第20話 人心地


 ピー……ピー……ピー……ピー……ピー……



 賑やかに聞こえる電子音に顔をしかめながら眼を覚ました。


(う……?)


 一瞬、自分がどこにいるのか分からず、レンは寝ぼけた顔で部屋の中を見回した。


「あ……」


 思わず声が漏れた。

 ここは、ホテルの中だ。

 ベッドに倒れたまま、眠りこけていたらしい。あまり自覚していなかったが、相当疲労が溜まっていたようだ。


(うぅ……臭うな)


 自分が寝ていた場所から垢じみた脂の臭いが立ち上ってくる。

 枕元の目覚まし時計を見ると、朝の4時過ぎだった。


「オープン・ボード」


 念の為、ボードのメイン画面を出して日時を確認する。


(……良かった)


 まだ一日経っていない。

 レンは手早く服を脱ぎながら、ウォッシュルームへ入った。小さな洗面台の横に棚があり、バスタオルやガウンの他、歯磨きセットや綿棒、櫛などが置いてある。ボディソープやシャンプーなどは、奥にあるガラス張りのシャワーブースの中に置かれていた。


(浴槽は無いのかぁ)


 少しがっかりしながら、久しぶりに熱いシャワーを浴びて全身の汚れを落とした。


(あぁ、着替えどうしよう)


 せっかく体を洗ったのに、持っている衣服はどれも汚臭の塊である。


(洗濯はできないかな?)


 レンは湯気が上がる体にバスローブを着て部屋に戻ると、机の上に置かれた大きな映像端末を見た。リモコンを使ってメニューを操作し、ホテルのサービス一覧からランドリーサービスを選んでみる。

 説明書きに眼を通して、レンは表情を明るくした。


(即日、仕上がり? ベルトや帽子、靴まで洗えるんだ?)


 そうと分かれば……。

 レンは、ランドリーサービスをオーダーした。


 5分ほど待っていると、



 ピリリリリ……ピリリリリ……



 部屋の電話が鳴り始めた。


「もしもし?」


 応答ボタンを押してみる。


『フロントです』


「ランドリーサービスをお願いしたいんですけど」


『では、お客様のアイテムボックス内に、【ランドリーサービス】を追加いたします。異能ポイントを消費しますが宜しいでしょうか?』


 スピーカーから落ち着いた男の声が聞こえてきた。


「えっと……【アイテムボックス】が何か変更される? それが【ランドリーサービス】?」


『はい。当ホテルにお泊まり頂いたお客様は、異能ポイントを消費して頂くことで、ボードメニューに【ランドリーサービス】を追加することができます』


 どうやら、ホテルが洗濯をしてくれるわけではないらしい。レンがイメージしたものとは違うようだ。


「何ポイント必要なんです?」


 まだ余裕はあるが、あまり無駄に使いたくない。汚れた衣類は洗面台で洗って干しておけば、多少はマシになる。生乾きになると、目も当てられないが……。


『1ポイントで追加致します』


「……洗剤とか持ってないんだけど、そういうのは?」


『不要です』


「要らないの?」


『いかがなさいますか?』


「お願いします」


 1ポイントなら割安な気がする。レンは、【ランドリーサービス】を追加してもらうことにした。


(残りの異能ポイントは……37か)


 ボードを開いて確認しながら、レンはポイントの使い道を考えた。

 ボードのグレーアウトしているメニュー以外に、追加される項目があるとは思わなかった。他にも、何かの項目が隠れているかもしれない。


(【アイテムボックス】の内容物一覧……あった!)


 ちゃんと、【ランドリーボックス】というメニューが追加されている。

 押してみると、洗濯可能な所持品の一覧が表示された。帽子や衣類はもちろん、フェイスタオルやベルト、靴、手袋、鉄帽、防弾チョッキやポンチョまで洗えるらしい。


(洗ったら、お金取られるのかな?)


 試しに、Tシャツを選んでみる。

 【ランドリーボックス】というメニューの横に ① と表示が増えただけで、対価の請求はないようだった。


(それなら……)


 レンは、一覧にある物を片っ端から洗うことにした。


(……あ)


 各洗濯物に仕上がりまでの時間が表示されて、レンは慌てて時計を見た。

 瞬時に仕上がるわけではないらしい。

 Tシャツなどは10分後、戦闘靴は40分後の仕上がりになっていた。


(まあ、大丈夫か)


 まだ午前5時前だ。

 仕上がりまで、バスローブのまま寝ていればいい。

 レンは、ベッドに戻って一息ついた。


(体の……マテリアルが改良されたんだっけ? 見た目、変わってないけど?)


