第15話 幼鳥
巨樹が
その泉の真横に、金属の箱のような物が転がっている。
すでに、400メートルの距離まで近付いていた。ここから先は、巨樹の数が減って身を隠す場所が限られるため、まずは遠くから観察をしようという事になった。
「乗り物に見えるわ」
「だが、車輪はねぇぞ? 箱というか、コンテナみたいだが……」
「ちょっと小さいけど、座席みたいなのがある。やっぱり乗り物よ」
キララ、ケイン、マイマイが双眼鏡を覗いて囁き合っている。
レンとユキは周囲を警戒していた。
『索敵範囲に反応ありません』
補助脳のメッセージが表示された。
(空が怖いな)
辺り一帯だけ樹が少なく開けている。上空からだとレン達の動きがよく見えるだろう。
もっとも、樹々があったところで、あの赤い巨鳥に見つかったらお終いだ。巨樹に隠れても意味がない。あの巨鳥は、草でも踏み折るように、巨樹を薙ぎ倒してしまう。
「レンさん、どうします?」
ユキが訊いてきた。
「隠れる場所が無いので危険ですが……調べてみたい気持ちの方が強いです。僕は近付いてみようと思います」
レンは64式小銃をアイテムボックスに収納し、腰の9mm拳銃に装填された銃弾を確認した。
「私も、調べてみるべきだと思います。ケインさん?」
ユキがケイン達を見た。
「行くしかねぇだろ」
「あれを調べずに帰ったら後悔しかないわ」
「絶対行く」
3人がユキを見て頷いた。
「その前に、ケインさん、キララさん、マイマイさん、僕に手榴弾を2個ずつくれませんか?」
レンは、3人に言った。
「えっ? 良いけど、何かやるのか?」
突然の申し出に戸惑いながら、ケインがアイテムボックスから手榴弾を取り出す。
「さっきの鳥が戻って来た時のために、罠を準備しておきたいんです」
「どうせ自分じゃ使えないから、いいわ」
「私もいいよ」
キララとマイマイが手榴弾を3つずつ差し出した。
「俺は2つでいいか? 1個使っちまって、残る1個は御守りに持っておきたい」
ケインが衝撃型2つと、破片型1つを差し出した。
「もちろんです。キララさんとマイマイさんも、2個でいいですよ?」
「1個残してあるから」
「怖くて使ってないのよ」
キララとマイマイが笑う。
「レンさん、私も2つ出します」
ユキが手榴弾を差し出した。こちらは、破片型が2つだった。
「ありがとうございます」
レンは、みんなから手榴弾を受け取ると、自分の手持ちの手榴弾を合わせて12個の手榴弾にダクトテープをグルグルと巻いて一纏めにした。その上で全部の手榴弾の安全ピンに細いロープを通して、片方の端を中心近くにある手榴弾の安全ピンに結ぶ。
「お待たせしました」
レンは、手榴弾の塊をロープごとアイテムボックスに収納した。
「戦技教練では、そんなことを教えるのか?」
ケインがまじまじとレンの顔を見た。
「教官が、頭のおかしい人だったんで」
レンは笑った。嘘偽り無く、おかしな教官だった。
「その用法は無意味だと教わりました」
ユキが指摘する。
「まあ、何個か無駄にするか……危険が増すだけですよね」
レンは苦笑したまま頷いた。
相手が人間なら、手榴弾1個で十分だし、こんな不便な使い方をする意味はどこにもない。
ただ、レンの学校で実技を担当していた教官は、"地雷を抱えて戦車の下へ潜り込め!"を真顔で言い放つ、頭のおかしい人物だった。
(あの教官に目を付けられて、危うく特戦に行かされそうになったんだよな)
負傷退学した今となっては、懐かしい笑い話のようだが……。
「行きましょうか」
レンは4人の顔を見回した。
「まっ、鳥に喰われても恨みっこ無しでいこうや」
ケインが笑う。
「私はケインを恨むわ」
「私もケインを恨むことにする」
キララとマイマイが宣言した。
なんだかんだと、この3人は仲が良い。いったい、どういう関係なのだろう?
「おいおい……」
何かを言いかけたケインを残して、まずユキが、そしてレンが木陰から飛び出した。
キララとマイマイ、ケインが慌てて後を追って走る。
(速い)
レンも足は速い方だが、ユキには敵わない。
持久力なら負けない自信があったが、瞬発力では完全に上を行かれていた。
「右を見ます」
事前の打ち合わせ通り、ユキが乗り物らしき残骸の右側へ向かった。すぐさま、レンは左へ走った。
ケイン、キララ、マイマイに乗り物の調査を任せ、ユキとレンで周辺を調べて回る。
調査にかかる時間は、短ければ短いほど良い。
(周辺警戒、頼むよ)
『探知範囲内に反応はありません』
補助脳からメッセージが返る。
(もう乾きかけているけど、血だな……これ?)
