第77話 吸収しますか?
『高濃度ナノマテリアル塊が残留しています』
(……は?)
唐突に表示されたメッセージを見て、レンは思わず声を漏らしかけた。
"ボンバー・グライダー"の爆撃を凌ぎきって撃墜し、背後へ迫っていた"ゴブリン・スポッター"と"リザード・スナイパー"の狙撃組を返り討ちにしたところだった。
フェザーコートの残量は、12%まで減っている。
『位置を表示します』
(いや……今は、そんな場合じゃないだろ?)
うろたえるレンに構わず、視界左隅に何かの輪郭が浮かび上がった。
- 732m
指示をしていないのに、対象までの距離と移動誘導線まで表示される。
(あれって、さっきの蜘蛛?)
試練の最初の頃に斃した"雷筒蜘蛛"の死骸だった。
(まだ消えないのか)
死骸に意識を向ける余裕がなかったが、この"試練"ではモンスターの死骸がそのまま残るらしい。
(あれっ? でも、ゴブリンは消えたよな?)
ゴブリンだけでなく、リザードも粒子になって消えていった。照準器越しに、淡く光る粒子となって散っていく様子を目撃している。
(何か違いがあるのか?)
ゴブリンやリザードと、蜘蛛やトンボでは何か違いがあるのだろうか?
- 732m
催促するように、測距値が再表示される。
(……周囲にモンスターは?)
『半径1キロメートル以内のモンスターは討伐しました』
(リザード・スナイパーの射程は、1キロ以上だっただろ?)
フェザーコートが防ぎ止めてくれたが、胸部に命中弾を浴びている。あの時の射手―"リザード・スナイパー"は、1600メートルの距離から当ててきた。
『フェザーコートは、92分後に全量回復します』
フェザーコートは、午前0時を基準に、3時間毎にリフレッシュする仕組みだ。
(……コートの回復を待とう)
この空間のモンスターは、互いに連携をとって襲ってくる。
"ボンバー・グライダー"の爆撃は、爆風範囲が広く、高熱と共に飛び散る金属片と衝撃で、フェザーコートがじわじわと削られていく。
加えて、迫撃砲を持ったゴブリンが厄介だった。
直撃することは無いにしても、至近に榴弾が落ちるだけで爆風と金属片を浴びることになる。
最悪なのは、"ゴブリン・スポッター"の観測情報がモンスター間で共有された時だった。"ゴブリン・スポッター"を放っておくと、"リザード・スナイパー"による狙撃と併せて、5キロメートルの射程ぎりぎりから迫撃砲弾が飛来することになる。
そして、迫撃をやり過ごそうとして窪地に身を伏せていると、自動小銃を持った"ゴブリン・ガンナー"の小隊が距離を詰めてくる。
(姿を消した奴はいない?)
のこのこ死骸に近づいたところを狙い撃ちにされるのは御免だった。
補助脳の探知能力はとても優秀なのだが、その探知を掻い潜ってくるモンスターは存在する。一度経験すれば、同じモンスターには二度と騙されなくなるのだが……。
『フェザーコートは十分な残量です』
(いや……12%だから。一瞬で削られる)
運悪く、迫撃砲弾や"雷筒蜘蛛"のミサイルが連続して命中したら?
まだ遭遇していないが、大口径の機関砲を連射してくるようなモンスターに囲まれてしまったら?
フェザーコートは、一瞬で削り切られてしまうだろう。
『時間の経過と共に、ナノマテリアル塊の劣化や消失が起こる可能性があります』
(……蜘蛛のマテリアルなんか要る?)
『マーニャによる改変後、予備のナノマテリアルを大量に蓄えることが可能になりました。マテリアルの備蓄に余裕があれば、身体の欠損部位の補修を行うことができます』
(そうなの?)
そう言われると、すごく良いことのように思える。
補助脳に上手く誘導されている気がするが……。
『マーニャの改変により、スキル"エナジーサック"は、魔力ではなくナノマテリアルを吸収するようになりました。高濃度ナノマテリアル塊の採取に適用できる可能性があります』
(……う~ん)
危険が少ない内に、スキルを試用しておいた方が良いのかもしれない。
『スキルを使用することで、効果を検証することができます』
(まあ、そうなんだけど……)
"回避スキル" "アクロバット" "インファイト" は、レンが意識して発動させるものではなく、必要な時に勝手に効果が出るものだろう。
"エナジーサック"は、やり方は分からないが効果は何となく想像できる。
"覚醒"と"機人化"は、何がどうなるのかイメージが浮かばない。
(マーニャが、使用した時のリスクを消してくれたらしいけど……)
『雷筒蜘蛛に対し、"エナジーサック"の使用を推奨します』
どうあってもナノマテリアル塊を回収させたいらしい。
(どうやれば?)
