第21話 雑談
"ステーション"内に、店が増えていた。
レンは、新しくオープンした喫茶"異界人"のテラス席に座って緑茶を飲んでいた。
「おっ、いい所に陣取ってるじゃん」
キララがユキと一緒に近付いて来た。
「よく休めましたか?」
そう訊いてくるユキの表情が明るい。二人とも、洗濯された清潔な戦闘服を着ていた。
「早く寝すぎて、変な時間に眼が覚めました。【ランドリーサービス】を取ったんですね」
「手洗いしている気力はなかったわ」
「1ポイントでしたから。これ、とても便利ですね」
ユキ達が席に着いてすぐ、ケインとマイマイがやって来た。
「おっ、早いな!」
「ホテルで食事が出ないなんて思わなかったぁ」
ぼやきながら、マイマイが空いている席に座った。私服らしい、小さな花柄の入ったデニム地のワンピースに着替えている。
ホテルどころか、このステーションには飲み物しか売っていなかった。
「珍しく、起きられたんだ?」
キララが、寝癖で髪が偏ったケインの頭を見ながら言った。ケインはホテルのバスローブを着たまま来ていた。
「いや、ついさっき【ランドリーサービス】に気が付いたんだ。ホテルに入ってから、寝っぱなしだったからな」
他の衣服は洗濯中らしい。ケインが悪びれずに笑った。
「フロントに言って目覚ましコールをやってもらったの」
大きな欠伸をしながら、マイマイが椅子に座るなりテーブルに突っ伏した。
ケインも大きく伸びをしつつ、【アイテムボックス】からラッパ銃を取り出してテーブルに置いた。
「"トリガーハッピー"で訊いてきたぜ」
ホテルに入る前に、銃砲刀店に持ち込んだらしい。
「分類としては、魔導銃という括りになるらしい。こいつの、ここに……」
ケインが操作をすると、ラッパ銃が手元で折れて、小さな金属の円筒が覗いた。
「銃弾じゃなくて、魔莢という……これが入っている」
ケインが指で摘まんで引っ張り出したのは、長さが5センチほどの金属筒だった。弾頭が無く、ショットシェルのような形をしている。
「それで、何を撃ち出すの?」
キララが訊いた。
「おやじは、魔力弾だと言っていたが……まあ、俺が理解したところでは、ある種のエネルギー弾だな。んで、この魔莢がカートリッジ……充電池みたいなもんか。魔力というのを再充填すれば使えるそうだぜ」
「魔力って……あの魔力? ゲームとかの?」
テーブルに突っ伏したままマイマイが顔を向けた。
「まあ、あんなやつだろ」
「魔法の
「魔法って言うから
「そのエネルギーは、どこにあるの? 電気みたいに生み出せる?」
「魔法使いが、充填してくれるらしいぜ?」
ケインが笑った。
「……不便そう」
キララが小さく息を吐いた。
「ゲームみたいな世界だ。ゲームみたいなエネルギーがあったって不思議じゃねぇだろ? 不思議エネルギーってやつだな」
「う~ん……なんか納得できないなぁ」
テーブルに頬を着けたまま、マイマイが唸る。
「威力と到達距離はどの程度ですか?」
訊ねたのは、ユキだった。
「貫通力は俺達に支給された9mm自動拳銃と同等らしい。魔力弾は、200メートルまで届いて、距離による威力の減衰は無いと言っていた」
「凄いじゃない! そんなのがあるの? どうなってんのよ、魔力弾って?」
キララが食い付いた。
「俺が知るかよ」
「弾速はどの程度でしょう?」
ユキが訊く。
「ああ、それは拳銃弾より遅いらしい。弓で放つ矢と同じくらいだと言ってたな」
「そんなに遅くて、威力は高いんだ? 運動エネルギーとか関係無いの? う~ん、そんなのが拳銃弾並の貫通力? ちょっと想像つかないなぁ」
マイマイが起き上がった。
「ただ、魔莢にエネルギーを込めるのが大変らしい。このラッパ銃の魔莢一つを充填するのに24時間かかるって話だ」
「そのバッテリーで、何発撃てるの?」
「3発だ」
「……あららぁ」
興味を失った顔で、マイマイがテーブルに突っ伏した。
「魔莢の予備をいくつか持ち歩いているそうだが、まあ避けられるから威嚇や牽制用だと、"トリガーハッピー"のおやじが言っていたな」
「ねぇ、もしかして、拾った乗り物も、その不思議エネルギーで動くの?」
キララがケインを見つめた。
「そうらしいぜ」
ケインが頷いた。
「ただ、装置を起動する時に魔力が必要なだけで、浮いて動くための力は別だと言っていたな」
「装置って、操縦席の床下にあった石版?」
「ああ、あいつを起動させると空に浮かぶらしい。不思議エネルギーに、不思議な石版に……まあ、不思議な物だらけだな」
ケインが苦笑した。
「……で、その魔力というのも、魔法使いさんが充填するのかしら?」
「そうなんじゃねぇか?」
「"トリガーハッピー"で充填できないの? おじさん、魔力というのを使えるんじゃない? 実際に見てみたいんだけど」
キララがラッパ銃を手に取った。
「おやじには魔力が無いんだと」
「駄目じゃん」
マイマイがぼやいた。
(矢って、どのくらいの速度なんだろう? 避けられるものなのか?)
