第39話 晩飯


「こっちにも宇宙があるのねぇ~」


 マイマイが、夜空を見上げて呟いた。

 船内の調査がひと段落し、船首近くにある潜水艦の艦橋のような形をした構造物の上へ出ていた。


「あるように見えるが……そう見せかけているだけかもしれねぇな」


 ケインが小型の旋盤を回す手を休めて夜空を見上げた。横で、キララが固形燃料のストーブに焼き網を乗せて缶詰を火にかけている。


「こうして呼吸ができるんだから、大気の成分も似たようなものでしょ? 重力だって違和感無いし……知ってる星はある?」


「さあな。俺は星座なんかは分からねぇが……どうなんだ?」


「さあ? マイはどう?」


 キララが、大の字に伸びているマイマイを見た。


「知らなぁ~い……っていうか、どっちが北ぁ~?」


「北は、あちらです」


 ユキが指さした。


「あっちぃ~? う~ん……全部の星が明るくて、北極星とか分かんないねぇ~」


「何となくだが、日本で見る星空とは違う気はするな」


「そうね。青みがかった黒……ううん、濃い紫? 夜空の色も違う気がするわ」


 キララが鍋掴みをつけて、沸騰を始めた缶詰を手に取った。

 今回は、支給品の他に、各自が買い込んだ食料品を持ち込んでいる。キララが固形燃料のストーブで熱していたのは、鰯の蒲焼きだった。


「1本まで良いんだよね?」


 キララが缶ビールを手にレンを見た。


「走って船内に逃げ込めるくらいにしておいて下さい」


「じゃあ、まだまだ大丈夫」


 キララが、嬉しそうに相好を崩してプルタブを引き開けた。


「俺も飯にしよう」


 ケインが小さな旋盤を脇へ退かして、代わりにキララが使っていた固形燃料ストーブを引き寄せる。

 大の字に寝そべって星を見ていたマイマイも、素早く起き上がってケインの隣で正座した。


「レン君、これからどうするの?」


 美味しそうにビールを飲みながら、キララが訊いてきた。


「スズメバチに狙われるかもしれませんが……この船を使って移動しませんか?」


「いいね!」


「賛成ぇ~!」


「面白そうだが、魔力を操れなねぇと空は飛べねぇぞ? まあ、海上を進ませるだけなら何とかなるが……」


 ケインが、アイテムボックスから皿と金串を取り出しながら言った。ケイン達3人は、船の構造を調べ終わって、おおよその仕組みは理解できたそうだ。"魔力"については理解が不完全らしいが、それでも単純な操船くらいならできると言う。


「まあ、進んで曲がって止まるくらいなら何とかなる」


「治療を受けている3人が戻れば協力して貰えるかもしれません」


 ナンシーが"エインテ人"と呼んだ若者、操縦室に倒れていた一角の女と童女は、ここまで船を動かして逃げてきた。操船方法を知っているはずだ。


「なるほどな。しかし……言葉が通じるのか? 銃で脅して一方的に言うことを聞かせるのも手だろうが……それをやると先々こじれるぜ?」


 ケインが、金串に大振りなソーセージを2つ刺して炙り始める。マイマイがフォークを取り出して、大きな缶ビールを2つ並べた。


「言葉は、まあ、なんとか……協力してもらえるように頼んでみます。無理なら、僕達だけで船を動かしましょう」


 ゴム製のイカダで海面を漂うよりは安全だろう。ハチの襲来にも、多少は耐えられるはずだ。

 レンは、湯でふやかした白米に鮭缶の中身を丸ごと入れて掻き混ぜた。これに少し多めにワサビを乗せたら晩飯の完成だ。


「それ、美味しいですか?」


 ユキがレンの手元を覗き込んだ。


「……まあ、普通に食べられるよ」


 答えながら、レンはユキの手元を見た。

 小さなプラスチックのお盆に、トマトベースのスープらしい物とビスケット、コールスローらしいサラダと果物の缶詰が並んでいた。なんだか凄く美味しそうに見える。


「食べますか?」


 ユキが小首を傾げた。


「いや、今日はもう……これがあるから」


 レンは、自分のコッヘルに視線を戻すと、掻き混ぜて猫飯と化したものをスプーンで掬って口に入れた。

 直後、軽く眉をしかめた。少しワサビを入れ過ぎたらしく、とても厳しい味になっていた。


「食べますか?」


 再びユキが訊いてきた。


「……大丈夫」


 レンは、咳を我慢しながら首を振った。


「ミネラルウォーターです」


 ユキが、アルミのマグカップを差し出した。


「ありがとう」


 レンは、素直にカップを受け取って冷たい水を口に含んだ。

 その時、


「あ……」


「おっ!?」


「あれ?」


 ケイン達が揃って声を漏らした。


(……これって)


 レンも食べかけの猫飯を持ったまま動きを止めた。



******


 支援要請(治療)が完了しました!


