第146話 平和の残照


「これ、何の野菜?」

 

「キャベツのようだが……こんな葉が取れるって、どんな大きさなんだ?」

 

 大きな葉を前にして、市場の男達が困惑を隠せない。磨いた目利きは伊達では無い。レン達が細断して持ち込んだ"野菜"が常識外れであることを一目で見抜いていた。

 

「こちらが、米や大豆、小麦です。すべて、"鏡"の向こう側で育てた作物です」

 

 レンは、野菜畑や果樹園の様子を写して印刷したものを市場の男達に配った。

 

「成分上は無害ですが、味は……どうなんでしょうか。僕は美味しいと思いますけど」

 

 レンは、キャベツの他にも、トマトやナス、大根、ニンジン、里芋などを育てていること、毒は検知されず、地球の野菜と似通った味がすることなどを伝えた。

 

「……そりゃあ、つまり、ここに卸そうって話かい?」

 

 年配の男が困惑した顔でレンを見る。

 

「処分方法はお任せするので、美味しい調理方法を教えて下さい」

 

 ユキが言った。

 

「調理って……ここは市場だぞ?」

 

「できませんか?」

 

 ユキが小首を傾げる。

 

「できねぇよ」

 

 横に立っていた若い男が顔をしかめる。

 

「そうですか。ここはダメそうです。他に行きましょう」

 

 興味を失った顔でユキがレンを見た。

 

「待ってくれ!」

 

 後ろの方に立っていた五十がらみの小柄な男が大きな声を出した。

 

「調理ができる人間はいくらでもいる。食材さえあれば、美味いものを食わせることができる」

 

 男が前に出てきた。

 

「辰野ってもんだ」

 

 首から提げた札を見せながら、男は野菜が載せられた台に近づいた。

 

「……キャベツか。大きさを考えなければ、なるほど……色は悪くねぇし……毒は無いんだって?」

 

「はい。通常の毒物検査の他に、微生物検査、残留放射能検査を行いましたが、いずれも日本の安全基準をクリア。むしろ、地球産のものより良好な数値です」

 

 ユキが、検査結果を纏めた資料を手渡した。

 

「……となると、あとは風評か」

 

 男が呟く。

 

「ふうひょう?」

 

 ユキが小首を傾げた。

 

「ん? ああ……こんなご時世に馬鹿げた話なんだが、異世界産を取り扱っているという評判が立つことを気にしているんだ。食料は喉から手が出るほど欲しいが、異世界の物だというだけで腰が引けちまう」

 

 男が被っていた帽子をぬいで白髪頭を掻き回した。

 

「ちょろっと食中毒が流行れば、真っ先に疑われて叩かれる。因果関係の有る無しなんか関係ねぇ、悪者として吊るし上げてぶっ叩いて終わりだ」

 

「そうですか」

 

 ユキが無表情のまま頷いた。

 

「……まあ、このまま何もしなくても終わりなんだがな」

 

 男が苦笑をする。周囲にいた男達も一様に顔をしかめた。

 

「新規に別の市場を作ったらどうですか?」

 

 風評に"叩かれて終わる"ことを前提に、既存の市場とは別に、異世界の食材を取り扱う市場を始めたらどうか。

 

 レンは、市場に隣接して余っている敷地に眼を向けた。

 使われていない建屋や何かの資材が朽ちるまま放置されている。撤去して更地にしてしまえば、かなりの床面積が捻出できるだろう。

 

「いや……やるんなら、離れた場所じゃねぇと困る。隣で異世界物を取り扱っているなんてなると、それだけで疑惑ネタにされちまうから……」

 

 辰野という男が周囲の男達を見た。

 

「レンさん、行きましょう。ここはダメです」

 

 ユキがレンを見た。

 

「やっぱり、自分達で立ち上げるしかないのかな」

 

 レンは、小さく溜息を漏らした。

 尻込みをしている男達を相手にしていたら、異世界産の食料、衣料、医薬品等を卸す先の確保と安全な流通手段の構築……第九号島ナインによる"お試し支援プログラム"が進まない。

 

(まあ、ケインさんの予想通りか)

 

 必要だと分かっていても乗ってこないだろうと、ケインが言っていた。

 仮に興味があっても、市場にいる人間がその場で決定することはできない。関係組織に情報を共有し、関係各所に相談した後にどっちつかずの結論が出る。ケインはそう言って笑っていた。

 

 もっと食い付いて情報を欲しがる人がいるのではないかと期待したのだが……。

 

(面倒くさいけど、全部自分達で作っていくしかないのかな?)

 

 内心で溜息を吐きつつ、レンは"世界救済委員会"の名刺を渡して青果市場を後にした。

 

(でも……)

 

 流通が滞り、地方から物が入って来なくなった都内で、何を売り買いするつもりなのだろう?

 近い将来、お金で物が買えなくなるのだが、その後はどうするのだろう?

