第147話 死人の脅威
端末で人物照会をやり、犯罪履歴を調べ、無線で何処かに問い合わせ、指紋まで採って……まだ何か言いたそうにしている警察官に見送られて、レンとユキは淡路町の交差点近くにある指定場所へと向かった。
「ここですね」
ユキが指差したのは、交差点から少し脇へ逸れた場所にある路地の一角だった。
「石油の臭いがします」
「……向こうにガソリンスタンドがあったみたいだ」
レンは、道路を渡った向こう側の敷地を見た。
折れた支柱と何かの残骸があるだけで、ほぼ片付けが終わっている。地下のオイルタンクはガソリンを抜き取っただけで撤去されていないらしい。
(警察官が言っていたように、やっている店は無いし……人が住んでいる感じはしないな)
レンは、半壊したビルを眺めつつ、補助脳の探知情報に目を向けた。
(地下にある反応……これが、クロイヌさん達かな?)
半径100メートルに絞ると、他に人間を表す熱源は存在しない。
(これ、さっきの警察官か)
まだこちらを気にしている様子だが、追っては来ていない。
探知の範囲を拡げて周辺情報を確認しながら、レンはユキの方を見た。
地下に降りる階段の前で、ユキが"ピクシー"を召喚している。誰かにメッセージを送るようだ。
「キララさんに、人物照会と指紋採取をされたことを伝えておきます」
ボードを見ながらユキが言った。
『届けて参ります』
凜とした雰囲気のピクシーが、折り目正しく一礼をして消えてゆく。
「指定場所は、この下?」
レンは、コンクリートの破片が散乱した階段を覗き込んだ。
人間の体温らしき熱源は、かなり離れた位置にある。この辺りでは無さそうだが……。
「この先の喫茶店に、地下鉄へ通じる道があるそうです」
「地下鉄……」
レンは交差点を眺めた。横断歩道横に、地下鉄のマークが見える。
(ここから、かなり離れているけど……)
レンが首を捻った時、涼しげな音が鳴ってユキの前にピクシーが現れた。
「こちらのようです」
メッセージを受け取ったユキが脇道を指差した。道沿いに閉鎖された飲食店が並んでいる寂しい通りだった。当然、路上には人の姿は無い。
「カメラがある」
レンは、ビルの壁面やガラスの内側などに取り付けられた小型のカメラに目を向けた。どのカメラもダミーではなく、動いているようだ。
「気にしなくていいみたいです」
ユキが言った。
「いいの?」
「私達の姿は、何かのゆるキャラになっているそうです」
「……ゆる?」
「ふんわりと可愛いキャラクターの……着ぐるみです」
ユキが笑みを浮かべた。
「……ふうん?」
レンは、ビルの3階の窓にあるカメラに向かって手を振ってみた。
『映像を出します』
不意に、補助脳のメッセージが浮かんだ。
(うぇっ!?)
レンの視界に、監視カメラが撮影中の映像が表示された。
(これって……)
視界中央に、安っぽい衣装を着たレンとユキが立っていた。
レンは青色の上着、ユキは桃色の上着。どちらも赤いマントを羽織っている。
右手に長剣、左手には方形盾。何かのキャラクターなのだろう、勇ましく眉の吊った男の子と女の子の大きな頭を被っていた。
「ユキ……」
レンは、取得した映像について話して聞かせた。
「……ゆるキャラではありません」
ユキの双眸が冷え冷えと尖る。
「マイマイさんかな」
「キララさんかもしれないです」
レンがピクシーを召喚した。
「こんな映像を残したら、すぐに警察官が駆けつけるんじゃない?」
日中に自転車に乗っているだけで職務質問を受けるのだ。
「撮影したカメラの位置が分からないように攪乱しているそうです」
「そうなんだ?」
レンは、あらためてカメラの映像を観察した。
(ああ……背景が違う。ここじゃない……山かな)
どこかの山の尾根に立っているようだった。丈の高い樹木は見当たらず、どこか寒々しい褐色の岩が転がった斜面に、ぽつりぽつりと緑の葉が覗き、薄い紅色の花を咲かせている。
『カラフトコマクサです』
補助脳が、高山植物の名を教えてくれた。
(綺麗だな)
パセリのような細かく裂けた葉を拡げた中から10センチほどの茎を伸ばして花を咲かせている。植物には厳しい環境のようだが、高地に強い種類なのだろうか。
(富士山じゃないよな?)