『対象に口を接触させることで、吸えるのではないでしょうか?』
(……口?)
レンの眉根が寄った。
『気体であれば鼻から、固体や液体であれば口から取り込むことが一般的です』
(ナノマテリアルは気体? 液体? 固体?)
『正確には、そのどれにも該当しません』
(なのに、なんで口?)
『鼻から吸いますか?』
視界中央に、補助脳のメッセージが浮かぶ。
(……あの蜘蛛、なんで消えないんだ?)
レンは、恨めしげに"雷筒蜘蛛"の死骸へ目を向けた。さっさと消えてくれれば、不毛なやり取りをせずに済むのに……。
- 732m
測距値が点滅し、続いてフェザーコートの残量を示す"12%"が何度も点滅した。
(はぁ……)
レンは大きな溜息を吐いてから、下ろしていた戦闘背嚢を背負い、対物狙撃銃を両手で抱え上げた。
この調子では、レンが行動するまで視界のあちらこちらが点滅することになりそうだ。
(死骸を放っておいたら、ずっと消えずに残り続けるのかな?)
レンは周囲を気にしながら大きな蜘蛛の死骸に近づいていった。巨大トンボはかなり離れた場所に墜落していったが、あちらも死骸が残っているのだろうか。
『消える方が不自然です』
(そうだけど……)
ゾーンダルクでは、消える方が自然だった。
(これまで稼げたのは……82分だけか)
獲得した時間数を見つめる。
『開始から、46時間経過しています』
(まだまだ、遠いなぁ)
レンは溜息を吐いた。
すでに、かなりの弾薬を消費している。トンボの爆撃でM95対物狙撃銃の銃身をやられて予備と交換していた。もう、予備の銃身は無い。
このペースでは、手持ちの銃弾を撃ち切っても5時間に届くかどうか。
(結局、パワーヒットに頼らないと駄目だな)
即死の危険を避けるために、近接戦闘は控えたかったのだが……。
(それで……どうやる?)
レンは、黒い蜘蛛の死骸を見回した。
針金のような毛が覆った腹部に銃弾による穿孔が見える。傷痕は少なく見えるが、内部はかなり傷んでいるはずだ。
『ナノマテリアル塊の位置を表示します』
描画された巨大蜘蛛の内部が透過表示された。青白く着色されたナノマテリアル塊が浮き上がって見える。大きさは、人の頭ほどあった。
(前みたいに、ナイフで掘る?)
銃剣を刺しても届く位置にある。蜘蛛の腹部はそこまで硬くない。
『"エナジーサック"の検証を行うべきです』
(こんなのに、口をつけたくない)
レンは、ゴツゴツとした蜘蛛の脚を戦闘靴の爪先で小突いた。
厚い鋼板を蹴ったような感触が返る。
『発動因子が反応しました!』
視界中央に、補助脳のメッセージが表示された。
(えっ?)
『"エナジーサック"の発動兆候です!』
(……蹴ったから?)
レンは、もう一度足を伸ばして蜘蛛の脚に靴の爪先を触れた。
******
吸収可能物:雷筒蜘蛛
実行しますか? <はい>・<いいえ>
******
(何これ?)
レンの眉根が寄った。
『"エナジーサック"は、素体を構成する全てのナノマテリアルに適用され、高濃度ナノマテリアル塊に限定した使用はできないようです』
どこか残念そうなメッセージが表示される。
(蜘蛛を吸収って……どうなるんだ?)
『不明です』
(ナノマテリアルだけを吸収するスキルじゃなかった?)
『"雷筒蜘蛛"は、全身がナノマテリアルによって生成されています』
(……ふうん)
レンは、巨大な蜘蛛の死骸を見上げた。
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レンは、フェザーコートのおかげで生き延びている!
レンは、"雷筒蜘蛛"を吸収できるらしい!
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