ」


 ケインとキララが腰に手を当てて羽根の山を見上げた。


「埋めておきましょうか?」


 ユキがレンを見た。


「いえ……あっ」


「わわぁ」


「うぉっ」


 帝王鷲の死体が、いきなり青白い光に包まれて、微細な光の粒子になって消えていった。


「狼は死体が残ったのに……」


「なんか、特別なモンスターなのか?」


「本当にゲームみたいよね」


 マイマイ達が、巨鳥が消え去った跡を調べ始めた。

 不安になって確かめてみると、【アイテムボックス】に収納した素材は消えずに残っていた。


「水も手に入りましたし、次が来ると困るから……ここを離れませんか?」


 レンは空を見回して言った。鳥が一羽だけとは限らない。


(さっきのが幼鳥なら……親もいるんだよな?)


 上空に少し雲が出てきた。風も吹き始めたようだった。日本なら雨になりそうな雲行きだが、このゾーンダルクではどうなのだろう。


「そうだな。分解した乗り物を調べてみたいし、移動しようぜ」


「賛成だけど、どこへ行くの?」


「レン君、まだ南へ進む?」


 一応の方針として、何らかの変化が現れるまで南進しようという事になっていた。


「この方角に、妙なマークがあります」


 レンは、【エリアマップ】を見ながら言った。

 泉の位置を記録しておこうと思い【マップ】を開いたら、隅の方に ◎ 印が表示されていたのだ。

 方角としては、北西だった。距離は20キロちょっとだろう。


「それって、ポータル?」


「そうかも知れねぇな」


「どっちにしても行ってみようよ。初めてマップに変化が出たんだし」


「行って確認ですね」


 ユキが頷いた。


「ただ、無防備に近づくのは怖いです」


 レンは方向と距離を頭に入れてから【エリアマップ】を閉じた。

 すでに、ポータルポイントを避難場所代わりにして、狩りをしている人達がいるかも知れない。

 その人達が、日本にいた時のような善良さを保っているとは限らないのだ。

 渡界した人は、自動小銃と拳銃、刃物を持っている。そして、このゾーンダルクには何をやっても罰する法や組織が無い。


「ああ、それなんだが……本気で気をつけた方がいいぜ」


 ケインが、レンの考えを察したように言った。


「心当たりが?」


「ムカデ騒ぎの時、ケインが殴った相手に、待ち伏せされて銃で撃たれたのよ」


 キララが嘆息する。


「まさか拳銃をぶっ放されるとは思わなかったぜ。殴ったのを恨みに思ったんだろうが、そんなんで人を撃とうと思うか?」


 ケインが頭を掻いた。


「あの時、ユキちゃんが来てくれなかったら殺されていたわ」


 キララとマイマイも銃口を向けられたらしい。駆けつけたユキが、男を殴って昏倒させ、ケイン達を助けたそうだ。


「そんなことがあったんですか」


 レンは小さく頷いた。ムカデのモンスターの話は聞いていたが、逆恨みされて撃たれたというのは初めて聞いた。


「俺は、防弾チョッキを着ていたんだが、あの野郎に撃たれた衝撃で肋骨が折れちまってな。まあ、あんだけ撃たれて3発しか当たらなかったんだから運が良かったぜ」


 ケインが痛みを思い出したかのように顔をしかめた。


「あの時の骨折は一日で治っちまったが……そういう奴が居るから、渡界者に会っても気をつけねぇとな」


「骨折が……治った?」


 レンは軽く目を見張った。

 それは知らない情報だった。折れた肋骨が一日で自然治癒するなど、有り得ない事だ。


「俺自身が信じられねぇよ。朝起きたら、どこが折れてたか分からねぇくらいだった」


 骨折だけでなく、裂傷もあったのだが、寝て起きたら全て治っていたのだと言う。以来、ゾーンダルクで負傷しても、寝たら治るものだと考えているらしい。


「疲労だって回復が早いの」


「私、日本だと、まともに歩くこともできなかったのよ? それが、オオカミに追われた時には何キロも走れたわ」


 キララとマイマイが軽く屈伸をして見せる。


「私も……ここへ来たばかりの時より、今の方が疲れにくい気がします」


 ユキも体の変化を感じているらしい。


「これって、あれじゃねぇか? よくゲームにあるレベルアップってやつ? 体が強くなったのかも知れねぇぜ」


 ケインが真面目な顔で言った。


「そんな表示は無かったわよ? ポイントと戦利品だけしか……ゲームなら、そういうのが通知されるんじゃないの?」


「じゃあ、あれじゃない? 走るとか跳ぶとか、そのスキルを繰り返すと、力が伸びていく……みたいな? ゲームじゃ定番でしょ?」


 マイマイが言う。


「レン君の目というか、勘が鋭くなっているのも、それかもね」


 キララがレンを見ながら言った。