******



 目の前に、初めて見る文字が浮かんでいた。


(本当に、あの状態から蘇生できたのか?)


 レン達が見つめる前で、空中に浮かんだ白い文字がサラサラと崩れて消えていった。

 わずかに間があって、白衣に身を包んだナンシーが現れた。今夜は、ベージュ色の艶のあるブラウスに黒いタイトスカートという格好で、上から白衣を羽織っている。


「お待たせ。エインテ人とユニトリノ人の治療が終わったわ」


 ナンシーが、A4サイズのクリップボードをレンに向けて差し出した。

 受け取ってみると、簡単な診療録になっていた。エインテ人というのが、有翼の若者。ユニトリノ人というのは、操縦席で昏倒していた女と、一緒に倒れていた幼い女の子だろう。


「あっ、そうだ。検査した時、頭の中に隷属化するための虫が埋めてあったから駆除しちゃったけど良かったかしら? 生来の状態に戻すことが私の治療方針なのよ」


「隷属の虫……そんなのがいるんですか」


 レンは顔をしかめた。

 気味の悪い情報だった。こちらの世界には、人を隷属させる虫が存在するのだろうか?


「ついでだから、既往症も治療しておいたわ。初めての往診だったからサービスね」


「3人は……僕達と会話できますか?」


 駄目だろうと思いつつ訊ねてみた。ナンシーに限らず、ステーションの住人達は全員が日本語を流暢に話している。


「会話? ああ、そうね。3人に日本語を刷り込んでおくわ。終わったら、その辺に出しちゃって良いかしら?」


 ナンシーが少し離れた場所を指さした。方法は不明だが、日本語が話せるようにした上で、"その辺"に運んでくれるらしい。


「お願いします」


 レンは頭を下げた。


「分かりました。じゃあ、また必要な時は呼んでね」


 ナンシーが艶やかに微笑みながら消えていった。

 現れた時と同様に、瞬きをするほどの時間で消えている。残ったのは華やかな香水の香りだけだった。


「ナンシー先生ぇ、超格好いぃ~!」


 マイマイが缶ビールを片手に声をあげた。


「補正無しであの体形はおかしいでしょ」


 キララが溜息を吐いている。


「ありゃあ、色々と人外だぜ」


 隣でケインが缶ビールを呷った。


(言葉が通じるんなら、大丈夫だと思うけど……)


 レンは、MP7を取り出して初弾を装填した。治療を終えた3人が友好的でなかった時に備えておかないといけない。

 ふと思い出して、【ランドリーボックス】を確認してみた。


(洗濯が終わってる!)


 M2重機関銃やHK417が【アイテムボックス】に戻っていた。


(取り出して状態を確かめよう)


 レンは、わずかに残っていた猫飯をかき込んだ。その時、少し離れた床面が淡い光に包まれ、濃緑色の寝袋のような物が3つ並んで出現した。


(……死体袋? エバキュエーション・バッグか)


 レンはわずかに眉をひそめた。あのナンシーが死体を送ってきたとは思えないが……。


「遺体収納袋みてぇだな」


 ケインが率直な感想を述べる。


「変わった材質の寝袋ね。レン君、後でこの寝袋貰っていい?」


 キララが袋の表面に触りながらレンを見る。


「いいですよ」


 頷きながら、レンはケインとキララを下がらせた。同じく、ユキがマイマイを抑えて距離を取らせている。


 レンは、MP7を手にユキを振り返った。


「暴れて危険だったら足を撃とう」


「了解」


 ユキが小さく頷いた。


(……そうなったら、またナンシー先生だ)


 レンは苦笑を浮かべつつ、袋の上面にある大きなファスナーを引き下げていった。









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レンは、晩飯の味付けに失敗した!


ナンシーの支援要請(治療)が完了した!

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