レンは、視界の映像を消してユキを見た。
その時、
『8体、転移で出現しました』
補助脳のメッセージが浮かんだ。同時に、周辺の地図上に朱点が表示される。
(武装は?)
『拡大表示をします』
「敵ですか?」
ユキが身を寄せてきた。
「……転移だ。でも……なんだこれ? 変な銃を持ってる」
レンは眉をひそめた。
全員が、レンの知らない自動小銃を持っていた。
「ステーションでは売ってない銃ばかりだ」
「こちらで流通しているのでしょうか?」
「いや……さすがに日本で銃は流通していないと思うよ?」
レンは苦笑を浮かべつつ、ユキを促して武装した男達に向かって移動を開始した。
『通信を傍受しました』
補助脳のメッセージと共に、視界に小窓が開いて無線機を使用する男の顔が表示された。アジア系の人間のようだった。灰褐色の戦闘服姿で、黒革の戦闘靴を履いている。全員、黒いベレー帽を被っていた。
「郵便局の屋上。全員死人だ。無線で誰かと連絡をしてる」
体の熱量が極めて少ない。
「了解です」
ユキが小さく頷く。
(誰を狙っているのかは分からないけど)
死人は魔王の手駒だ。発見したら即座に撃滅するべき相手だった。
『対象にターゲットマークを付与します』
レンの視界に、1~8番までの数字入りの ▽ が8つ点った。
辺り一帯の住民は避難し、警察官が言っていたように店舗は全て閉じていた。ただし、物音を聞きつけた警察官が駆けつけると流れ弾が当たる可能性はある。
(時間をかけなければいい)
死人達は、レンとユキが職務質問を受けた場所から見えていた郵便局の中にいた。
(建物の見取り図は出る?)
『表示します』
視界に各階毎の見取り図が表示された。
(こちらからだと、裏の搬入口がいいな)
一気に殲滅してから、建物の中を調査しておきたい。死人達が現れたということは、どこかに座標を教える装置が置いてあるはずだ。
「殲滅してから、転移の装置を回収しよう」
「はい」
レンの提案に、ユキが首肯した。
2人とも、迷彩戦闘服に着替え、鉄帽を被っている。手には、銃ではなく、長さ60センチほどの六角棒を握っていた。
「転移で増援が来た場合は、増援も殲滅する」
「了解です」
一発も撃たせるつもりは無い。
レンとユキは郵便局のビルから死角になるよう、一本脇にある通りを駆け抜けて、古めかしい木造の建物を横目に路地へ入ると、躊躇無く郵便局の裏側にある搬入口へ向かった。
『対象が移動を開始しました』
視界中央に、メッセージが浮かんだ。
(転移した?)
『階段を使用して階下へ移動中です』
(……歩きか)
それなら逃げられる心配はない。レンは、ほっと安堵の息を吐いた。
『2体、2階で停止。6体、1階へ』
メッセージと共に、見取り図の上を朱点が点滅しながら移動する。
「2階に2名、残り6名が1階に来る」
後ろのユキに声をかけながら、レンは搬入口のシャッターの隙間から中へ入った。照明は無いが、レンにとっては何の障害にもならない。
静まり返った荷捌き用のスペースを駆け抜け、裏側から受付用の窓口へ辿り着くなり、一気に加速をした。
「パワーヒット、オン!」
「パワーヒット、オン!」
レンとユキの声が重なる。
直後、階段を下りてきた男達を総チタン製の六角棒が襲った。
2秒で6名を粉砕し、そのまま2階へと駆け上がる。
「右、よろしく」
ユキに声を掛けながら、レンは左側へ離れている男に殴りかかった。
湿った殴打音が鳴り、白い体液が床に飛び散る。
『転移を感知しました。建物の屋上です』
補助脳のメッセージが浮かぶ。
「増援らしい」
「了解です」
レンとユキは屋上めがけて走り始めた。
その時、1階で大きな爆発音が鳴り響いた。最初に斃した死人達が爆発を始めたらしい。
(あれだけやっても自爆できるのか)
痛痒を感じず、恐れを覚えず、動けなくなっても自爆して周囲に被害をもたらす。
「やりにくい相手ですね」
ユキが呟いた。
(転移して自爆するだけじゃなく、作戦に従って行動できるのか)
レンは顔をしかめた。
屋上に通じる扉に手を掛けたとき、2階から大きな爆発音が聞こえてきた。
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指定地点の侵入経路が分かりにくい!
レンとユキが、死人と交戦を開始した!
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