レンは、ケイン達の話を聞きながら、自分に向けて撃たれた時のことを想像していた。射手が正面に見えていて、今から射られることが分かっていれば、ぎりぎり回避できるかもしれないが……。
「ああ、そうだ。レン君」
「はい?」
「この機関拳銃は、買い取れないそうだ」
ケインが9mm機関拳銃を取り出して言った。
「傷んでいたからですか?」
「いや、地球から持ち込んだ銃器は、ゾーンダルクの人間には可動させられない……つまり、弾を撃ち出せないらしい。その逆で、このブランダーバスのような魔力を撃ち出す武器は、地球の人間には扱えないそうだ」
「そうなんですね」
レンは小さく頷いた。銃の買取云々はともかく、ゾーンダルクに人間がいることは間違いなさそうだ。
今回は、生き延びることが精一杯で、探そうという気になれなかったが、マーニャの居所を突き止めるためには、ゾーンダルクの人間と接触しないといけない気がする。余計な面倒事が増えそうだったが、森でモンスターを相手にしていてもマーニャの手がかりは得られないだろう。
「武器の使用制限? 地球の人間かどうか……って、どうやって判定してるのかな?」
キララがラッパ銃を手に取って、あちこち弄り始めた。
「不思議エネルギーかぁ。魔力って精神エネルギーみたいなもの? 乗り物に使えるくらい安定的に供給できるの?」
マイマイが首を傾げる。
「安定もなにも、フィクションでしょ? そんなの、作り手が好きに定義付けできるんだから」
「誰が定義付けしたの?」
「そりゃぁ、例の神様だろう?」
「あいつか」
キララが顔をしかめた。
「あいつって、ここの……ゾーンダルクにいるのかなぁ?」
「どうなんだろうな。"鏡"を取っ払うためには、あいつと交渉しないと駄目なんだろうが……まあ、俺達には荷が重いぜ」
「私達って、蟻と戦うのが精一杯だもんねぇ」
だらしなく伸びたまま、マイマイがぼやいた。
「日本の平和は誰かに任せるわ。それより、【アイテムボックス】の中身って、日本に持ち込めるの? なんか、いっぱい蟻とか赤い羽根とか入ってるし、取り出して整理するのが面倒なんだけど」
キララが、自分のボードを眺めながら言った。ラッパ銃には興味が失せたらしい。
「検閲で、取り上げられるかもしれねぇな」
ケインが唸る。
「どうやって検閲するの? ボードって他人は見れないよね? 申告制?」
「黙ってたら分からないわよ」
キララが資料をめくって、隣に座っているユキに見せた。
「【アイテムボックス】内の物は、みだりに外に出さないように……と書いてありますね」
ユキが紙面を見て呟いた。
異界探索協会からの連絡事項欄に記載があるらしい。罰則規定は無いようだった。
「【アイテムボックス】の中身を調べる方法は無いようです。開示を求められても無視して良いと、タガミさんが言っていましたよ」
不意に声がして、若い男が近付いて来た。
「おう、クロイヌさんか。ヤクシャさんはどうなった?」
ケインが隣のテーブルを指さしつつ訊ねた。
「間に合いました。ありがとうございました」
クロイヌが椅子に腰掛けながら小さく頭を下げた。
「ただ、治療費でほとんど討伐ポイントが消えたらしくて、ちょっと落ち込んでいます。ここのお金って貸し借りできないし……モンスターの死骸なんかを売却して、ぎりぎりなんとか……まあ、生きて日本へ帰れるんだから良かったんですけどね」
「あまり、モンスターの討伐できなかったんだ?」
キララがクロイヌに訊いた。
「まともにやれたのは、毛虫みたいなのだけでした。オオカミの群れに襲われた時に、12人居た仲間が6人に減って……やっとポータルポイントらしい場所を見付けたと思ったら、姿が消えるナメクジに襲われて2人が溶かされましたし……もう、あいつらとは戦いたくないですね」
クロイヌが、ぽつぽつと呟くように語った。
「銃は効くが、あまり有効じゃねぇしな」
「そうだよねぇ。鉄砲って、思ったより当たってくれないし……うるさいし、反動が痛いし、重たいし……」
マイマイがぶつぶつ言いながら、離れたところで見守っている店員を手招きする。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
すらりと背が高い制服姿の若者が優雅にお辞儀をした。細面の美男子で、紫色をした髪の間から山羊のような角が生えている。
「生、大ジョッキで」
マイマイが注文しながら、戦闘糧食"やきとり"を取り出してテーブルに置いた。
「俺も」
「私、ハイボール」
「ミネラルウォーターを下さい」
「僕は、ジンジャーエールで」
レンも異探協の資料を読みながら注文した。
「ホットコーヒーを」
最後に、クロイヌがオーダーした。
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ヤクシャは助かった!
レンは、同期の渡界者と雑談を楽しんだ!
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