「……そうなのかも知れませんね。こっちに来てから、よく分かるようになったのは確かです。なんだか、分かる範囲も広くなった気がします」


 まあ、レンの場合は、補助脳がナノマテリアルを摂取したことによる能力アップだったが……。


「私は、モンスターの動きが遅く見える時があります」


 ユキが言った。


「それって、動体視力の性能アップ?」


 キララがユキを見る。


「集中した時だけですけど、オオカミと戦った時くらいから、自分が撃った小銃の弾を目で追えるようになりました」


「とんでもねぇな」


 ケインが唸る。


「ユキちゃん、どこへ行っちゃうの? もう地球人やめる勢いよ?」


 マイマイが心配そうにユキを見た。


「どれも、調査資料には無い情報ばかりですね」


 レンは首を傾げた。与えられた資料には隅々まで目を通していたが、それらしい記述は無かったはずだ。

 生還者の数が少な過ぎて、情報が不足しているのだろうか?


(俺は補助脳によるサポートが強化されただけ? みんなのように、他にも何か変化があるのかな?)


『肉体強度、筋力、持久力が上昇しています』


 補助脳のメッセージが目の前に浮かんだ。


(上がってるんだ? でも、なんか地味じゃない?)


『いずれも、生存確率が上昇する重要な要素です』


(……ふうん)


 ユキの"銃弾が見える"に比べたら凄く地味な気がするが、生き延びる力としては優秀なのだろう。


「あ……そういえば」


 レンは、帝王鷲との戦闘前に妙な銃を拾ったことを思い出した。


「これを拾ったんですけど」


「ブランダーバス? いや、撃鉄っぽいのが無いな。ひうち石も雷管も無さそうだ。どうやって……これで何を打ち出すんだ?」


 ケインが"ラッパ銃"を見ながら首を捻った。


「周りに何もいないようだから、試しに撃ってみましょうか」


「いや、そういうのは危ねぇ。どこか傷んでいたら、ドカンッてこともある。使う前に、詳しい奴に見せた方が良いだろう」


「でも、詳しい人がいますか?」


 この中では、ケインが1番詳しそうなのだが……。


「ステーションにいるじゃねぇか。愛想の無いおっさんが」


 ケインがにやりと笑みを浮かべた。


「ああ、"トリガーハッピー"の……」


 確かに、あの店の店主なら知っているかも知れない。


「俺が訊いておこうか?」


「そうですね。お願いします」


 レンは、"ラッパ銃"をケインに預けることにした。


「これの持ち主は?」


「血痕があっただけで死体はありませんでした」


「あのデカイ鳥に喰われたか?」


「そうだと思います。血痕は一箇所に散っていただけで、周囲に死体はありませんでした」


「……私達が分解した乗り物なんだけど、座席が4つあったの。補助席みたいなのもあったわ」


 マイマイが乗り物の操縦席の様子を語った。

 あの操縦席の底面にも、大砲のような筒が備え付けてあったが、肝心の砲弾らしき物は見当たらなかったらしい。


「謎ビームとか発射するんじゃない?」


 キララが笑いながら言った。


「いや……案外、そうかも知れねぇぞ?」


 ケインが真面目な顔で言った。


「ちょっと、ケイン? あんなの馬鹿みたいに大きな装置がないと出力不足で……」


「レーザーや荷電粒子の話じゃねぇ。謎ビームの話だ」


「……ケイン?」


「実弾じゃなく、殺傷力のあるエネルギーを撃ち出す火砲……ってことなんじゃねぇか?」


「まさに、謎ビームね。SFかって笑いたいところだけど……この世界にはあるってこと?」


 キララが考え込んだ。


「ボードとか、化け物倒した時に浮かび上がる銀色の文字とかぁ……謎システムだらけだし、謎なビームがあっても不思議じゃないよねぇ~」


 マイマイが腕組みをして頷く。

 その時、視界に補助脳のメッセージが浮かんだ。


『音声を感知しました』


(……音声?)


 レンは眉を潜めた。


『日本語です』


(同期の渡界者か)


 噂をすれば……。

 レンは、ユキへ視線を向けた。すぐさま、ユキがケイン達3人に声を立てないよう仕草で伝える。



 - 998.7m



 測距値は、索敵範囲ぎりぎりだ。


「この方向に、多分……日本人です」


 レンは小声で囁きながら、64式小銃の射撃モードを"タ"に合わせた。









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レンは、ポータルポイントらしき地点を見付けた!


"謎"だらけで何も解明できない!

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