下草にまだ乾いていない赤黒い飛沫が付着し、すぐ近くに中世のラッパ銃のような形状の銃が落ちていた。こちらの人間も、赤い血をしているらしい。
レンは、血痕が付着した葉を千切って【アイテムボックス】に収納してから、ラッパ銃を拾った。
(形も大きさも……人間サイズだ。僕の手には少し大きいけど)
ラッパ銃のような物も【アイテムボックス】に収納する。詳しく調べるのは後で良い。
レンは、ちらちらと空を気にしながら、ケイン達の様子を見て、ユキの位置を確認した。
「駄目だ。大き過ぎて収納できねぇ!」
ケイン達が、乗り物の残骸を【アイテムボックス】に入れようとしたらしい。大きさか、重さに制限があるのか、収納できなかったようだ。
「これ、多分……飛ぶわよ」
キララが、乗り物の底面を覗き込みながら言っている。
鮮血が飛び散った座席周りは、マイマイが調べているようだった。
形状としてはシンプルで、後部に荷室、操縦席が前部、底面側に流線型の膨らみが2つ見えている。
「水を汲んでいたんだな。荷室の内側は銅製のタンクになっているぜ。後ろは外しちまおう」
「私達と同じような体格の人間が造ったのね。少し小柄かな?」
キララが側面の板を外して中を覗き込んでいる。
「操縦席の床下に大砲みたいなのが突き出てるよ。でも、砲弾とか無いみたい」
マイマイが歪んだ座席の下へ潜りながら言った。
「もう少しバラせば収納できるか」
「そんな時間ある?」
「取れそうな所は全部剥いじゃおう」
3人があれこれ言いながら、あちこち外して収納し始めた。
その時だった。
『高高度に、飛影を確認しました』
レンの視界に赤い文字が躍った。
「来ましたっ! 鳥です!」
即座に、レンは声を上げた。
「やべっ!」
3人が慌てて残骸から外へ出てくる。
「ユキさん、撤退指揮をお願いします!」
レンは大声でユキに頼みながら、乗り物の残骸の上に跳び上がった。アイテムボックスに収納しておいたオオカミの死骸を積み上げると、その中の一頭に先ほど作った手榴弾の塊をダクトテープで巻き付ける。
オオカミの死骸を餌にした即成の罠であった。
……ピッ
……ピピッ
小さく警報音が聞こえた。上方警戒を意味する ∧∧∧ マークが視界上辺で点滅していた。
『直上より、赤い鳥が急降下してきます』
(何秒?)
『7秒後に接触予定』
(……よし)
レンは、別に残していた破片手榴弾のピンを引き抜いて真上へ放り上げると、乗り物の側面に身を寄せた。
左手には、
ゴォーン……
空中で破片手榴弾が爆発した。
わずかに遅れて突風が吹き荒れ、地響きを立てて真っ赤な巨鳥が地面にぶつかってきた。
レンの目論見通り、至近で爆発した破片手榴弾に気を取られ、巨鳥が着地するタイミングを誤ったのだ。
真紅の巨鳥は、レンが隠れた乗り物の残骸から50メートルほどの場所に下腹部から激突して地面に倒れ込んだようだった。
少しは慌ててくれただろうか?
(こんなの……ジャンボ機じゃないか)
レンは、間近に巨鳥を見上げて瞠目していた。
すぐに気を取り直して、積み上げたオオカミの死骸によじ登ると、一頭を担いで立ち上がる。
「こっちだ!」
レンは、オオカミを担いだまま腰の拳銃を抜いて巨鳥の顔めがけて撃った。銃声で気を引くためだ。
視界の隅を4人が走って逃げている。あちらに意識を向けられては困る。
『その火器は弾道データが不足しています。照準補正が効きません』
補助脳のメッセージが視界に跳ねたが、相手が巨大過ぎて外す方が難しい。
(形は、
レンは、オオカミの死骸を担いだまま拳銃を撃ち切った。
『全長68メートル、翼開長127メートル』
(……とりあえず、拳銃弾は効果無しか)
9mmの拳銃弾は顔周りの羽で弾かれてしまった。目玉にも当たったようだが、何の痛痒も与えられなかったようだ。
しかし、音で注意を引くことはできたらしい。
猛禽類特有の厳めしい顔が、レンが隠れているオオカミの死骸山へ向けられた。
真紅の巨鳥が、不思議な物を見つけたように、わずかに首を傾げたまま死骸の山を見つめている。
「来いっ! こっちだ!」
レンは、手榴弾を巻き付けたオオカミの死骸を揺すって声を上げた。
(駄目かな?)