 

(売る物が無くなるから、店が無くなる? 盗難とか強盗とかが当たり前になって……それを仕事にする人間が現れる)

 

 キララの予想通りなら、お金が使えなくなり"現物"にしか価値が無くなった結果、"現物"を巡って抗争めいたことが起こることになる。わずかな食べ物や布切れ一枚を巡って血が流れる事態に陥る。

 

(その前に……その"現物"の価値を消す)

 

 争いの元になる食料と衣料品を一時的に大量に配給する。日本政府の動きとは別に、無許可で堂々とやる。

 "第九号島ナイン"の支援がなくては立ちゆかなくなるまで、とことん配給する。

 青果市場の男が言っていたように"風評"で叩かれたら、即座に配給をストップする。

 その後は、立花を代表とする"日本ゾーンダルク交流協会"と"世界救済委員会"が仲裁を行う。

 

(ケインさん達、他にも色々と組織を作っているけど、何か意味があるのかな?)

 

 研究者仲間にも声をかけて、似たような役割の組織を世界各地に立ち上げているらしい。

 

「この先で食料の配給会が行われた際、大規模な転移テロがあったようです」

 

 不意にユキが声をかけてきた。

 

「いつ?」

 

 レンは、視界に前方の地図を表示させた。同時に、衛星から撮影した映像を重ねる。

 かつて、野球場や遊園地、ホテルなどがあった辺りだが、今は立ち入り禁止区域に指定されていた。

 

「2ヶ月前です」

 

「……やっぱり、魔王は配給を見張っているのか」

 

 右手に見えてきた立ち入り禁止区域を見ながら、レンは乱暴にペダルを踏んだ。

 さっさと見つけて叩き潰してやりたいのだが……。

 

「日本にいるのかな?」

 

「分体くらいなら、駐在しているのかもしれません」

 

 答えながら、ユキが左を指差す。

 正面は破壊された線路が車道に垂れ下がっている。その手前で左折して坂を上るらしい。

 

(配給所を狙い撃ちにできる理由……)

 

 マイマイは、国が配給物資を一元管理しているからだと言っていた。

 

「警備をしています」

 

 先行するユキが、左手に見えてきた建物に目を向けた。

 

(病院?)

 

 戦闘服姿の自衛隊員が集まって何かをしていた。入り口周辺に、装甲車両が4台並んでいる。

 

「右折します」

 

 ユキが線路上を横断する車道へ侵入した。

 

「左折します」

 

 すぐに線路沿いに下る道へと曲がる。

 

「……詳しいね」

 

 速度を上げて横に並びながら、レンはユキの横顔を見た。

 

「近くの病院にいました」

 

 ユキの口元にほのかな笑みが浮かぶ。

 

「ふうん?」

 

 レンは、行く手の信号を見てブレーキを掛けた。同じようにユキも減速して速度を落としてゆく。

 陸橋下をくぐる車道との合流付近で、警察官が検問をやっていた。

 

「機動隊もいますね」

 

「うん」

 

「拘留されそうになったら突破します」

 

「了解」

 

 のんびり留置所に入っている時間は無い。

 

「……って、拘留前提?」

 

 レンはユキを見た。

 

「私達は、不審者ですから」

 

 ユキが笑みを浮かべる。

 

 自転車に乗っているだけで不審者だと言われるとは思えないが……。

 

「こんにちは、ちょっと良いですか?」

 

 赤信号で停止したレンとユキの前に、赤い誘導棒を手にした警察官が行く手を塞ぎながら近づいてきた。

 

「こんにちは」

 

 挨拶を返しつつ、レンは警察官の顔を見た。

 すぐさま補助脳が顔照合を行い、住所氏名年齢、家族構成から取得資格に加えて、傷病履歴まで表示した。

 

(おくのつって読むのかな?)

 

 近くの警察署の巡査らしい。

 

「今日は、どちらへ?」

 

「淡路町の近くです」

 

「ああ……すぐ近くですね。何か……イベントとか? あの辺にはやっている店はなかったと思いますが?」

 

 奥野津という巡査がスポーツ用のサングサスをかけたままの二人の顔を凝視した。

 

「そうなんですか? この辺りでテロがありましたか?」

 

「あっ、君も日本語が分かるの? この辺って言うか、水道橋の方であったんだけどね。そういうのもあって、職務質問をさせてもらっ……」

 

「テロリストは転移をして現れると聞いています。自転車には乗っていません」

 

 ユキの声が冷ややかに指摘をする。

 

「ええと、君達は……何の仕事を? 学生さんかな?」

 

「勇者をしています」

 

 ユキが答えた。

 

「……は?」

 

 揶揄からかわれたと思ったのだろう、奥野津巡査が不快そうに顔をしかめた。

 

「僕達、新人の勇者なんです」

 

 レンは笑顔で言った。

 

 

 

 

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レンとユキの都内デートが継続中!

 

レンとユキは、2度目の"勇者"宣言をした!

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