 レンは体を見回した。


『強度が5%上昇しました』


 補助脳のメッセージが表示された。


(なんか微妙だなぁ)


 自分自身では違いが感じられない。


(体の……空間なんとかも?)


『空間認識能力は、25%向上しました』


(そうなんだ?)


 よく分からないまま、きょろきょろと部屋の中を見回してみたが、こちらも違いは分からなかった。


「オープンボード」


 レンは、ボードを開いてメニューを確認した。

 画面の上辺に、【ステータス】【コス・ドール】【アイテムボックス】【パーティ】【マップ】【戦闘記録】【検索】【その他】とメニュー並んでいる。【アイテムボックス】と【マップ】以外はグレーアウトしている。


(37ポイントあるから、残り全部解放できるけど、マイマイさんの予想だと【コス・ドール】は着替えマクロ? 【パーティ】は【検索】からパーティが組めるし、ソロだと関係ないかな。【戦闘記録】は戦績? これは、解放しないでポイントを残しておいた方が良いかも?)


 あれこれ考えて少し悩んだが、結局すべてのメニューを解放することにした。

 25ポイントを消費して、残りは12ポイントだ。


 まず【ステータス】を押してみる。


(……は?)


・名前:レン

・状態:良好

・所属:富士山 - Gate

・所在:ステーション

・渡界:1回


(これだけ?)


 レンは眉間に皺を寄せてボード画面を見つめた。

 こんな簡素な表示を見るために、異能ポイントを消費してしまったらしい。


(【コス・ドール】は……)


 押すと、ボード内に【コス・ドール①】とタイトルの付いたサブ画面が開いた。

 サブ画面中央に、マネキンが立っている。


(このマネキンが……なに? 予備の服とか着せる? まさか、観賞用?)


 サブ画面には、コス・ドール②とコス・ドール③と表示されたタブがあり、選べるようになっていた。ただ、今は②と③はグレーアウトしている。


(もっとポイントがいるのかぁ)


 レンは溜息を吐いた。


 【パーティ】を押すと、"パーティメンバーがいません"と表示された画面が出るだけだった。


 【戦闘記録】を押すと、"戦闘可能エリアではありません"と表示された。


 【その他】を押すと、【支援要請(治療)】【支援要請(修理)】【物資要請(食糧)】【物資要請(医薬)】の選択肢が現れたが、全てグレーアウトしていた。


「はぁ……」


 レンは、頭を抱えて嘆息を漏らした。もっと異能ポイントを稼がなければいけないらしい。


(でも……まあ、このまま放置でも何とかなるのかな?)


 今のところ、無理にメニューを解放する必要は無い。【マップ】と【アイテムボックス】だけでも何とかなる。


(次に解放するなら、【支援要請(治療)】かなぁ)


 ベッドの上に仰向けに倒れながら、レンは眼を閉じた。


 渡界すれば"マーニャ"について何か分かるかと期待していたが、生きてステーションへ戻るだけで精一杯だった。


(どうすれば良かったんだろう?)


 ボードのメニューなんかより、強い銃を手に入れた方が生存率を上げられる気がするが、今のレンの体格では64式小銃でも辛い。射撃時の反動で肩に痣ができるほどだ。

 だからと言って、64式より弱い銃弾を使う銃では心許ない。アリやネズミなら何とかなるが、オオカミは小銃弾が何発か当たっても走り回って襲って来る。


(とにかく、一度、日本に帰って異探協会へ行ってみよう。次の渡界前に、叔母さんにも挨拶をしておかないと……)


 今回は、運良く生きて戻れたが、次も幸運が続くとは限らない。一度、日本に帰って色々と身辺整理をしておく必要がある。落ち着いて何かを考えるためにも……。


(ボードって、日本に帰っても使えるのかな?)


 今回取得したポイントは、次回まで保有していられるのだろうか?


(タガミさんに訊いてみよう)


 レンは、メモ用紙とペンを取り出して質問事項を箇条書きにしていった。









======


レンは、体と衣服を洗濯した!


レンは、【ランドリーボックス】を解放した!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る