そう思った次の瞬間、視界いっぱいに巨鳥のクチバシが迫っていた。一瞬で距離を詰めて、オオカミの死骸をついばんだのだ。
予測を遙かに超えた速度だったが、レンは咄嗟に後転して逃れていた。
一瞬にして、目の前からオオカミの死骸の山が消え去り、後方へ落下していたレンの体が、手にしたロープに引かれて真上へ吊り上げられる。
巨鳥が呑み込んだオオカミに手榴弾塊が巻き付けてある。レンの手から伸びているロープは、手榴弾の安全ピンを連続して引き抜けるようになっていた。落下しながら体重で全部のピンを一気に抜いて逃れるイメージだったのだが……。
レンはロープを握った左手を上に、真紅の巨鳥の口元まで吊るし上げられてしまった。
幸か不幸か、手榴弾の安全ピンは一本も抜けていない。
(引っかかった?)
ロープがすんなりと引っ張れない。
巨鳥のクチバシの横で宙づりになったまま、レンは体を振って何とかロープを引っ張ろうと暴れた。
ダァン!
いきなり銃声が鳴った。
(ユキさん!?)
巨樹の間へ駆け込んだユキが、64式小銃を撃っていた。
巨鳥が首を回してユキの方を見た。
「駄目だ! 逃げて!」
レンは、思わず声を上げていた。その声に、巨鳥がレンを探すように首を回した。
その動きで、どこかに引っかかっていたロープが外れたらしい。吊されていたレンの体がするすると下へと落ち始めた。
(あっ……やった!)
ロープを握る左手に、手榴弾の安全ピンが連続して抜けていく感覚が伝わった。
ダァン!
再び、ユキが64式小銃を撃った。
真紅の巨鳥が、ユキ達の方を向いて威嚇するように翼を拡げて見せる。
直後、くぐもった太鼓のような音が連続して聞こえた。レンの目論見通り、巨鳥の体内で12個の手榴弾が爆発したのだ。
(どうだ?)
レンは地面を転がりながら、急いで【アイテムボックス】から64式小銃を取り出した。
固唾を呑んで見守る先で、翼を拡げていた巨鳥の体が大きく前に
(やった?)
体内のどこで爆発したのかは分からないが、内臓の方はあまり丈夫では無かったらしい。
運良く心臓近くで爆発してくれたのだろうか?
(……やった)
レンは大きく息を吐いた。
******
帝王鷲 [ グレナーダ・幼鳥 ] を討伐しました!
******
銀色に光る大きな文字が浮かび上がった。
(本当に、
レンは64式小銃を構えたまま、目の前に浮かんだ銀色の文字を見つめた。
******
討伐ポイント:50,000
異能ポイント:15
技能ポイント:42
採取ポイント:38
******
(……みんなは?)
レンは、急いで立ち上がって他の4人を見た。
[帝王鷲の冠 :1]
[真紅の風切羽:2]
[真紅の羽毛 :9]
[ラゼッタ :1]
[帝王鷲の腿肉:2]
[帝王鷲の胸肉:1]
[帝王鷲の心臓:2]
立ち上がったレンの手元にエーテルバンクカードが現れ、7枚の小さなカードを吸い込んでいった。
「うおおっ! ありえねぇだろ!」
ケインが、大声を上げながら走って来た。
「すっごーい!」
「こんなの怪獣じゃん!」
キララとマイマイが歓声をあげながら駆けてくる。
ユキが64式小銃を手に3人の背後を守って姿を現した。
(これで、幼鳥?)
安堵の息を吐きながら、レンは4人の方へ行こうとした。
その時、補助脳からのメッセージが表示された。
『鳥の体内に、大型の高濃度ナノマテリアル塊を検知しました』
(大型って……)
『咽喉部から銃剣で掘削すれば到達可能です』
続けてメッセージが出る。
(これの口の中に入れって? 冗談だろ?)
死んだばかりで今にも動き出しそうな雰囲気である。死後の痙攣か何かで、口が閉じたら大変な事になりそうだ。
『極めて有用な高濃度ナノマテリアルです。全量採取を要請します』
(口に入らずに採取できない?)
『現在の装備では、銃剣による掘削が最良の手段です』
(……でもなぁ)
『この濃度のナノマテリアルは非常に貴重です』
『速やかな採取を推奨します』
『咽喉部にマークを表示します。掘削位置、ナビビーコンを表示します。掘削位置、角度を表示します。距離を数値表示します』
立て続けに補助脳からのメッセージが表示された。
(オオカミのナノマテリアルも採取したし、もうかなり余ってるんじゃないか?)
レンは、溜息を吐きながら【アイテムボックス】から、銃剣を取り出して64式小銃に取り付けた。
======
レンは、帝王鷲 [グレナーダ・幼体] を討伐した!
レンは、特大の高濃度ナノマテリアルを採取した!
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